芋焼酎はいかがですか?

英国の情報交換の場であったコーヒーハウスで芋焼酎はいかがですか?

『駆け込み退職』

2013-01-29 07:07:07 | Weblog

埼玉県の教員の年度途中での退職がやり玉にあげられている。

年度末の3月まで働くと退職金が約150万円減額されてしまうので

年度途中の1月末までに107人の小・中・高教員が退職を申し出たというニュースである。

 

教頭などの管理職や、学級担任が含まれていることもあり、

年度途中で仕事を投げ出すのは聖職者としてどうなんだろうか?

という多くの指摘が教育評論家やコメンテイターから発せられている。

下村文部科学大臣も「責任ある立場の先生は、最後まで誇りを持って全うしてもらいたい。許されないことだ。」という該当教員に対して厳しいコメントを出している。

新聞各紙には卒業式に担任に色紙を渡すつもりだったが渡せないという生徒の悲しみの声も加えられている。

 

2か月長く働くと退職金が減額されてしまうことに対しての行為。

辞める教師がいても当然、いや、いる方が自然なのではないかと私は思う。

 

きっとコメントを発している大臣も、コメンテイターもお金には不自由していないのだろう。

教育に従事する教師も労働者である。

辞める権利に対しての批判・非難はどこか違っている。

バッシングの対象となっている先生方を気の毒に思ってしまう。

 

埼玉県と隣接する東京都の場合は、年度末まで働いたほうが金銭的にプラスになるそうだ。

もちろん、この1月末をもって途中退職する東京都の教職員は殆どいない。

このことからも問題なのは埼玉県の行政上の問題であることは明らかだ。

 

この退職手当減額問題や大阪桜宮高校の問題にしても「たたき易い」ところを徹底的にメディアが話題に上げている。

尾木先生やヤンキー先生のコメントが多く発せられている。

有名でなくても教育に関しての識者はもっといるのに・・。

 

マスコミがその問題をとり上げることは当然としても、

その後の問題点追及において「偏向」報道していることを強く感じる今日この頃である。

いずれにしても、学校はダメ!な場所や学校で働いている人間はダメな奴!という意識が世間に蔓延していく可能性は大だ。

何かあっても、いや何もなくてもすぐ学校にクレームという流れをマスコミは増長させてもいるのではないだろうか。

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『冷たい舗道と温かい温泉銭湯』

2013-01-22 07:07:07 | Weblog

19、20日はセンター試験が実施されました。
私は高校3年生担当ということもあり両日とも応援に駆り出された次第です。ここで言う「応援」とは試験会場正門前で、試験会場入りする生徒を応援することです。中学受験では、通塾している学習塾の多くの先生方が腕章をつけて応援していますからその流れでの応援活動と言えるのではないかと思います。

その行動について賛否があると思いますが

横断幕を持って立っている我々を見て受験会場に到着する生徒の顔が一瞬ほころんでいたことは私にとって救いとなりました。

その顔を見るとそれだけでもこの場所に立っていて良かったのかもしれないと自分をみょうに納得させながらの仕事となりました。

先週の雪も未だ道路に残っている朝。
コンクリートがキンキンに冷えていることを感じられるような痛い寒さでした。
とにかく両日とも、早朝はもの凄い寒さ。
寒さ対策としてカイロを体に貼付けてタイツは2枚重ねばき、
上半身もコートを入れて7枚を着込んでの着膨れ応援となりました。
早朝7時半から15時まで、休憩無く立ったままの仕事。
ずっとずっと△大学の正門の外の歩道で「頑張れ!」というメッセージの入った応援幕を持ちながら立ち続けました。
私は屋内での仕事に慣れきっているので本当に久しぶりの辛い仕事となりました。

両日とも体は芯まで冷えてしまいました。心もかな?
そのような状況に置かれると何故か体が温まることを欲するものです。
急に銭湯に行きたいという衝動、その気持ちがふつふつと沸き起こりました。
そこで帰宅後すぐに近隣にある銭湯に向かったのです。
久しぶり利用する銭湯。450円。
しかも温泉銭湯です。
その銭湯は清水湯という地元では有名な銭湯です。

専用駐車場にはベンツやジャガーといった高級外車も停められていて
地元の我々のような庶民に加えて、

地域外からも多くの人が電車又は車で来ているようでした。
私としてはリニューアルしてからは初めての訪問。
すごく内部が奇麗になっていることと客の多さに驚いてしまいました。
ここの特徴は東京の温泉の特徴によくある黒湯です。
さらに黒湯に加えて療養泉という効能が掲げられた湯船が屋外に設置されていました。

冷えた体が暖まって行く事を自ら感じました。
その湯を顔に当てると、ピリピリと肌にしみるような温泉。
顔にあたった温泉水をなめて見ると塩っぱい温泉。

おかげさまで汗が出てくるほど、すごく体が温まりました。
番台そばに設置された自販機で瓶入りのコーヒー牛乳を購入。
左手を腰に添えて、上体を反らしながら一気にコーヒー牛乳を飲む幸せ。
鬼怒川温泉に加えて
地元のこの温泉銭湯もこれからも利用しようと思います。

次回は、銭湯で体を暖めてから

立ち飲み居酒屋晩杯屋(バンパイア)でビールを飲んでから帰宅するつもりです。

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『ジャニーズ』

2013-01-15 07:07:07 | Weblog

今回は『ジャニ研!ジャニーズ文化論』原書房、2012を読んでの感想です。

 

アイドル「嵐」ジャニーズの社長の名前は?

私は社長の名前が「ジャニー」さんだと私は思い込んでいた。

さらにフルネイムは「ジャニー喜多川」だと。

しかしながら、実は「ジョン」が正式な名前だということをこの本を読んで初めて知ったしだいです。

確かに「ジョン」という明らかな英語的な音よりも

「ジャニー」という方が日本語的にはゴロがよさそうです。

「ジョンズ事務所」よりも、「ジャニーズ事務所」。

既に聞き慣れていることも理由としてあげられそうです。

ダジャレ的にも「じゃーね(に)~」。

 

ジャニーズ事務所は1964年に「ジャニーズ」をデビューさせてから約50年間に渡って多くの男性アイドルを世に送り出してきています。ワシントンハイツ(現在、参宮橋にあるオリンピックセンター)に住むジャニー(1952年来日)さんが日本の少年たちに野球を教えていて、そのメンバーから生まれたのが四人組からなる「ジャニーズ」ですが。未だにジャニーズ事務所の野球大会が年間恒例行事になっている理由はこのことからも明らかですね。

 

今でこそ、女子グループアイドル「AKB48」や宝塚歌劇団に対抗して、

男性アイドル集団として語られることも多いジャニーズですが、

「JIS」(ジャニーズ・ジュニア・スペシャル)に2名の女の子を加えた「VIPS」というグループがあったことは今回初めて知りました。

 

アイドルは一過性の消耗品という流れに挑戦したのは「フォーリーブス」です。

30歳を超えてもメンバーが卒業しないで現役のアイドル?でいるという試みは彼らによってなされ、現在の「SMAP」、そして今後の「嵐」に引き継がれています。これによってアイドルも、そして彼らを応援するファンも、(ジャニーズではファンと呼ばずにファミリーと読んでいるそうですが)、ともに年を取りながらもアイドルとファンの長い関係を継続している訳です。

 

 

その他に今回初めて知った事を記しておきたいと思います。

 

・我が国野ポピュラー音楽史においては、哀愁=サンタナ=ラテンの図式、(中略)見事に郷ひろみ→田原俊彦→錦織一清とつながっていく

・  70年代後半からアイドルがテレビで学園ものをやるというプロセス

・  金八先生シリーズにデビュー前のジャニーズJr.が出てくる事が定番

・  ビクター、ソニーはじめ、当時はオーディオを作っている家電メーカーがレコードレーベルを持っていて、新しい家電が出てくるとその系列のアイドルをCMに起用

・  V6,嵐、NEWS、HEY! Say! JUMP、Sexy Zoneはバレーボールワールドカップとのタイアップでデビューしている。

(余談だが、V6の5人はジャニーズジュニアから選抜。岡田准一君だけが「天才たけしの元気が出るテレビ」のオーディションで加わっている。)

・日本の歌謡曲って、その時代にアメリカで流行っている音楽のジャンルをアレンジとして取り入れて、アイドルソングにして売る

 

筆者が指摘するように

『可愛い男の子が可愛いままで愛でられるのは、何よりの平和の証しであり、豊かさの表れ』かもしれません。

 

アイドル、特にジャニーズや、ジャニーズのリリースする曲と時代ごとに当時流行っていたアメリカの曲の類似性は後半部分に述べられていて興味深いものでした。

今しばらくアイドルについて研究を継続してみようと思います。

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『被災地へ旅(南三陸・東松島)

2013-01-08 07:07:07 | Weblog

まずは、中尊寺金色堂(岩手県)に向かいました。

小雪舞う冬の東北道。

橋は凍結していて視界も悪い状況なかでの運転。

おっかなびっくりしながらも何とか現地に到着。

現地は氷点下の寒さ。

しかしながら世界遺産見学目当てか?

多くの観光客が来ていました。

約8ヶ月ぶりの現地訪問。

中尊寺宝物館は以前よりも訪問者に優しくなったように感じました。

なぜなら金色堂の説明紹介動画上映やイヤホンガイドが導入されたからです。

ここによってから本堂を見ればよかったと思ってしまいました。

 

そこから約1時間半ほど車を走らせ

「南三陸」(宮城県)に向かいました。

8ヶ月前に見た志津川病院、警察署、役場、そして住宅地の基礎部分も。

コンクリート建造物の殆ど全てが解体され

町中にコンクリート瓦礫の山が築かれていました。

町を見渡してもなにも無い平地。

土地が陥没しているために海面や川面が平地に非常に近くに感じられました。

そんな寂しげな平地には骨組みだけが残された防災庁舎や

被災者の想いが切り抜かれた切子細工

が元あった商店跡地に海に向かって立てられていたことが印象に残りました。

五メートル程度の盛り土が今後必要なそうです。

そこは公園や商店は立ち並ぶ場所として再生して行く計画もあるそうですが

復興していくには何年もかかるに違いありません。

 

宿泊ホテルは「南三陸ホテル観洋」。

この場所も8ヶ月前の研修旅行でお世話になったホテルです。

プライベートで行ったのにこの場では少し仕事モードに切り替えて

私のことを覚えていた?女将さんと副支配人に挨拶をして

昨年実施の旅行のお礼をお伝えしました。

翌日はホテルが実施している語り部ツアーに参加。

女将、副支配人、観光協会からご紹介いただいたNPO語り部、ホテル従業員の語り部・・。

今までに語り部五名の方々からお話を伺っているが

どの方の話も実体験の語りなので心に響きました。

「語り」こそ、今後も必要だと再確認した次第です。

 

その後、東松島の野蒜(のびる)に向かいました。

ここは震災当時メディアも取り上げられることが多かった地域です。

貨物車が横倒しになった町であり、

避難所の野蒜小体育館(平屋建て)に逃げた為に多くの犠牲者が出た地域でもあります。

校舎の3階に逃げていればという意見もあるようですが・・。

市から規定された避難所体育館に集まるのは当然ですし

当日、あのような大津波がくる事も想定外であった事を考えると簡単には真偽は決められません。

 

現地は、まだ震災の傷跡が痛々しく残っていました。

所どころに、倒壊寸前の家が点在していました。

墓石もまだ倒れた状態のまま・・。

現場を見るとわかるのですが、

太平洋の海原と定川に挟まれた平地です。

最近、ここは再建計画が決まったそうです。

土地は6割での買い上げ。

今後、広大な敷地にソーラー発電板を設置するそうです。

 

その後、松島に迎い円通院で顔見知りとなった初老のガイドさんと立ち話。

松島の瑞巌寺へ立ち寄りたかったのですがその時点で既に15時40分。

閉門が15時30分なので見学は残念ながら出来ずに退散。

 

今まで全く縁の無い東北の町ですが、

震災で結ばれた縁を感じる町でもあります。

何かの折に今後とも訪問をしていくつもりです。

 *写真は日経新聞から転載

 

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『高速道路トンネルと東北旅行』

2013-01-01 07:07:07 | Weblog

あけましておめでとうございます。

 

このブログをご覧の皆様、

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

 

年末は生まれ故郷の「清水」へ行ってきました。

東名高速道路にのり車を走らせていると途中途中にある長いトンネル。

今までは前方車との車間距離や

それぞれのトンネルに設置された

オレンジ色や白色のライトに目がいっていました。

しかし、先月の中央道、笹子トンネルの天井崩落もあり

ついつい天井に目をやってしまいました。

すると所どころの内壁の色が違っていることに気づきました。

排気ガスで黒く変色したトンネル内壁を補修したと思われる新しいコンクリ。

あまりにもそのような箇所があるので

恐ろしささえ感じてしまいました。

たぶん多くのドライバーも同様のことを感じたはずです。

視線は私と同じように上。

そうです。

天井に注がれているはずです。

横ではなく上。

皆様、脇見運転にはくれぐれもご注意ください。

 

さて、正月の予定ですが2~3日ほどの小旅行を計画しています。

行き先は東日本大震災の被災地となった南三陸と石巻。

昨年度、生徒を引率して行った南三陸のホテルのウエブをチェックしたところ

まだまだこの時期でも予約可能の状況でした。

この年末年始に客が少ないなんて・・。

震災後の傷はまだまだ癒えないようです。

こちらの気分転換をしながらも

少しでも現地のお役に立てればという想いからの旅行です。

それは被災地南三陸への約400名の生徒研修旅行の成功と

大学での特別講義でその旅行内容の紹介が出来た事など

公私ともに南三陸ネタではお世話になったことへの返礼旅行でもあります。

 

私個人としては、まったく東北地方との縁はありません。

しかしながら、

 東北地方は首都圏で消費される米を大量に作ってきました。

現在でも首都圏で急成長しているサイゼリア(イタリアンレストラン)のレタスは仙台の専用農場で作られています。

 また東北地方からの出稼ぎ労働者たちは厳しい労働条件の建設現場で首都圏の高層ビルを作ってきました。

さらに、東北地方にある危険を伴う原子力発電所では首都圏に大量に電気を供給してきました。

東北地方に対して何かできることは?

東北地方を元気にする手だては原子力発電所の最稼動ではないはずです。

大切な事は

(1)震災を風化させないことと、

(2)現在でも仮設住宅に暮らす等困っている人が多くいる事を意識すること

 

現地地方議員の活躍も求められていますが、

原子力ムラ選出議員は、電力会社社員や息のかかった議員が多いという統計をみてしまう(『フクシマ論』開沼博)とそれにはあまり期待できそうにありません。

私たちが出来る事。

それは現地への旅行や現地で生産された魚介類購入など

一人一人が出来る事をしていくことが最善の策のような気がします。

アマゾンでキンドル買いました。コストパフォーマンスが素晴らしい。

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