Straight Travel

日々読む本についての感想です。
特に好きな村上春樹さん、柴田元幸さんの著書についてなど。

「美しき天然」田中聡著(バジリコ)

2010-01-18 | 日本の作家
「美(うるわ)しき天然」田中聡著(バジリコ)を読みました。
皇太子時代の大正天皇をめぐる、史実に基づく物語。
皇太子時代に大正天皇は、日本国内のみならず、朝鮮半島にまで視察旅行に出かけていました。厳重にスケジュールが決まっているにも関わらず、一人で散歩にでたり、人々に話しかけたり、かなり開放的な面を持たれていたといいます。
そのような史実を下敷きにし、皇太子、お伴をしていた有栖川宮、新聞記者だった「電通」の創始者・権藤震二、同じく新聞記者の山路愛山、ときの政治家・山県有朋、小説家・江見水蔭、人類学者・坪井正五郎、そして日本の山を守っているという謎の民・スクナ族(このスクナ族だけは架空の登場人物)、その巫女であるサワ、スクナ族から離れ今は都会に住んでいる笙吉(しょうきち)など多くの登場人物が、皇太子と共に旅を続けます。
高崎、軽井沢、長野、新潟、柏崎、高田、桐生、水戸など、近代化に揺れる明治の日本を描いた歴史伝記小説です。

山に住むスクナ一族は「ウラうつし」などの独特の術を身につけ、治山治水をなりわいとしています。
彼らは近代化とともに荒れていく山河を守るために、皇太子の心に働きかけ、山のシラベを守ろうとします。しかし、スクナ一族自身も時代の変化からは逃れられない運命にありました。

大正天皇については諸説ありますが、この小説ではのびやかな感性をもった、きまじめな皇太子として描かれています。
しかし、近過去の天皇を作品として扱うということや、実在の人物に隠し子がいたという設定は、小説だけれど問題ないのかしら?と老婆心ながら作者に異議申し立てがいったりしないのかなとちょっと気になってしまいました。

実在の事件や人物も絡み合わせた面白い小説でした。
皇太子の言葉や長岡の方言、スクナの言葉などの描き分けも巧み。
でもスクナの思いに背き、その後の日本がたどった道を重ね合わせると、心が重くなります・・・。