HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

経営はクリエイティブ。

2022-02-23 06:33:21 | Weblog
 すでに社長のポストを奪われたのだから責任はないと思う。だが、その結果を招いた一端は、もちろん当人にある。大塚家具の大塚久美子元社長とヤマダデンキ吸収合併の件だ。報道によると、店舗やIDCは存続するが、法人は消滅することになるという。

 ここに至った経緯を改めて振り返る必要はないだろう。メディアは大塚家具が迷走した背景に創業者である父勝久氏と息女久美子氏の「親子げんか」があるように伝えるが、それは大衆を惹きつけるネタに過ぎない。むしろ、家具業界が抱える構造的な問題が大塚家具にも例外なくのし掛かり、追い詰められていったということだ。


時代に変化に取り残された大塚家具

 家具という商品はどんな性格のものか。かつての日本には、軽くて女性でも持ち運べることから、結婚時には桐箪笥を主体にした「婚礼家具」を新婦側が嫁入り道具として持たせる習わしがあった。昭和期にも家具専門店はこの習慣(洋服箪笥、衣装箪笥、整理箪笥の婚礼3点セット)を販売戦略に組み込み、家電などとセットにしてマーケティングを展開していた。

 高度成長期に入ると、結婚だけでなく就職や転勤、進学と、人の移動が家具の需要に影響した。単身生活ではそれほど多くの家具は必要ない。学生の下宿生活では3段ボックスやファンシーケースがあれば十分だった。結婚では核家族化が進んだが、いきなり一戸建てに住めるわけではない。社宅やアパート暮らしなら、揃えられる家具やインテリアは限られた。家庭では子供が生まれ成長するに従って、求められるアイテムも変わっていったのである。




 やがてバブル景気に突入すると住宅需要の盛り上げとリンクして、メディアは家具&インテリアをこぞって特集した。専門のスタイリストが雑誌の特集ページで紹介するのは、外国製を主体にした高価格・高感度なもの。中でも、デンマーク生まれの「Yチェア」やイタリア製の「マッキントッシュ」のように所有することで価値を生む家具も登場した。

 バブルが崩壊し平成不況が長引くと一転、所得やライフステージに合わせた商品提案がなされるようになった。一つは途上国で製造することで低価格を実現したもの。もう一つがセコハン(中古)の家具である。しかし、こうしたトレンドが家具専門店を苦しめることになった。品揃えには広大なスペースが必要になるため、都市部の店舗では高額な家賃負担が経営を圧迫した。生き残りをかけてローコストな郊外展開にシフトしたものの、仕入れて安売りするだけではコストを吸収できず、閉店するところが相次いだ。

 裏を返せば、消費生活の変化と所得の伸び悩みで、高価な家具を一生に渡って使う様式や価値観が変わってしまったのだ。ファミリー層がマンションで暮らし始めると、収納が充実しているためタンスは必要ではなくなり、売れるのはテーブルセットやソファ、ベッド、カップ&ローボードと限られた。若年層は家具&インテリアに対するセンスが向上したことで、中古の家具やインテリアでもおしゃれにコーディネートしてみせた。

 そんな状況下でも、大塚家具は高級家具を販売するためにお客一人一人に販売員を付かせるマンツーマン接客を続けた。しかし、大多数の消費者はそんな手法を望まなくなっていた。自分のライフスタイルに合うデザインや機能を備えれていれば、産地やブランド、品質には拘らない。マスで売れる家具・インテリアは完全にトレードオフの商品になってしまった。ただ、ベッドだけは高齢社会を反映し、介護機能付きで高額なものにシフトし始めている。



 もっとも、ユーザーが家具選びの主導権を握れば、プロフェッショナルな接客は必要ない。それを逆手に取ったのが「ニトリ」や「イケア」、「無印良品」である。自ら製造して販売することでデザインや機能性、品質を限定的にし、セルフで自由に選んでもらうこと(組み立ても)で、低価格を実現した。こうして彼らが完全に家具・インテリア市場のボリュームゾーンを制圧したのである。


戦略転換を模索したものの、ミッションを欠いた

 もちろん、国立難関校の一橋大学を卒業し、経営コンサルタントまで務めた大塚久美子氏がそうした構造変化に気づいていないわけがない。メディアで伝えられた「高級ではなく、売りやすい中級も扱う」「お父さんのやり方は古いのよ」などの「反抗」にはその一端が見られる。だが、企業経営はまず確固とした方針が必要で、経営者にはそのミッションがある。戦略転換を進めるには、それを打ち立てなければならない。その上で、戦術としての商品政策、販売手法が生きてくるのである。

 ところが、大塚久美子氏は経営者としてミッションを果たさなかった。しかも、売上げ不振を十分に補えるだけの代替戦略を構築し、銀座や博多での広大な店舗展開など高コスト体質を改めたかと言えば、そんなことはない。つまり、久美子氏が新たな経営方針をしっかり示さず、判断のタイミングを見失ったことがヤマダ電機への身売り、そして会社の消滅につながったのである。




 家具・インテリアの市場を俯瞰すると、ハイグレードのジャンルに入るインポート家具では、イタリアの「カッシーナイクスシー」、デンマークの「ボーコンセプト」、英国の「コンランショップ」など欧米のブランドが浸透している。これらは品質の良さだけでなく、デザイン性や感度でも優れており、価格対価値では大塚家具を凌駕している。マーケットは小さいが、一定数の富裕層がターゲットだ。




 中級でも「アクタス」「タイムレスコンフォート」「ダブルデイ」などのインテリアショップが顧客を捉えている。その手法はリビングやキッチンなどの雑貨で集客し、お客が逆に売場にディスプレイされた家具に魅了されて購入するシダクション商法。「フランフラン」のように都会で一人暮らしをする女性に特化した業態もある。売り方、見せ方の妙というか、家具だけをだだっ広く並べて、販売員が張り付いて接客してきた大塚家具とは大きな違いである。

 もちろん、低価格の家具・インテリアは、アウトレット店を含めいくらでもある。中古業態の「ハードオフ」や「セカンドストリート」も、家具の買取や販売(カッシーナイクスシーのようなブランドはセコハンでも高値で取引)も行っているし、環境保護を考えるSDGsが叫ばれ、新品でなくてもいい価値観が市民権を得たのも事実だ。加えて日本は毎年のように台風や豪雨、地震が発生し、被害が多発している。家具が売れる環境にはあるのだが、破損するのは高級品も同じだから、売れ筋はなおさら低価格品やセコハンになっていく。

 大塚家具が中級品の販売を拡大したところで、どれだけのお客を捕捉できたか。競合の状況を見れば、かなり厳しかっただろう。筆者が住む福岡の大川市は家具産地として有名だが、海外製の低価格品に押されて厳しい状況にある。その打開策として「コントラクト(請負)」部門の拡充を行っている。木造住宅の建具や造り付け家具、ビルや店舗の内装で特別仕様に近い家具などをハウジングメーカーや建設会社から受注するものだ。大塚家具も一部で乗り出していたようだが、目に見えた成果は出せていなかった。

 家具需要を活性化させたいのなら、一度購入したら終わりではなく、買い替えを促す方法もありだと思う。高級家具は品質も良いのでセコハンでも売れるし、リフォームにも耐えられる。模様替えなどのキャンペーンを張って、そうした商品の買取と再販の仕組みを整えることも必要だった。並行して、子供たちに家具の魅力を知ってもらうために製造現場の見学会を開催するとか、手作り=オーダー家具に親しんでもらうためにDIYのワークショップを開くとか。少しでも販売につなげていくやり方は色々と考えられたはずだ。

 万策を尽くすこともなく、救いの手をヤマダ電機に一本化したことが果たして正解だったのか。高級家具の販売と家電の安売り大手。外から見ればあまりに企業の格や文化が違うように見える。それとも、仕入れコストできるだけを安くするためにメーカーに圧力をかける体質は共通していたのか。どちらにしても、家電の売上げが頭打ちで住宅設備などに活路を見出そうとするヤマダ電機に、大塚家具がうまく飲み込まれたのは確かだ。

 家電の購入はネット通販でも十分だが、家具はサイズや使い勝手も購入の条件になるから、現物を見なければならない。消費者側が家具選びの主導権を握る中で、ヤマダ電機とてどこまで家電との相乗効果を発揮できるかは未知数だ。大塚家具を生かすも殺すも、家具を必要とするお客をいかに集客するかにかかっている。果たしてヤマダ電機にそれができるかである。

 今思えば、経営はつくづくクリエイティブだと思う。時代の変化を読み、需要を喚起するビジネスを創造できるかだからだ。美人で秀才で凛とした大塚久美子氏には酷な言い方かもしれないが、彼女にはその能力がなかったということである。
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触れずに触れる。

2022-02-16 06:39:25 | Weblog
 もうだいぶ前になるが、優秀な外科の先生がインターネットを使って、離れたところにいる患者のオペをする報道を見た。ついにここまで来たかと納得した反面、医者は直に患部に触れるわけではないから、手先の感覚はどうなのだろうとも思った。外科医はミリ単位でメスを動かし、縫合をする。少しでも手先が狂えば、患者は生命の危険に晒される。オペの成功がどこまで担保されるのか。それが素人として率直な疑問だった。



 ところが、医療技術は日進月歩だ。手術ロボットが発達したことで、医者が遠隔地の患者をリアルタイムで手術できる「オンライン手術」は、当たり前になった。日本の医療現場には手術ロボットが300台以上配備され5Gのデジタル整備もあって、操作が遅れることなくオペができる。オンライン手術は医療の質を向上させ、医療の利用度を高める。患者も治療に前向きに取り組めるため、治療効果を最大化させる。

 もっとも、手術医療の前提として、外科医の育成が必要だ。医者になるにはまず国公、私立大学の医学部を目指さなければならず、数学や物理、化学など理数科が得意であることが必須になる。並行して外科医には「手先の器用さ」が求められる。オンライン手術がいくら普及しても、この条件は変わらない。

 外科医はチーム・バチスタやブラックジャックなど小説や漫画の主人公になるくらい、医学界の期待は大きく、医者の中でも一番のステイタスと言われる。彼らは優秀な頭脳と手先の器用さを併せ持つわけだが、中には群馬大学病院での内視鏡手術のように医療ミスを冒す医者もいる。こればかりは学業成績や練度だけで解決しない課題でもある。

 優秀で百戦錬磨、ゴッドハンドの異名を持つ外科医は限られる。彼らへのオペ要請は引くて数多だろうが、体はひとつしかない。オンライン手術が普及する中で、世界中から「この先生に手術してほしい」とのニーズが殺到すればどうなるのか。外科医の人的な負担を減らせるのとオペの平準化・高度化を両立させるには、まだまだ技術の進化が必要なようだ。


建設や物流の人手不足解消にも効果的

 オンライン手術で患部に対する感触が得られるかはわからないが、「手触り」や「衝撃」という「触覚」をデジタルで再現するシステム開発が相次いでいる。技術の名称は「ハプティクス」。振動や超音波などで「衝撃」や「弾力感」といった触覚を再現するもので、ギリシャ語の「触る」を意味する。

 ハプティクスはまず、建設業で導入が始まっている。ゼネコンの大林組は慶應大学と共同で離れた場所に置いた2台の装置で力の感覚を共有し、現場にいなくても熟練工の「左官作業」ができる技術を開発した。



 この左官技術はコテを使い壁面にモルタルを塗りつける作業で、埼玉にいる職人が大阪にある壁を遠隔で塗り上げるもの。2台のロボット装置を使い、埼玉側では職人が自由に動かせるハンドルを手に取って動かすと、ハンドルの位置や傾きがデータ化され、これが瞬時に大阪に送られてロボット装置に据え付けられたコテが同じ動きと力加減を再現する。

 大阪側でコテが壁に当たると、その重さや硬さの感覚もデータ化し、埼玉側にリアルタイムで伝わる。それを職人は感じて作業の進捗や仕上がり状態を確かめられるというわけだ。職人の世界では、親方の仕事ぶりを弟子が見て覚える徒弟制度が当たり前だった。しかし、そんな世界に足を踏み入れる若者は少なくなり、技術の伝承が途絶えたり、人手不足が深刻になって現場作業に影響が出ている。これを解消するものとして、期待は大きい。

 東洋鋼鈑は従来、作業員が回転するロール鋼板の表面に着いた金属粉や埃をふき取っていたが、これを遠隔化した。本来は粉や埃は砥石や研磨紙の付いた道具を当てて拭き取るのだが、鋼板を傷つけずに作業するには熟練の技が必要だった。この作業もハプティクスにより、技術者が危険な現場にいなくても遠隔で操作できるようになった。



 医療分野では、スタッフが患者と対面せずにPCR検査ができるシステムが登場。綿棒が鼻の粘膜に当たる際の微妙な感触を医療スタッフが遠隔で共有できる。福祉では「動かしてほしい筋肉を振動で知らせるスーツ」や「感触を備えた義肢」で、物流では「荷物をピッキングするロボットに皮膚感覚を与える小型センサー」で、ハプティクスの応用が見込まれている。

 米国のフェイスブック改めメタは仮想空間で「触覚を体験できるグローブ」を開発している。以前にこのコラムでも書いたが、メタバースの普及には触覚がカギを握るからだ。人間は五感で情報を収集するが、その8〜9割が視覚で残りが聴覚と言われている。テレビやステレオなどのオーディオ・ビジュアル機器が先に発展したのを見るとわかる。

 ただ、今では液晶パネルと電子基盤さえあれば、テレビはどこのメーカーでも作れるようになった。パネルの発達で映像は高精細となり、8Kのテレビが普及し始めたが、本当にそこまでの画質が求められているのかと言えば疑問だ。


直に触れず質感がわかるようになるか

 これから求められるのは、むしろ「触覚」の再現技術ではないか。すでに触らなくても、触れたと錯覚させる手法が登場しているが、それをよりリアルにするシステムがあれば、アパレルECでの商品購入は、リアル店舗でのそれと遜色なくなる。



 筆者がずっと望んでいるのが、実際に商品に触らなくても「生地や革の素材感や状態、厚み、こしを感じられる技術」だ。ネット通販では商品は写真で確認するだけで、実際に生地の質感や厚みを確認するには、店舗まで出向いて現物を確認しなければならない。

 だが、バーチャルで触感を確かめる技術が開発されると、店舗まで行かずに生地や革の感触を体感できる。遠隔地に住んでいたり、身体が動かせないなどのハンディがあっても、布や革に触れるような感触や質感などを確かめられるわけだ。



 技術システムのイメージは以下のようなものが考えられる。まずメタが開発したグローブの応用である。人間の指先や掌が感じるようなセンサーを付けたロボットハンドが生地や革に触れ、そこで感じた生地の素材感、繊維の状態、厚みなどをデータ化し、人間が装着したグローブに伝えて人間の指や掌に感触を再現する。

 次にこの進化型として、PCのマウス横に備える「フレキシブルなファブリックデバイス」が考えられる。ペンタブレットのような装置の表面に「電子繊維」を貼って、PCの画面越しに見る商品の素材感や繊維の状態、厚み、こしなどを再現するもの。製造の工程で生地や革の素材感や厚みなどをデータしておけば、ロボットハンドが実際に触ることなく、人間が自分の手で電子繊維のデバイスを触っただけでそれらがわかるというイメージだ。

 ハプティクスの技術を応用すれば、生地や革の感触を再現するのは決して荒唐無稽ではないはずだ。10年ほど前、ジャパネットたかたの高田明社長(当時)と直にお話した時、「テレビはもう画質の良さだけで売れる時代ではない」と仰っていた。現に米国のアップルが2010年に発売したiphone4から、人間の目ではそれぞれのピクセルを見分けられないディスプレイを採用していた。

 同国の調査会社は、スマートフォン向けの液晶パネルにおける解像度の平均は、2026年でも305ppiと発表した。これは現状から3%ほどしか向上していない。携帯電話の他に映像機器として使用するならば、わざわざ新機種に買い替える理由も無いし、故障などどうしても必要でも中古で十分だ。

 つまり、新製品には消費者が必要とする技術を盛り込まなければ、売れないということ。人間の五感のうちで視覚、聴覚に訴える技術は十分にあるのだから、それに次ぐ感覚に訴える技術が求められるわけで、それが触覚になる。アパレルの世界では生地や革の感触や状態、厚み、こしなどがバーチャルでわかるようになれば、ECはさらなる需要を生み出すはずだ。

 大手アパレル側も「デジタルシフト」と判で押したようなお題目を唱えるだけでなく、その先にある売れる条件、触覚をいかに再現させるかに取り組むべきではないか。販売革新のステージは確実に移っており、それを可能にしたところが勝者に近づけるのだ。

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便利屋に服は作れず。

2022-02-09 06:36:05 | Weblog
 今さら驚くことでもない。セブン&アイHDが百貨店のそごう・西武を売却するニュースである。2006年、セブン&アイはそごう・西武の前身、ミレニアムリテイリングを2000億円超で子会社化した。当時、同社HDの総帥・鈴木俊文会長は、以下のようなニュアンスで百貨店再生の自信を語っていた。

 「米国は数%の富裕層と90数%の低所得者層に分かれるので、必然的にディスカウントストアの売上げが高くなる。だが、日本は年収に関係なくブランド品を購入し、日用品はより安いスーパーに、利便性を求めればコンビニにも出かける。だから、百貨店、スーパー、コンビニが連携し、情報を共有しながら対応していかなければならない」、と。

 では、そごう・西武を再生する具体策は何だったのか。百貨店向けの衣料や食品をセブン&アイが進めるPBのセブンプレミアムと共同開発すること。グループ力を活かせば商品力を強化でき、コストダウンが図られるというのが鈴木会長の目論見だった。



 しかし、PB衣料と言っても、バックボーンはスーパー・イトーヨーカ堂の衣料品開発。それも商社丸投げで生まれたデイリー衣料の延長線に過ぎない。そんな商品に百貨店の平場に堪えうるような「高級化」と「値頃感」と「利益率」を共存させるなど、どだい無理な話だ。

 お客が百貨店に求める衣料とはグレードが高く、非日常で着たくなるファッションそのもの。だが、それに見合うラグジュアリーブランドやデザイナーズアパレルが出店先として選ぶのは、新宿伊勢丹のようなトップランクの百貨店になる。すでに凋落していたそごうや西武に集まるのは格下のブランドで、百貨店としてMD力の低下は明らかだった。

 そこにセブン&アイのPB衣料を加えたからと言って、お客を惹きつけられるはずもない。一時的にインバウンド需要で黒字回復を図れたのは、ファッションに対して成熟していない中国などの観光客が日本の百貨店ブランドに手を伸ばしただけ。そんな傾向はコロナ禍がなくても、やがて尻すぼみしていく。中価格帯の百貨店系アパレルは、すでに日本人の客離れを起こしている。それが何よりの証左である。

 もう少し詳しく解説しよう。大手百貨店はバブル崩壊による売上げ急落を利幅で埋めるために、自らの歩率を増やそうとした。それにより、アパレルメーカーは原価率を30%弱から20%程度まで下げざるを得ず、結界的に商品の価値も魅力も損なわれてしまった。外国人観光客がそうした状況に気付くのも時間の問題である。

 セブンプレミアムの食品も、セブンイレブンの出店増で仕入れ主体よりPBの方が利益率が上がり、冷食やレトルトならロスが削減できる狙いで開発。膨大なロットを背景にNBと遜色無いレベルの商品を割安で提供することを可能にした。しかし、このPBがデパ地下に並ぶ高級惣菜や老舗メーカーの食品などとシンクロできるかと言えば、これも難しい。

 鈴木会長は食品偽装が横行した時、「米国産の肉が劣って、日本産の肉が優れるという根拠がわからない」と、暗に消費者の産地信仰を批判した。それでも、デパ地下では精肉すらAランク以上のものしか販売しない。惣菜も上級食材を使用して製造し売り切りする。百貨店の顧客とっては味が第一で、価格は二の次。仮にセブンイレブンのPBをパッケージだけ変えてデパート仕様にしたくらいで、デパ地下の食品に慣れ、舌の肥えたお客を捕捉できるとは思えない。

 百貨店の苦戦はバブル崩壊で中間層が没落し、支えていたマーケットが縮小したことだ。買い物するお客が減っているのに、市場規模を超える店舗数があっても成り立つはずがない。また、オンラインで何でも購入できる今、百貨店が優位に立てるのはネット通販に対応しない高級ブランドくらい。だが、それを販売できるのは都市部の一番店に限られる。

 鈴木会長が目論んだ百貨店からスーパー、コンビニまでの統合戦略は、脆くも失敗に終わった。それは店の格からブランドやプライス、サービスまでがお客に厳しく選別されるようになったことを意味する。


コンビニ集中要求はセブン&アイには好都合?

 そごう・西武の売却は、海外ファンドなど大株主からの要求でもある。同社におけるコンビニ事業の売上げは2022年2月期で国内約5.0兆円、海外約6.4兆円の見込みだ。店舗数は国内約2万1000店、海外の連結子会社分が約1万4000店。この他に現地企業に運営を任せるエリアライセンシーが韓国、タイ、台湾、香港に約4万3000店ある。

 マーケットとして有望な中国での展開は、連結子会社で約570店、エリアライセンシーで約640店しかない。人口が14億人もいる中国で、「この程度の店舗数では、あまりに成長のスピードが遅い」と、ファンドや投資家が判断するのは当然だろう。さらに「日本国内でわずか10店舗の百貨店事業が21年は66億円の赤字、今期も45億円の赤字の見通しでは、運営する意味をなさない」と、追及されたのではないかと思う。

 筆者はセブン&アイの経営陣に百貨店の運営をできる人間がいなかったことが最大の要因ではと考える。同社は米国生まれのコンビニエンスストアを日本に輸入し、独自の経営スタイルを確立して成長させた。裏を返せば、チェーン展開による数の論理で効率を追求しただけ。しかも、本部の好業績はSVによる需要を超えた発注など「コンビニ会計」による数字のマジックが影響しており、店舗別の収益やオーナーの腐心の実態とはかけ離れていた。それでも、ファンドや投資家はバランスシートの数値さえ良ければ、安心する。

 それに対し、百貨店経営は地域に即した高い付加価値を持つMD、卓越した接客サービスなど属人的なノウハウが不可欠になる。生え抜きで店と共に苦楽を共にしてきた人間ならともかく、コンビニしか歩んでこなかったものには務まらないだろう。ましてそんな人間がファッションや食品に対し、鋭い感覚を研ぎ澄ませているとは思えない。

 結局、時代が変われば、小売りも変わる。市場の論理でいえば、コンビニは求められても、百貨店がこれ以上伸びることはない。しかも、百貨店は高コスト構造で高い利益が望めず、今のビジネス価値からして魅力的に映らない。そう考えると、セブン&アイの経営陣にとって株主からの百貨店事業の売却、コンビニ集中の要求はむしろ、渡りに船だったのではないか。



 セブン&アイは買収の意向があるファンドや企業に10店セット、2000億円以上が条件で、入札を呼びかけたと言われる。ここに来て、三井不動産や三菱地所が池袋や渋谷、横浜など都市型店の不動産価値に目をつけ、入札するとの話も出ている。

 確かに池袋や渋谷、横浜の店舗は集客力もあり、テナントビルはもちろん、一等地でオフィスにしても一定の賃料を見込めるだろう。一方、そごうの広島店や千葉店、西武の秋田店や福井店はどうか。百貨店のまま維持するのは難しいし、かといってテナントビルやオフィスに転用しても、地方の景況からすれば厳しいと言わざるを得ない。




 ただ、池袋店のビルは今も西武鉄道の所有であり、渋谷店の土地は地権者が複数いることがネックになる。そごう・西武が所有するのは暖簾とスタッフだけなのに、負債は借入金とグループ内融資を合わせ約3000億円にも及ぶ。ファンドや不動産事業者にとっては、都心店で出せる利益と、負債や地方店の損失が差し引きプラス(5000億円以上のリターンが見込める)になれば、「買いか」と判断をするのではないか。それでも、厳しい判断には違いない。

 地方百貨店では、跡地利用や再開発がうまくいっているケースはほとんどない。自治体の首長は「従業員の雇用を守れ」と口出しするが、テナントビルにしてもオフィスにしても店子が集まり、永続的な家賃収入があることが前提だ。しかし、マーケットの規模を考えると、地方ではこれが極めて不安定と言える。

 結局、百貨店を残すにしても1階を優良顧客向けのサテライト店にするくらいしかない。残りのフロアはテナントとオフィスで埋めるか。自治体と連携してUターン、地方移住者向けの起業、スタートアップ拠点としてオフィスで貸し出したり、健康促進むけのスポーツジム、あとは公共施設をリーシングするしかないだろう。それでもうまくいく保証はない。

 「セブンイレブンは日本一の小売業」と言われた時期もあった。しかし、所詮、便利屋であって目や舌が肥えた百貨店客を満足させる商品提供はできなかった。水島錬金術で伸し上ったそごう。小売りと文化を融合させた西武。だが、強者どもの夢の跡に残るのは抜け殻のような店。諸行無常である。

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買いたくなるもの次第。

2022-02-02 06:40:27 | Weblog
 昨年からにわかにクローズアップされている「売らない店」。最初に手掛けたのが丸井だ。D2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)のテナントを誘致し、各店はショールームに徹し接客のみで対応する。来店客は商品をECで購入するが、その決済に丸井のエポスカードを使ってもらうことで、同社は手数料と購買データを得る戦略だ。

 一例を挙げると、新宿マルイでは1階に「b8ta(ベータ)」をリーシングした。同店は最新家電などの体験ができる施設で、商品は売らない。来店客は展示された商品を実際に手に取って確認するだけで、購入は基本的に専用の通販サイトで行う。

 丸井側は天井に取り付けたAIカメラで来店客の動向を撮影し、商品前に立った時間やスタッフが商品説明を行った回数、販売までに漕ぎ着けた割合などを記録する。こうしたデータをテナント企業にフィードバックして、マーケティングや商品開発にも生かしてもらうわけだ。丸井は百貨店から定期借家契約のSC(ショッピングセンター)に転換している。売らない店舗の導入は、従来の歩率家賃とは違った収益確保の資金石となる。

 J・フロントリテイリング傘下の大丸松坂屋東京店も昨年10月、D2C企業のショールームに特化した「明日見世」を開設した。婦人服フロアの一角に約20のブランドを展開するもので、スタッフは商品説明を行うだけで販売はしない。来店客は商品に付いたQRコードをスマートフォンで読み取り、ブランドのサイトからECで購入する。大丸側はからD2C企業から出店料を得るだけだ。将来的には松坂屋の名古屋店や大丸の梅田店などでも導入するという。

 大丸松坂屋は、新興企業のD2Cブランドは資金的に脆弱で実店舗を持てないところが多く、店頭で接客など小売りのノウハウもないと見る。そこで、D2C企業に対してコストをかけず、消費者との直接の接点をもつ場を提供する。D2Cブランドは個性的で、若者が好む傾向が強い。百貨店の顧客とはリンクしないのに誘致する背景には、既存とは異なる客層へのアプローチがあり、小売業からテナントビルへの脱皮を鮮明にする。

 また、接客サービス後のプロセス、販売をスムーズにデジタル化すれば、コンビニと同じく24時間顧客に対応できる。ウィズコロナであることも含め、店舗での滞留時間は制限されているわけで、それに代わる接点をいかに確保するかが小売業の新たな視点とも言える。



 いよいよ今夏には米国発の売らない百貨店「SHOWFIELDS(ショーフィールズ)」が日本に上陸する。2017年の創業からわずか5年で、ニューヨークのノーホーなど3店舗を展開。こちらも商品を体験してもらうのみだが、本家米国ではコロナ禍もあって急成長を遂げている。日本では化粧品や衣料に限定し、20ブランドほどの出店を募集中だ。

 店内にはAIカメラを設置して来店客の買い物行動や滞留時間を分析。そのデータを出店企業の商品開発などに活かしてもらうスタイルも同じだ。まずは東京都内(出店候補は銀座や表参道)に50坪〜100坪程度で出店する。日本1号店では半年程度のデモンストレーション後に、SC内や路面にニューヨークと同じ350坪程度の常設店を出店する計画という。


セレクション感度やブランドを選り抜く目

 では、ショーフィールズの通販サイト(https://showfields.com)で展開されている2022年春夏のアイテムから、D2Cセレクションのポイントを探ってみたい。ファッションアイテムでまず注目なのは、「Dauntless」。ニューヨークでは動物を傷付けたり殺したりしないサスティナブルレーベルとして最も注目を集めるブランドだ。



 中でも「Sam Gabardine Sand」のアウターは、肩にエポレットをつけたトレンチ風のデザインだが、素材にはフェイクシルクのギャバジンを使い、ヌードカラーの生地はインナーが透けて見えるトランスペアレント。大手アパレルには思いもつかないような企画で、価格も136ドルといたってリーズナブルだ。春風の中、摩天楼の下を闊歩するワーキングウーマンが好みそうな奇抜なテイストこそ、D2Cアパレルの真骨頂とも言える。



 「Hangover Hoodies」のパーカー(64.99ドル)は、シルクスクリーンによるハンドメイドプリント。スウェット地へのカラープリントは今やインクジェットプリントが主流。だが、インクジェットではデザインしたロゴや絵柄をPCでデータ化さえすれば量産は容易なのだが、プリント可能な位置やサイズが決まってくる。

 ところが、シルクスクリーンは色の分だけ版と刷りが必要になるものの、アナログ感のベタっとした印字や絵柄が打ち出せ、手作業ゆえにプリント位置やサイズを選ばない。Hangover Hoodiesのバックプリントも位置を微妙にウエスト寄りに下げている。そのため、受注生産のようで注文から納期までに2週間ほど。こうした手法も量産を避けるD2Cブランドならではと言える。




 ファッショングッズでは以下の2点が目をひいた。まずニューヨークでアートアドバイザーを務める「Maria Brito」と政治的解放やジェンダーフリーを訴えるフランス系ブラジル人のデュオ「Assume Vivid Astro Focus」がコラボしたラップ(大判のショール)だ。

 いろんな糸で織り込んだコットンジャカードで大胆な幾何学柄を表現。ヘムは織り糸によるカラフルなフリンジ処理だ。手の込んだ作りなので価格は高額になるが、それでもショーフィールズはアートコレクター向けに大幅に割引した(300ドル)と説明する。こうしたアイテムは作り手の活動内容やイデオロギーを打ち出す要素を持つことから、一般の流通ルートに乗る商品とはコスト感覚や売価設定も変わってくる。それもD2Cブランドだから可能なのだ。




 「Lindsay Albanese」のドロップハットホルダー(55ドル)は、脱いだ帽子をバッグのストラップに留め付けるレザーアクセ。荷物が多い旅行などでハンズフリーになれる必須アイテムとも言える。ショーフィールズのサイトではベストセラーというから、アイデアグッズであることもD2Cのポイントと言えそうだ。

 どのアイテムもショーフィールズが持ち前のセレクト感度とブランドを見抜く目で選り抜いている。こうした方向性を見るとD2Cブランドとは言え、何でもかんでも誘致すればいいわけではないことがわかる。

 AIカメラで分析したお客の動向はあくまでマーケティングや商品開発の手段にすぎない。目的は百貨店から離れていったお客の呼び戻しや新たな客層の開拓すること。そのためには日本店でも、米国本家と同様に来店客の購買意欲をそそるセレクションが実現できるか。かつて伊勢丹が誘致したバーニーズが名ばかりでお客を呼べずに売却先が転々とした点を反面教師にし、D2Cブランド側にも商品開発力が問われるのは言うまでもない。

 振り返ると筆者の記憶には、取引先のマネージャーや幹部連中が販売スタッフを叱咤・鼓舞する姿が今も残る。彼らがお題目のように発していたフレーズは、「売る気度アップ」「売ろう!売る!売れ!」「売りまくって、ケルンを積もう」等々だった。あまりに殺伐としてギスギスした現場を少し引いたところから眺めていたが、あれから数十年、彼らが存命なら「売らない店が小売りの新たな軸になりつつある」ことをどう思われるだろうか。

 最近、この手の報道に触れるたびに、メディアにはかつてアパレル小売りのラインにいた方々にも取材してほしいと思う。丸井の青井浩社長やJ・フロントリテイリングの好本達也代表執行役社長が危機意識から発想を変えようというのは理解できる。だが、果たして中小のチェーン店にそれが可能なのかも考えていく必要がある。

 また、ECのプラットフォーマーと同じく自らD2C企業を運営するより、テナント集めに専念した方が儲かると考えるところが出てくるだろう。百貨店やSCデベロッパーも既存業態はレッドオーシャンの中にあるから、各社が売らない店の比率を上げる戦略にシフトするのは時間の問題だ。

 コラムアップの前日には、セブン&アイHDが傘下の百貨店「そごう・西武」を売却する方向で調整に入っているとのニュースが流れた。ただ、日本の百貨店で買収に応じるところはなさそうで、それだけ百貨店事業が斜陽、行き詰まりの業種だというのを物語る。売却には海外の企業やファンドが応じるかもしれないが、不成立となれば都心立地というロケーションを活かしたデベロッパー事業に転換するしかないないだろう。

 となると、今度はD2C企業やテナントの取り合いになったり、D2C企業がより厳しい目で選別されていくことになる。大事なことは、売らない店やデータ分析のためのハード整備よりも、お客が「買いたくなる物」をいかに提供できるか。それにかかっているのである。

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