HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

着る映画で売る。

2019-09-18 04:54:16 | Weblog
 バーバリーを失って以降、経営面で精彩を欠く三陽商会。ライセンス生産するマッキントッシュロンドンも、セレクトショップが販売する本物に押され、先行きは見通せない。だが、ここに来てリストラ策が奏功し、経営再建が緒に就いたのか。新たなブランド開発や出店に着手している。その一つがこの秋から販売している「CAST」だ。

 CASTは、20歳後半から30歳前半向けのレディスブランド。コンセプトは「人生という物語を、演じるための服」で、MDはライフスタイルや価値観が異なる女性をアイコンにした3ラインで構成。店舗は原宿に旗艦店を構えるほか、百貨店を中心に約30店を展開する。ここまでは、ブランドデビューではよくあるセオリーだが、CASTは販促を兼ねた売り方にも注力する。

 PCやスマートフォンで視聴できる30分のショートムービー( https://www.cast-colon.com/#ct_movie )を制作し、新進女優やモデル、ミュージシャンが演じるアイコン3女子の日常のストーリーを通じて、ターゲット層にブランドイメージを訴求する。

 また、3女子が着用するアイテムをその場で購入できる「シネマコマース」を採用。PCやスマホの画面上部には各自の名前が書かれたボタンがあり、それをクリックまたはタップすれば、CASTのECサイトに飛べて劇中で着ているアイテムが購入できる。デジタルがもつインタラクティブな特性を生かし、日本で初めて導入された売り方だ。



 映画のストーリーは以下だ。顔が薄いとのコンプレックスをもつ化粧品会社のOL「LISA」(飯豊まりえ)、甘いものが食べられないフレンチレストランのパティシエ「ANNA」(emma)、自分らしくない楽曲を演奏しろと言われて悩むシンガーソングライター「CARA」(佐藤千亜妃)が、雷雨の夜に同じマンションの同じ部屋を訪れることから物語は始まる。偶然出会った3人は共通の恋人に三つ股をかけられているを知り、協力して復讐劇を繰り返すことで、自分らしさとは何かに気づくという筋書きだ。

 一見すれば、トレンディドラマのよくあるプロットと言えなくもないが、台詞も場面展開もテンポがよく、独立プロが制作し単館上映向けに配給される作品にもありそうにも思える。3名は芸能界ですでに人気を得ているというより、演じる役柄よって大きく成長できるかどうかが問われる段階。NHKの朝ドラオーディションを勝ち抜くより、こちらの方が同世代ウケする可能性があるからか。キャスティングにはそんな意図も見え隠れする。

 だからではないが、アパレルの販促という点ではどうなのだろう。配役の顔のアップや所作、動きを中心に映像が展開され、服そのものがクローズアップされるシーンはほとんどない。映像が暗いのも難点だ。映画を見て気になる商品があれば、画面上部のボタンに触れてECサイトに飛べる理屈はわかっても、見入ってしまった視聴者がどこまでの購買行動をとるのかは疑問だ。服を売るためのSP動画というよりは、女優を売らんがためのプロモーションビデオのように感じられ、セールスへの意思が希薄なように映る。

 三陽商会が絵コンテや撮影の段階で、制作者にどこまで自社の注文を伝えたのだろう。日本初のシネマコマースという触れ込みに流され、アパレルとしての要望を盛り込め切れてないと言えば、言い過ぎだろうか。それとも、監督が端から配役のキャラ偏重で演出したく、カメラマンもそうした狙いで撮ったのだろうか。まあ、電通が関わっているだけに重視されたのは制作サイドや芸能事務所の意向であって、アパレル側の注文がどこまで映像に反映されたのかと言えば、想像に難くない。

 今回のシネマコマースを至った背景には、三陽商会がものづくりでは定評があるものの、売り方や発信力は得意でないという長年の課題があると言われる。果たしてそうなのだろうか。三陽商会は同社のルーツにもなっている「サンヨーコート」の拡販では結構、広告投資をしてきた。70年代にはアイテムをメンズやレディスまで広げ、ブランド数を増やして百貨店系アパレルへと舵を切った。広告塔にプロ野球のスター長嶋茂雄を起用し、「ミスターサンヨー」は同社の代名詞にもなった。

 他にも不倫という言葉が流行し始めた80年代には、「魅せたいからコートを着る」「隠したいからコートを着る」「コートはしのび逢いのためにある」なんて、意味深なコピーの広告展開までやってのけたと記憶する。最近ではマッキントッシュロンドンの販促で、ゴム引きコートの撥水性や軽さを強調するCMを制作し、オンエアしている。

 ここまで広告に多額の投資をしてきた割に、発信力や売上げの面では効果が上がっていないと言うのであれば、「媒体」の選択に問題があったのかもしれない。だからといって、シネマコマースという斬新な手法に変えても、どこまで発信力が増し売りに繋がるかは未知数だ。今回も代理店が絡んでいることを考えると、同じ轍を踏まないとも限らない。

 過去、日本のアパレル業界における情報発信の手法は、レナウンやオンワード樫山のような百貨店系アパレルがテレビCMを多用してブランド力や知名度を上げ、それらの商品を小売りする伊勢丹や西武などの百貨店が新聞広告で販促に注力するという「マス媒体」主体のやり方だった。これには三陽商会も当てはまると思う。

 コムデ・ギャルソンやヨウジヤマモト、ビギなどDCアパレルはコレクションショーを主体に業界メディアに訴えることでプレスプロモーションをしてきた。ナイスクラップやオゾックなどの平成ブランドは、雑誌を中心とした広告記事タイアップを中心にブランド力をアップした。そこまでの売上げ規模がなく、マス媒体を使えない中小のアパレルは、商品を貸し出すファッション雑誌が唯一、情報発信を担っていたのである。

 しかし、90年代には消費者がメーンでブランド情報を入手する手段は、テレビ、新雑(新聞・雑誌)からインターネットに変わった。パソコンやスマートフォンがあれば、24時間どこでも情報が入手できるのだ。そうした環境変化にうまく乗り、マス媒体とネットメディアをうまく使い分けていったのが、ユニクロやストライプインターナショナル、アダストリアなどのSPA企業である。

 マス媒体はあくまでブランド力をアップするツールとして使い、ネットメディアは新しい仕掛けを取り入れ、販促の次元を一気に超えてEC、店舗との一元一体で運営するオムニコマースの領域にまで踏み込んでいる。デジタルのインタラクティブ機能が情報発信と販売を同時に行えるようにしたのである。



 今回、三陽商会が導入したシネマコマースも、その進化型に位置すると思う。問題はコンテンツづくりだ。ブランドサイトの閲覧を優先するなら、それに誘う優良コンテンツを制作しなければならないが、きっかけの映画を作り込み過ぎるとストーリー偏重になり、ブランドや服がクローズアップされにくくなる。しかも、わずか30分のショートムービーである。一度見てしまうと服に対する印象や残像が強くない限り、映画そのものは飽きられるから、ECへのアクセスが落ちる可能性は高い。


 アパレル側から言わせてもらうと、服の着こなしやディテール、素材感、スタイリングを強調する演出やカメラワークは必要だと思う。30分完結のストーリーより、ワンシーンをいくつも重ねたオムニバス形式で、全アイテムを登場させるくらいの技法でもいいのではないか。制作コストを考えると、配役も女優やミュージシャンではなく、モデルや劇団員でもいいと思う。主役はあくまでブランド、服というスタンスなのだし、制作費の大半をアパレル側が出すならなおさらだろう。

 「パリジュテーム」という映画がある。2006年制作のフランス映画で、世界中の18人の監督が「愛」をテーマに撮った5分程度の短編をつないだオムニバス作品だ。配役にはレオンのナタリー・ポートマンやカミーユ・クローデルのジェラール・ドパルデューが起用されているが、大半はそれほど有名ではない。むしろ、ウィットに富んだシナリオと監督の演出で魅せる映画だ。ストーリーなど気にせず、パリの街並と愛の風景が楽しめる。

 この映画を劇場で見たとき、技法はアパレルのプロモーションにも使えるなと思った。ロケ地は東京でもいいし、全国各地でもいい。短編なら服そのものはスチールのような撮り方になるし、オムニバス形式だと全アイテムを有効にアピールできる。配役は有名でなくても、ターゲットと等身大であれば、訴求には十分だ。要は服をスポットを当てる撮り方で、後はいかにオムニコマースを連動させていくかである。

 一方、商品そのものの見せ方では、東京メトロのCM(https://www.youtube.com/watch?v=tkiJ-mmuFJ4)に注目したい。こちらは女優の石原さとみがレポーター役に起用されているが、スタイリストがキャラクターをも凌ぐ弾けた着こなしを提案している。石原さとみだけでも十分に視聴者を引き込むだろうが、日本の浴衣から欧米の懐古スタイルまで取り入れたことで、外国人旅行者の目を引く可能性は高い。逆に視聴者から東京メトロ側に衣装の問い合わせがあったのではないかと思う。

 せっかく、「着る映画」を作るのであれば、「着てほしい商品」のクローズアップが不可欠で、その方が売りに繋がるはずだ。そんなことを考えながら、第2弾のアップを待つことにしたい。
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