すみちゃんノート

ひまつぶしのいろいろ

白虎隊士飯沼貞吉生家跡

2015年10月05日 | 会津若松
会津若松市に出かけた際に見慣れない石碑を見つけ良く見ると飯沼貞吉生家跡と記されていました
神明通りから鶴ヶ城方面に向かう通り 西栄町の生花店前にあります

戊辰戦争で新政府軍と戦い集団自刃した会津藩の白虎隊の調査研究に取り組む「白虎隊の会」が隊士の生家跡に石碑を設置するプロジェクトを始めたということで 第一弾として隊長代行を務めた篠田儀三郎と唯一生き残った飯沼貞吉の生家場所に石碑を建てました
隊士の生家跡碑建立は来年度以降も続けていく予定だそうです







飯沼貞吉は白虎隊が飯盛山で自刃した際に死に切れずに命を救われ その後学問をする機会を与えられ名を貞雄と改め逓信省技師となり各地に勤務し日清戦争にも従軍し 仙台市にて77歳で永眠しました

会津藩家老 西郷頼母の妻千重子は父の妹 山川大蔵 山川健次郎 大山捨松 山川二葉の山川兄弟は従兄弟(母同士が姉妹)

「白虎隊の会」は飯沼貞吉(後貞雄)二男 一精の三男にあたる飯沼一元さんが設立にあたった

飯沼一元さんは東北大学工学部電子工学科卒後 工学博士号取得 日本電気(株)研究所長 本社理事支配人 その後(株)ライステックを設立 2010年に白虎隊の会設立 2011年海の会設立 著書に白虎隊士飯沼貞吉の回生 第一版 第二版

飯沼一元さんは学ぶ機会を与えられた祖父にちなみNPO法人「海の会」を設立し東日本大震災の遺児に返済不要の奨学金を与える活動をしていらっしゃるそうです

飯沼貞吉が生き残り その御子孫により真実が明らかにされることを思うと生きていてありがとうと思う 今も昔も戦いによって優秀な若者が命を落としていくことはあってはならない 

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