芋焼酎はいかがですか?

英国の情報交換の場であったコーヒーハウスで芋焼酎はいかがですか?

『ちゃっきり節を歌い踊る』

2018-05-29 07:07:07 | Weblog

旧友からの依頼と小岩の夜

開成高校出身のIくんは大学時代の学友。

江戸川区にある藤信建設の社長さんでもあります。

ほぼ一か月前に彼から私に「ある依頼」がありました。

それは「チャッキリ節」の踊りを教えて欲しいと。

彼にとって、私のイメージは「チャッキリ節」をうまく踊れる人。

もう、何十年もそれを踊っていない私です。

そこで、アマゾンのスマートスピーカーに相談しました。

「アレクサ、チャッキリ節をお願い」と。

アレクサは美空ひばりのチャッキリ節を何度もスピーカーから流してくれました。

何度も踊りの練習をして彼に会いました。

友人から依頼されることは、確かにうれしいことです。

前日に待ち合わせは彼の自宅がある小岩。

ジャージ姿や、黒字のアロハシャツに金の刺繍や赤の鯉が描かれる人が見受けられる町です。

そんな小岩に到着すると

一件目は京成小岩駅そばの彼の行きつけの店で食事をしました。

彼の母親の名札がかかっている焼酎ボトルが二本もボトルキープされている店でした。

そこには80歳を超えた高齢の母親とも飲みにくるそうです。

 

二件目は小岩駅そばのカラオケ店へ向かいました。

カラオケを全く使用しないで、約1時間半、彼に歌と踊りを教授しました。

飲み物を運んでくる店員に変に思われながら、

なんでこんなことやっているんだろうと後悔している私でした。

 

3件目も彼の行きつけのスナックへ。

そもそも、いわゆる夜遊びなどしない私にとっては異文化体験でした。

カウンター内には50代後半の女性と40代の後半の女性が、カウンター越しの客に話しかけていました。

そこにはカウンターがあるので、ある程度の分断やケジメがある場所。

L字方のカウンターには6~7名が高足の椅子に着座していました。

驚いたのは、全員60代あるいは70代の男性客だということ。

皆が嬉しそうに酒をのみながら、ママと会話していました。

カウンターの内側に立つママが過剰に気を配っていることが気になってしまう私には、その場は決して心地よい空間ではありませんでした。

だって、年を重ね物事を冷静に観察しすぎる私には、

店の従業員が考えていることが薄々わかってしまうのです。

1時間の滞在で焼酎を2杯飲んで一人2000円。

安いのか、高いのか判断ができませんが日頃みることの出来ない光景を見ることができたことは有意義でした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『猪狩誠也先生への感謝の言葉』

2018-05-22 07:07:07 | Weblog

東経大での指導教官は渡辺潤先生。

その私が渡辺先生以外で大学院在学中にたいへんお世話になった猪狩先生が4月下旬に亡くなったことを学会会報紙で知りました。

ここに謹んでご冥福をお祈りします。

 

それは今から約20年前。

先生はダイヤモンドビック社の取締役をされた後に東経大大学院で広報学を担当されていました。

私は「広報」とは何かもわからずに修了単位を稼ぐために科目履修登録をさせていただきました。

当時、広報について基礎的な知識もない私。

それにもかかわらず、先生の寛容さもあり先生から見捨てられることもなく、「かわいがって」いただきました。

ある授業の一コマでは、私に対して特別の課題も出されました。

「Mくん、この英文を訳してきて、みんなの前で発表してよ」と。

発表後に、君もそう解釈したかという賛同もいただけたことは記憶に残っています。

ほんとうに常に笑顔を絶やさないで、いつもニコニコしている先生。

 

2000年頃に、ぜひ広報学会に入会して学会発表しなさいよとの助言も先生からいただきました。

私はそれ以来、今までずっと広報学会員なのです。

 

学会の研究発表大会、そしてその後の懇談会に参加した際には、

まず、こちらからご挨拶をしましたが、

それに対して先生とは儀礼的な挨拶だけではなく、毎回、楽しいお話をさせていただきました。

私は2008年に学会広報紙に「PTA広報紙にもるコミュニケーションの過程と進化

という研究ノートを投稿しています。

実はその投稿前に、先生に原稿を読んでいただき内容についてのご助言をいただきました。

当時はすでに大学院を終えていた私。

つまり単なる元学生にも関わらずに、2回も個別に会って個別研究指導をしていただいたのです。

指導場所は、渋谷駅そばのエクセルホテルロビーだったと記憶しております。

こんなこと普通ではありえないことです。

今思い返しても感謝の気持ちでいっぱいです。

この論文タイトルの「〇〇の過程と進化」の名づけ親は猪狩先生です。

「進化と深化」という助言は忘れられないキーワードです。

 

実はこの訃報を耳にして、学会発表をしたいという気持ちが沸いてきました。

(感謝の気持ちの表現は墓参りではなく、発表だと勝手に決めた私です)

6月下旬に東京都市大学で発表会が行われます。

忙しいという言葉を出せないほど、忙しい日常です。

しかしながら、とにかく、何とか時間を捻出して発表準備をしていくつもりです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『西湖での勉強合宿は最高か?』

2018-05-15 07:07:07 | Weblog

寒暖の差が激しい日が続きました。

そのまさに、先週の寒い日に進学合宿が実施されたのです。

気温は一桁台の極寒。

さらに一泊2日の合宿中、ずっと雨でした。

合宿場所は西湖そばの「光風閣くわるび」という宿舎。

450名を収容できる大教室、大食堂、体育館、教室、グラウンド、バーベキュースペース等が完備された学校の寮、学生対象のセミナーハウスという宿舎を利用しました。

 

今回は「光風閣くわるび」でしたが、かつては「富士緑の休暇村」を利用したこともあります。

宿舎である「くわるび」は中・高受験を専門とする都内の大手学習塾の所有物であるとも聞いています。

塾と都内私立校との良好な関係維持も目的に、この宿舎を使用している学校もあると聞いています。

余談ですが、その大手学習塾は傘下に旅行代理店ももっています。

 

さて、これらの学習を目的とした施設は、4月から5月にかけてはフレッシュマンキャンプ、そして7月から8月にかけては進学合宿やクラブ合宿を目的に多くの大学や高校、そして塾が利用しているようです。

戦後から70年代までの高度経済成長期、そして80年代。

富士五胡周辺や、軽井沢周辺、そして箱根周辺に学寮を有した学校は多いと思われます。

実は私の勤務校も軽井沢に寮とテニスコートを有していました。

JRの駅から歩ける場所にありましたので比較的利便性もよく、使用しやすい寮でした。

テニス用にハードコートが3面。

クラブハウスまであるような立派な建物。

しかし、経済の停滞とともに多くの大学や高校は気がついたと思います。

利用頻度に比べて、コストがかかりすぎるということを。

夏の一か月とその他で捻出した一か月程度の利用しかできない。

寮(セミナーハウス)の管理人を複数名雇用しなければならなかったのです。

それは、まさに「所有」から「使用」への流れ。

「使用」のニーズで生まれたのが今回利用した「くわるび」のような施設だと思われます。

 

今回も生徒は勉強につぐ、勉強を強いられていました。

これでやる気になってくれれば良いのですが・・。

勉強以外では、飯盒炊爨。

カレーを作りました。

火の付け方や料理の仕方が分からない生徒が多数のため、悪戦苦闘しながらのカレー作り。

かなり焦げてしまっているご飯、水分量を間違えてのドロドロの濃い味のカレー。

悪戦苦闘でした。

カレー作りの想い出は一食2,200円也。

都内高級ホテルでカレーが食べられそうです。

富士五湖周辺の素晴らしい景色と澄んだ空気の中での飯盒炊爨体験。

値段が高いと感じるか、どうかの判断は皆様に委ねたいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『エロマンガ表現史』を読んで

2018-05-08 07:07:07 | Weblog

『嘆きのボイン』は1969年の月亭可朝さんの大ヒット曲です。

ボインはぁ〜赤ちゃんが吸うためにあるんやでぇ〜、お父ちゃんのもんとちがうのんやでぇ〜」♪

「おおっきいのがボインなら、ちいちゃいのはコインやで、もっとちいちゃいのはナインやで」♪

当日、小学生だった悪ガキ達はこの歌詞を暗記して歌って笑いながら下校していた記憶が鮮明に残っています。

 

さて、なぜ冒頭で『嘆きのボイン』を紹介したかというと・・。

先日、稀見理都『エロマンガ表現史』を読んだからです。

リビングのテーブルに同書を置いて置いたら、なぜかパートナーに叱られてしまいました。

「私のだと思われるでしょうと」。

そんなに変に思うようなタイトルであれば、電車内で読むのはやめようと決めた私です。

さて、同書内のマンガにおける「おっぱい表現」の変遷史を興味深く読みました。

特に「巨乳」についての項目。

「ボイン」、「デカパイ」という言葉の方がかつて主流だったにも関わらず、

1989年に「巨乳」という言葉が一般化したそうです。

確かに冒頭で挙げたように月亭可朝は「巨乳」と言わずに「ボイン」と歌っていました。

 

P.36 「1989年に巨乳AV女優の松坂季実子がデビューを果たし、その強烈なおっぱいを持つ彼女に対して週刊誌が「巨乳」という言葉を用いて紹介した事で、一躍この言葉が世間に広がった」

 

ちなみに、「巨乳」とほぼ同時期に定着したと思われる言葉に「貧乳」があるそうです。

「貧乳」以前は「ぺちゃぱい」「ない乳」「ぺったんこ」「洗濯板」などと表現される事が多かったとのこと。

 

「巨乳」や「貧乳」などの言葉の一般化はAV女優、アダルトビデオとVHSビデオやDVDデッキとの関係が深いという指摘がありました。

確かに、それについては渡辺潤編『レジャー・スタディーズ』(世界思想社)に岸さんが書いた「ギャンブルとセックス」にも同様の指摘があります。

 

P.210 「AVの台頭と家庭用ビデオテープレコーダー(VHS)の普及が、ほぼ足並みをそろえている・・VTRなどの機器が過程に行き渡るのと並行して、レンタルビデオ店が急速に増えていきました」

 

一つの事を突き詰めて調べ上げて、発表することが『エロマンガ表現史』の随所に書かれています。

漫画を好きな方もそうでない方も、ぜひ一読して見てください。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『誕生日の出来事と社会的孤立』

2018-05-01 07:07:07 | Weblog

ジャニーズ「TOKIO」の山口達也メンバーという報道が気になります。

男闘呼組というアイドルグループなら「組員」となるのでしょうか?

それはさておき、先週は誕生日を迎えました。

今年の誕生日は夫婦ふたり+犬だけの誕生日。

毎年のように平常よりも2~3品、品数が多い料理がデパートで購入され配膳されました。

さらに、わたしの名前がひらがなで書かれたチョコプレート付きの小ぶりのケーキも用意されていました。

すべてが手作り風の料理です。

あれこれと選んでくれたのですから、本当にありがたいことです。

 

職場には語呂合わせ(42〇)を利用して私の誕生日を記憶している若手の教員がいます。

当日、その彼女が職員室の私に「おめでとうございます」と挨拶。

数名の教員がそれを聞いていました。

 

高校1年生のあるクラスで授業を始めるためにいつもの挨拶。

「起立、礼!」と。

すぐに「着席」との号令が学級委員長から出されないで、変な間がありました。

そると、突然に約40名の生徒一同が声を合わせて

「〇〇先生、お誕生日おめでとうございます!」と昼食後とは思えないような元気な声。

さらに、皆が手拍子をしながら「Happy Birth Day To You!」と照れながらの合唱がはじまりました。

当然、それは生徒たちの自発的・主体的行為ではありません。

そこには担任の仕掛けが入っています。

しかしながら、それは教師生活35年目にして初めての体験。

やらせに近いものと分かっていても、

それほど生徒たちに嫌われていないのかもしれないと自己分析。

子どもたちのそのような行為に感謝の気持ちでいっぱいです。

 

あと、数年したら社縁との結びつきも終わります。

それを継続しようという気持ちは私にはありません。

私は地域のお祭りにも参加しません。

正直言って地域にはまったく知り合いがおりません。

私のような人間は、パートナーがいなくなってしまったら孤立化することは間違いなしです。

まさに社会的孤立。

ちなみに40歳未満の単身世帯の増加の主な理由は未婚者の増加。

50歳代男性単身者の増加理由も未婚者の増加。

60歳代男性単身者の増加理由は未婚者や離別者の増加。

70歳代男性単身者の増加理由は長寿化による高齢化人口の増加が要因と考えられています。

余談ですが、

一人暮らしの単身者で65歳以上の高齢者の77%には子どもがいるそうです。

高齢単身世帯の5割強は片道1時間以内に子どもがいないか、そもそも子どもがいないのです。

私の場合は所帯をもった息子が下階にくらしていますが、殆ど顔をあわせることはありません。

たぶん、単身になっても会わないと思いますし、頼りにしない、頼りにできないと思います。

地域デビューをする必要があるのか、それとも一人でもさらに強い私になっていくことを求めるのか。

悩みたいと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする