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森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

非効率性に生きるということ

2013年08月02日 10時01分57秒 | 日記
昨日、高知に帰ってきました。夜は早速にミヤタヤに行き、よさこい談義。それを目的でいったんだけど。人々のため、高知のため、よさこいのため、踊り子のため、スタッフのため、大人というものは他者のために生きられるということ、と再認識しました。大人であってもエゴがでる。けれども、自己の幸せは他者の幸せによって生まれることを気づけた大人は、それが前に出過ぎない。昨日はジュクチョウより、悪い大人の残念なことを聞いたりしましたが(エゴイズムの極み)、けれども、そこで閉塞感あふれ、あきらめてしまえば、未来がありません。よいものは残し続けていかないといけません。

世の中は効率的、確実的なものが好まれつつあります。全国に広がるファミレスや様々なチェーン店を見ればそれが一目瞭然です。けれども、本来人間関係は不確実性のかたまりです。確実性、効率性だけで生きてしまえば、その不確実性、不測の事態に対応できなくなってしまいます。メディアで取り上げられる今の大学生や子供たちの挑戦のなさを見れば、そう思ってしまうのです。しかしながら、それも実は大人からの視線なわけです。彼らからの視線ではありません。実際には挑戦にあふれている若者もたくさんいます。だから本質的には人間は挑戦する生き物だと思うのです。だから、挑戦しない若者は環境による被害者なわけです。それを大人がばっさり切って、最近の若いやつは、と言えば、もともこもないわけです。あなたたち、我々がつくった環境を彼らはいきざるをえない。だからこそ、時には怒り、時には間違っているとストレートに襟を正し、あるいは時には友達のように分かち合い、関心を持っていると接近することが大人の役割です。

それが功を奏すかはわかりません。そう不確実なわけです。自分だけが環境要因ではないから。だから、とっても非効率的です。なぜなら、別の大人たちが無関心だらけであれば、相対的に影響を与えることがなかなかできないからです。けれども、そういう大人ばかりだとしたら、結果的に何も変わらないのです。よくないものは駄目だと声を上げる。それを彼ら彼女らは待っているのです。関わることで恨みを買うこともあるでしょう。だからリスクも伴います。けれども大人はそのリスクを背負わなければなりません。狩猟社会の時代を考えればそんなこと理解できるでしょう。

こうした声を上げるっていうのは、本当は親の役割なんですが、それが駄目なら近所のおっさん。それがなければ関わるすべての大人の役割です。世の中は効率性ばかりで、やれ体罰だ、やれハラスメントだと、文章(理屈)で縛り付けます。しかしながら、そもそも私たちの先祖はそんなこともなく、きちんと子孫を育ててきたわけです。それを恐れて教育ができるわけないのです。そこには紙切れのエビデンスや理屈は必要ない。先に生まれるで先生。つまり、大人はすべての子供の先生なわけです。

シナプス刈り込みとかけまして。。

2013年07月25日 22時48分29秒 | 日記
デカルトはベッドの上でゆったりと、ゆっくりと、考え、デカルト座標にいたった。ゆったりと、ゆっくりと、ここにヒケツがある。そして身体はせわしく動いていない。ゆったり、ゆっくりする時間をどう獲得するかが人生を決めるといっても過言でないが、現実、そうもさせてくれない。

私ごと、論文を書く時間だけでなく、論文を読んだり検索したりする時間すらない。ないのである。そして私は安直に睡眠を減らすといった方法や、プライベートな活動を削減するといったこともしない。それだけのキャパしかないと自分自身が思うからだ。こうした決断はまぎれもなく自己が選択してきた路でもある。

現実、今、自分自身の役割を認識しつつも、どっかで、自己で微妙に修正していかないと、大学教員の資格すらもなくなるのではないかと思っている。巷には良くやっているとか言われるが、まだまだ物足りない。報酬を最大限にしようとする脳をもってこそ、喜びを持つ。そうした報酬を最大限にしようとしなくなれば、それは引き際でもある。一線に残るのも他者のため、一線から退くのも他者のため。発達において、シナプスが刈り込まれるのも、神経ネットワークに隙間をつくり、新たなつながりを創発するためでもある。そこのあなた。。新たなつながりを邪魔してませんか?

今こそ「分かれ目」

2013年07月19日 08時35分52秒 | 日記
ほんの少し行動を起こし前に進める。ほんの少し未来のリスク管理を行う。この繰り返しで人生は決定される。そのボタンを掛け違えるとサイコロは負にふられることがある。そして負にふられると、その負の自己を肯定してしまう。自己を見ずして他者を批判したり、あるいは自己を卑下したりと。ほんの少しの違い・イベントから始まるのである。

この負のサイクルが起こり始めると似た者同士で共感しあい、その負のコミュニティが形成される。そうすると共感しあうために、脳が錯覚をしはじめる。自分(たちは)は間違っていないと。そして間違っていない情報のみで自己脳を構築する。妄信することのはじまりであるし、聞く耳持たない意識のはじまりでもある。同じように犯罪等の悪の道に手を染めていくこともある。弱い心の持ち者同士が共感していってしまうシステムだ。社会コミュニティは脳間操作系である以上、致し方ない。類は友を呼ぶ、って言葉はある意味真実でもある。

あんな子ではなかったのに。とメディアに登場するパターン。ミラーニューロンシステムの存在を信じれば、そういう連鎖はサイエンスからみても納得される。そのきっかけは些細なイベント、ボタンの掛け違えである。この一線を越えるべからずといったリスク管理としての認知能力が人生道を異なるベクトルに進めてしまう。

学生達にはほんの少しの前に進める行動を期待したい。あ~だこ~だ理屈をこねる大人になるか、ならないか、今が勝負でもある。

疼痛研究の夜明け

2013年07月14日 08時33分28秒 | 日記
日本疼痛学会を予定より早く切り上げて昨日の夜帰ってきました。柿木隆介先生の色が出ていた学会でした。率直に疼痛の脳イメージング研究は諸外国に比べ少し遅れている感が否めないと思いました。これは長年疼痛研究・臨床が外科・整形外科・薬の範疇で議論されてきたことや、痛みに対する文化的側面が関与しているのではないかと思っています。日本人はある程度の客観的データ(例えば炎症反応や骨)がない痛みを「こころ」の問題とあつかい、こころ=精神的な弱さという視点で、気持ちの問題として、それに向き合ってきませんでした。日本人の精神にはよき意味での「我慢」とあしき意味での「我慢」があります。後者は我慢を強要するという視点です。しかしながら、近年のこころの問題が脳イメージング研究などで明らかにされてきた背景から、徐々にその問題を取り上げるようになってきました。やっと疼痛の脳研究は端緒についたばかりかなと思った次第です。ここまでくるのには相当の時間がかかったということを何よりも柿木先生は思ったのではないでしょうか。リハビリテーション療法士も、このスタートラインに研究者、医師と同時につくことが大事ではないでしょうか。うちの研究グループの方向性は間違っていないとある程度な確信をえました。研究室では疼痛の研究を推進してくれる者を積極的に求めたいと思います。

さてさて、昨日は大変でした。めまい、嘔吐、腰痛が醜く、座っているのも大変でしたが、見事な座長さばきでした。笑。僕は講演するよりも、座長や司会業が向いているのかな。編集能力の方が発揮できると思います。。。

6月終わりから昨日までほとんど出張で奈良にいたのは3日。過労は否めない状況でした。「無理をするな」といわれますが、私がスケジュールを決めているわけではありません。笑(私は基本堕落した心を思っています)。そして講演(授業もそう)などは休むことはできないわけなのです。代行できないということは、プロフェッショナルとなったのでしょうか?笑。まあ私の哲学は「無理ができるときに無理をしておく」なのです。20代~30代前半なんか特にそう。仲間と研究で朝4時になったことなんかしばしば。「やすのり!」それより心配なのはペインの仲間たちです。彼らも年をとり、過労で検査や入院となっています。バトンタッチの意識を急ぐ訳です。対象者のために研究をとめるわけにはいかないので。

さて、今日はオープンキャンパスです。個別相談ですが、腰や自律神経もつかな??多数の人々をお待ちしております。終わり次第、大分、徳島の講演資料に向き合います。明日は院生の論文を修正したり、自分の原稿に向き合ったりの仕事です。

学会雑感

2013年07月07日 08時10分24秒 | 日記
昨日は認知神経リハ学会にて、ATRの今水寛先生の講演の司会、ならびに対談を行いました。僕としては、最近のcerebellum-parietal cortexの運動学習における関係性に関する研究のアルゴリズムが知りたいと思い、後半にそれを聞くことができてとても勉強になりました。

2007年以降の論文を読んでも、結果、要約については理解できていたのですが、そのアルゴリズムならびに方法論が計算論的アプローチのため読解できていませんでした。その手続きを口頭で聞くことができとてもうれしかったです。その、これでもか、これでもかと行動の視点から統制していく手続きに関しては、研究者として本当に見習わなければならないと思いました。

いずれにしても、前頭ー頭頂ネットワークにおける認知段階の初期学習、頭頂連合野における連合段階の中期段階、そして小脳に内部モデルが形成された自動段階、これらの心理的概念が神経科学的手続きによって解明されつつあります。大脳ー小脳連関の重要性、ならびに、座標変換を考えながらの学習の質を問いかける治療が今後吟味されるべきでしょう。運動学習の手続きは、運動を出力させたり、感覚を入力するだけの単純な神経メカニズムではありません。

いろんなアプローチをしながら、結局はメソドロジー理論にしか生きられないのは問題です。今水先生との対談の最後に、彼からコネクティビティーを考えたオーダーメイドな治療を提供することがリハビリテーションである意見を聞けて、よかったです。これは司会の力でしょうか?笑。僕としては上頭頂小葉における予測的視点、下頭頂小葉における文脈的視点に今後の臨床展開可能性を感じ、そして側頭葉を含めたTPJのモデルと小脳のモデルの意味を考え、人間における高次な運動制御・学習(行為)を考えてみたいと思います。

後半の口述では信迫氏の成長を思い、もう私は超えられたと思い、今後は彼に仕事を少しずつ渡していこうと思います。臨床的示唆、飛躍的考察のなさ、研究手続き、そしてそれに関するサーベイ、さらには発表態度、質疑応答に対応する言動、これらのすべてがエレガントでした。

本日は若手・中堅研究者とのコラボのようです。疼痛では研究室の大住君が、運動イメージでは研究センターの信迫氏が、手の運動機能回復では院修了の大松さんが、そして発達障害では研究室の浅野氏と院修了の此上君が、それぞれ東大の住谷先生、ATRの雨宮先生、産総研の村田先生、上越教育大・さきがけの森口先生とよきディスカッションをすることでしょう。

学会は教育の場ではありません。そして概念を守る場でもありません。意見を出し合いながらよき方向に導き、今後えれを補完し合いながら、社会をよくしていくための媒体です。基礎研究者の知見をどのように応用するか、そしてそれを彼らにフィードバックし、どのような研究が今後必要か、解明すべき問題点を共有するところに意味があります。本当の意味でも学会を、私の遺伝子たちには期待しています。守破離も意識し、行動、言動に責任をもってちょうだい!

本年度1発目のセミナー終了!

2013年06月23日 23時45分52秒 | 日記
もうそろそろ皆さん自宅に帰り着きましたか?
あ、まだの方もおられますね。。

昨日、今日とうちの大学のニューロリハビリテーション研究センターが主催しているニューロリハビリテーションセミナーに多くの方に参加していただきありがとうございました。北海道から沖縄のおおよそ320名の皆様に参加いただきました。

申し込みが殺到し、サーバーダウン、そして応用編、臨床編、研究編を含め10分で定員が埋まるといったことからはじまったた今年のセミナー。その期待に応えることはなかなか骨のおれる作業なのですが、その期待をエネルギーに変え、情報を提供、あるいはどのようにすれば皆様が満足するかをスタッフ一同で意識し考えました。事前資料を配布し、このスピードについてもらおうと今回は試みましたが、強い効果はなかったものの、やらないよりやった方がよい、というポジテュブ効果は感じることができました。

とりあえず、いくつかの反省もありつつ、皆さんのご協力をえながら終了できたこと、ここに研究センターを代表してお礼申し上げます。そして、これを支えてくれたスタッフ、院生のみんなに対しても。

我々は持ち前の仲のよさを活かして、あるいは4年目という経験をいかして、円滑なシステムとして機能しています。しかしながら、もっとうまくいかないか、もっと満足させることはできないか、後ろで講義を聴きながら思い、いろんなパターンをシミュレーションしていました。いくつかは応用編に向けて修正していきます。そして、当面は「個」の力をのばす、そして、そろそろいったんプログラムを解体し、その構造を変えたり、新しい人材を登用したりと、変化を起こしていかないといけないと思っています。現状維持という視点は、将来的に現状維持にはなりえない。そして、現状維持の意識こそ、利己的意識であると、私は思っています。

さて、分子から構造、機能までいくつか抜け落ちたものもありつつ、一通り1.5日で終了することができました。時間の関係上、情報の垂れ流しであったかもしれません。ただ、私たちはいわゆる臨床をする人でないため、できる限りの飛躍を避け、そのままを伝えるようにしています。しかしながら、情報は選択する人の脳機能に由来しているため、その情報がすべてではありませんし、少々自己のバイアスにゆがめられているのも事実です。そしてその受け取り側の準備・状態によってもその情報は変化していきます。人と人のつながり、まさに神経細胞と神経細胞のつながりににていますよね。シナプス後細胞が受講していた皆様かもしれません。

いずれにしても、私たちと皆様がシナプス結合したり、シナプス可塑性がおこったり、あるいは、そうでなく、アポトーシスがおこったり、それぞれでいろんなことがおこったかもしれませんが、私たちは皆様(後細胞)から批評、そしてそれぞれの視線やムードを受けたこと、それ自体が私たちの神経成長因子であると思っています。このつながりが強化され、増強することが、リハビリテーションパラダイムをよき方向に導いていくものと信じています。それには、患者さんのために勉強していると建前でいいつつも、無意識的に存在する本音である自己の現状維持に対する満足感を一度取っ払うことが必要だと思っています。

応用編は9月です。皆さんを喜ばすためには?それを2ヶ月練りたいと思います。応用編でまたお会いできること、あるいははじめてお会いできること、それを楽しみにしています。

けれど、その前に私自身はよさこい祭りに意識のベクトルを向けていきます!!笑。

2013ニューロリハビリテーションセミナースタート

2013年06月23日 06時58分03秒 | 日記
2013年の本学のニューロリハビリテーションセミナーはじまりました。まずは、基礎編です。

昨日は脳の発生や神経可塑性の話からはじまり、脳幹、伝導路、視床、扁桃体、海馬、視床下部、とややもすれば学校卒業前にきいたけれど、そのまま通り過ぎていたところ、あるいは学校によってはさらっとしかやっていなかったところだと思いますが、脳が活動したとか、活性化したとか、マクロなことで話している、そのおおもとは何かをしっておかないと、ものごとを単純に考えてしまう嫌いがあります。一方で、皮質優位に物事を考えていますが、生物としての象徴としての脳機能とはなにか、そして、運動、認知の手前にもっと意識すべき情動という問題を考えるきっかけになったのではないでしょうか。

こうした基礎が臨床の何に役立つのかと、否定的にとらえる方もいるかもしれません。けれども、それも自己の脳なのです。なぜ、そのように自分自身がとらえているか、ひょっとすると自己の大脳辺縁系が用語に対して無意識に「嫌い」というサインをだして、例えばその矛盾(勉強しようと思っているのに、わからないとか、臨床にすぐさま役立てようと思っているのに、浮かばないとか)に対して前帯状回なんかが反応しているのかもしれません。その基盤が神経細胞による興奮性シナプスかもしれません。

いずれにしても、学習という道しるべには長期増強や長期抑圧がかかわってきますが、それには短期的に集中してスパイクさせるか、時間を費やして、繰り返し加重を増やして行くしか方法はありません。

むしろ、臨床というトップダウンの思考により、情報にフィルターがかけられすぎているのが問題のように思えるときもあります。それが学習なんですが、その一方でそれは柔軟性にかけるともいいます。臨床を知らないときに運動学を学んだときのように、例えば、実習前に人体の構造から学んだ関節運動。肩関節の運動を自分たちの体で確認しあったように、自己の実生活の中から神経科学を学んでもらいたいとも思います。今目をさまし、運動を行う自分自身。それはまぎれもなく神経系による仕業ですから。自己の行動を分析できず、人の行動を分析し、変える事はできないと思っています。ここが正念場。。最初からフィルターをかけてしまうから、キャッチコピー的な手技にはしりやすい。そして結果がすべてだという言葉にふらっといってしまうのです。その志向性も自己の脳の仕業。それを選択しそれを行動しているのも。簡単に説明するのは疑ってかかれ!これ科学の鉄則です。

いずれにしても、本日は基底核、小脳、そして皮質の4つの葉にむかいます。よりリアリティが意識されると思いますので、理解しやすいとは思います。聴きながら、書きながら、今この行動を選択しているのは、脳のなかのどなた?と思いながらきくと、面白いですよ。そして意識せずとも動けているのは、だれのおかげ?ってきくと。

いずれにしても、今日1日ニューロリハセミナーの運営を力をあわせがんばります。もちろん講義もですが,基礎編なのでみなさんが理解できるようにすすめたいと思っています。みなさんも意識を高揚させのぞんできてください。

懐の深さと余裕をもたらす学習する脳

2013年06月19日 18時09分39秒 | 日記
今週の金曜日に高知の実習施設に訪問にいく予定でしたが、先ほど台風の影響を予想して、「延期」を先方と決定させていただきました。行く事ができても、万が一帰れなくなると、「ニューロリハセミナー」の運営に影響を及ぼす可能性があるからです。本州(いまや九州も)は飛行機が飛ばなくても「新幹線」という滅多にストップすることはない(九州新幹線はよくとまりますね。。)乗り物がありますが、四国は瀬戸大橋、鳴門大橋いずれも強風で渡れなくなる場合があります。ということは、四国を脱出できないのです。

「ニューロリハセミナー」も私の講義内容ぐらい、松尾氏、冷水氏が楽勝にこなしてくれると思いますが、今年度第1回目で、ニューロリハ研究センター1発目の事業ですので、なんとなくですが、形の上でのセンター長ですが、、、いた方がよいと思い、高知の出張を延期させていただきました。台風自体、弱く温帯低気圧にかわるとは予想されますが、1%でも帰る事ができない可能性があるのなら、この場合大事をとるという意思決定をさせていただきました。そして当日不測の事態にたいしても意思決定が必要なときがあるかもしれません。私たちには昨年度の経験も+に作用してくれるでしょう。

これには、台風の進路という不確実な要素、そして、先方の指導者と現在の学生の状況などといった数値にはかることができない抽象的な内容、それらなどを私の脳が鑑み、そして、私と指導者との共同注意によるコミュニケーションのもと、意思決定するプロセスが含まれています。この意思決定プロセスこそ、人間が人間たらしめているものだとも思うのです。

いずれにしても、延期を快く受け入れてくれて、病院内を調整してくれた西村そうじ先生に感謝です。「そうじ」で良かったです。彼は高知のときの教え子の一人ですが、今回のことで、彼が入試のときにとってもユニークな小論文を書いた事を思い出した次第です。よこみ~~~~ 西村そうじ先生でよかったね。このような懐の深さが大人の象徴ですね。それと対局にいる人もいますね。。今回は久しぶりに実習関係の仕事で困惑しています。

さてさて、台風が接近していますが、現状、そのまま実施する予定です。北海道から沖縄まで約320名の方々をお迎えします。日本列島は長いので、どこかに焦点を置く事ができないのが実情です。むしろ、受講する方々と、この不測の事態を楽しもうと思っています。問題が発生すれば、人間の脳はいろんなことを前もってシミュレーションし、そしてアクションをより早く起こします。これこそシミュレーション脳です。こうした時、私自身の前頭前野は鍛えられ、そのプロセスに基づく学習によって、「余裕」といったものを自己の脳に蓄積してくれます。

サーバがダウンし、延べ1000名の定員が10分で埋まった今回のセミナーの第1発目。楽しもうとしないと、受講できなかった人たちに失礼になるかもしれません。そして、私たちは皆さんが楽しめるよう、講義のみならず、様々なおもてなしを考え、それを実践するのです。前岡先生準備いいですか?・・・皆さんの起こしを心よりお待ちしています。
楽しみにしています!!