(テレビ静岡のニュースより)
袴田事件・弁護団長 西嶋勝彦弁護士が死去 再審公判に車いすで参加 袴田さんの無罪訴え続ける
1966年に起きたいわゆる袴田事件で、袴田巖さんの弁護団長を務める西嶋勝彦弁護士が1月7日に亡くなったことがわかりました。
82歳でした。
西嶋勝彦弁護士は死刑が確定している袴田さんの弁護団長として20年以上活動を続け「間質性肺炎」を患い、車いす生活となっても、再審公判すべてに参加し、袴田さんの無罪を訴え続けてきました。
弁護団によると、1月7日都内の自宅で倒れているところを息子が発見し、心肺停止の状態で病院に搬送されましたが、その後死亡が確認されたということです。
袴田ひで子さん
「無罪であるということを聞かせて、巖ももちろんですが、西嶋先生にもお聞きになって頂きたかった。これは残念です」
袴田弁護団・小川秀世事務局長
「今年の夏過ぎには必ず無罪判決が出ると、西嶋先生もそれを本当に待っていたと思うが、そういう意味で本当に残念です」
袴田さんの再審公判は5月末に結審し、判決は夏以降に言い渡される見通しです。
(毎日新聞の記事より)
冤罪事件、弱きを助け続けた人生 弁護士・西嶋勝彦さんを悼む声
西嶋さんは中央大法学部を卒業後、65年に弁護士登録。「正義が実現できる仕事を」と刑事弁護の道を志し、初の「死後再審」として知られる53年の徳島ラジオ商殺人事件(85年に再審無罪)や、54年に島田市で女児が殺害され、死刑確定後の89年に再審無罪となった「島田事件」の弁護に携わった。
(島田事件と「えん罪製造機」)
(被告の死後再審で無罪になった「徳島ラジオ商殺人事件」)
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