牧師室だより 2013年8月18日 政教分離が危うい
8月13日の朝日新聞の社説、「靖国参拝 政教分離を忘れるな」という記事より。「政治は宗教と切り離されなければならない。それは現代民主主義の鉄則の一つである。/日本の場合、その教訓は、先の大戦と破滅に至る道のりにあった。軍国主義と神道が密着した苦い経験をふまえ、平和国家の原則としてきた」と冒頭にあるが、その認識は多くの人々の賛同を得るだろう。
その原則を保障する憲法は「信教の自由を保障する一方、宗教団体が国から特権を受けることや、国やその機関による宗教的活動、宗教組織への公金支出を禁じている。/それが明記されたのは、戦前・戦中、神道が軍国主義の精神的支柱となり、国のための死を正当化してきたからである」と、政教分離の内容を説明し、その憲法が危ないと警告する。
「自民党は憲法改正草案で、政教分離に例外をつくろうとしている。『社会的儀礼または習俗的行為の範囲を超えないものについては、この限りではない』とし、原則を緩めたい意向だ。/宗教を儀礼や習俗といったあいまいな定義にすり替えて、どんな道をめざすというのか」と批判する。まさに、この「あいまいさ」がくせものである。要注意。
このような自民党の改憲の動きに反対している宗教団体の動向が同日の他面に紹介されていた。立正佼成会やPL教団などが加盟する新日本宗教団体連合会(新宗連)は、安部首相の「靖国神社が戦争で倒れた英霊の魂を安んじる場として中心的な施設」という5月の国会答弁に対して、「憲法は、国民がそれぞれ信じる宗教を通して、戦争犠牲者を慰霊・追悼する自由を保障している」として、批判している。
伝統仏教宗派でつくる全日本仏教界(全仏)も首相や閣僚の靖国参拝に対して、「靖国神社はかつて、国家神道の最重要拠点としての役割を果たした」と歴史的経緯から説き起こし、釘を刺す要望書を提出した、とある。新宗連が問題視するのは、どの宗教活動が習俗であるかを判断するのが、国であることだ。まさに政教分離が危ない。
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