Men's wear      plat du jour

今日の気分と予定に、何を合わせますか。 時間があれば何か聴きましょう。

デップ

2021-10-08 |  その他
気がつけば40℃以上の風呂や真綿の布団が心地良い季節になって、今年も3/4が過ぎてしまいました。
いつもと違う意味で、あっと言う間という気がします。
4月以降続いていた宣言等が解除され、ようやくと言うかやれやれというか

と9月に書いておいたら10月に入って妙な暑さ、先月一度散った金木犀がまた咲いています。
人も花も天候に翻弄されっぱなしです。

今年最初くらいに映画「ミナマタ」が少し取り上げられていましたがすぐ聞かなくなったので、「不都合な真実」に触れない流れか、あるいはJ. デップのおかげでヴィンテージ・ハットの価格が高騰したのを恨むものの仕業かというのは思い過ごしで、公開が近づいてまた話題になっています。



小学6年の夏休みの課題は「公害問題」でした。
渋いタイトルで、「真夏の大冒険」どころじゃありません。
あまりに重い課題に真面目に取り組んだために、その後の暮らしに大きく影響を与えたくらいです。

少し前の新聞が連日コロナ一色だったように、その頃の一面は「月に魚◯匹」みたいな見出しがよくありました。
次から次に有害物質が検出され、魚を食べるにしても月に何匹くらいまでですよという意味で、当時は一番ホットな話題だったから出題にはたいした意図はなかったと思います。

ただ受けた小学生は、図書館はもちろん近所に出来た公害問題を扱う施設に申し込んで話を聴きに行ったり、子供なりに課題に対して完全燃焼した記憶があります。
裁判などの結果は進行形の話だったので数年後まで待たなくてはなりませんでした

通底しているのは「前例がないから自分達が悪いとは限らないという」という論旨で、時間をかければかけるほど環境汚染は進んでいたでしょう。
時代劇では問題の組織が糾弾する人々を排除しようとしてケガを負わせたりする訳ですが、本当に組織の為を思うなら殴るべきは糾弾してくる人々ではなくて、糾弾されるような問題をさっさと調査し白か黒か明るみに出すよう進言するべきですが、もちろんそうはなりません。
「兄弟仁義」のような任侠映画でさえ時代を反映して、1968年公開の第七作は公害問題が経糸で、やはり絵に描いたような図式の話でした(いつも悪役の遠藤辰雄さんが珍しく良い研究者役)。

私どもが仕事に就く頃はまだ「コンプライアンス」という言葉こそ使われていませんでしが、例えば不良品に対して「前例がないから、この製品に問題はない」という感覚の人はほとんどいませんでした。
もの作りの人も現場の人も常に耐摩耗など物性の検査よりは現実におきる事象を重く捉えていたので、きちんと鍛えられた人々は目先の損よりもっと本質的に大事なことがあることを認識していたのは幸いです。

公害問題は未だ全面解決に至ってないそうですが、今怖いのはもっと巧妙に生活に入り込んでいるもの、例えば作られてからまだ十分に時間が経っていない人工的なものなんかがそうですが、それを使った食品をあまり頻繁に食べるのはどうかという話をよく聞きます。

また以前にも書いたように、数十年前乳ガンを患った親戚に天然繊維で作った肌着が提供されたことから、直接肌にふれる衣類から化繊を排除したという方もいらっしゃいました。
保険会社のセールストークやCMで「二人に一人はガンになる時代」というのがいつの間にか当たり前のようになりましたが、食生活の多様化一括りで片付くかどうか。

ささやかですが、仕事場ではなるべくゴミを抑えるようにしています。
先日もコラボのようなことを打診してくれたところがありましたが、よく聴くと再生できないゴミが現在の何倍も出ることが分かり丁重にお断りしたのも、もしかすると小学6年の夏の後遺症かも知れません。
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