広く浅く

秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

“告ぐ”

2020-07-15 20:20:48 | 秋田のいろいろ
秋田市内の街角で、時々こんなものを見かける。

30センチ×24.5センチほどの白い板に、縦書きで「“告ぐ”/この集積所から/   の    /を堅く   」「秋田市/秋田警察署/秋田臨港警察署」。

穴埋め問題みたいになっていて、意味不明なのは、とりあえず置いておいて。
書体は前回扱ったばかりの写研「石井太丸ゴシック体」。末尾の小さい3者連名は「~細丸~」?
市内のとあるゴミ集積場。ここは側面にある
文中に「集積所」とある通り、これが見られるのは、秋田市内各所のごみ集積所=ごみ置き場(※)。
※全国的には「ゴミステーション」と呼称する土地もある。秋田市では一般的ではないと思うが、秋田市役所ホームページでは「ごみの収集・集積所(ごみステーション)」と表記。まあ、通じないことはないでしょうね。

現在の秋田市には、秋田中央、秋田臨港、秋田東の3警察署がある。この表示板のような秋田と秋田臨港の2署体制だったのは2005年まで。
つまり、古い表示板で、その一部が色あせて残っているのがこれ。

確認できる限りで現存するものは、どれも穴埋め問題状態。
2013年に、当時としても珍しく穴埋めになっていない表示板を発見し、撮影していた。
薄れかけてはいるが、完全版
「“告ぐ”/この集積所から/ビン類のもち去り/を堅く禁ずる」

やはり赤印字は太陽光には弱いというか、黒こそ強いというか。県立明徳館高等学校駐車場の不思議な赤文字掲示がこうなったら、もっと謎になる。

つまりこの表示は、秋田市が回収して資源化するために、市民が出した空き瓶を、換金目当ての第三者が持っていくなという、警告。
この表示板のことは2013年の記事やコメント欄で、触れている。
秋田市(当時は雄和河辺合併前)では、1980年5月に一部地域で空き瓶の回収、1981年5月から全域で空き瓶と空き缶の回収を始めている。当初は「資源ごみ」の呼称で、瓶は若草色、缶はレンガ色のプラスチック容器(前日までに集積所に置かれる)に入れる方式。
1999年4月からは缶は箱でなく、ごみ袋で出す方式に変更。ほかにも、古紙や缶以外の金属なども回収するようになり、呼称が「資源化物」に変わるなど変遷があるが、空き瓶は今も若草色の箱で回収している。
(再掲)やけに大量に置かれた瓶回収箱

表示板がいつ作られたか。回収開始直後1980年代始めではなく、少し経ってからだと記憶していた。小学校中学年くらい=1980年代中頃辺り。
当時の僕の家は、集積所の真ん前だったから、ある日突然、これが出現したのを覚えている。堅苦しくて厳しい表現にビビったのと、「告ぐ」を「こくぐ」と読んでしまったり、どうして「“告ぐ”」と変なチョンチョン(ダブルクォーテーション)で囲っているのか不思議だったり、「堅く」が読めなかったりした。

今回、秋田県立図書館のサイトで、秋田魁新報の見出しを「集積所」で検索すると、1986(昭和61)年1月31日付夕刊に「持ち去らないで/回収箱に警告を掲示/「福祉妨害」と怒り」があった。これだ。
となると3年生の終わり頃。当時は「告」は4年生で習う漢字だったようだけど(2020年指導要領からは5年生に変更)。


大人になって見ても「“告ぐ”」はちょっとヘン。チョンチョンの意味が不明だし、ごみ置き場に「告ぐ」とあれば、ごみを出す善良な秋田市民が警告されているようにも感じてしまう。江戸時代の高札場の御触書のような威圧感かも。※実際の御触書は「定」というタイトルが多かったようだ。
現在、あるいは我々世代の感覚では、上から目線で過剰に厳しい言い回しだと思うが、昭和61年当時でも、広く一般人の目に触れる場所の掲示としては、時代遅れの内容だったのではないか。当時の秋田市職員には戦前生まれの人もいたわけで、そんな感覚が入った文面の気がする。あと、この用例の「堅く」は、普通は「固く」だ(固辞、断固のように)。「持ち去り」でなく「もち去り」としたのも独特。

それと、1986年当時でも、缶飲料は多かった(ペットボトルが少なかったので、今以上に多かったはず)のに、「缶のもち去りを禁ずる」は作らなかったのか。
また、1986年といえば、ナールが道路標識の標準書体に採用された時期。「告ぐ」にはナールではふさわしくないと判断したのか、まだナールには及び腰だったのか、石井太丸ゴシック体を採用したのだろうが、文面に比べて柔らかすぎる。角ゴシック体で良かったかも。


現在、この表示板は写真のように、ごみ集積所の構造物そのものの壁など、もしくは周りにある柱などに取り付けられている。固定されている。
しかし、当初は、緑色の箱側に取り付けられていた。上の魁の見出しが「回収箱に警告を掲示」なのがそれを示している。すべての集積所に箱とともにやって来て、箱・瓶とともに去るのを繰り返していた。
当時は瓶飲料が今より多く使われていたから、各集積所に箱が複数個置かれるのが普通だったが、おそらく各集積所につき1つの箱にだけ付けられていた。
昔のごみ集積所は、場所だけで、覆いなどない所も多かったから、その方式にするしかなかったのかもしれない。

その後、何らかのタイミング(警察署再編の2005年よりは前??)で、箱への設置をやめて、余剰になった表示板を各集積所に配ったのではないだろうか。新興住宅地のごみ置き場にあるかどうかを調べれば、ある程度時期が特定できるかも。
また、旧・雄和町、河辺町の合併も2005年。合併以前から、両町のごみ処理は秋田市が引き受けていたかと思うが、資源ごみはどうだったのだろう。この表示板の雄和町・河辺町版もあったりするかも??


近年、秋田市ではごみ集積所(の箱や覆い)を交換・新規設置する町内会に補助をしており、特に折りたたみ式のもの(秋田市内のメーカー製)を設置する町内が多い。
上から2枚目の写真のような折りたたみでない集積所なら、更新前の集積所から表示板を引き継いで設置する例もたまにあるが、折りたたみ式では(構造上固定できないので)困難。
2013年に見た赤文字が残る表示板があった集積所は、こういうもの↓
2013年撮影
木製で立派なものだったが、場所を取るためか、現在は折りたたみ式に交換されてしまい、表示板は見当たらない。


集積所リニューアルの際、町内の集積所を整理統合することもある。設置場所の問題、清掃当番の周期、高齢化・人口減など理由はいろいろありそう。
とある町内では、捨てるのも忍びないのか、
2枚重ねて置かれていた。手前の表示板は割れている
その手前の表示板をちょっと失礼して、
初公開! “告ぐ”の裏側!!
金属の外枠があって、上辺に飛び出した細い棒(表からも見える)、さらに見えない位置にも細い縦棒が2本。
なるほど。これら細い棒は、緑の箱に取り付けていた当時の名残だ。
縦の2本の棒で箱の縁に引っ掛け、その付け外しの時に指を引っ掛けるのが上の棒だと思われる。
そう言えば、表示板面はプラスチックの割には、上のひび割れぐらいで、金属枠から脱落したり、欠損したりしたものは見たことがないので、耐久性は悪くなさそうだ。


設置当時は、持ち去っても“窃盗罪になる場合がある”程度で、明確に禁止されていなかったらしいから、警告の掲示を出したのだろう。
秋田市では2014年に「秋田市ごみ集積所の設置および維持管理に関する要綱」を施行していて、持ち出し・持ち去りの禁止と、悪質なものは警察へ通報することを定めている。
もし、今、この手の表示を作ったら、「注意」とか「持ち去りは犯罪です」にして、ですます調で、持ち去りは禁止され通報する場合があることを明記した文面になるだろう(他都市の事例あり)。
あるいは資源化物持ち去りよりも、可燃ごみ等も含めた、分別不徹底や他町内住民が捨てていくことのほうが問題で、その注意のほうが必要とされるかもしれない。※2枚目写真の集積所では、正面にその旨の掲示が付いている。

文字が薄れ、警察署名も違ってしまい、そして瓶飲料も激減し、おそらく瓶を盗もうとする者も減った今、この表示板も消えていく運命。

秋田市のごみ集積所に関する記事は続く

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6 コメント

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Unknown (FMEN)
2020-07-15 23:27:43
告ぐ、きました!ありがとうございます。
市内あちこちまわりますが、確かに状態いい告ぐはもうほとんどみなくなりました。
2000年の犬の糞の看板も劣化してるぐらいで。
なんとなく小さいときの黄昏の帰り道を思い出します。
あの文体や環境ネタから「公共広告機構」のような背筋の寒さを感じたり。 
仁井田は古町にはありますが、1980年代に造成された場所にはありませんでした。もちろん御野場ニュータウンも。
仁井田の古いのは日産秋田会から寄贈されたごみ捨てがあり、そこに告ぐがありました。
なんか海老みたいな不気味なシールがたくさん貼ってあるごみ捨て場がありまました。
うっすらと「社会党」と書いてあり後年「社会党 海老」で調べてみたら1989年に社会党が参院選で作ったシールとか。
この年社会党が勝つわけで、なりふり構わないことしてたのか…と
(ちなみに参院選秋田で自民が4回負けたうちの1回)
返信する
どういたしまして (taic02)
2020-07-17 00:05:44
とりあえずこんなところです。
折りたたみ置き場増加で減ったものの、古くからの地域では、そこそこ残っている感じでしょうか。文字が消えても捨てるのが忍びないと考える町内もあるのでしょう。
カラフルなものはどうしても消えるようで、設置したはいいけど、後々もフォローしてほしいものです。
日産秋田会のごみ置き場、ありましたね。うちの辺りでは見なくなりましたが。
社会党はザリガニだそうで。記憶になかったですが、検索してみたら見覚えがあるような…
なぜザリガニなのか、理由はよく分からないらしいです。
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Unknown (FMEN)
2020-07-20 22:06:30
この記事を見て思わずごみ捨て場に目がいきますが、「告ぐ」減りましたね。
将軍野の古い「日にひとつはよいことをしましょう」でも見つけられませんでした。
多分金足から太平下浜まで探せばあるんですが。
逆にエコアちゃんの水銀ゴミについてをよく見ます。
現代版の「告ぐ」はこれかも。

話は変わりますが、お囃子が響かない7月20日です。
それでも晴れるんだから、すごい。
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残る告ぐ (taic02)
2020-07-20 23:58:01
今の時期、草が生い茂ってそれに埋もれて目立たなくなっている場所もありましたが、確実に減っています。たしかに農村部のほうが古い小屋形式の集積所が残っていますから、告ぐも残っている可能性は高いでしょう。
エコアちゃんも、いつかは薄れた謎のキャラクターとなってしまうのか…
「日にひとつ~」も秋田市のごみの特徴の1つでしょうか。これもいつか取り上げられたらと。

もう港まつりの時期なのかという感じです。竿燈大通りでは、いつもなら観覧席工事がされていると思えば寂しいものです。
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Unknown (FMEN)
2020-07-21 21:32:24
自宅最寄りに穴埋めクイズでしたが、告ぐを見ました。
折り畳み式ですが、後ろの塀の持主のご厚意で網柵にくくりつけてくれたようです。感謝。
日にひとつ〜は将軍野以外にもあったのでしょうか。
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日にひとつ (taic02)
2020-07-21 23:51:48
町内会の方針と設置場所の環境が、残るかどうかの基準でしょうか。

将軍野は最近知ったのですが、異様に多い地帯ですね。あとは泉と東通に1つずつ、以前から知っていました。
市などが斡旋したのか、あるいは製品として同じものを誰かが作って売ったのか分かりませんが…
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