森岡 周のブログ

脳の講座や講演スケジュールなど・・・

いつまでたっても・・・・いや前向きに

2007年01月31日 23時38分48秒 | 過去ログ
昨日は実習配置で1日費やした。
あ=だこ~だ言っているようだが、覚悟を決めてほしい。
俺なんかアパートや寮に風呂もなかったぞ。
有無を言わさず二人部屋にいれられ・・・
ま~それもいい思い出。

通勤に遠いだの、なんだの・・・ たかが8週間で人生が決まれば世話ない。
自分が自分が自分が・・・他人が他人が他人が・・・ 大人だろ。
手取り足取り義務教育によって人工的な脳が生産されてきたんだね。
心に余裕がないと、もっと困難な壁にぶつかったとき、逃げるしかないよ。
それにしても、よく「泣いている」らしいな・・・大学は専門学校のように進級が厳しくない分、臨床実習では大変さが待っているだろう。
教育者の俺としては、みんなを育てる気持ちはいっぱいだが、臨床家の俺としては、患者の前に出てほしくないやつらはいる。いつも葛藤だが、教育者をとる、それが仕事だ。

母親が発症後4ヶ月経過し、やっと転院できた。
むやみにさわるな、動かすなといってたのに・・・伸張反射、放散反応バリバリらしい。「痛み」を脳に植えつけたな。触っただけで、感じもしてないのに、痛いという言語が生まれている。それと、リハ室にいくのは「恐い」「厳しいからいやだ」とは、どういうことだ!?


だからいつまでたっても「”理学”療法士」なんだ。
機械のように、ギッコンバッコン曲げるしかないのか、反復反復反復、・・・の一つ覚えもなんとかしろよ。約束が違うぞ。

子供に対しての勉強の要求に似ている。

ま、そんなことを言ってもしょうがない。
腹を立てない・・・
前向きに、やっとN先生、I先生に触っていただいたんだから。

ありがとうございます。
母親も幸せです。

学生の実技試験をみて感じたこと・・・リハビリに未来はあるのか・・・少々不安だが、この過渡期に俺はがんばる、そう誓った1日だった。

イタリアから電話を頂き、心が落ち着いたよ。



open the window

2007年01月30日 00時00分27秒 | 過去ログ
金曜は岡山で講義の後、酒井先生、宮城先生といつもの店へ。
横で明日の夜の段取りに追われる。
奥埜氏に無理を言い、店を取ってもらう。
もう1時すぎ。

朝、起き、一路大学へ。
岡山の駅で石川病院の横内先生と待ち合わせ。
バイザー会議に出席していただく。
新幹線のなかで業界のこと、脳卒中のこと、など話をする。
最近は回復期でも早期に脳卒中をみることができるので、急性期にいらないことをされてなく、いいらしい。
先日の高村先生にも聞いたが、セラピストによって身体が壊される。
今日の学生の実技でないが、どうしてそう、筋力トレーニングと安易な方にいくんだろう。その副作用の代償は大きい。

バイザー会議前には、友人、先輩、同志たち、30数名と挨拶を交わす。
結構多い。

伊藤先生の教育講演はまさに認知プロセスの重要性を説いてもらう。
どこまで浸透するのだろうか。
わかってない人もいた・・・

バイザー会議は可もなく、不可もなく、昨年よりましだが、ぼちぼちでしょ。
いずれにしても、教育者とは?を考えさせられる。
egoが蔓延しないように(祈)。
時代がもっと早く! 

「普遍性」とは何か? 「自省」とは何か? まあそんなこと言ってもという顔は少なからずともあるのかな。僕の言っていることがわかんないとも思われているだろう。まあ、いい。

自分の位置を認知し、自分を省みる。
人生、学習過程とはそういうものだ。
いつまでたっても、昔の自分がよかったなんて思わないようにしたいものだ。


バイザー会議後は10数名と懇親会。
谷九にこんな洒落た店があったなんて。
さすが奥埜、感謝します。
翌日、そして翌々日にイタリア行きのフライトの面子もいたが、みなさん元気だ。
よきコース研修を祈ります。

open the window ! 狭い世界で生きないように(祈)。

結局、タクシーを飛ばして2時半ぐらいに家に帰り着く。
しばらくぶりの家だ。

博多-博多-岡山-大阪と4夜連続は、身体のみならず、経済的にも結構打撃だ。
浪費家・・・・心だけが元気かもしれない、意外と。


今日は一日中、口述実技試験とゼミでふらふら。
しかし、表面だけの知識だな、学生諸君。
奮闘してね。
人間の質は奥行きで決まる。

表面だけの、上っ面なだけの、そして自己中な大人(先輩)にはならぬように。

先輩とは量を重ねるのでなく、質を重ねる人物を言う。

さてさて、もうひと踏ん張り。



試験監督は内部表象の場

2007年01月25日 18時35分02秒 | 過去ログ

昨日から福岡に一般入試の監督にきている。場所は、福岡国際会議場。そう7月に学術集会を開いた場所だ。

いろんな出来事記憶が想起する。人間の記憶は感情に左右される。

試験監督は無になる場所でもあるが、いくつもの研究を想起できる場所である。

Singet T.たちの研究成果を参考に、いくつもの研究計画が浮かんでくる。これを実践するには一人の肉体では不可能かな。

昨日の店「水たきの長野」はよかった。久しぶりに鍋がうまい、鳥がうまいと思った。 今日の休憩にはデザイン学科の三井田先生にイタリア建築のすばらしさを聞いた。紀元前、すでにコンクリートの手続きを知っていたという。コロッセオ、水道橋、アリーナ、いくつものすばらしい建築のレクチャーを聴けた。ギリシア建築よりもイタリア建築、直線よりも曲線、そのすばらしさに触れることができた。先生はヴェネチア建築大学への留学経験を持つ。イタリア語の翻訳本もある。

さてさて、今から7月の学会の相棒たちと久しぶりの再会だ。ちょうど、去年の今頃、すべてのプログラムが完成したころだ。年末年始パリでいたとき、分科会のメンバーにメールを送り続けていた。それから1年ですね。

明日は岡山で講義、あさってはバイザー会議です。新幹線がマイルなら、それはそれはたまっている。

 


マンネリは自らに敗北するということ

2007年01月23日 20時13分20秒 | 過去ログ
昨日、今日と平和な毎日を過ごしている。
昨日は会議などで、なぜ人は優越感に浸りたいのだろうと考えていた。
いろんな人がいるが、教育の場にいる以上、他者のために、という視点は少なからずとも持ち続けたい。
「勝ち」「負け」だけの結果にこだわらず、その「間」を考えることのできる人間を育成する、それが教育研究者としての仕事だ。

夜は男子学生10名と懇親会に。
12時過ぎまで男同士の話をする。
あまり建設的な意見交換にはならなかった(ごめん)が、少しはストレス軽減になったのかな。
人(先輩)と話すということは、そういう面で効果があると思う。
自分自身もそうだ。
逆にストレスを増強させてしまうと、それは先輩の問題である。

悩むことができるということは幸せなこと。
なぜなら、未来を感じているから。
未来を予測し不安に思うから、悩む、嫌だとかの感情も生まれる。
人間らしい。
脳が起動している喜びだ。

不安と安全の間で生きている。

安全のみでも良くないし、不安だけでも良くない。

安全のみなマンネリは自らに敗北するということ。
いずれにしても、先の診療報酬問題も自らの仕事を省みず胡坐をかいていたのだと思う、そう思いませんか大先輩たち。
先日のテレビドラマもそう。
結局、PTは平行棒の横に突っ立っているだけ。
それが概念イメージなんですよ。
リハビりのイメージにセラピストは存在しない。
リハビリのイメージはとにかく患者がなりふり構わず、一人でがんばる。
それだけなんですよ。
そこには同じ方向を向く教師や看護師の視点もないし、奇跡を起こす外科医の視点もない。あるのは患者のみ。
二人称な関係性はどこにもない。
そういうセラピスト不在の概念を植えつけたことにも責任を感じてほしい。


今日は午後は3回ゼミ生の研究計画のおいこみ。

今年は、感情、意識、心、音楽の問題に踏み込もうと思う。

好きなことを研究しなさい。
自由にやり、自らの達成感を感じるとともに自省しなさい。
そして、先駆者たちの美しい研究成果に触れなさい。
批判的吟味も大事だが、そればっかりしても人間ではない。
歴史に生きている喜びを感じなさい。
そうした研究があるから、あなたたちの研究があるのです。

自由は秩序の中の自由だ。
それをメタ認知する。
そういう研究計画を待っています。

La vie

2007年01月21日 23時45分08秒 | 過去ログ
土曜、岡山での講義を終え、ゆっくりと出て新幹線に乗る。
いつもは「のぞみ」だが、新神戸までなので、「ひかり」レールスターに乗る。
シートがゆったりしていい。
久しぶりに「サイレンスカー」に乗るが、新神戸までの短距離なので、逆に眠ることができなかった。乗り過ごしたらどうしよう・・・ってことで。新大阪までなのでいいやと思いつつ、逆にそっから引返してくるのはもったいないとも思った。近鉄ではよくやる。

ちょっと早めについたので、神戸を歩き、旧居留地あたりの店を散策する。イタリアンレストラン、名前はフランス語だが・・に入り、ワインとスープ、前菜をいただく。高架下の靴屋を見ながら、三宮まで戻る。靴はこのあたり、革製品は三宮で買うことが多い。財布もバックもそうである。

三宮より西明石へ。

いつも利用させていただくホテルへ。

この道を何回歩いたことか、けどいつきても新幹線出口で降りると迷う。

神経系理学療法研究部会の吉尾部会長、神沢大会長、シンポジストの先生方らといろんな話に花を咲かせたために、あまり食にありつけず。アルコールばかり入っていった。やっとこのとき、一人の持ち時間がわかった。それでいい。

皆さんの思考に共感する部分多々あり。
久しぶりに但馬長寿の郷の小森先輩にあい、相変わらずのあぐれっしぶかつロジカルな仕事ぶりに感服する。また山梨リハ病院の高村さんが同い年で共通の知人・友人がいることに親近感を覚える。同級生が脳卒中に真剣に向き合っていることを聞き、未来に光明が指す。最近、そういう年代の話は管理のことばかりで夢がないことから嫌気がさしていた。介入方法は変わるが、リハ未来のために神経可塑性のための議論を重ねたい。

いつも行く、ロックバーに行き、The Hippy Hippy Shakeを久しぶりに聞き、3月のsailingでのライブの曲どうしようかと思いを走らせる。カッコウつけてもロック大好き人間である。シャンソンだとか、ジャズだとか、ボサノバだとか、クラシックだとかも聞くが、やっぱり長年連れ添ったこの音楽、それが自分の体に染み付いている。正月には高知からベースを持ってきた。約三年ぶりに、マイ・プレシジョンに再会した。

翌日は、ダラダラ会場内をしながら、自分のシンポで使用するスライドを調整。

機能解離、シナプス可塑性、情動(快・不快)、運動学習、感覚、弁別、予期、スキーマ、心の理論などを話し、「私」の視点の重要性、対象者の目線、個別性、多様性、選択性などを話した。

後半のディスカッションでは2点のことについて意見を述べた。

急性期、回復期、維持期、あるいはクリニカルパスといった時系列上でのある意味、差別化は、規則なのか、基準なのかという視点。
もちろん基準であるが、これは対象者の視点によって容易に変化してしまう点。またその精度が悪ければ、規則にはならず、守られない規則はいらない。
これは理学療法士教育がなぜ3~4年間なのかにも似ている。
生涯学習プログラムがあるのなら、患者にもそれがあってもいいと思うし、その受け皿を早急に検討すべきである。

脳の学習にそのような便宜上の区別はない。
杓子定規も脳の回復には当てはまらない。
何でも急性期は座位をとらせるという先入意識には少し反発しようと思ったが、論議が変わるのでやめた。



なぜ、人間は座位をとる(に向かおうとするのか)のか、その人間らしさについて、あるいは子どもの発達について、急性期のセラピストは勉強して欲しい。



人間は死ぬまで学習し続ける。

生きているって言うことはそうだ。

人生、それは私(私らしさ)が生きているということ。

もう1点は、人生の質とは何か。それは自由を感じることである。
これは秩序のなかの自由だ。
以前のブログで魂の自由を書いたけど、そういうこと。
自らの人生に自由を感じる。
そのためには、自分自身で選択できるということである。
そのためには、1よりも2、2よりも3といった秩序のなかでの多様性から選択
できる自由である。
これは行動の自由のみならず、運動の自由もある。コップをつかむ一つの動作においても自由のなかからひとつを選択できるという自由度である。

そうした患者自身で選択できるというところまで、リハは必要である。子供が独り立ちするのと似ている。

QOL、それは私自身が決めることであり、私に決定権がない生活は生きていてつらい(息苦しい)。秩序の中に自由あり。その私の中のQOLは第三者からは見えない。

吉尾先生から聞いた。千里リハビリテーション病院では、食事の時間も自由(4時間以内)、その料理の選択も自由であると。
これも秩序のなかに自由ありである。
こういう選択性があれば、そのつど、患者さんの脳は表象される。心のみならず、ワーキングメモリ、記憶、そして自らの制御、など奥深い。

いい話を聞いた。

もうひとついいたかったことだが、横の連携、対話の重要性は言うまでもないのだが、それをするのもセラピスト同士、人間である。お互いが「忙しい」と思っていれば、それも機械的になり、いつしか、形だけに消えていく。結局のところ今の申し送りに舞い戻ると思う。脳に隙間(余裕)がないと成功しない。忙しいと思うのは自分にブレーキをかけているという心のサイン。その閾値を上げることだ。もちろん、無理のない範囲で。それが無理なら、忙しいシステムを心底変えようと努力することだ。欧州のように1日4名ぐらいの患者担当ならどうか!?日本システムには合わないというが、横の連携をみつにとることが機能回復、生活機能向上に結ぶならば、その効果は大きいと思う。果たしてセラピストの介入はそれに耐え切れるか、勝負してみないだろうか。

脳には空間、そして時間的的にも隙間、ギャップを作るべきである。
創造性は連合野を休めないと生まれない。
1日1時間でも寝ないで、休ませる、好きなことをする。
それがいい。
自分に言い聞かせている。

20代のときなんか、それが1年でも2年でもいいと思う。
留年なんて平気だよ。
1~2年、外国を遊学してみれば。


帰りは、奈良リハの佐藤、喜多先生に送ってもらい、楽しかった。
近くに心豊かな、そして自らに厳しい好きな2人がいて、うれしい。
車にのっていながら、奈良に来てよかったと思った。

ロマンティックな世界とはこういうことである。

La vie!

私は生きている、私は感じている。

人が愛おしく思う。




概念でなく前向きに

2007年01月19日 22時30分07秒 | 過去ログ

生存する知 生きていること、意識するということ

現代思想の山田規畝子さんの記述を読み、ご理解を。

高次脳機能障害とひとつにまとめないで。

半側空間無視とひとつにまとめないで。

その個人ひとりひとりをみて。

お願いします。

 

「どんな脳でも必ず学習する」山田規畝子さんの言葉は重い。

 

リハビリテーションそれは学習である。

人間は機械ではない。

 

 


感覚を研ぎ澄ませ!

2007年01月19日 00時08分02秒 | 過去ログ

今日は神経系理学療法学の最終講義を行い、学生を実習に送り出す、その心得?(私なり)について話した。普遍的な知識、普遍的でない想像、そのコラボレーションが臨床である。

午後は会議、もめにもめた。これも意識経験、思考の循環過程である。教育もそうなのだが、あくまでも結果・行動主義が蔓延する。世の中の評価は過程重視になっているが、しかし・・・ 医学に住み着くとき、どうしても結果というのも求められるのも事実だ。その両者をいききするのがいいのか、決別するのがいいのか・・・ リハビリテーションの理念と医学的リハビリテーションの求められ方が少し矛盾している。

18時より略称SAPSの講義に入る。「学生生活のススメ~経験と脳科学から~」といううテーマをいただき、「思考」「記憶」「感情」「感覚」「意識」についてお話した。学生からの質問で、「禅」の脳活動、そして無意識とは、という意見をいただき、それについて自らの考えが突然生まれるままに話した。

そもそも、佛教とは「煩悩」を排除する。その過程は、自らの「脳」で生み出される「内部表象」を一旦排除するという過程だ。平易にいれば、いらないことを考えないということだ。人間は大脳皮質が発達し、さまざまな想像をすることが可能だが、その想像はあくまでも小さい。一旦、リセットすることで、実は身体のすばらしさ、生きている身体の神秘さ、喜びをわからす手段なのかもしれない。すなわち、「意識」を一旦、排除し、そして、「身体」から湧き出す「感覚」のすばらしさ、私の「感覚」が作動する喜びを感じさせる、すなわち、それを意識化される過程なのかもしれない。おいしいものを食べて、心から喜ぶ、歌を聴いて心から感動する、本を読んで心底歓喜する。こうした一見単純と思われる日々のすばらしさ、人間のすばらしさを感じさせる、その手続きなのかもしれない。「概念」排除し、「感覚」を取る。私の「感覚」を「意識」する。その喜びだ。五体満足の幸せ、ご飯の甘さ、子供のかわいさ、それだ。人工的なものでない、喜びだ。それを感じることができない現代社会。セミの鳴き声が変わったことに気づかず、季節を感じられない現代社会。そうした人工的な社会が、人間を人工にしてしまい、操作できない自然(人間)を操作しようとし、耳をふさぎたくなるような凶悪な犯罪が起る現代社会、その歪が出ている。

アジアに宗教戦争が起らないのは、この思想があるのかもしれない。

一方、西洋に宗教戦争があるのは、「神」に対する「意識」を、他の「神」に対する「意識」への植え付けであるように感じる。どうして私(われわれ)の志向性をわかってくえないのか!というものである。なかなか解決の糸口が見つからないのはその影響が大きい。

 

ロシアバレエのインストと話す機会を得た。「指先の筋」ひとつひとつを「思考」し、「意識」し、その感覚を受け入れ、そして私のものとする。そして、それを制御する。そうした身体論が芸術なんだ。一方、そのあたりの(失礼)バレエスクールのインストは、とにかく、子供に体をこう動かしてとか、見た目だけを操作しようとする。ここにも「わかる」と「できる」の違いがある。言ってはわるいけど、その両者のスクールの子供たちの真剣なまなざし前者のほうが輝いていた。「わかる」っていいことだ。目の輝きまで変える。「こうして」「ああして」と三人称でなく、その一人称な感じを感じさせるように演技し、模倣させ、そして私にしかない感覚を生み出すようにする。それがプロだ。アスリートたちは指先一つ一つのある局面での感覚を意識することができるし、それを制御、操作することができる。その多様性を持つためにレッスン、トレーニングがあるのだ。ミュージシャンしかり、そのときどきのアドリブを秩序だった、すなわち認知的に行う。

 

「現状」に「満足」してはならない。

「不安」の海に漕ぎ出す「勇気」それを持っているのがプロだ。

 

さて、今から寝て、5時に起き、講義の準備を1時間し、岡山に向かいます。

明日は6時間講義、そして、明後日は神経系理学療法研究部会学術集会の打ち合わせ、そして明々後日はその学会のシンポジストをしてきます。

好き勝手なことをリアルに、そして、現在進行形の私の意識に素直にしゃべられせていだければと思う。準備は一切しないつもりである。それがシンポジウムだ。

 

そして、2月3日は理学療法基礎系研究部会全国研修会ですね。

 

 

 


涙を流すことの意味

2007年01月17日 23時13分46秒 | 過去ログ
実習配置終了、あとは教員全員でもう一度パズルの組み換え。
3割りぐらいは変動するだろう。
これも運命、どうなるのかわからない。

配置をしながら少し考えることがあった。
「涙を流す」ことの閾値が低くなっているということに。
これは「キレる」閾値にも近いと思う。

乳児の泣くという行為は生きていくために必要な生理的欲求である。
その欲求が満たされるということで、その泣くという行為は心理的欲求に変わる。
願望欲である。
「ミルク」で満たされた喜びは、そのあと、自分が満たされないと、それを満たしてほしいというサインのために泣く。
おもちゃを買ってもらえないときに泣くのもそうである。

これは、心理的欲求だが、果たして意図的かと言われると、そういう場合もあるし、そうでないときもあるように思える。
あからさまに戦略的に泣くのはそうであるが、自然と涙が出てしまうのも事実である。
怒られて泣くという行為もその自然に近い。
無意識に願望を相手に伝えるという人間に存在する行為なんだろう。

子供をしかり、泣くというのもそうかな。

それが成長し、場というものを尊重し、自分を操作する「メタな人間」が生まれるのが通常の大人という。このことについては後で触れる。

学生をしかると(しつけのため)泣く場面によく出くわすと教官の間でもよく話題にでる。
怒らなくても、部屋に泣きにくるっていうのもある。
これはうちだけでなく、他学でもある。
最近、他学でも話題になった。
これは「見て」「見て」「なぐさめて」「認めて」「聞いて」「聞いて」という自己欲求を他者へ向かわせる典型的な行為である。

この場合、聞いてあげるということで大抵落ち着く。
この行為は別に悪いわけでなく、人間にはあるものだ。
森羅万象、この世に生きている以上は「他者」に見てもらいたいし、認めてもらいたい。そうだと思う。

しかし、状況を垣間見ないといけないし、それを続けるわけにもいかない。
なぜなら、私たちには「学習する脳」、大脳皮質があるから。


これについては、「私」こんなに一生懸命やっているのに、「どうして?」という意識なのかもしれない。
「私自身」が一生懸命やっていると思っている(思い込んでいる)度合いに涙の出現は比例するのかもしれない。

しかし、よくよく考えると、この出来事は、その一生懸命の度合いが、他者、すなわち、バイザーや教官、親、あるいは恋人から見ればまだまだ足りない、あるいはずれている(違う)のだ。
このことに学生は気づかないといけない。

これには二つの傾向がある。
ひとつは「結果(怒られる)」が自らの「予期」をはるかに超えた。
「結果」が「予期」通りだった。
この二つの感情システムがあるように思える。

先日、母親のことで、ある医療者をどなりつけた。
このことで後から違う医療者から電話があったが、「泣いていた」という出来事を患者の家族が聞いた。
しかし、ちゃんちゃらおかしい。
精一杯やって怒られたので泣いたという出来事は患者の家族にとってまったく意味はないし、逆にその事実を聞いたとしても、まったく「共感」はしない。
むしろ、プロとして目を疑う。

つまり、バイザーにおこられる、教官におこられる、そして泣いたり、すねたりするという行為は、まだプロとして未熟なのだ。

泣くという行為は自分自身の振り返り行為であるが、それは「場の精神」をわきまえないといけない。
これがないと、ルドウーのいう高次でなく、低次感情処理システムになってしまう。これが反射的に学習されている学生もいる。注意されたら必ず泣くということは、蛇を見たら必ず逃げるという処理システムである。つまり防御システムである。自らの自己防衛のために「泣く」のである。

こればっかりはそうではない。そんなつもりで泣いていない、という意見もあるだろう。しかし、それは意識であり、この防衛システムは無意識であるから、そこにすぐには接続はできない。意識ではそうでないといえるのは脳のシステムが違うからだ。そこに接続するためには、「ゆっくりとした時空」のなかでしばらく自省し続けるしかない。

自分のそうした泣くという、いわゆる「同情」願望システム、あるいは防衛システムだけに人の涙はあるのではない。

涙を流すという人の本質的な意味は無意識に他者に「共感」するシステムである。
ミラーニューロンがシステムとしていわれ始めて数年たつが、STSや前部帯状回、あるいは島がその機能を担っている事実は、泣くという行為は他者のためにあるのだと思う。
そう、「共感」するというということは、こういうことなのだ。
学生に研究室で泣かれても、真から「共感」することは出来ないと思う。
「励まし」はできるが、その時空を本質的に共有できていない。
共通コードされないのである。

ということは、泣くという行為は、二人称の意識経験が存在しているということが大事なんだ。
だから、医療者は家族には勝てない。
アンビリバブルな出来事は、脳の機能からいって、アンビリバブルでは、実はないのだ。
その無意識の共感システムは本当の無意識ではない。
犬の遠吠えを見ても、聞いても人間のミラーニューロンは活性しない。
「私」と「あなた」との「間」の意識経験が重要だ。

いずれにしても、「泣く」という閾値が下がっている諸君、「私自身」をもう1回見直してちょうだい。

一方、「マインドリーディング」できなさすぎるという諸君も逆の意味で困る。
人間の「心の理論」はこれがあって成立する。
相手に心を読んでもらうように振舞うことも大事である。
メタ認知できていない者が増えている。
社会的認知能力の基本はこの脳のシステムである。
現代の秩序のない日本社会は、これが失われている。
現代若者に足りないのはこのメタ認知である。


しかしながら、メタ認知が究極すぎるのも実は人間らしさ、いや違う。「私らしさ」を失うきっかけになる。右肩の背後にいる「私」、つまり「客観的」ということを意識するあまりに、「頭のなか」の「私」を制御しすぎてしまうのである。
一昔前の会社依存主義の時代はこうであった。
ここに「私らしさ」は存在しなかった。いやご法度であった。
封建社会日本の名残である。

外部の振舞っている「私」でなく、そのつど内部に表象されるエモーショナルな「私」が「私」なのかもしれない。

「私らしさ」それは、その中間なのか、内部の「私」なのか、はたまた外部なのか。その答えを探し求めるために人生の旅があるのかもしれない。

そんな私も昔は自分のことしか考えていないすぐにキレる若者の代表だった。
今もキレるが、少し自分が違うようになってきた。そういう過去の私について見方が変わるというのが「学習」っていうのかもしれない。

この私を振り返るという表象し、その見方が変化することは大事だが、モノの見方が変わる、つまりリハビリテーションの見方が変わることも「学習」なんだろう。アインシュタインが言った「学校で習ったことをすべて忘れることが学習である」という格言や、「知識よりも想像が大切である」という格言も的を得ている。1976年12月の理学療法・作業療法(現理学療法ジャーナル)の表紙は股関節伸展に苦しんでいる患者の表情だった。あれから30年、振り返ってみませんか。そのころは、プロペラ機の時代、カセットテープの時代、パソコンなんか・・・の時代ですよ。

私の振り返り、あるいは仕事の振り返り、そのつど新しい自分に出会える、これこそ幸せであり、それを感じさせてくれるのは脳そのものだ。

私は心底、脳や学習や認知を勉強していることが、自分の人生にとって有意味になっている。これを勉強しなかったら今頃も自己中心的かつ自尊心の高い、テクニックを駆使し、患者に治療を施してやっているという鼻高々な情けないセラピスト、教師だっただろう。

脳や認知を学習するたびに、自らが反省する。

その手続きを知った。

人生すべて勉強である。

小学校の恩師にいただいた色紙にはそう書いてあった。