HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

DNAは引き継がれる。

2024-09-04 06:30:15 | Weblog
 デザイナーズブランド「ヨシエイナバ」が2024年秋冬シーズンで終了する。創立は1981年だから43年という長い歴史に幕を閉じることになる。

 ヨシエイナバは、1970年7月に誕生したデザイナーズブランド「ビギ」が2年目から破竹の勢いで売れ始める中、創業メンバーの一人で、代表の大楠祐二氏が派生ブランドを次々と増やし独り立ちさせる戦略から生まれた。最初は1973年のメルローズ。ビギのニット部門からの独立だった。次いで77年にアクセサリーのクシュカ、78年にはカジュアル色の強いディーグレースやマドモアゼルノンノなどを傘下にもつBBKK、82年にはピンクハウスを独立させ、次々と別会社が誕生した。ビギグループ躍進の原動力を支えた分社経営とも言える。

 ところが、誕生から5年目の1975年には状況が一変する。ビギの創業以来、デザインに携わってきた菊池武夫氏が妻である稲葉佳枝氏(その後、賀恵に改名)との夫婦生活に終止符を打ち、別居。同年10月、菊池氏はビギを退社し(株)メンズビギを設立した。だが、大楠代表は確信していた。「デザイナーが思い通りに作った服が売れるわけがない。ビギが売れたのは、俺が売場やお客の声を集めてマーチャンダイジングをやり、菊池がデザインを修正したからだ。失敗して必ず戻ってくるさ」。読みはズバリ的中。菊池氏はブランド事業に失敗し、1980年にはビギに復帰。メンズビギはビギグループの傘下となった。



 一方、大楠氏は素早く動いた。菊池氏に去られたその月に、稲葉氏をチーフデザイナーに起用して体制の立て直しを図った。アパレルだけではない。東京・青山にフランス料理のル・ポアソンルージュを開店した。「次はいつ稲葉に去られるかわからない。デザイナーの知名度に頼りきったビジネスほどリスクがあるものはない」。大楠氏には常にそうした危惧があった。だからこそ、ビギの設立から3年目でメルローズを独立させ、菊池氏が去った後も別会社を次々と設立してブランドを増やしていたのだ。

 (株)ビギ傘下には以下のようなブランドが名を連ねた。「ビギ」「モガ」「ジャストビギ」、そしてヨシエイナバである。文字通り、ヨシエイナバにはビギ、モガのデザインに携わった稲葉氏の服づくりのスタンスが細部にわたって浸透した。さらにヨシエイナバは既製服にはない手作りの1点ものに近い技術や品質をもとに最高のウエアを提案することを追求した。1981年といえば、デザイナーズブランドが最盛期に入ろうとした時期。にも関わらず、ヨシエイナバはクリエイティビティよりもクオリティを追求したのである。

 それがどんな意味を持つのか。当時の洋服好きは「お洒落でカッコ良い服が着たい」とデザイナーズブランドを購入していた。しかし、そんな洋服好きも歳を取るごとに成熟し、「いい服を着続けたい」に変わっていく。ヨシエイナバが誕生した時、稲葉氏は42歳。デザイナーとして十分な経験を積み、服づくりでは油が乗っていた時期だ。にも関わらず、手作りの1点ものに近い技術や品質を重視したのは、自身のスタンスである「私はデザイナーではなく洋服屋。モードを意識しても、アブストラクトな服は作らない」からだったと思う。当然、自分の服を愛してくれるファンがやがて成熟することも想定していたのではないか。

 もちろん、稲葉氏は夫だった菊池氏とは違い、ビギという会社に籍を置いて仕事を続けた。もし独立すれば、経営にもタッチしスタッフや取引先のことまで考えなければならない。ならば、ビギにいた方が服づくりだけに邁進することができるわけだ。それを特別に意識した訳ではないだろうが、大楠代表が持論とした「服は作りすぎても少なすぎてもダメ。感覚は新し過ぎてもいけない。一歩先より半歩先だ」というマーチャンダイジング重視の経営方針とシンクロした部分はあったと思う。


加齢を味方につけた服づくり



 稲葉氏は、ヨシエイナバを終了する理由について、「満足のいくパフォーマンスが望めないことも出て参りました」と、語っている。これほど長きにわたって続いてきたブランドだから、社内には後継のデザイナーを立て今後も存続させていいのではとの意見もあったはずだ。だが、稲葉氏は「ヨシエイナバは自分が携わってこそ、ブランドとしての体を成す」との思いが強かったのかもしれない。だから、あっさりと身を引く決断ができたと思う。

 もっとも、体調面では以前にも変化を感じている。「60代の半ば頃から、色が見分けにくくなりました」。会社に染色部屋まで造り、自分で染めて色の出具合を確認していたにもかかわらずにだ。長年の経験からこの色とこの色が合うと組みわせても、違和感ができてきた。自然光に晒したり、照明を変えたりして、ようやく決めるという状態だった。原因はやはり加齢による目の衰えにあった。

 70歳になる直前、知人から白内障治療の専門医を紹介され受診したところ、水晶体の中心部が硬くなる核白内障と水晶体の後ろが濁る後嚢下白内障が併発していた。医者からも「微妙な色の違いがわかりにくかったでしょう」と言われたとか。そのまま放置して症状が進行すれば、デザイナーとしての生命を奪われるかもしれない。幸い、処置が早かったことで、両眼の水晶体を取り除き眼内レンズを移植する手術を受けることができた。術後は色もクリアに見えるようになり、視力も0.8から1.2に回復したという。

 人間は加齢により、目の異状を感じることが少なくない。特にデザイン関連の仕事をしていると、色が見分けにくくなる人も多いようだ。知り合いのグラフィックデザイナーもそうだった。一方、服を着てもらう顧客は、加齢に伴って髪の毛の色や肌の色艶が変化するので、似合う色が変わっていく。ここがブランドビジネスとして、一番悩ましいところだ。マインドエージを頑なに守ってデザインをしていると、コアなファン客は歳を取っているのだから自分に似合う色がないと、ブランド離れを引き起こしてしまうこともある。



 ヨシエイナバが43年もの長期にわたってブランドを維持できたのは、コアな客層に合わせて色やデザインをうまく微調整してきたからだ。これは簡単なようで実に難しい作業になる。そこには稲葉氏が直接デザインに携わり、それを後身のスタッフに委ねても自らディレクションに携わる中で、経験則や売上げデータをもとに決めてきたと思う。80歳を超えてもアトリエ作業の合間には必ず店頭に立って、顧客との会話も惜しまない。だから、身体にそいつつも、さりげなく体型をカバーし、ずっと着られる仕立ての良い服を作ることができる。ほんの一瞬だけでなく、変に目立つこともせず、シックで落ち着いた色合いがヨシエイナバの真骨頂でもあった。

 稲葉氏は、あくまでヨシエイナバを着てくれる人が着ていて心地よくいられることを重視した。それを学んだのは専門学校時代に遡る。原のぶ子アカデミー(現在の青山ファッションカレッジ」での経験からだ。前にも書いたが1960年代前半は既成服はそれほど出回っておらず、少し違ったデザインにするには作るしかなかった。原氏は戦前にパリにわたり、本場のオートクチュール(高級注文服)の技術を学んでいた。学校ではクリスチャン・ディオールの美しい人台を揃えていた。それが稲葉氏が学ぶ理由にもなった。
  
 入学直後の1ヶ月は床に落ちた仮縫用のピンを拾うことのみだった。それによりピンがどういうものかを覚えることができた。糸抜きも重要な学びとなった。ツィードからシフォンまで50cm四方の生地から横糸や縦糸を抜き、再び針で糸を入れる。まっすぐ抜くのも難しいし、よりがかかっている糸もある。そんな地道な学習によって布というものが理解できた。布目がよれたまま裁断したり、生地の特性を分からないまま縫製すると、予期せぬシルエットになってしまう。しかし、生地がどのように畝り、歪むかを知った上でなら、それをデザインに活かすこともできるのだ。そうしたノウハウがビギの服づくりにも表れている。

 一世を風靡したデザイナーズブランドも1990年代に入ると凋落した。ビギもブランド名は残ったものの、往時とは似ても似つかない低価格・量産の産物に堕してしまった。2019年には三井物産がビギホールディングスの株式33.4%を取得し、24年6月には残りの株式66.6%も取得して完全子会社化した。これについて、ファッションライターを自称されたあるお方は「DCブランドブームという名残さえ消えたと感じた話」と論評されていた。俄か景気が萎んでいくのは当たり前だが、ビギから派生したwb(ダブルビー)やDÉPAREILLÉ(デパリエ)は顧客をつかみ、売上げも積んでいる。デザイナーズブランドが消え失せることはないのだ。



 しかも、商社がブランドを買収したところで、彼らはアパレルのプロではない。せいぜい経営者を送り込んで量販体制を整えるか、ODMの会社を噛ませてブランドの体裁を取るのが精一杯だ。商売としてはユニクロを支えているのと同じで、1点あたりのマージンは低くても数が売れれば、儲けものとしか考えていない。商社のアパレルビジネスなんて所詮、そんな程度だ。ビギはブームが去って身売りしたが、その遺伝子を引き継いだDÉPAREILLÉ は、新たなクリエーションとクオリティを創出し、デザイナーズブランドを牽引している。そうした動きのリーダー的存在だったのがヨシエイナバと言っても過言ではないだろう。




 会社は異なるが、beautifulpeople(ビューティフルピープル)やpasdecalais(パドカレ)、marcourt(マーコート)やplainpeople(プレインピープル)は、大人の洋服好きに愛されている派生系デザイナーズブランドだ。これらに共通するのは量販アパレルはもちろん、百貨店系の大手アパレルにも出せない生地の色合いや質感、そして個性的なデザインだ。小物やアクセサリー、テーブルウェアなどを組み合わせたライフスタイル提案も上手い。数を売ろうとしない分、コストがかかって価格は割高になるが、他にはない世界観がファンを惹きつけていく。いい服を着たいお客にとっては、選びたくなるブランドと言える。



 メンズでも、2022年にはアダストリアの子会社で、CURENSOLOGY(カレンソロジー)、CHAOS(カオス)といったレディスブランドを運営するエレメントルールがHUM VENT(ヒューベント)をスタートさせた。ブランドは23年シーズンで一旦終了したものの、(株)ブルーレーンがHUM VENTブランドの商標権を取得。(株)ヒューベントを設立し、24年8月よりブランド事業を再開した。アメカジが主流のメンズに飽きたりない一定のニーズは底堅いと見たのだろう。商品のラインナップを見ると、デザインはもちろん、色や質感と洋服好きの男性に響くものがある。

 ヨシエイナバが43年もの長きにわたって存続したのは、適度なクリエイティビティをキープしながら、クオリティに主眼を置いたからだ。そこにデザイナーズブランド存続のヒントがあるように感じる。ブームは去っても、デザイナーズブランドのDNAは誰かが引き継いでいくのである。

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革は本物を指す。

2024-08-28 07:55:24 | Weblog
 日本産業規格(JIS)は、「皮革、革、レザーという言葉は合成皮革、人工皮革を除き、牛や豚などの動物の皮をなめして作られたものだけを指す」と、規定した。詳細は以下になる。

 1.革・レザー/皮本来の繊維構造をほぼ保ち、腐敗しないようになめした動物の皮

 2.エコレザー/皮革製造におけるライフサイクルにおいて、環境配慮のため、排水、廃棄物処理などが法令に遵守していることが確認され、消費者及び環境に有害な化学物質などにも配慮されている革(レザー)

 3.皮革繊維・再生複合材/革(レザー)を機械的または化学的に繊維状、小片または粉末状に粉砕したものを、乾燥質量で50%以上配合し、樹脂などの使用の有無に関わらず、シート状などに加工したもの

 4.合成皮革/基材に織布、編物、不織布などを用いて、表面にポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリウレタンなどの合成樹脂面を配して、革(レザー)の外観に類似させ、その特性である感触、光沢、柔軟性などを与えたもの

 5.人工皮革/基材に特殊不織布を用いて、表面にポリ塩化ビニル、ポリアミド、ポリウレタンなどの合成樹脂面を配して、革(レザー)の外観に類似させ、その特性である感触、光沢、柔軟性などを与え、銀付き革調に加工、または特殊不織布を立毛を配して、スエード調、ベロア調、ヌバック調に加工したもの

 


 かつて時計の革ベルトには「GENUINE LEATHER」と刻印されたものがあったが、JISは革、レザーとはなめした動物の皮でないと、呼べないことを明確にしたわけだ。こうした背景には、素材開発の技術が進歩したことがある。動物由来でない原料からでも、天然皮革とみまごうばかりの素材が作られるようになったからだ。

 ただ、天然皮革は丈夫で、保湿性があり、吸湿性にも優れ、使うほど体や手足に馴染んでくる。本来ならそれを「革」と呼ぶべきで、フェイクをつければ革ではないにも関わらず、イメージだけは革だと受け取られてしまう。JISは「それはダメだ」と規定したのである。

 また、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)が叫ばれるようになった。そのため、「自然に優しい」「環境に配慮した」「エコ素材」という特徴を前面に出した「〇〇〇レザー」が開発されるようになった。これは動物由来の革とは異なるのだが、消費者に好意的に受け取られるので、本来の革、レザーとの線引きが曖昧になっている。サスティナブルやエコを謳えば、それが動物由来よりも環境に良くて、優れた素材だというのは全くの誤解と言える。

 動物由来の革は有史以来、人間が肉を食べる過程において発生する畜産副産物である。歴史的に見てもこちらの方がサスティナブルであり、古来から人間の生活と密接に繋がってきた動物の死を弔い、供養するという点でも価値あるものだ。動物由来でない素材に革やレザーという用語が使われることは、本来の革が持つ特徴が歪められて解釈される危険性もはらむ。そこで、JISは2024年3月からは革、レザーと呼べる製品とは「動物由来に限定する」と決めたのである。

 一方、毛皮、ファーについては、JISは規定していない。だから、商品名にファーと記載されても、リアルファーだけでなく、毛皮風素材全般を指すことになる。素材表示にも、ポリエステルと表記されても、商品名にはファーがつけられるわけだ。現物に触って質感を見れば、動物由来の毛皮が低価格のはずはないことがわかるが、ECが普及している現状を考えると、素材表記を明確にしないと戸惑う消費者もいるのではないか。

 動物愛護団体が声を上げたことで、高級ブランドでは毛皮の使用をやめたブランドもある。さらに英国議会はEU離脱後に毛皮の輸入の全面禁止を検討しているほどだ。毛皮業界は毛皮が皆フェイクになれば、それにファーの名称をつけることに納得できるのだろうか。別の問題も出てくる。JISは毛皮、ファーについても、国内ではしっかりした規程を示すべきではないだろうか。


ネット通販では未だ曖昧な表記がある




 8月も下旬に入ると、ネット通販各社から秋冬物のメルマガなどが届く。先日もZOZOTOWNから「BANANA REPUBLIC FACTORY STORE」のタイムセール情報が届いた。商品名には「ヴィーガンスエード ボンバージャケット」とあった。販売元がファクトリーストアとあるので、秋冬物の売れ残り在庫だと思われるが、シーズンに入れば売り切れるかもしれないので、「先買いした方がお得ですよ」とのレコメンドだろう。プロパー価格や割引率の表示がないので、正確なところがわからないが。

 BANANA REPUBRICのジャケットは、これまでZOZOTOWNでもブランド直販でも購入したことは一度もない。ZOZOTOWNでは、過去に各ブランドがジャケットにどんな革を使用しているのかを調べたことがあった。その時、検索ワードで「ボンバージャケット」「レザー」「スエード」などと入力したことがあるので、その履歴からAIが判断してメルマガを送ったのではないかと思う。

 MA-1タイプのボンバージャケットは、デザインがシンプルなのでトレンドに左右されず、ファッションアイテムとして各ブランドが素材替え(本物はナイロンだが、ポリエステル仕様)、メンズ・レディス取り混ぜなどの企画で売り出している。一方、2年前には映画の「トップガンマーベリック」が公開され、1980年代の前作を知らない層にボンバージャケットをアピールするには絶好のタイミングだった。これもボンバージャケットがリバイバルするきっかけになったと思われる。

 今回、ZOZOTOWNからレコメンドされた商品は、商品名にはヴィーガンスエード ボンバージャケットと記載されている。商品名だけを見ると、サボテンなどを利用して作られた植物由来の「ヴィーガンレザー」なのかと思ってしまう。ただ、スエードと表記されているものの、レザーの表記はどこにもない。素材の表記を見ると、ポリエステル100%とある。曖昧な表記になるが、JISの規定には触れていない。

 JISが皮革、革、レザーという言葉は合成皮革、人工皮革を除き、牛や豚などの動物の皮をなめして作られたものだけを指すと規定したのは2024年3月だ。ヴィーガンスエード ボンバージャケットが前シーズンの商品だとすれば、規定される以前のものだからと言い訳もできるだろう。それでもレザーという表記をしていないし、素材名ではポリエステル100%と表記しているので問題はないと言える。

 ただ、商品名のヴィーガンスエードの表記はどうなのだろう。元々、ヴィーガンとは肉や魚、乳製品、卵などの動物性食品を一切食べず、レザーや羽毛のような動物由来の製品も消費しない完全菜食主義者、またはそのライフスタイル(完全菜食生活)のことを指す。そこから派生して、植物由来の革製品にヴィーガンという名称が付き始めたのは、2年くらい前からだったと思う。



 2022年1月、米ラスベガスで開催された技術見本市CESで、ドイツのメルセデス・ベンツがEVのコンセプト車を出展したが、この座席シートにサボテンから作られた革(cactus leather)が使用された。同年4月には、LVMH傘下のジバンシィがリップバームの容器にサボテンから作られた合成素材の「デセルト」を使用した。これを製造したのは、2019年に創業したメキシコのアドリアーノ・ディ・マルティ社だ。時計ベルトではサボテン由来の革は、はっきりcactus leatherと刻印されているものもある。

 サボテンはメキシコ各地で自生し、少量の水で育つので灌漑設備が不要。伐採ではなく、毎年成長する葉先をカットするので、環境にも優しい。植物なので二酸化炭素を吸収する上、廃棄されても自然の中で分解される。デセルトは収穫した歯をすりつぶして乾燥させ、別の素材を配合して天然革に近づけた。合成素材に占めるバイオ素材の構成率は現在80%までになっている。それがいつの間にか、メディアなのか、開発者側かのどちらかが、植物由来の革の総称を「ヴィーガンレザー」と呼び始めたわけだ。

 こちらについてはJISの規定に照らし合わせると、ヴィーガンレザーは動物の皮をなめして作られたものではないので、日本ではレザーとは表記できないことになる。BANANA REPUBRICのヴィーガンスエードは、レザーとは表記していないのでJISの規定には触れない。だが、素材がポリエステル100%ということで、果たしてヴィーガンスエードと呼んでいいものか。この辺は国際的な機関が判断することになると思うが、個人的には曖昧に感じる。

 Z世代の間では環境への意識が高まっている。古着人気や廃棄衣料のリメイク、リサイクル素材への関心はそれを如実に示している。とすれば、商品名にヴィーガンなどの用語がつけば、注目は嫌が上でも高まる。アパレルやプラットフォーマーがそれを承知でEC向けの商品名を決めているとすれば、やはり問題ではないか。ネット通販に出品される商品でも、色やサイズは書かれているが、素材について表記されていないものも少なくない。リサイクルまで考えて購入するかどうかを決める消費者が増えていることを考えると、不十分だ。

 もちろん、革やレザーの表記が厳密に規定されたのは、業界団体の地道なロビー活動があったのは、言うまでもない。消費者がしっかり確認すればいいことなのだが、ECがすっかり浸透した中で、曖昧な素材表記は消費者を惑わせるし、本物とみまごう名称でネット事業者がアクセス増を狙う意図なら問題だ。商品名は本物を指すということ。紛い物は消費者の信頼を無くすだけでなく、事業者の信用も失わさせると考えるべきだ。
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上質に触れる服育。

2024-08-21 06:36:58 | Weblog
 ファーストリテイリング(以下、ファストリ)傘下のGUは、さる7月23日のマロニエゲート銀座店を皮切りに8月3日、4日には全国29店舗で子供向けの「服育イベント」を開催した。子供たちが自分で着る服を選べるよう自己成長に繋げることを目的にしたものだ。(公式サイト:https://www.gu-global.com/jp/ja/feature/service/my-first-outfit)

 イベントは「マイ・ファースト・アウトフィット」の呼称で2022年にスタートし、すでに2000人の子供たちが体験している。今年は8月3日、4日、それぞれ10時30分~11時20分、13時~13時50分の2回にわたって開催。参加対象者は幼稚園の年長さんから小学校の6年生まで。服のサイズが110cm~150cm、一人で着替えができることが条件となる。1回につき4名の参加が可能で、参加費は無料だが、先着順で申し込みを受け付け、締め切られる。

 同時にワークショップの開かれ、「服は何からできている?」についても、子どもたちが自ら知識をつけ、夏休みの自由研究のテーマになるように設定されている。プログラムは以下になる。



 ①レクチャーを受ける…GUのスタッフが服選びのポイントなどをレクチャーする。保護者は子供とは距離を置き、店内で待機する。
 ②服を選ぶ…参加者の子供たちはスタッフからカゴを受け取り、店内を歩き回って自由に服を選ぶ。わからないことや質問があれば、スタッフが対応する。
 ③試着する…子供たちは自分で選んだ服を持ってフィッティングルームへ。コーディネートに納得すれば、保護者にお披露目する。
 ④保護者と対面する…子供たちのコーディネートを保護者が鑑賞する。体験中にどんな様子かは、スタッフに聞くこともできる。服を購入するか否かは自由で、写真撮影は可能だ。


 以上のプログラムになる。子供たちの中には、すでにその日に着る服を自分で選んでいる子もいるだろうし、親のアドバイスを受けたり選んでもらったりする子も少なくないと思う。ただ、「好きな着こなし」を自分で見つけることが服育への第一歩になるのはその通り。GUも言っているが、「自分で選ぶ」という自己成長につながるきっかけとしては、有意義な体験になったのは間違いない。服は何からできてるかについては、あまりに大上段に構えすぎたのかもしれないが、少しでも知識がつけばそれはそれで成長につながる。

 まあ、少し下世話な言い方にはなるが、この年代の子どもたちにブランドのイメージやテイストをすり込んでおけば、将来的に顧客になってくれるかもしれないという企業側の思惑もあるだろう。いわゆる、青田買いだ。ファストリ、GUほどの企業なら当然、視野に入れているとしても不思議ではない。

 欧米のラグジュアリーブランドでも、トドラーやキッズのカテゴリーを持つところは、子供たち向けのイベントを展開している。ブランドとして顧客を囲い込む政策を取るのは当然だからだ。一方、日本では子供服オンリーのアパレルが少子化の影響、マーケットの縮小で姿を消している。総合アパレルやグローバルSPAにとって競争相手が減れば、顧客獲得のチャンスだ。その意味で、ファストファッションとしてトレンドを追いかけるGUが子供たち向けの服育イベントを展開するのは自然の流れ。そこまでは評価していいだろう。



 問題は服育を自己成長、いわゆる学びの一つに位置付けるなら、「教材」にも左右される。アパレル業界には、「お客さんが商品に惹きつけられる条件は何か」という命題がある。商品企画やブランド開発を行う上で、無視できない方法論だ。それは一番目が「色」、二番目が「デザイン」、三番目が「素材」と言われる。当然、色、デザイン、素材の基本を学んで思考力や創造力を養うのが服育なのである。これを基本にした時、GUは色のトーンは抑え気味で、キャンディーやビタミンといったヴィヴィッドな色がほとんどない。

 GUは低価格な商品に共通するコストカット路線からカラリングへの投資がなされず、色目を学ぶ教材としては劣ると言わざるを得ない。つまり、服育として子供たちの色彩感覚を磨き、カラーコーディネートの学びに繋げる教材としてGUは、初歩の初歩に過ぎないのだ。もっと高いレベルで色、さらにデザインや素材を学ぶにはさらに高度な教材が不可欠になる。もちろん、服育でも高等教育を受けるにはそれなりの投資が必要だ。家計の制約で十分な教育投資ができなければ、結果的に格差を生じさせる。これについては後述する。

 振り返ってみると、筆者の同級生には高級ブティックの倅や服飾専門店の息女が多くいた。そのため、店舗兼自宅に遊びに行くと、売場に並ぶ国内外の既成服やインポートの服地、ボタンなどを目にすることが多かった。あるブティックの倅は、親が仕入れに行ったイタリアで買ってきたパンツを履いていた。深みのある濃紺地だったが、艶があって色が微妙に変化する。その記憶は今も鮮明に残る。さらに母親がオートクチュール(高級注文服)の洋裁師だったことで、自宅での仮縫い作業時には「ENGLAND」「FRANCE」「ITALIA」の表示が入ったシックな色合いの生地を眺めていた。国名のアルファベットもこの時に憶えた。

 嫌が上でも、子供の頃から色や素材の感覚、感性は磨かれたと思っている。昭和40年代半ばまではレディスの市場は、高級注文服とインポートの高級既製服(プレタポルテ)が中心だった。イトキンやワールドなどの国産も出始めてはいたが、同級生の親たちがメーンで販売していたのは、クリスチャン・ディオールやイブ・サンローランなどのインポートだったと記憶する。だから、購入するお客さんはお金持ちの中高年女性に限られていた。筆者や同級生は高価なインポートと出始めた国産ブランドという環境の中で、服育されたことになる。

 自ら着る子供服は、今とは違い生地も縫製も日本製で、アースカラー系のものを数多く着ていた。逆に女の子たちはデザインはともかく、結構メリハリのある色柄を着ていた。みんなが裕福だったわけではないが、制服を着る中学校までは私服オンリーだから、おしゃれな子が多かったという印象だ。中にはフランスのMICMAC社が作るようなボーダーニットのワンピースを着たり、市販のサロペットにパッチワークを施して履いている子もいた。前の彼女は美術大学に進み、後の子はフランス語学科に進学した。自分にもそうした学びに「デザイン」が加わってさらに造詣が増し、業界人になって仕事をしていく中に大いに役立った。


知育、徳育、体育、食育、そして服育で人は学ぶ



 もう少しフォーカスを広げてみよう。人を育てる教育という視点だ。子どもたちの自己成長、人間形成に必要な教育といえば、知育、徳育、体育、食育がある。これらに次いで服育も加えていいだろう。まず、知育とは知能を伸ばす教育。より多くの言葉とその意味を覚えると秀でた文章が書ける。数字や計算、図形を学ぶことで、方程式が解けたり幾何学が理解できる。外国語を習得してコミュニケーションする等などだ。国語、算数、理科とそれぞれの知識がついて思考力が培われると引き出しが増え、創造力や応用力が磨かれる。

 徳育とは道徳面の教育。社会で生活していく上で、ひとりひとりが守るべき行動ルールの学びと言おうか。人間が生きていくには生活の糧を得なければならないが、ルールから外れると、周囲に迷惑をかけてしまう。だから、躾によって良心を持ち、善を行い悪を行わない人間に育てていく。人が見ていないと、平気で道に唾を吐き、タバコの吸い殻を捨てる。とても徳のある人間とは言えない。社会のルールに従うことからの学びは、人間形成のポイント。自分をコントロールできてこそ、物事を成せるのだ。

 体育とは体の向上を目的とする教育。本来、体育は知育や徳育とバランスよく培われることで、自己成長につながっていく。だが、体育における行きすぎた指導が体罰やパワハラを生んでいる。これは大きな錯覚で、本末転倒なことだ。上手くいかないのは未熟なだけで、そのうちに変わってくると長い目で見ることも重要なのだ。一方、今の子供たちはライフスタイルの変化で昔のように外遊びをしなくなり、運動ができる子とできない子の差が拡大している。だから、体育は大人になるための基礎的な体の学びと捉えるべきだ。その先のスポーツや競技は選手個々が好きな種目に取り組み、掲げた目標にそって育成、指導、強化を受ければいい。

 食育とは食べる経験を通じて、食の知識と選ぶ力を習得するもの。こちらも自己成長、人間形成に不可欠で、幼少期の経験や学びがとても重要だ。学校で食材の生産地域を学ぶことにも意義がある。それらによって人間の味覚が決まり、アレルギーなどの体質を知ることもできる。最初から美食家なんているわけがなく、食育を受けてこそ料理の腕前や舌利きが培われる。学校給食が小中学校で提供されるのは、この年代の子供たちには健全な食育が欠かせないからだが、昨今はレベル低下も指摘されている。
 給食の無償化が議論される中、保護者の中には予算があるなら知育に回して欲しいとの意見もある。しかし、成長期の子供たちにとっては食育が疎かになってはいけないのだ。

 知育、徳育、体育、食育を受けた子どもたちは、成長するに従って自我に目覚めると、自己実現という目標に向けより高い学びを欲する。世の中の課題に取り組みたいという子も出てくる。スキリングに終わりは無いと言われる所以だ。大学を経て大学院に進学し、さらなる高等教育を受け、医者や研究者、専門技術者を目指すのがそうだ。グローバル化した現在、さらに高度な学びを求めて海外留学するのも一般的になっている。

 徳育によって公共心や倫理観が養われると、官僚や検察官、弁護士を目指す子もいるだろう。国の制度設計をきちんと作り上げて国家を安泰に導いていく。社会生活の中で生じる事件や困り事について、法律の専門家として解決に導き、適切な予防や対処方法をアドバイスする。昨今は官僚の不人気、弁護士増による競争激化が指摘されるが、徳を積んだ人間であれば、仕事のやりがいは損得ではないとわかるはず。行政や司法を担える優秀で真摯な人材がいてこそ、国は栄え豊かになっていくのである。

 体育で基本を習得し、スポーツの世界に進むとより高みを目指したくなる。久保建英選手は2歳からサッカーを始め、Jリーグの下部組織を経て、家族ともどもスペインに渡りFCバルセロナ傘下の入団テストに合格した。その後の活躍は周知の通り。佐々木麟太郎選手は高校を卒業後、米国のスタンフォード大学に留学。勉学と野球を両立しながら、プロを目指している。と言っても、まずはメジャーリーガーだろうから、スポーツ界では世界のトップレベルで勝負するのが当たり前になっている。多くのスポーツ選手が同じスタンスだと思う。

 食育でも幼少期の学びが大切なのは食の専門家が証明する。パスタレストランを全国ブランドに育て、ドレッシングで世界進出を果たしたピエトロの村田邦彦元社長が生前に仰っていた。実家が食堂で両親は忙しかったが、母親が我が子に買い食いさせることを嫌い、食事からおやつまで全て手作りしてくれたという。その時に磨かれた味覚がパスタ料理やドレッシングの開発に役立ったと。海外出張では部下が内規に縛られる中、良いホテルに泊まり良いものを食べろと、ポケットマネーを出していた。株式の上場益を得たらお洒落なバスを買って、幼稚園を回って子供たちに食育するのが夢だとも。まさに食を学んだ成果である。



 これらの事例を見ても基礎教育を受けて自己成長すれば、さらに上のレベルで自己実現したくなることがわかる。もちろん、全ての人がそのゴールに到達できるわけではない。また、より高度な教育を受けるには、保護者に資金的な負担が増す。海外では成功者が大学などに寄付をすることで、意欲ある若者の誰もが高い教育を受ける環境が整う。だが、日本ではようやく大学の無償化が論議され始めた程度だ。そこで服育だが、やはり良い服を着るにはお金がかかる。また、幼少期からブランドを着たからと言って、多くのことが学べるわけでもない。

 トップクリエーターを見ると皆、家庭環境から学んでいる。山本耀司氏は母親が経営する洋裁店で学ぶ過程で、男性の視線を意識した服づくりが反面教師となり、女性が自分の視点で選ぶブランドの創造に行き着いた。小篠三兄弟も洋装店でミシンを踏む母親の背中を見て育ち、ファッション専門学校や海外留学で服飾やデザインを学び、ともに自分流の個性的な表現を編み出した。より良い環境と優秀な師のもとで、服を知ったからこそもっと学びたくなる。そして、自己実現すれば、さらに目標を決めて突き進む。現状に決して満足せず、あくなき学びを追求することで、得るものは果てしなく大きくなるのだ。

 もちろん、皆がこうした環境に身を置けるわけではないし、全ての保護者が子どもたちに高度な服育を受けるための学費が出せるわけでもない。ただ、子供たちの身になると、基本を学び、少しずつ自己成長を遂げるほどさらに多くを学びたくなる。それは社会全体で叶えてあげることも必要だろう。そしてもう一つ、子どもたちにはできる限り、より良い環境でより優れた指導者、そしてより良い教材のもとで学ばせてあげることも重要なのである。GUの服育イベントを初歩の初歩と表現したのはこうした理由からだ。



 子供たちが学校で物理や化学といった基礎知識をつけると、大学や大学院では糸や繊維の開発に携わりたいと考えるものも出てくると思う。それが遮熱、紫外線カット、接触・冷感、吸水・速乾、通気性といった機能性素材であり、究極の研究テーマとしてはSDGsや環境保全を考えた時の「溶ける糸」の開発もあるだろう。その意味で、服育もスキリングには終わりがない。現状に満足せず、より高みを目指す人間を育てるには、業界自らが子供たちにそうした場を提供しなければならないということでもある。

 服づくりということでは明暗、彩度、色調といった各条件で色に親しむ。基本型を学ぶのはもちろん、そこから変化したバリエーションまで提供してデザインの奥深さを教える。職人技の染めや卓越した技術による織り柄、天然から合成までの糸が織りなす組織変化など、手間とコストをかけた素材に触れることで、服作りの発想力を養っていく。より良い環境でより優れた教材のもとに、有能な教育者がシンクロしてこそ、学ぶ意義は大きく人材が育てられる。上質に触れることが服育の第一歩なのだ。
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職人が支えた五輪。

2024-08-14 06:44:40 | Weblog
 パリオリンピックが幕を閉じた。日本選手並びに出場された全選手の健闘には心から敬意を表したい。ここでは今回のオリンピックを別の角度で論じてみたい。過去にも何度か取り上げた各国公式スーツやウェアの紹介と、それを提供するサプライヤーの論評である。本来なら大会前にすべきだったのが、伸び伸びになってしまった。そこで、今回は国を絞って注目点のみ触れることにする。

 今大会は何といってもモードの国、フランドで開催された。そのため、同国の代表団が着る公式スーツは、これまで以上に力が込められると容易に想像できた。案の定、大会スポンサーとしてグローバルパートナー次ぐ階位のプレミアムパートナーには、LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が就いており、7月初めにはフランス代表団が開幕セレモニーで着用する公式ウエアが発表された。同グループ傘下の老舗メゾン「ベルルッティ」がデザインしたものである。

 キーコンセプトは、エレガンスとコンフォート。スポーツの祭典とは言え、19世紀末にクーベルタン男爵が提唱した近代オリンピックだ。男爵は普仏戦争敗戦の沈滞ムードをひきづるフランスにとって必要なのは、若者の育成だと考えた。その一つがスポーツを取り入れた教育改革であり、次第に国際的競技会の構想を膨らませていった。貴族出身だけに競技会にも、格式や規律を重んじたのはいうまでもない。それが当事国フランスで受け継がれてきたわけだから、ウエア一つにも伝統美が映し出す優雅さを取り入れるのも納得できる。

 もちろん、選手は男女で骨格、体型が異なり、競技によっても鍛える部位が違うため、四肢の長さ、体幹の形が変わる。だが、その誰もが開幕セレモニーという公式の場において、フランス国旗のトリコロールがはためく下で胸を張って船上パレードを行う以上、スマートで誇らしくあるには着心地が良い服装であることも重要になる。しかも、かつては西岸海洋性気候で1年を通じて気温が穏やかだったパリも、近年は地球温暖化の影響で熱波に襲われるようになった。礼服であっても現時点の気象条件に対応することも求められたはずだ。ただ、実際の開会式は雨が降って肌寒かったようだが、天候は予想がつかないのでしょうがない。

 そうした概念と条件を盛り込んで生まれたのが、ミッドナイトブルーのタキシード風のジャケットとパンツ、スカート。特にジャケットのショールカラーには、トリコロールカラーを取り入れた青、白、赤を見事に配色したグラデーション処理が施されている。使われた技術はベルルティが継承するパティーヌ(革の染色技法)。職人が手作業で色を何層にも重ねて染め上げ独特のムラ感を出す技法で、今回はそれがプリントで再現されている。しかも、ジャケットのサイズによって幅広いものを制作する必要もあったことから、プリントはサイズごとに最適なバランスになるように調整されたそうだ。



 特に目を引いたのは女子選手のジャケット。こちらはノースリーブ仕立てで、インナーに着るシャツ(コットンとシルクの混紡)も同様。ベルルッティ側は真夏という気候を考慮して暑苦しさを一掃し、着心地の良さを加味しながらセレモニーのドレスコードから大きく外れないデザインを導き出した。フランス流の真のエレガンスが全ての選手のあらゆる体型にフィットするようにと、計1500着以上を作り上げたというから流石だ。



 ベルトは白地のものをベースに、こちらもトリコロールカラーがグラデーション処理され、全てハンドペイントで作られたというから老舗メゾンの妥協を許さない姿勢が窺える。シューズはベルルッティのロレンツォをパティーヌでネイビーカラーにアレンジ。男女、競技で、選手の足の寸法が違うため、サイズは1から22までが用意された。既存の製品で展開されるレンジを大幅に上回るサイズを製作する必要があり、その点も大きなチャレンジだったという。

 プレス発表で主に男子選手が履いていたスニーカーは、アッパーがニット、アウトソールがラバーで、軽量化と履き心地を追求した仕様で、競技前の段階で選手の足に負担をかけない配慮が見られる。こちらもタンや踵部分のカラリングはトリコロールのグラデーションで、ジャケットやベルトとのカラーコーディネートを考えた作りになっている。

 ベルルッティのジャン=マルク・マンスフェルトCEOは、「パリオリンピックの開会式でフランスチームのスタイリングを担当するという特別な機会を得たこと、また選手はじめ、プロジェクトチームとのクリエイティブなコラボレーションに大変満足している。この衣装で、私たちはフランスのエレガンスを称え、アスリートとコーチに貢献することを目指しました」と、語っている。

 現時点で、市販されるとは発表されていないが、今回のウエアについてLVMHが投資回収に言及していないところを見ると、母国オリンピックへの参画はビジネスを抜きにしたスタンスでいることへの無言の表明のようにも映る。まあ、開会式の公式ウェアについては世界中のファッションメディアが一定の評価をしているだろうし、業界人もフランスの職人技はオリンピックの公式ウエアでも変わることを見せつけられた。改めてモードの国、フランスの偉大さに脱帽せざるを得ない。

スウェーデンはLifeWearの派生版



 今回の大会でも、スウェーデン代表の公式ウェアを提供するのがユニクロだ。こちらは同ブランドが提唱するLifeWearの価値観を継承し、品質、革新性、持続可能性を全面に打ち出して共同開発されている。提供する競技はオリンピックがゴルフ、卓球、カヌー、セーリング、射撃、スケートボード、水泳、ビーチバレーボールの8競技、パラリンピックが卓球、水泳、ボート、射撃、ボッチャの5競技。ハイパフォーマンス・シンプリシティ・オフ・ライフウエアをコンセプトに、スポーツウエアの機能美と洗練されたデザイン?を両立させたという。



 開発にあたっては、大会の暑さ指数など天候データの分析を行うために、有明ユニクロ本部の人工気象室にパリの温度・湿度などの環境を再現してモニターテストを実施。運動時の発汗ポイントと量の検証を行い、ウェアにおける通気孔の配置やフィッティングの改良に取り組んだ。また、選手からのストレスなく着たいとの声を反映し、ポケットをあえてつけないことでより軽くスタイリッシュなシルエットに仕上げられている。動きを妨げず体に適度にフィットするシルエットを追求するために、パンツ丈やシャツの身丈、首周りの立ち襟の長さなど細かくミリ単位で調整を施し、フィット性を高めている。

 素材は、ユニクロの店舗で回収した商品(ポリエステル高混率素材)の一部をリサイクルした素材を、選手団が着用するスウェットやTシャツなど16アイテムに採用した。開閉会式やメダル授与式で着用する3Dニットジャケットは、1本の糸を立体的に縫い目なく編み上げるホールガーメント技術で、美しいシルエットと動きやすさを両立。通気性を高めたニット編みによって、汗の蒸れや熱を外に逃がしやすく快適さを維持する。

 ファスナーの引き手は、指を通して上げ下げしやすいユニバーサルデザインを採用。 セーリング競技用のシャツには、同社のエアリズム素材を採用し、汗をすばやく乾かすサラリとした肌触りだ。卓球のユニフォームでは、ドライEXの吸汗速乾機能と抗菌防臭機能付きで、汗をかきやすい部分に通気性の良いメッシュ構造を配置し、競技時も快適な着心地を実現した。ショートパンツやスコートは、縦にも横にも自在に伸びるウルトラストレッチ素材と、速乾性に優れたドライ機能を使用している。これらを見ると、オリンピック向けのウェアづくりで、ユニクロが追求したのはサイエンス&テクノロジーであることがわかる。

 スニーカーについては「専門機関の協力を仰ぎ、足にかかる負担を最大限に減らすためのリサーチと改良を重ねた」という。そうした技術開発への投資が身を結ぶには、選手がどれほどのパフォーマンスで、メダルに繋げられるかにかかっている。ユニクロ側が市販化を考えているのかはわからないが、スニーカーでもビッグブランドの牙城を少しでも崩したいのなら、オリンピック代表が残すハイパフォーマンスやレコードという結果がエンドースメントモデルには重要だ。

 ファッションの面ではパリ大会ということもあり、ユニクロ側は「美しい街中に溶け込むよう都会的で落ち着いた雰囲気」のデザインやカラー使いにこだわったという。しかし、スポーツウェアのベースカラーはスウェーデン国旗の基調色であるブルーとイエローのほか、ネイビー、ペールブルーといったフラットな配色で、プリント柄や剥ぎによる切り替えはない。あとはロゴマークのワッペンやスウェーデンNOCの刺繍がある程度で、特段ファッションブルだとの感じはせず、ユニクロの技術を結晶させたウェアといった方が適切だろう。まあ、スウェーデンの人々をはじめ、ヨーロッパの方々の印象は違うかもしれないが。

 過去のオリンピックで各国選手が来たウエア、ジャージではリユースルートに流れる物もあった。それが古着店で販売され、ストリートファッションのアイテムになっていたのだ。2000年代の初め、パリの街中で胸元に「NIPPON」という朱色のロゴマークが入った白のジャージを着た若者に出会ったことがある。その時はバレーボール日本代表の古着ジャージかと思ったほどだ。ユニクロがスウェーデン代表に提供したジャージが同じようにストリートファッションになり得るのか。ファッションスナップなどを注視していきたい。






 ということで、フランスの公式スーツとユニクロの競技ウェアのみに絞って論評してみた。他にも、米国はラルフ・ローレン(https://www.instagram.com/reel/C8W74fqAlvp/)、イタリアはエンポリオアルマーニ(https://youtu.be/cgnPBPAQMjM)と、それぞれ国を代表するブランドがウェア作りに参画するのは今大会も変わらなかった。また、陸上男子100mの決勝で、9秒79で優勝したノア・ライルズ(米国)が履いていたシューズはY-3だった。アパレルブランドが選手の競技生活を陰で支えていることも忘れてはならない。

 日本のスポーツメーカーでも、ウエアからシューズ、各競技の道具類では職人さんの技術が生きたものもあったと思う。ただ、オリンピックでもSDGsが意識され始めており、公式ウェアにもリサイクル素材が使われるようになっている。伝統の技に加え、最新技術が活用された点も見逃してはならないだろう。選手はウェアや道具を提供するメーカーとの契約から使用のレギュレーションに縛られる。だが、ウエアについては特徴のあるデザインや色、素材も多いので、市販化されないのであれば、ぜひリユースルートで再利用してほしいものである。

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百貨店は建てて貸す。

2024-08-07 06:54:08 | Weblog
 2024年は地方百貨店の一畑百貨店、名鉄一宮店、岐阜高島屋が相次いで閉店。8月18日には埼玉の丸広百貨店東松山店も営業を終了する。一方で、鹿児島の山形屋は私的整理の事業再生ADRが第三者機関に受理されたことで、持ち株会社の山形屋ホールディングス(以下、山形屋HD)を設立し、再建の道を歩み始めた。

 山形屋HDではメーンバンク鹿児島銀行の関連会社から中元公明氏を取締役会長に迎え入れたほか、岩元修士山形屋社長はそのまま取締役にスライド。また、経営体制を監視し財務の透明性を確保するため、6名の経営陣のうち鹿児島銀行とファンドのルネッサンスキャピタルから1人ずつ取締役を受け入れた。同HDは、各社が事業に専念できるようグループ全体の戦略決定を行い、組織、人員体制のスリム化と収益の向上、不動産の売却などを通じ、5年間で事業の見直しと財務の健全化を目指す。

 しかし、山形屋を取り巻く環境は、厳しさを増している。鹿児島市の人口はすでに60万人を切り、周辺を含めた商圏人口は今後も減少が続く。当然、顧客予備軍である40代、30代も減っていくわけで、お客がこれ以上増える状況にはない。鹿児島銀行など県内4金融機関が進めるスマホ決済アプリ「Payどん」がカギを握るとは言っても、山形屋で展開できるブランドや品揃えは限られる。ネット通販の品数、利便性を享受している若年層が、山形屋でのショッピングに移るとは考えにくいのだ。

 山形屋がメーカーと結ぶ取引形態もネックになる。商品政策は商品を買い取るのではなく、メーカーの派遣社員に売ってもらう「委託販売」、商品が売れてはじめて仕入れた形にする「消化仕入れ」が大部分を占め、自店に並ぶ商品であってもほとんどが自らの商品ではない。だから、動きが悪い商品を自由に値下げして販売することができないのだ。そこから脱却するためにはデジタルトランスフォーメーション(DX)が叫ばれるが、どうなのか。振り返ると、バブルが崩壊し百貨店の低迷が始まった1990年後半にも業務の効率化を目的にレイバー・スケジュール・プログラム(LSP)を導入したところがあった。

 これは「その日に出勤した社員に合わせて仕事を割り振る」のではなく、「目標達成に必要な仕事をメンバーに割り当てる」ものだ。目標や仕事ありきで、人の手配が決まるのだが、これで百貨店の業務効率が上がり生産性が高まったかと言えば、その後の凋落ぶりを見ると否としか言えない。百貨店には自主編集、委託販売、消化仕入れの売場があり、自店社員とメーカーの派遣社員が混在する中では、LSPが馴染むような組織風土ではなかったのかもしれない。なおさらDXを導入して業務を効率化しても、稼ぐ力がつくかは全くの未知数と言える。

 山形屋も業績が低迷して以降、最初に手をつけたのは販売管理費の削減だった。省ける経費をカットした方が手っ取り早いと考えたからだ。2014年から23年までの9年間で同費用を118億5,800万円から84億3,500万円まで30%近く削った。主に正社員の数で14年2月期から8年間で自然減を含めて540人近くをリストラした。しかし、収益が好転するどころか、むしろ悪化している。粗利益率は14年2月期が25.46%(販管費率は24.67%)に対し、22年2月期には22.68%と8年で2.78ポイントもダウン。粗利益が低下し続けたのは、人員削減で納入掛け率が高い委託販売の売場が増えたためと見られる。



 山形屋本店前を走る電車通り沿いにはホテルや飲食店が多く、訪日観光客によるインバウンド消費に期待する声もある。ただ、観光庁が行った「訪日外国人消費動向調査」をもとにした2023年の都道府県別集計によると、鹿児島県全体の旅行消費額は53億円で、全国27位。消費単価は一人当たり4.7万円で同11位だが、訪問者数は11.2万人(同31位)と、九州では福岡県(214.9万人)、大分県(84.1万人)、熊本県(41.9万人)には、大きく水をあけられている。現状では山形屋にインバウンドの恩恵は少ないということだ。

 11月の米国大統領選挙でトランプ氏が勝利すれば、為替相場はドル安に揺り戻すとの見方もあるが、前政権時代にはFRBが利上げを重ねており、逆にドルは上昇している。要は為替相場は金融政策によって決まり、円安が続いたとしてもインバウンド消費が鹿児島県を潤すかは極めて不透明だ。つまり、地元民が消費を盛り上げることが肝心なのだが、売上げが下がっていることで、メーカー側はブランド展開などで二の足を踏む。百貨店としての商品調達力が落ちると、お客にとっても買い物への期待値が下がってしまう。山形屋が業績を伸ばせる素地は全く見当たらないということだ。


地方百貨店の旧来型ビジネスは終焉へ

 大都市の大手百貨店ですら、系列の地方店については閉店や再開発を検討し始めている。2018年から岩田屋三越の社長として同店を成長軌道に乗せ、2021年4月1日付で三越伊勢丹ホールディングス(以下、三越伊勢丹HD)のトップに就いた細谷敏幸社長。就任時には「百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないか」と語り、危機感を露わにしている。それから3年が経過した今年夏、「地方百貨店については再開発を検討している」ことを明らかにした。



 まず、子会社の札幌丸井三越が運営する三越札幌店や丸井今井札幌本店で、建物の老朽化などから建て替える計画を仄めかす。百貨店にホテルやオフィスを組み合わせた複合施設に再開発するスキームだ。三越伊勢丹HDが自社物件をもつ他都市でも同様の再開発を検討しており、三越仙台店も候補になっている。さらに百貨店事業が堅調な伊勢丹新宿店や三越日本橋店でも、2030年頃から10~15年をかけて5000億円規模の不動産投資をする方針とか。



 伊勢丹新宿店はコロナ禍明けから過去最高の収益を更新したが、本館そのものは手をつけないで営業を続けると言うから、メンズ館や駐車場など周辺の所有地を活用して高層ビルを建設する構想があるのかもしれない。大手デベロッパーが手掛ける不動産開発の基本プランは、土地の価値をいかに上げるかだ。そこでは高層ビルを建設してさまざまなコンテンツを入居させる。低層には商業施設、中層はホテルやオフィス、高層がマンションという形だ。細谷社長が考える再開発の内容も同様だと思われる。

 大手百貨店には日本人富裕層の高級品志向、旺盛なインバウンド消費など、追い風が吹く。ただ、高い収益を生み出しているのは、宝飾品や高級時計、アートといった高単価の商品だ。それでも消費は水物。いつ円高に振れるか、いつ不況に戻るかはわからない。現に8月5日、東京株式市場で株価が大暴落。日経平均株価の下げ幅は4400円を超え、過去最大となった。専門家は「米国の景気後退の不安が和らげば、日本株も落ち着いていく」との見方を示すが、今の高額消費に翳りが出てくることも十分に考えられる。経営者には常にそうした危機感がつきまとう。近視眼的では百貨店の経営には携われないということだ。

 まして、消費者ニーズに対応するとは言っても、一百貨店のキャパでは3億5300万品目以上を扱うアマゾンなど、ネット通販には太刀打ちできない。細谷三越伊勢丹HD社長が言う百貨店のビジネスモデルはもう消費者から受け入れられないのではないかは、それを象徴する。また、百貨店ビジネスは景気に左右されるのはもちろん、都市型、地方を問わず前出のような取引形態を続ける限り、純利益が15%、20%と伸びるとは経営者としても思ってもいないだろう。これまでのようなスタイルでは、成長には限りがあるのは自明の理なのである。

 では、どこで収益を出していくのか。都市の中心部に所有する店舗など不動産を有効に活用し、小売りをメーンとする百貨店事業以外で業績を伸ばすしかない。百貨店の中には、売場を委託販売や消化仕入れからテナントへの賃貸に切り替えているところもある。そちらの方が収益効率が上がるからだ。それでも、地方店では店舗の老朽化、集客力の低下、顧客の高齢化、そして人口の減少からテナントの撤退や出店見合わせが相次ぎ、それがさらに売上げ不振を招くという負の連鎖に陥っている。とどのつまりが閉店や営業終了だ。

 むしろ旧来型の百貨店ビジネスへの危機感は、都市型百貨店ほど強いようである。すでに東急東横店は渋谷スクランブルスクエアとなり、東急本店も高層の複合ビルに生まれ変わると発表された。2022年9月末で営業を終えた小田急百貨店跡地には、29年に48階建ての高層ビルが竣工する。中低層部は商業施設になるが、小田急百貨店がそのまま入るかは未定だ。 京王百貨店・ルミネ1も地上19階・地下3階建て、高層ビルに建て替えられ、高層階には宿泊施設も設けられる計画があるものの、着工時期は未定という。



 三越伊勢丹HDが不動産を有効に活用した再開発事業に乗り出すのは、百貨店の構造改革を鑑みると当然の帰結と言える。そこで、地方百貨店の山形屋は今後、どう再建を進めていくのかである。手始めに経営の効率化に向けた組織再編が行われた。24社あった関連会社は15社に再編成され、(株)川内山形屋や(株)国分山形屋ら6社は(株)山形屋へ、(株)日南山形屋ら2社は(株)宮崎山形屋に統合される。新体制は8月1日から始動したが、これでどこまで業績が伸長するかは未知数だ。

 山形屋が申請した事業再生ADRでは、DES(デット・エクイティ・スワップ=債務株式化)で40億円、DDS(デット・デット・スワップ=借入金の劣後ローン化)で70億円を調達し、残る250億円の借入金については、5年間は返済を猶予するというもの。ただ、DESにより銀行団に発行する40億円の優先株の買い入れ消却予定も、DDSにより生じる70億円の劣後ローンの返済予定も具体的には示されていない。6年目からは250億円の返済も始まる。百貨店のままではとても負債の返還どころか収益の回復すらおぼつかないと言える。

 三越伊勢丹が地方店の再開発に乗り出したことを考えると、山形屋も同様の複合型ビルへの建て替えで収益力の底上げを目指すしかないのではないか。あとは銀行団やファンドから送り込まれた経営陣が創業者一族や従業員組合とどう折り合いをつけるかだろう。ただ、5年の猶予期間なんてあっという間に過ぎていく。おそらく銀行団が目論むスキームも既存店舗を解体して、複合ビルに作り替えることではないかと思う。
 
 その場合の資金の出どころ、スポンサー候補としては山形屋が同系列におかれる伊勢丹ではないかと思う。山形屋HDの取締役となった岩元修士山形屋社長が伊勢丹出身ということを考えると、銀行団やファンドも支援要請を説得しやすい。少なくとも伊勢丹がスポンサーとして乗り出してハードを新しくできれば、出店するブランドが増えていくのは間違いない。競争力もつくだろう。ただ、その時点で山形屋の暖簾をどうするか。残すとすれば、それが手切れ金代わりになるのか。伊勢丹にとっても、それなら安い買い物かもしれないが。
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DgSが家具屋を買う。

2024-07-31 06:47:03 | Weblog
 7月の初めだったか。調剤薬局やドラッグストアを運営するアインホールディングス(本社・北海道札幌市白石区。以下、アインHD)がインテリア&生活雑貨の「フランフラン」を買収するとの話を聞いた。買収額は約500億円で、8月20日に全株式を取得し、完全子会社化するという。アインHDは「アインズ&トルぺ」というドラッグストアを運営しており、その客層が主に20~30代でフランフランと共通するため、店舗を共同で出店するなど相乗効果を考えているらしい。



 フランフランはともかくとして、アパレル関係者の多くはアインHDをご存知の方は少ないと思うので、「えっ」って感じではないか。筆者もアインHDの社名を初めて聞いたのは2008年。同社がセブン&アイホールディングス(以下、セブン&アイHD)と資本・業務提携をしたとの報道がきっかけだった。当時はスイッチOTCの推進、セルフメディケーションの普及、医薬分業の実施が叫ばれており、ドラッグストアに追い風が吹いていた。当然、北海道のローカル薬局がセブンイレブンと手を組めば、ツルハやマツモトキヨシと伍すだけの全国チェーンになれると考えたのかもしれない。そんな印象を受けた。



 それからしばらくは気にすることもなかったが、再びアインHDに触れるのはこれまたセブンイレブン絡みだった。2020年12月、セブンイレブン・ジャパンは、ANAホールディングス他3社および福岡市と共同で5日間に渡り、ドローンによる離島への商品配送の実証実験を行った。それに参加した1社がアインHD傘下で調剤薬局を運営するアインファーマシーだった。福岡市の博多湾に浮かぶ能古島に、島民が実際に注文した処方箋薬品を調剤したアイン薬局がドローンを使って配送。その模様がメディアに公開され、筆者も立ち会った。




 同薬は島民がかかりつけ医から処方され、アイン薬局の生の松原店が調剤(対面での服薬指導済み)したもの。ドローンが100gの薬を搭載して、福岡市西区の小戸ヨットハーバーに設置されたドローンポートから離陸後、約10分で能古島公民館のグランドに着陸。薬はANAのスタッフが回収して、公民館に設置されたロッカーに一時保管し、島民はスマートフォンに送信された確認番号をロッカーに入力して取り出した。医療機関の門前に薬局を構えて待ちの姿勢で臨むだけでなく、配送まで行って患者の信頼を得ようという狙いが窺える。

 ドラッグ業界は大手同士が合従連衡しながら都市部、郊外を問わずに勢力を伸ばす一方、2023年の売上げランキングで業界4位のコスモス薬品は、食品や日配品まで充実させて後を追う構図だ。イオン系のウエルシアホールディングスを筆頭に群雄割拠の状態が続いているが、規模の拡大だけでなく各社の独自性にも注目が集まる。その意味で、アインHDは調剤薬局の部門では業界第1位にある。離島などへの処方箋薬品の配送サービスに目をつけた点も、競争激化の中で勝負するより、差別化路線で生き抜こうという戦略が見て取れる。セブン&アイとの提携があるのだから、処方箋薬品の24時間受け取りサービスにも踏み出せる。

 そんなアインHDが今度はフランフランの運営にも乗り出す。同社傘下のアインズ&トルぺはコスメを充実させており、フランフランと中心ターゲットが共通するため、互いのPB商品を相互に展開すれば、顧客の選択肢が広がって集客効果を発揮できる。また、店舗に競争力を持たせるには生活雑貨を充実させるなど店舗スタイルを変化させ、差別化していくことが不可欠だ。両社はターゲットが共通することで、共同でマーケティング、商品開発を行うこともできる。つまり、アインHDとしては小売り事業を新たな成長の軸にする上で、M&Aによる拡大が手っ取り早いと考えたとすれば頷ける。

 アインファーマシーはアマゾンによる処方薬のネット販売にも参入する。調剤薬局は報酬改定による利益率の悪化、店舗過剰、アクティビスト(物言う株主)による再編圧力にさらされている。処方薬がオンラインで販売できれば、調剤薬局のビジネスモデルは大きく変わり、中小零細は淘汰される可能性がある。だが、調剤第1位のアインHDも決して安泰ではない。香港の投資ファンドは同社の株式を買い増し、取締役解任などの株主提案を行なっており、今後、どう転ぶかはわからない。さらにアマゾンに高い手数料を取られてしまえば、報酬引き下げによる利益率がさらに悪化することもあり得る。

 もちろん、小売事業を強化するといっても、懸念がないわけではない。アインHDがフランフランを完全子会社化するとのニュースが発表された翌日、東京プライム市場では同社の株が一時前日比660円(11%)安の5460円と、急落。終値は567円(9%)安の5553円で、同市場の値下がりランキングでは第1位という有様だった。同社がフランフランの買収に約500億円を投じたことに対し、マーケットは財務負担が重荷になると嫌気したようだ。というか、アインHDが小売り事業を新たな成長の軸にするにしても、投資家はそれが利益貢献に繋がるとは期待していないことになる。


一時の勢いを失ったフランフラン

 では、フランフランについても見ていこう。1991年のバブル崩壊でアパレル業界が勢いをなくす一方、非アパレルの商材に価値を求め、高感度なライフスタイルを志向する消費者を惹きつける業態が台頭し始めた。中でも、1990年に創業したバルス(当時)が運営するフランフランは、インテリア&生活雑貨のショップを全国のショッピングセンターを中心にチェーン展開。2000年には年商75億円(対前年比40%増)を稼ぎ出し、市場を席巻する中核企業に躍り出た。

 フランフランの誕生は1992年。東京・天王洲アイルに1号店を出店した後、2000年には全国37店舗まで拡大した。当時の商品コンセプトはカジュアルスタイリッシュ。ターゲットは都会で一人暮らしをする女性。モノ作りの主流になりかけていた開発輸入をいち早く取り入れ、高感度で低価格の商品を提案することで、女性だけでなく独身男性や若い主婦層まで捉えていった。商品構成はテーブル&キッチン、カルチャー&ホビー、ヘルス&ビューティ、インテリアファブリック&小物、家具で、PB比率は売上げベースで6割を超えた。



 特に目を見張ったのはカラーMDだ。メーン商材である雑貨の大半がカジュアルスタイリッシュらしくオレンジやイエロー、ブルーなどのキャンディカラーで統一され、それらを打ち出しに使って明るくポップなVPを作り上げた。商材の7割程度が自社企画したPBで、商品面での差別化と安定供給、低価格化を図る上ではカギとなった。従来のインテリアショップ、雑貨店にはない独自のVMDを可能にしたのも、PB商品に他ならない。




 そんな商品群は筆者の目も惹き、フランフランでは事務所用のカーブシェルフやカーテン、サーキュレーター、自宅用にはカトラリーやキッチンタイマー、グラスを調達。カトラリーは撮影の小道具に使ったこともあった。高島郁夫社長の著書「フランフランを経営しながら考えたこと」も読ませていただいた。

 2000年3月には、東京の自由が丘とお台場に展開した和モダンをコンセプトにした「ジェイピリオド」、2001年にはアジアンテーストの「アジト」を出店。並行して原宿の新築ビルの3階、4階に3業態を合わせた複合型旗艦店をオープンした。ところが、後の2業態は出だしからフランフランほどの勢いはなく、業績の低迷が続いた。2016年には、東京発のインテリアや家具などを展開する「バルストウキョウ」とともに事業を終了している。

 バルスは2000年代後半、拡大路線に歪みが出てきたようで、同社を引っ張ってきた髙島郁夫社長のカリスマ性やトップダウン経営の限界が露呈する。おそらく社員自ら意見を出し合い、方向性を決めるボトムアップの経営スタイルに変えなければ、難局を乗り切れない状態に陥っていたと言える。売上高も2017年8月期には純利益は4億円だったが、18年同期には純損失が8億円。19年は純利益は1000万円を確保したが、20年は純損失が12億円と、業績はジェットコースターのように乱高下した。

 2017年、バルスは社名をフランフランに変更。21年には髙島郁夫社長が退任し、ファイナンス面を担当してきた佐野一幸氏が社長に就任した。高島前社長の時代から人員削減、オフィスの縮小、不採算ブランドの閉鎖、役員報酬の減額を実施。そうした痛みを伴う経営改革が奏功し、21年8月期は売上高361億円、営業利益40億円、純利益22億円と黒字に転換した。22年同期は売上高354億円、営業利益33億円、純利益26億円。23年同期は売上高394億円、営業利益25億円、純利益11億円で増収減益ではあるが、3期連続で黒字を維持している。アインHDはこうした業績の好転を考慮し、今が買い時と見たのではないか。

 ただ、2010年代に入ると、フランフランのコンセプトはエレガンスやフェミニン、ロマンティックなテイストに変わった。経営改革の一環で女性が好むテイストに絞り込み、コアイメージをより明確にしたと思うが、だからと言って業態として突失したわけではない。現状、インテリア・雑貨にはいろんなテイストやグレードがある。アッパークラスのコンランショップやHP.FRANCEからアクタス、ダブルデイやタイムレスコンフォート、アフタヌーンティー、無印良品、バジェットのスタンダードプロダクツまでが、ひしめき合っている。



 デベロッパー側はアパレルに代わるテナントとして誘致しやすいと考えるようだが、一定のスペースを必要とするため都市型では家賃負担が重荷になる。だから、前出のように実店舗を展開しているところでも、コストを回収するために店舗をショールームにしながら、ECで稼ぐところが少なくない。フランフランも東京・南青山3丁目交差点に旗艦店を構えるものの、系列のモダンワークス青山店は閉店している。アパレル以上に店舗コストとどう向き合っていくかが問われるわけだが、栄枯盛衰の激しい業界であるのは間違いない。

 そうした中で、フランフランが現状のテイストで収益を伸長していくには、顧客がエージアップしても売れ続ける商品開発とヒット商品の創出がカギになる。ケースに収納するとクッションになる寝具に続くような商材を生み出さなくてはならない。だが、20代から30代の女性という狭いレンジをターゲットにして、果たしてそれが可能なのか。少なくともコンスタントに売れ続ける核になるアイテムを持たなければ、買収で発生した約400億円ののれん代を償却する費用を賄えないのは確かだろう。

 それでも、アインHDの大谷喜一社長は約500億円にのぼる買収費用についても、「増資による調達の必要はない」と、現預金や借入れで賄う考えを示す。小売り事業関連の売上高を1000億円規模にする目標についても、3年後の「2027年4月期に達成できる」と語るなど強気だ。さらに投資を何年で回収できるかを示すEV/EBITDA倍率についても、フランフランとの協業効果を加味すると、「25年8月期には7倍を下回る」と心配する様子はない。

 だが、フランフランの2023年8月期の純利益は11億円で、前年よりも44%も減少している。アインHDはのれん代の償却期間を20年と見積もっているというから、昨年度より倍以上の利益を出さないとHDの預貯金は目減りし、借入金の返済計画も狂ってしまう。今回の買収では「ドブに金を捨てるような投資」との厳しい声が出ており、シナジー効果が発揮できなければ虻蜂取らずの可能性もあるのではないか。
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Jブランドで勝つ。

2024-07-24 06:40:32 | Weblog
 いよいよパリオリンピックが開幕する。毎回、アパレル業界でオリンピックの話題となるのは、日本代表の公式ウエアやユニフォームだ。さる6月21日、サッカー日本代表2024のユニフォームがヨウジヤマモトとアディダスのコラボブランド「Y-3」に決まったと、発表された。サッカー日本代表がブランドとコラボするのは今回が初めてで、パリオリンピックでも着用される予定という。



 デザインのコンセプトは炎で、男女両チームのシャツやパンツにグラフィック化された炎をあしらうことで、日本代表が持つゆるぎない力強さ、火出る国日本の神秘性を表現する。また、一つ一つの炎は選手やサポーターを表し、それぞれの熱い思いが炎の目となり、そのパワーがサッカー日本代表の力として高く舞い上がる様子を表したという。ホーム用はダークネイビー、アウェイ用は白を基調とする。シャツの胸元、パンツの左前、ストッキングの左右脛中央には、それぞれ国際標準のサイズにそってY-3のロゴがレイアウトされている。

 ゴールキーパー用はホームユニホームと同じ炎のグラフィックを採用し、身体の動きに合わせたカッティングとシルエットを採用することで、素早い動作とより長いリーチをサポートする仕様。ユニフォームは選手用のオーセンティック(半袖18,700円、長袖19,900円)、レプリカ(半袖男女13,200円、キッズ10,450円)で販売される。併せて、サッカーからインスピレーションを受けたストリート&ライフスタイルウエアをそろえた「サッカー日本代表2024 カルチャーウェア コレクション」も企画されている。

 こちらはスカジャンからTシャツ、フーディ、長袖シャツ、ショートパンツ、マフラー、キャップ、トートバック、ロングパンツまでがラインナップされ、サッカーのユニフォームと同様の炎のグラフィック、八咫烏の代表マークやY-3のロゴが配置されたアイテムもある。サッカー日本代表を応援する商品は、これまでレプリカ版のシャツが主力で、それにタオルなどの応援グッズが加わる程度だった。そのため、購入者はコアなサッカーファン、日本代表のサポーターに限られていた。



 今回のユニフォームはともかくとして、カルチャーウエアコレクションを見るとヨウジヤマモト、ワイズの延長線上にいるY-3ファンがどう動くかも注目される。市販されるアイテムは豊富にラインナップされ、サッカーファンや日本代表のサポーター以外の目をひく可能性は非常に高い。ヨウジヤマモトにしても、アディダスにしても「サッカー日本代表応援のスタイリングはY-3で」と、サポーターに呼びかけるのはもちろん、新たなY-3ファンを開拓する上でカルチャーコレクションはカギになる。

 ヨウジヤマモトはファンドのインテグラルが経営再建に携わって以降、ブランド戦略の一環からか、S’YTEやGround Y、power of the WHITE shirt、RAGNE KIKASといった派生ブランドを増やしている。Y-3はその戦略以前の2002年にデビューしたが、ストリートファッションの全盛期にアディダスとコラボしたクリエーションは、スポーティながらもエッジが効いてすごくスタイリッシュに見えた。汗臭いジャージのイメージを一新させただけでなく、カジュアルウエア選びに窮していたガタイがデカい人間にとっては、これなら普段着にしてもおしゃれに見えると思わせたはずだ。




 ただ、Y-3はデザイナーズブランドという性格から、一般のアディダより割高で、機能性を持つスポーツウエアとは乖離し、地方ではECでしか買えないといった立ち位置にある。デビューからすでに20年以上経過しているが、こうしたコラボブランドの特徴が逆に作用し、ファッション、スポーツの両面でメジャーになったとは言い難い。まあ、それはヨウジヤマモトが手がけることである程度予想されたことだが、経営サイドとしてはもっと知名度を上げて、売上げを伸長させたいと考えているはずだ。

 もっとも、ヨウジヤマモトがスポーツチームのユニフォームに参画するのは、今回が初めてではない。2014年にはスペイン・プロサッカーリーグのトップチーム、「レアル・マドリード」のサードユニフォーム、2019年のラグビーW杯では「オールブラックス」のジャージをデザインしている。また、2022年にはヨウジヤマモトと読売ジャイアンツのコラボ企画として、9月6日~8日の東京ドームでのDeNA戦で監督、コーチ、選手がコラボユニホームを着用。各ユニフォームはレプリカを含め市販もされている。

 Y-3も2022年にはレアル・マドリードの創立120周年と同ブランドの創立20周年を記念して、コラボレーションを行なっている。ユニフォームをはじめ、アパレルとアクセサリーは、Y-3表参道ヒルズ店やギンザ シックス店、アディダス直営の一部店舗などで発売された。Y-3は2024秋冬シーズンにもレアル・マドリード・メンズチームの4thユニフォームをアップデート。併せてウォームアップ用のトップス、ライトシェル アンセムジャケット&パンツ、Tシャツやスカーフやウォッシュバッグなどもラインナップしている。

 こうしたコラボアイテムの売上げがどの程度かはわからないが、ヨウジヤマモトはスポーツチームと手を組む新たなビジネスモデルを作り上げたのは確か。知名度やブランド力を持つ球団やスポーツチームとコラボレートするのは、デザイナーズブランドの新たなマーケティング手法の一つにはなり得るはずだ。


後に続くアパレルブランドはあるか



 一方、スポーツのユニフォームには、機能性が要求される。多くのチームが大手スポーツメーカーと契約するのも、そうした理由もあると思う。サッカー日本代表は1999年からアディダスと契約してきたが、2010年のサッカーW杯南アフリカ大会では、同社によって「軽量で吸汗性が高い素材を使ったタイプ(フォーモーション)」と「体にフィットし運動性能を高めるタイプ(テックフィット)」の2種類のユニフォームが企画された。選手のプレースタイルや状態で選べるようにしたものだ。

 フォーモーションは、従来のユニフォームに比べ15%軽量化され、吸水性が高い素材を使用。三次元で設計、縫製し、動きやすさを向上させた。テックフィットは背中にタスキがかかったようなデザインで、肩甲骨を矯正して姿勢を正す。血液の循環を促進し、疲労軽減に繋げられるようにした。ともに日本代表選手が試合で最高のパフォーマンスを上げられるのを目的にしたものだが、チームがベスト16以上に勝ち進めなかったことを見た時、ユニフォームに全面的な責任があるとは言えないまでも、効果をどう検証したのかである。

 大会後、アディダスは各選手にモニタリング調査をしたとは思うが、その詳細は発表されていないのでわからない。というか、同社と日本サッカー協会(JFA)は、2015年に新たに2023年まで8年間契約を結んだ。21年6月には契約を延長することで基本合意している。2024年の代表チームのユニフォームがY-3に決まったとは言え、そこにはアディダスとの契約があるのは言うまでもない。それはプロモ用の写真にオフィシャルサプライヤーのクレジットがあるのを見てもわかる。

 ただ、今回のユニフォームはY-3のブランドやデザインモチーフが全面に出ているものの、機能性については2010年のサッカーW杯の時ほど深く追求した様子は見られない。ゴールキーパー用では多少の説明があるが、選手用はフォワードもミッドフィルダーもバックスも同じ仕様だと思われる。企画開発の段階で選手側の要望を取り入れたのか。それとも、選手は契約するシューズほど機能性にこだわっていないのか。その辺の詳細は定かではない。

 仮にユニフォームが一般に公開された段階で、JAF側から機能面で手直しの声が上がっても、パリオリンピック開幕まで1ヶ月しかなかったことを考えると、修正は不可能だ。JFAとしてもアディダスがオフィシャルサプライヤーで、ユニフォームの提供以外に資金面でのサポートも受けているはずだから、それは承知の上だったと思う。

 大手スポーツメーカーは、各国の代表チームやプロリーグの球団と契約している。選手が試合で最高のパフォーマンスを上げるには、機能性や仕様面での要求も受け入れていると思われるが、それには素材開発から緻密に行なっていく必要がある。4年に一度のオリンピックやサッカーW杯はそのまたとない機会で、市場のリーダーシップを取る絶好のチャンスになる。そのため、一般向けのレプリカを拡販して開発コストを回収していかなければならない。日本のスポーツメーカーではこれまでもそうした手法をとってきた。

 過去のサッカー日本代表のユニフォームではこんな話もあった。それまでアディダスに素材を提供してきたのは日本の繊維メーカーだったが、ある大会から中国のメーカーに変わったという。理由ははっきりと聞かされなかったが、多分コストが影響しているとのことだった。ただ、大手スポーツメーカーも各スポーツ団体に巨額な契約料を支払っている以上、どこかでコスト削減を行う必要に迫られる。それが素材の調達コストだったわけだ。

 これを日本のアパレルブランドに置き換えるとどうか。日本オリンピック委員会(JOC)は公益財団法人ではあるが、収入はがんばれニッポンキャンペーンなどに限られる。日本サッカー協会にしても同様の法人格を有するが、やはり日本代表の活動資金はスポンサーに頼っているのが現状だ。日本のアパレルがウエアやユニフォームをデザインするには、そうした団体と契約しなければならず巨額なスポンサー料を払った上で、企画し提供することになる。だが、わずか3週間ほどのイベントでは、とても投資対効果は望めないだろう。

 2020オリンピック東京大会では、紳士服大手のアオキが選手団の公式ウエアを提供した。水面下では大会組織委員会元理事に計2800万円の賄賂を渡したとして、親会社AOKIホールディングスの青木拡憲前会長が贈賄罪に問われ、懲役2年6月、執行猶予4年の東京地裁判決が確定した。法的な問題を抜きにしても、オリンピックへの企業参画で巨額な金が動いているのは事実だ。こうした根深い背景がある以上、「コムデギャルソンに日本代表のウエアやユニフォームをデザインしてほしい」と、容易く言うことはできないのである。




 それでも、Y-3はサッカー日本代表のユニフォームをデザインした。素人目にはデザイナーの山本耀司氏が1981年からパリコレに参加しているからとか、Y-3ではバックにアディダスがついているからできたことと考えがちだ。しかし、日本のデザイナーブランドが世界的なスポーツイベントの日本代表ユニフォーム参画で先鞭をつけた点は、もっと評価されてもいい。なおさら、日本代表にはユニフォームに記された炎をパワーにして是非ともメダルを獲ってほしいのは、サポーターのみならずY-3関係者の総意でもあると思う。

 オリンピックを契機として日本代表ユニフォームへのY-3の採用は、ブランドバリュウの向上、世界市場に向けたマーケティング、開発ノウハウの蓄積と汎用品へのフィードバックなど、いろいろな効果が期待できる。参画の仕方もスポーツメーカーを通じれば、ハードルが下がるかもしれない、Y-3に続く日本のアパレル、デザイナーの登場を願う。

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感覚でジャストフット。

2024-07-17 06:54:13 | Weblog
 パリオリンピックの開幕まで10日をきった。今回の大会も競技の熱戦、選手の活躍、メダル獲得と話題は尽きないだろうが、ビジネスの面でも国家代表、チーム、選手が着用するウエアやシューズは、大会後にエントリーモデルとして量産される可能性は高い。中心となるのはやはりシューズだ。特にマラソンシューズは日進月歩で進化しており、今大会で最高のパフォーマンスを上げた選手の履くシューズが市民ランナー向けにも影響を与えるのは間違いない。

 ランニングシューズはアスファルトで舗装されたコースを走ると、ソールの踵部分の摩耗が激しい。ジム用のシューズはランニングマシーンで走ったり、筋トレするくらいだから、ソールが耗ることはほとんどない。大事に扱えば、10年くらいは履き続けることはできる。ただ、こちらも知らず知らずの間に靴の表面がマシーンの台座やフロアに擦れているようで、5年も履くとアッパー全体が傷み、7〜8年目にはタンの端が破れてくる。

 スニーカー全般に言えるのは、ミッドソールやクッショニングパーツは、上下からかかる力を緩衝する働きに過ぎないこと。むしろアッパーの方が表面に何かが触れることが多く、細かな傷ができるとそこから劣化が始まる。レザースニーカーはクリーナーで汚れを落とし補修クリームを塗るなど、こまめにケアすれば長持ちする。だが、キャンバススニーカーは専用洗剤とブラシで洗浄することはできても、「バルカナイズド製法」で密着された生地とゴムとの境目から徐々に亀裂が入るので、長期の耐用には限りがある。

 足の形は人によってそれぞれ異なるので、靴はしばらく履いた方がフィット感がわかりやすい。お気に入りのブランドやデザインがあっても、こればかりは自分の足に合うとは限らない。ブランドではナイキが絶対的な人気を誇るが、最近ではセレクトショップが注力するせいか、ニューバランスを履いた人を見かけることが多い。筆者もナイキではコルテッツを一度履いたこともあるが、以降は買っていない。ニューバランスも試着をしてみたものの、自分の足にはフィット感がイマイチで購入には至らなかった。



 自分の足形にはアディダスがしっくり来る。多分、同社の木型がいちばん足に合っているのだと思う。過去20年を振り返ると、街履きはGlenhavenやGAZELLE RSTStan Smith PrimeknitTech Super2.0、ジム用はHockey、ランニング用はクラシックタイプのDragon、予備にはSUPERNOVA CUSHION 7 IRAKと、すべてアディダスになった。日常でフィットしたものが寿命に達すると、もう1足買っておけば良かったと思うことがある。流行より履き心地がいいと、移動や運動がとても楽だからだ。足には健康を左右する「ツボ」があると言われるが、まさにそのせいだろう。




 そこで、10数年ほど前から自分の足型に合うアディダスのシリーズは、一度に2足購入するようになった。Dragon、GAZELLE RST、Stan Smith Primeknitがそうだ。Dragonは週2回程度のランニングでしか着用しなかったので、1足目は購入から13年も耐用した。インドア・ジム用のHockeyが購入17年目で限界に達したため、とりあえず2足目のDragonを代用した。新しいランニングシューズを探してはみたが、なかなか自分に合ったものが見つからないので、自分の足に合うDragonをランニング用に戻し、ジム用にはSUPERNOVA CUSHION 7 IRAKを当てた。これで当分は持つだろう。

 GAZELLE RSTは日本未発売だったため、フランスから2足まとめて輸入した。販売元の粋な計らいでシューレースを好みのオレンジ色に変えてもらった自分仕様だ。こちらはアッパーに生地が使われているにも関わらず、ローテーションを組み適度に休ませながら履いてきた。ただ、11年目にして2足ともアッパーとゴムの境目が破れてきて、1足はソールが剥がれ落ちてしまった。着用期間は1足にすると5.5年。十分な耐用年数を経過したと判断し、廃棄することにした。家族からは「十分元は取れているよね」と言われている。



 Stan Smith Primeknitは夏場だけの着用で保存もきちんとしているせいか、8年目でも2足とも劣化はない。ただ、年々猛暑がエスカレートしてきており、靴下を履いても汗で足がべっとりする。Glenhavenは素足で履けて快適だったが、現在は廃盤で製造されていない。それに変わるものを探しているが、アディダスではキャンバスシューズがほとんどない。コンバースか、ムーンスターか。これもネットでは決められないので、1店舗に行って足に合うものを探してはみたが、なかなか見つからないまま盛夏に入ってしまった。


海外ブランドの高価格帯にも注目



 スニーカーは有名ブランドの寡占状態が続く。各社はファブレスな生産体制を確立しており、ブランド力にデザイン、機能性を併せ持つものが売れている。アパレルも製造コストを下げた低価格のものが売れる傾向にあるが、スニーカーに関しては高価格帯に人気が集まる逆転現象になっている。さらに定価の5倍、10倍の価格で売り捌く転売ヤーもいる。ニーズがあれば価格は上がるというダイナミックプライシングの理屈はあるにしても、意図的に価格を釣り上げて販売する行為は、民法が定める公序良俗の暴利行為に触れなくもない。
 
 スニーカー市場はアパレルのように気候によって売上げが左右されることは少ない。そのため、新規に参入を目指すところもあるが、うまくいったケースはない。ファーストリテイリングも参入しているが、有名ブランドの牙城を切り崩すまでの商品にはなり得ていない。現在はワークマンも980円、1900円、2900円という格安で、ランニングシューズを販売している。実際に市民ランナーが試履きして大会にも出場してモニタリングルポをネットで公開しているが、「改良の余地あり」という意見が大半だ。

 スポーツで履く靴は、やはり靴擦れや捻挫、足の各部への負担軽減を図る上で、専門のノウハウを持つメーカーのものを選んだ方が間違いない。自分の足を守るにはやはりコストをかけた方がいいということだ。そうした意味で、アディダスは兄ルドルフ、弟アドルフのダスラー兄弟が設立した靴製造会社がルーツなのでノウハウの蓄積は申し分ない。第二次大戦中はドイツ国防軍の靴を製造していたが、戦後はルドルフがプーマ、アドルフがアディダスを創業し、共にサッカーシューズの製造販売で鎬を削った。終戦後、日本に駐留した米兵が履いていたスニーカーがアディダスだったという話もある。それほど長い歴史を持つブランドなのだ。

 ナイキはアディダスよりだいぶ遅れて誕生した。1957年、米国オレゴン大学で陸上コーチを勤めたビル・バウワーマンは、のちに共同創立者となるフィリップ・ナイトと出会う。ナイトはスタンフォード大学で経営学を学ぶ一方、バウワーマンの陸上チームのランナーでもあった。バウワーマンは陸上シューズの製作に試行錯誤する中で、彼の手作りシューズを履いた選手が新記録を出し始めたことで注目が集まる。ナイトはバウワーマンとブルーリボンスポーツ社を設立し、多くのシューズを開発に着手。ランニングシューズのマラソンやフレレングス・ミッドソールを採用したボストンが今日のナイキの礎を作り上げた。

 アディダスもナイキも足の構造を熟知した上で、どうすれば負担を軽減して高いパフォーマンスを発揮できるか。飽くなき探究心がシューズ開発の源流にあり、ブランド醸成に繋がった。さらに昨今のスニーカーは普段履き、ファッション、アーバンスポーツと、ライフスタイルに浸透し、いろんな要素で開発競争が展開されている。一方、ファッションの一部としては、デザインやカラーリングを優先するものも増えている。欧米も日本も各メーカーはそれぞれの個性を打ち出し、ショップやネットの力を借りながらブランドの浸透に挑んでいる。

 インポートのスニーカーではデザイン面でナイキやニューバランスをしのぐものは、完売している。インポーターが百貨店などを通じて展示即売会を実施するため、実際に触れて試着できて販売に繋がっているようだ。最近では、スイス生まれの「オン」もランニングシューズの注目株だ。ただ、こればかりは実際に履いてみないとわからない。店舗でオンを試着してみたが、自分の足にはアディダスほどしっくりこなかった。ナイキ人気は依然として圧倒的だが、新モデルが発売されると転売ヤーが暗躍し、買い占められることに辟易しているお客も少なくない。ならば、被らないブランドに向くのは自然の流れだろう。



 筆者が数年前から注目しているブランドは、オランダの「HUB」、イタリアの「D.A.T.E」のほか、フランスのブランドが一つ。これらもデザインがいいものは、SOLD OUTしたものもある。スニーカーがそれだけ世界中のファッションシーンで欠かせないアイテムになったということだ。盛夏の今は、キャンバスのスニーカーに目が向く。ホワイトベースはどうしても汚れが目立つので一般には敬遠されがちだが、専用の中性洗剤や炭酸水、酢を使って洗えば見違えるほど綺麗になるとの動画も公開されている。

 まあ、服もそうだが、デザインのみならず着るシチュエーションに応じた機能も重要だ。スポーツシューズがルーツのアディダスやナイキ、ニューバランスは、通気性を良くするためアッパーのクォーター部分に小さな穴を開けたサスティナブル素材を用いる。ただ、汗かきにとってはやはりコットン素材のキャンバスの方が快適だ。そして、歩くたびに足が素材に触れると足のツボが刺激され、心地いい。感性も大事だが、足にフィットするのがシューズ選びの条件かと。感覚でジャストフットとでも言おうか。アディダスの次に来るものを何とか探し出したい。

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上流を学び、人権を知る。

2024-07-10 06:47:22 | Weblog
 毎年、繊研新聞が学生向けに実施するアンケートがある。その一つ、《学生のいま》アンケート㊥ ファッション業界の環境対応 「大量生産・大量廃棄」を問題視(https://b161.hm-f.jp/cc.php?t=M23727&c=42499&d=fc08)を取り上げる。

 タイトルにある通り、学生はファッション業界の大量生産、大量廃棄を問題視しているようだ。最近では、小学校から授業で環境問題を学んでいる。中学校、高校では問題の本質や対処法にまで踏み込んでいく。さらに大学や専門学校に入ると環境・人権面についても学ぶことから、自分の考えをしっかり持ちサークル活動などを通じて課題解決に取り組む学生もいる。繊研新聞もアンケートでは、その辺の意見をしっかりと掘り起こしている。アンケートの質問と回答例は以下になる。

 Q:「ファッション業界も環境に配慮すべきだと思うか」
 A:「強くそう思う」「どちらかと言えばそう思う」 約86%
 Q:「ファッション業界で問題だと思うこと」」
 A:「大量生産・大量廃棄」 33件 
 A:「労働環境などの人権問題」 27件
 A:「トレンドの短サイクル化による廃棄衣料の増加」 19件
 A:「水の使用量」 17件
 A:「二酸化炭素の排出量」14件
 A:「マイクロプラスチックなど海洋汚染」 14件

 個別の意見ではこんなものもあった。
 「何年も前からファッション業界の環境問題は注目されていたにもかかわらず、いまだに解決されていないのが本当に悔しい」「格安ECサイトを利用する人が多く、服が消耗品のような扱いになっている」「今一度、現在のファッション業界が抱える環境問題について考え直す必要がある」(立教大生)

 日本ではバブルが崩壊した後、「安い」アパレルが消費の主流になり、ファストファッションが流入すると、各社が競い合うように格安商品を投入した。そこでは価格、コストパフォーマンスのみが価値となり、背景にあるコストダウン、労働問題、環境負荷がなおざりにされた感は否めない。ところが、今は安い商品が市場に溢れすぎ、若者の関心も薄れている。並行して世界中でSDGsへの意識が高まり、アパレルの大量生産、大量廃棄が問題提起されるようになったことで、若者の意識も変わってきたと思われる。

 別の大学生からは、日本の環境問題に対する姿勢の遅れを指摘する意見も出された。
 「フランスなど欧州では法規制も強化され企業の意識も高いが、日本はまだまだ進んでおらず、企業の自主的な取り組みにとどまっており、さらなる進展とグリーンウォッシュへの対策が必要」「リサイクルを盛んにすべき」「企業内で完結できる循環システムが必要」「大量生産をやめる」「廃棄する梱包(こんぽう)材やハンガーなどを減らす」(ICU生)

 確かに日本は海外に比べると、環境問題への国家ぐるみでの取り組みが緒についたとは言い難い。そこで、経済産業省は対応策を盛り込んだ報告書を近く発表するようで、柱の一つは衣料品のリサイクルになる。廃棄された衣料品の繊維を新たな繊維に再生する際の規格について、合成繊維、天然繊維で質量に対するリサイクル材料の割合や算出・表示方法を決定する。ようやくお上が腰を上げた感じだが、これから浸透していくのを待つしかない。



 また、グリーンウォッシュも消費者は企業の取り組みをメディアを通して知るが、それがごまかしや上辺だけかどうかを判断する術を持たない。企業が発信する情報には透明性があるのか、一貫した情報を発信しているかなど、第三者機関がきちんと見極め、消費者はそうした客観的な評価に目を向けていくことが大切だ。こんなことが言える。某グローバルSPAの売場を見ると、山のような在庫が積み上げられている。これがワンシーズンで全て消化できるとは思えない。小学生でもイメージできることだ。

 だから、経営者が声高に情報小売業だの、適時・適正の在庫投入だのと叫んだところで、じゃあ、「期末の在庫消化はどうなのよ」と突っ込んでみたくなる。大量廃棄を抑えるには、生産から調整していくべきで、売れ残ったものをいかにリサイクルするかは、生産する企業ごとで考えなければならない。フランスのようにルールを侵した企業にペナリティが与えられることも、深刻に受け止めるべきではないかと思う。だから、そうした取り組みについて、きちんと情報開示していない企業が言うグリーンウォッシュは疑った方がいいかもしれない。


大量生産、大量廃棄の背景にメスを入れないと



 欧州連合(EU)では、ナイロンは20%、ポリエステルは50%以上使えばリサイクル繊維を使っているという表示が可能になった。ユーロブランドの通販サイトを見ても、リサイクル繊維の表示をよく見かける。日本でも、2026年度にも日本産業規格(JIS)を策定し、27年には国際標準化機構(ISO)への提案を目指すという。規格に強制力はないが、環境に配慮した製品の流通拡大につなげる考えからだ。

 ただ、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、新しく繊維製品へとリサイクルされる割合は、世界全体でも1%未満とされる。日本ではさらに低いと考えられる。繊研新聞のアンケートで若者が意見を発したことを見ると、若者の意識の方が高いかもしれない。まあ、自活しているわけではないので、勤労者と環境意識の温度差があるのは仕方ない。「働くようになったら、変わってくるよ」と言ってしまえばそれまでだが、大量生産、大量廃棄のままでは業界の未来は先が見えているのも事実。生産者、流通事業者、消費者の全てが環境問題を意識するのは決して間違いではない。

 2024年3月、政府は外国人材が最長5年まで就労できる「特定技能1号」の対象に繊維業を加えた。これによりアパレルの縫製工場などは、外国人材を特定技能1号の対象としてが受け入れることになる。経産省は「国際的な人権基準に適合しているか」や、「勤怠管理の電子化」「月給の給与制度」などを追加要件として求める。また、国際的な人権基準への適合は第三者による認証・監査で確かめる。経産省は強制労働や児童労働、安全衛生など9分野84項目の監査要求事項を定めて、第三者監査を実施する方向という。

 つまり、これまでアパレル工場で働く外国人は、コストダウンを図るためでしかなかった面は否めない。表には出てこないが、過酷な労働環境で働いていた外国人も多いと思う。逆にもっと好条件の働き口が見つかれば平気で移っていくものもいたようで、不法就労や不法滞在などの温床になっていたこともあるだろう。それもコストを下げて「安い」商品を作るため、また川下の小売業者が少しでも利益を上げるために納入掛け率を下げさせたことも要因だ。

 最近は為替が円安傾向にあるため、国内生産に回帰している面はある。だが、販売価格が上がらなければ、国内工場も低価格商品の製造を余儀なくされ、抜本的な改革には結びつかない。川下の小売業が低価格商品の販売、納入掛け率の切り下げを要求する限り、川上の糸、繊維の製造や川中のアパレルメーカー、卸にしわ寄せが行き、コストダウンのために苦肉の策を取らざるを得なくなる。とどのつまりが大量生産による大量廃棄なのだ。

 しかも、労働問題は移民問題とも連結する。EUでは移民を排斥する極右政権が誕生する国もある。アパレル工場が移民で成り立っているとは言えないが、日本の場合は外国人労働者を雇用しているところもあり、やがて移民問題は避けて通れなくなる。そのためにも日本人、外国人を問わず適正な賃金を支払うことで、彼らのモチベーションも上げて行くことも必要だ。労働環境を整備するにも工賃のアップは不可欠であり、川上や川中の価格体系の改善にも踏み込んでいかなければならない。



 消費者も使い捨ての商品ばかりを購入していては、商品本来の価値を見出せるはずもない。まずはコストをかけて価格対価値をしっかり際立たせた商品を生み出すこと。それには川上の糸、繊維作りにも目を向けること。産地の環境を守り、確かな技術の元、質のいいものが生まれるには適正な利益配分が不可欠だとの啓蒙だ。以前、中国の新疆(しんきょう)ウイグル自治区で、繊維業での強制労働が問題になった。米欧のアパレル企業は20年以降に同地区の工場と取引を停止するなどして、人権問題を重視した経営にシフトしている。

 2021年1月、ユニクロも同社が製造販売する綿シャツが米国ロサンゼルス港で米国税関によって差し止められ、米国へ輸入できない状態になった。 理由は、生産の一部、あるいは全てにおいて強制労働が問題視される新疆ウイグル自治区が関わっているのではないかと、疑われたからだ。同社は即刻全面否定したが、商社が提出した書類しかチェックしていないわけで、信憑性は藪の中と言えなくもない。やはり第三者機関によるチェックやブロックチェーン化を広く浸透していくことがカギになるが、企業側の努力も必要になる。

 廃棄衣料の繊維をリサイクルすることについては先日、大阪大学の研究チームが電子レンジのマイクロ波で綿とポリエステルが混ざった繊維を分離して再生する技術を開発したとの報道があった。原理は混紡繊維とアルコールの一種であるエチレングリコール、触媒を混ぜてマイクロ波で数分加熱するだけと至って単純だ。ポリエステルだけがエチレングリコール中に溶け出し、残った綿は回収してそのまま再利用できる。溶液を結晶化すればポリエステルの原料も取り出せる。

 廃棄衣料の運搬やプラントの建設などコストが課題だが、SDGs(持続可能な開発目標)の浸透で、資源を大量廃棄するアパレルには厳しい目が向けられ、価格が高騰する資源を再利用することにも注目が集まる。大阪大学だけでなく、全国の大学でも同様の研究は行われているだろうし、再生繊維を使ったクリエーション作りになると今度は専門学校生の出番になる。単に安いものを作るだけがビジネスではないことを多くが認識する日も近いだろう。

 まずは、売れ残り商品から中古衣料までを再利用する取り組みがもっと必要だ。量販店はもとより専門店でも衣料品を回収し、集めた古着を仕分けして古着店に卸したり、リサイクルに回すフローを業界全体、全国レベルで行っていく必要がある。大学生や専門学校生が業界と一緒になってリサイクル活動に取り組めば、川上や川中を知ることができる。そして、業者への圧力や人権問題を知ることに繋がり、業界に対する違った知見をもつこともできる。単に作る、売るだけではない、新しい仕事を作り出す人材になってくれるかもしれない。そんな若者の業界進出に期待したい。

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結局、マンパワー頼み。

2024-07-03 06:41:51 | Weblog

 ニッセイ基礎研究所とメルカリの共同調査によると、国内の家庭に眠る隠れ資産は66兆円6772億円にも達するという。50代、60代の夫婦2人世帯に限っても約132万円と、平均の約111万円を上回る。つまり、これらの眠った資産を市場に出して取引機会を増やせば、新たなビジネスになるわけだ。若年層にはすっかり定着した不用品を気軽に販売できるメルカリだが、フリマアプリの成長率は2023年9月期が対21年同期比で15%程度下落しており、24年も横ばいの見通し。明らかに成長が鈍化しているのがわかる。

 6月5日、メルカリは乳酸飲料ヤクルトの宅配員に家庭の不用品回収を委託する実証実験を広島で始めた。ヤクルト山陽(広島市)の宅配員が家庭を個別に訪問し、不用品を発掘して回収し、フリマアプリのメルカリShopsで販売する。商品が売れると、メルカリ側は売上金の1割の手数料を受け取る仕組みだ。今回の実証実験では、不用品を提供する側は売れても対価はない。ヤクルト側がメルカリに手数料を支払って残った売上金は、自治体や福祉団体と提供した社会貢献活動に使われるという。

 実証実験の段階では、不用品を提供する家庭では概ね好評のようだ。例えば、ある高齢者は、陶器販売店を閉店し売れ残り品の処分に困っていたところ、ヤクルトの販売員から不用品回収の提案を受け、話に乗った。また、不用品回収をパンフレットで知り、わざわざ衣類をトラックに積んで営業所に持ち込んだケースがある。メルカリは全国の自治体とも連携し、35の自治体がメルカリShopsに出店し、住民から集めた粗大ゴミや備品を販売している。若年層ならスマホを使って不用品を気軽にメルカリで販売できるが、高齢者になるとそうはいかない。そこで、自治体が出店の代行や販売などの支援に乗り出したわけだ。



 ただ、自治体もマンパワーには限りがある。高齢者家庭に対し、不用品回収の趣旨を広報することはできても、回収要請が多くなればとても対応できない。また、昨今は業者が「何でも買い取る」と電話をかけて高齢者宅を訪れ、玄関先で言葉巧みに誘いかけて不用品を無理やり回収したり、高いものを安く買い叩くケースがある。挙句の果てに「貴金属はないか」としつこく居座り、難癖をつけて代金を払わないトラブルも発生している。そこで白羽の矢が立ったのがヤクルトの宅配員だ。飲料配達の契約している家庭を定期的に訪問をするのだから、不用品回収の話を持ちかけやすい。顔見知りなら、高齢者も安心できる。

 法律ではどうなっているのか。特定商取引法は、「買取業者が突然訪問し勧誘する」ことや「事前に承諾した物品以外のものを売るように迫る」ことを禁止している。「契約時は書面の交付が必要で、8日間は無条件でクーリングオフできる」。自治体や消費者センターは、「勧誘電話には安易に応じず、不審や不安を感じたら身近の窓口に相談してほしい」と話す。ただ、高齢者がこうした悪徳買取業者の存在を学習すれば、かえって疑心暗鬼になるかもしれない。そうなると、真っ当な買取業者まで受け付けなくなる可能性も出てくる。

 仮にメルカリがマンパワーを駆使して高齢者家庭に回収に出向いたところで、同社が悪徳な買取業者と違う点を周知、浸透させ、高齢者に認識させるのは容易ではない。だからと言って、高齢者がスマホアプリを使って不用品を出品し販売するのは、まだまだハードルが高い。それはメルカリも成長が鈍化しているデータから把握できているはず。ならば、買取業者ではないヤクルトの宅配員に代行してもらった方が手っ取り早いと、考えたわけだ。

 メルカリは2024年5月から「価格なしの出品」機能の提供も始めている。これにより購入希望者側が「購入したい価格」を提案し、出品者がOKすれば、取引に移れるようになった。同社がアンケートを実施した結果、ユーザーでさえ値段決めや価格交渉が煩わしいとの回答が多かったことからとった対応だ。つまり、家庭に眠っている不用品をさらに流通させるには、これまで以上に出品をし易くするなど、環境づくりを進めなくてはならない。それにはネット環境だけでなく、マンパワーという人的な役割も不可欠ということなのだ。


ビジネスにならないと、代行は難しくなる?



 メルカリとすれば、各自治体と連携して66兆円もの隠れ資産を流通させる思惑だろうが、実験が好結果を生んで社会に浸透するかは未知数だ。自治体から地域の事業者に対し、不用品回収の代行要請があったにしても、業者が次々と名乗り出てくるかと言えば、それは考えにくい。ヤクルトの販売会社でも同じだろう。考えられる課題を挙げてみよう。

 1.回収するマンパワーや車両が必要
 2.回収品を置くスペースの確保
 3.回収品の整理、管理が必要
 4.フリマアプリへの出品作業、詳細な情報提示
 5.販売商品の発送手配


 不用品の回収代行をするには、これだけの人、モノ、手間、時間が必要となる。社会貢献という命題を掲げたにしても、すんなり応じられる事業者がどれほどいるのかである。メルカリは1割とは言え手数料収入がある。それはシステム運営の経費で、利益ではないと言い訳するかもしれないが、その先には隠れ資産66兆円を目据えているのだから、中長期的にはビジネスにしたいのは言うまでもない。逆に回収を代行する事業者の中には、不用品の回収からメルカリShopsでの出品、管理、発送を無償で行うのは、やはり不公平さを感じるところも出てくるのではないか。

 結局、中長期的に見て不用品の回収代行が収益になるのであれば、参入するところが出てくるのではないか。その場合、売上げの配分をどうするかである。メリカリ、代行業者、社会貢献(自治体)がそれぞれ3分の1で公平に配分するのが理想だが、不用品だから1点単価はそれほどの高額は望めない。価格の設定を購入希望者側に任せると、なおさら売上げは下げ止まることも考えられる。資産の総額は66兆円あっても、それを流動させるコストがあまりに膨大なら、民間事業者は参入に二の足を踏む。

 そもそもメルカリで販売するのは、不用品と言ってもリユースできる=繰り返し使うことができるものになる。一度使用されたものの中でも「廃棄すべきものではない」という条件がメルカリビジネスの拠り所だ。また、古物という点では古物営業法で13品目に区切られており、この区分に当てはまるかを確認しなければならない。それは回収を代行する事業者が行うことになる。さらに回収する段階では、どんな商品なのか、本物か偽物かなどを判断することも必要だ。おそらく回収を代行する人間にそこまでの知見や経験はないから、まずは回収を優先すると、その先の仕分けや管理に負担がかかってしまう。



 仮に回収代行に名乗り出る事業者がビジネスを想定するとどうか。というか、ビジネスになるのなら、参入してもいいという事業者もあるだろう。当然、収益を上げるには高値をつけて販売した方がいいから、回収する段階で商品の価値を見極めていくはずだ。さらに回収した不用品の適正な在庫管理をしないと、回収するだけでは在庫が膨れ上がってしまう。だから、金になるものは回収するが、そうでないものは回収しないということも考えられる。自治体が不用品のリユースや社会貢献を目的とするなら、そうした回収代行業者の参入は許してはならないはずだが。その線引きをどうするかである。

 不用品の在庫を迅速に消化することを念頭におけば、閲覧者が限られるメルカリだけの出品では限界と考える代行業者が出てくるかもしれない。複数販売チャネルでの「併売」である。お客の目につく機会が多くなれば販売機会が向上するし、ユーザビリティが高まってお客はまた購入しようという気になる。しかし、併売するとなるとさらに出品作業に手間がかかり、在庫管理にも支障が出てくる。

 プラットフォームによっては、商品撮影や商品コードの入力などを条件とするから、ささげ業務に時間と手間がかかる。不用品は傷や汚れの状態など1点ずつ異なる情報の記載を求めるところもある。不用品を回収して流通させるのが前提なのか。地域の活性化かや社会貢献が目的か。こうしたルール作りや啓蒙活動も不可欠だ。

 テレビや家庭用エアコン、洗濯機、冷蔵庫といった家電リサイクル法の対象となるものは、今回の回収の対象からは外れると思う。ただ、業務用エアコンや農機具はどうなのだろうか。まだまだ利用できるものなら、廃棄物ではなく有価物として捉えられ、販売できなくもない。非常に曖昧な部分が出てくるのだ。メリカリ自体が隠れ資産の66兆円に目をつけているのだから、ビジネスとして捉えているのは否定できない。今後はその辺のマニュアル作りや指導、自治体との調整が必要になってくる。メルカリの企業姿勢が問われることになる。
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