ウォール街で異変 NY株式市場で何があったのか?
2021年2月6日 20時03分 株価・為替
ニューヨーク株式市場では、先週、SNSでつながった個人投資家の大量の買い注文が市場の乱高下を引き起こし、かつてない事態だとして大きな波紋を広げました。実際に取り引きに参加した個人を取材すると、アメリカ社会に横たわる深刻な課題が背景にあることが浮かび上がって来ました。
ニューヨーク市場では、先週、業績が振るわないとされていたゲームソフトなどの小売企業「ゲームストップ」の株価が、突如、急上昇。一時、その前の週に比べて7倍以上にまで跳ね上がりました。
急上昇の原因は、個人による大量の買い注文でした。手数料なく取り引きできることで人気を集めている株取り引きアプリ「ロビンフッド」などを使い、1件1件は少額ながら、大量の買い注文が寄せられたのです。
今回、個人を結び付けたのは「ウォールストリートベッツ」と呼ばれるインターネットの掲示板でした。そこには、「ヘッジファンドやウォール街をやっつけろ」といった呼びかけが書き込まれていました。
ヘッジファンドは、さまざまな投資手法で多額の資金を運用し、利益をあげますが、特に、将来の株価の値下がりを見込んで事前に売り注文を出す「空売り」と呼ばれる手法には批判もあります。
ゲームストップの株式もいくつかのヘッジファンドが空売りをしていたとされ、ネット上では、ヘッジファンドをもうけさせてはならないと、ゲームストップ株を買うよう呼びかけが続いていたのです。
欧米メディアによりますと、個人による大量の買い注文で株価が大幅に上昇したことで、ヘッジファンドの中には数千億円規模の損失を被ったところも出たということです。こうした異例の展開に、アメリカメディアは「個人がウォール街を打ち負かした」などと伝えました。
先週のニューヨーク市場は、ゲームストップ株などの乱高下を受けて株取り引きアプリの運用会社が一部の取り引きを制限したこともあって市場全体が混乱し、ダウ平均株価は1週間で3%以上、値下がりしました。
買い注文の呼びかけに応じた人を取材すると「コロナ禍で多くの人が職を失う中、金融業界だけが濡れ手に粟で利益を得ている」といった声も聞かれ、今回の問題の背景に、アメリカ社会が抱える格差への不満があることが浮き彫りになっています。
株を買った個人参加者「金融業界に根強い不満」
今回、ゲームストップ株を買ったというユタ州に住むオースティン・オーバーマンさん(38)は、「初めての戦いだった」と述べ、ネットの掲示板を見て大勢の個人が買い注文を出したことは、金融業界や金融機関に対する強い不満の表れだと話しました。
去年夏ごろから、「ウォールストリートベッツ」の掲示板を見るようになったというオーバーマンさんは、500ドルほどのゲームストップ株を購入し、値上がりによって10倍になったということです。
株価の急上昇でヘッジファンドが多額の損失を被ったことについてオーバーマンさんは「言ってみればヘッジファンドはプロバスケットボールで、僕たちはアマチュアリーグだ。それでも同じ舞台で勝負して勝ったんだ」と述べました。
そして、自分の周りでは金融業界や金融機関に対する不満は根強いとしたうえで「今回の件は、小さいが初めての戦いだった。『ウォールストリートではなくメインストリートが重要だ』という話はよくするし、これから、自分たちはもっと影響力を持っていくことになるのではないか」と話していました。
別の参加者は「抗議の意味で参加した」
ロサンゼルスに住むジョン・モッターさん(33)は、「ヘッジファンドなどは働く人の金をかすめ取って金もうけをしている」と話し、金融業界への強い不満からゲームストップ株を購入したと、その動機を語りました。
モッターさんは、今回が初めての株取り引きだったということで、インターネットで話を知り、先週初めにロビンフッドのアカウントを作って貯金を元手にゲームストップ株を購入したということです。
モッターさんは「株で利益を得たいなんて思っていないし、やり方さえもよくわかっていなかった。ただ、抗議の意味で参加したようなものだ」と話しました。
そのうえで「単純に金持ちを困らせることができるというので取り引きに参加した。ヘッジファンドなどは働く人の金をかすめ取って金もうけをしている。彼らは、敵だよ」と話していました。
アメリカでは経済的な格差とその広がりが社会問題になっていますが、ゲームストップ株をめぐる今回の市場の混乱は、モッターさんのようにそうした問題への不満を抱える多くの人を動かしたことでヘッジファンドが巨額の損失を被るほどの出来事になったと言えそうです。
不満はリーマンショック後から
金融機関や金融業界に対する市民の不満は、2008年に起きた金融危機、リーマンショックのあとも世界的な抗議行動につながりました。
リーマンショックの際は金融市場がまひし、多くの金融機関が破綻したり経営危機に陥ったりしたため、各国の当局は危機を食い止めるため、救済策を講じました。
ただ、金融機関が救済される一方で雇用情勢をはじめ実体経済の落ち込みが深刻化したことで市民の不満が高まったのです。
2009年4月、イギリス・ロンドンで主要な20か国の首脳が集まり「金融サミット」と呼ばれる危機対応会議が開かれた際も、多くの人が金融街シティーになだれ込み、銀行の店舗を次々に壊すなど、過激な抗議活動につながりました。
こうした不満はくすぶり続け、中東地域での民主化を求める「アラブの春」と呼ばれる運動にも触発され、2011年9月には、ニューヨークのウォール街で抗議活動が活発化。
「ウォール街を占拠しろ」という意味の、「Occupy Wall Street」と呼ばれ、人々は「ウォールストリートではなく、多くの人が暮らす『メインストリート』を救うべきだ」と訴えました。
アメリカではその後も経済格差の問題が大きく改善することはなく、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、改めてクローズアップされています。
コロナで格差が一段と広がる懸念
新型コロナウイルスの感染拡大で一時、急落したニューヨーク市場の株価は、大規模な金融緩和によって感染拡大前を超える水準まで回復しましたが、雇用情勢など実体経済の回復は弱いままです。
この結果、株などの金融資産を「持てる者と持たざる者」の間で格差が一段と広がることが懸念されています。
実際、シンクタンクの分析では、アメリカ国内で10億ドル、日本円で1000億円を超える資産を持つ人の数は、去年3月の614人から、先月(1月)には、660人に増加。これらの人々の総資産は38%上昇し、日本円で420兆円あまりに上っています。その一方で、5日に発表された先月の雇用統計によりますと、アメリカの失業者は1013万人。サービス業などで働く若者を中心に、雇用環境の厳しさが続いています。
専門家「ある種の階級闘争」
イェール大学のケリー・シュー教授は、今回の問題の背景について「個人投資家とウォール街の間である種の階級闘争が繰り広げられた。リーマンショックの記憶を持つ若い人たちは株式市場と実体経済のかい離を知っていて、新型コロナウイルスの感染拡大で景気が悪化した今、怒りが膨らんだ」と指摘しました。
また、急増するスマートフォンの株取り引きアプリなどの利用者には若者が多いことを踏まえ「多額の学生ローンを抱える若者たちはリスクの高い株式やビットコインなど、リスクのある投資以外に選択肢がないと感じてしまっている。資金が豊富なウォール街の投資家たちはリスクを吸収できるが、個人投資家はそれができない。社会の分断が進まないことを望んでいる」と述べました。
政府・議会にも波紋
株式市場で起きた波紋は政府・議会にも広がっていて、ヘッジファンドなどの規制強化のほか、SNSで情報を共有する個人投資家の取り引きが相場操縦にあたるかどうかなど、さまざまな議論が出ています。
与党・民主党の左派を代表するサンダース上院議員は「ウォール街のビジネスモデルには長い間欠陥があると思ってきた。ヘッジファンドなどのプレーヤーに違法な行為がないか厳しく見ていくべきだ」と発言しました。
またバイデン政権のイエレン財務長官は4日、証券取引委員会やFRB=連邦準備制度理事会のトップらを集めた会合を開き、今後の対応を協議しました。
イエレン財務長官は、その日出演したテレビ番組で「金融市場が適切に機能していることや、投資家が保護されていることを確認する必要がある」と述べ、規制の在り方などについて検討を進める方針を示しました。
またアメリカ議会下院の金融委員会は、今月18日に関係者に証言を求める公聴会を開き、本格的な調査に乗り出すことにしています。
日本のトレーダーも驚き
アメリカの株式市場の動向を分析している日本のトレーダーは、株価の急激な動きに驚いたといいます。
日本の投資ファンド「レオス・キャピタルワークス」で、アメリカなどの株式市場を分析しているトレーダーの福江優也さんです。
福江さんによりますと、ゲームストップの株価はことしのはじめは、17ドルだったということですが先月末には400ドル前後まで急上昇しました。
1日の売買代金は最も多い日でおよそ3兆円と、東京証券取引所の1部全体の1日の売買代金に匹敵する額に膨らんでいたということです。
福江さんは、「ヘッジファンドの空売りをねらって、個人投資家が買いを入れる戦略は昔にもあった。ただ、今回はその規模が大きく、会社の時価総額がおよそ24倍の2.4兆円になるまで買い上げられていて非常に驚いている」と話しています。
そのうえで、「今回の個人投資家の動きは、株価操縦に近いところがあるので、いずれ規制当局から何らかのメスが入る可能性がある。今後、規制がどのようにかかってくるのかが重要なポイントになるのではないか」と指摘しています。