HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

社会まで磨き上げる。

2023-08-30 06:36:35 | Weblog
 夏休み、数年ぶりに靴磨きをした。自宅の下駄箱に入れっぱなしだった革靴だ。靴屋のスタッフから「定期的にブラッシングをしてくださいね」と言われていたが、ついつい先延ばしてしていた。革靴自体に触れるのも久しぶりになる。ここ3年はコロナ禍で、クライアントに出向いたり、公の場に列席するケースがなく、革靴を履く機会はなかった。ZOOMによる打ち合わせでは足元を気にする必要がないので、外履きはスニーカーオンリーだった。



 本来なら、革靴は履いた後にきちんとケアすべきなのだが、そのままにしていたために革には少し傷んだ箇所やシミが目立つ物もあった。新たにブラシ、クリーナー、クリーム、ケアオイル、シリコンクロスなどを買い揃え、着古した白Tを断裁してウエスにした。靴磨きの専門家ではないので、かつて雑誌で読んで記憶していたノウハウやネットのマニュアルを頼りに、チャレンジした。また、自分でやってみて情報にはないが、必要だと感じたものが見つかったので、取り上げてみたい。

1.メンテナンスの道具や汚れ落とし、クリームを準備
 以下のようなものが必須だ。ブラシ、クリーナー、デリケートクリーム、補修剤。ウェスには着古した白のTシャツはハンカチ半分程度の大きさに切って使用する。肩の縫い合わせを解いて丸洞にすれば、両脚を通して太ももを覆い、汚れ防止用の当て布にもなる。

2.ブラシをじっくりかけ、外側の汚れを落とす
 外履きの革靴は、敵だらけと言ってもいい。特にアスファルトの道を歩くケースでは、ホコリ、油、湿気が敵になる。当方は多汗症(脂足)なので、足から靴の内側に分泌される汗も敵だ。それらをブラシを使ってじっくり落とす。見た目はそれほど汚れていないように見えても、この地味な作業が大事なのだ。

3.クリーナーを薄く伸ばして汚れを取る
 ウェスにクリーナーを少しつけて伸ばし、靴のつま先、左右、踵、ホールカット部分の汚れや古いクリームを順に取り除いていく。特に古いクリームは丁寧に取っておかないと、新しいクリームののりが悪くなる。その点は化粧と同じかも。

4.クリームを塗って油分や色ツヤを補給する
 チューブ入りのクリームを塗って、革に油分(栄養)や色ツヤを補給していく。クリームの量は一度に多くではなく、薄く塗って少しずつ革面に広げるようにする。クリームの色は同色か、やや薄めで明るい色を選ぶ。濃いめの色だと、かえって靴の傷や色落ちが目立つから。



5.念入りにブラッシングする
 綺麗な布やまっさらのウエスを用い、美しい光沢を出す感じで軽く、丁寧に磨いていく。コバの部分などは特に念入りに磨く。傷などを隠すためにコバ用の塗料を塗ることも有りだが、逆に色が変わることもあるので、判断はプロに相談した方がいいかも。

6.つま先など光らせた箇所はストッキングを利用
 女性から聞いたアドバイスだが、ヒール靴はつま先を光らせた方が履いた時の存在感が際立ってくるそうだ。そのため、布ではなく、使い古しのストッキングにワックスをつけて磨くときれいになるという。男性の靴でも応用できそうだ。

7.布(可能ならシリコンクロス)で全体を磨く
 シリコンクロスや専用のグローブなどで、つま先から左右両側、ヒールまで丁寧かつ丹念に拭きあげる。防水スプレーを吹きかけておくのもいい。

8.すぐに履かない場合はシューキーパーで固定
 すぐに履かないのであれば、型崩れ防止用にシューキーパーを入れておく。最近は100円ショップに売っているので、低額なので利用しやすい。シーズンオフに靴を休める場合もシューキーパーで固定しておけばケアになる。

 人間が革靴を履き始めたのはいつ頃からか。かなり昔からではないかと思う。その理由は足を保護するためでもあるが、中世以降は見た目がきれい、足の形やサイズに合わせて加工しやすい、湿気を吸収排出しやすいなどの理由から、天然皮革が靴に用いられるようになってきた。最近では、某SPAが4000円台で革靴を売り出すとの話がある。こちらも服と同様に履き捨てられる運命になるかもしれないが、革靴も少しでもいいものを選んできちんと手入れしていけば、長持ちさせることができるのは事実だ。


ケア付きの中古靴が売り出される



 ちょうど、手持ちの革靴数足を磨き終わった頃、ある記事に目が止まった。「三陽山長、認定中古靴を販売」である。三陽商会の紳士靴ブランド、三陽山長は、8月17日から認定中古靴の販売を開始する。同社は、昨年から京都に拠点を置き障害者の若者が靴磨き・靴修理をする「革靴をはいた猫(以下、革猫)」と提携したプロジェクトをスタートしている。今回は寄付で集まった革靴をメンテナンスし、状態が良好なもの12足選定して三陽山長認定中古靴として販売するものだ。

 プロジェクトはまず2022年12月16日〜23年1月31日の間、不要になった三陽山長の革靴の寄付を直営4店で募集し、集まった革靴を練習用として革猫に提供し、職人育成を支援する目的でスタートした。革猫では、障害のある4人の若手職人らが年間5000足の靴磨きや靴修理に携わっていたが、より高い技術が求められる高級な革靴を磨く機会が限られていた。プロジェクトへの取り組みを実証することで、革猫のリペアを経たものを認定中古靴として販売することができるのではないかと検討していた。




 一方、三陽山長が対象にした靴はグッドイヤーウェルト製法の革靴で、直営店で使える3300円相当のリペアチケット・プレゼントを寄付の特典とした。第1弾では、約1カ月半で18足の寄付が集まり、それらを認定中古靴として販売する第2弾を始めることになった。両社はサステイナビリティー(持続可能性)推進の観点から、取り組みを検証しながら履かなくなった靴を新たなお客に受け継ぐ仕組みを進めていくという。

 購入側には、三陽山長の直営店でメンテナンスを受けることができる権利付きで、価格は1足4万9500円(税込)。プライスだけ見れば、多少割高な気もするが、ZOZOTOWNなどで見るブランド靴と比べると同程度かやや下だろうか。それでも、三陽山長という高級ブランド靴がブラッシュアップ&修理され、購入後のメンテナンス付きで、障害者の自立とサスティナビリティーを支援する目的が加味されていることを考えると、妥当な価格ではないかと思う。

 中古の革靴はリサイクルショップなどで売られている。ただ、ほとんどがメンテナンスされているかはわからず、価格も買い取られた時の状態で決められた程度で、一方的に売り切るだけの流通手法でしかない。三陽山長はそれから一歩進んで、同ブランドの靴を購入したお客が定期的にメンテナンスに出すことでケアを習慣化させ、不要なものはリユースに回して守るという二次流通の仕組みを作ろうとしている。併せて、靴磨きや修理など障害者を靴職人に育て上げるソーシャルワークの両面を持たせようとしている。

 こうした取り組みは、三陽山長のような高級革靴だからできるのかもしれない。ただ、高級な革靴を履く層も長く履いていれば、どんな靴でも飽きが来るケースはあると思う。ブランドの服ならメルカリやネットオークションで売り捌くことができるが、靴の場合は履く人の足の特性などの不安要素から買い手の側に抵抗がある。それが専門の靴職人によってきちんとメンテナンスされ、おそらく消毒なども施されるだろうから、二次流通にも期待が持てる。

 最近は靴の買い取りを口実にした「押し買い業者」が問題になっている。「古い靴を買い取ります」「解体して素材をリサイクルします」などで高齢者がいる家庭にアポを取り、一応、買取を依頼すると、履き古しの靴1足あたり数百程度で買い取った後に「他に貴金属はありませんか」という本題に入る。当方の自宅にも1度訪問したことが履歴になっていたようで、二度目にやってきた時はとにかくしつこかった。

 家人が「貴金属はない」と断っても、訪問者は会社から「そう簡単に引き下がるな」「相手が折れるまで粘れ」「目標が達成できないと泣きを入れろ」と、指示されているようで簡単には諦めない。その点、三陽山長のようなプロジェクトは、同ブランドに限って寄付してもらうということになるが、顧客からすれば履かなくなった靴を無償で回収してくれるなら、別に代金は要らないと考える方が多数派ではないか。

 プロジェクトでは、靴のサスティナビリティーとソーシャルワークの視点が明確になっている。だから、何より信用できるし、店頭に持っていけるから押し買いのようなトラブルも避けられる。障害者が靴磨きや修理の技術を習得することで自立の道が開けるのは社会的に意義は大きい。また、ケアやメンテナンスを通じて中古靴を流通させることは、使い捨てという消費のみの社会を見直すきっかけにもつながる。靴磨きや修理で社会までがブラッシュアップされるのは、すごく気分が良い。ブランド靴以外にも広がって欲しいものだ。

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高すぎる攻守の壁。

2023-08-23 06:37:41 | Weblog
 少し前だったか、日本経済新聞が「パルコ再生へ 悩むJフロント」という見出しで記事を書いていた。概要はこうだ。J・フロントリテイリングでは非百貨店分野の売上高営業利益率が2023年2月期で6.6%と18年同期の10%から低下したという。主な要因が「パルコの不振で、地方では要となる若者を取り込めてない」という。



 2023年3~5月期の既存店売上高は前年同期比20.4%増だったが、それでも新型コロナウィルス禍前の19年同期比ではまだ1割低い。また、JR東日本系列の駅ビル、ルミネやアトレとの競争も激しい。17施設のうち首都圏以外は7施設あるが、名古屋や広島、静岡、松本の23年2月期の売上高は20年2月期比で23~20%減と苦戦する。首都圏でも吉祥寺は同期比29.2%減、新所沢は24.8%減、池袋は21.3%減となっている。



 開業から46年を経過した津田沼は今年2月に閉館し、同40年の新所沢と同39年の松本はそれぞれ24年2月末、25年2月末をもって営業を終える。池袋(開業54年)に次いで古い吉祥寺も、開業から43年が経過している。施設の経過年数は全店平均で29年にも及び、施設が古いことから有名ブランドは出店を敬遠しているという。比較的新しいルミネやアトレの方にブランドが集まることが、パルコの不振に輪をかけているのだ。



 筆者が住む福岡市の福岡パルコは2010年の開業だが、百貨店の岩田屋本店跡に居抜きで進出したので、建物はかなり古い(ターミナル百貨店としての開業は1936年)。2014年には隣に新館を建設したが、本館自体は老朽化が著しく、2階から上は天井高の低さから売場の圧迫感は否めない。健全なショッピング環境とは言えないため、パルコは市が進める再開発事業「天神ビッグバン」の優遇措置を受けるため、計画概要を提出。26年にいったん閉館した後、周辺の新天町などと一緒に建て替え工事を進め、30年の開業を目指す。



 九州で他に営業していたのは、大分パルコと熊本パルコだ。意外にもパルコが九州で最初に進出したのが大分である。1974年、当時の国鉄大分駅に近い旧日銀大分支店跡地に開業した「西友大分店」が77年に地下1階だけ残してパルコに業態転換。92年2月期には売上高が約116億円に達したが、2010年2月期には約40億円と3分の1近くまで下落していた。さらにビルの賃貸借契約が11年4月に満了を迎えることや福岡パルコが開業したことで、11年1月をもって閉館。大分からは完全撤退した。



 熊本パルコは1986年、中心市街地の下通商店街入口脇にあった長崎屋跡に開業。91年度には売上高が約97億円に上ったが、郊外SCの進出やネット通販の拡大などで、2018年度の売上高は約40億円と半分以下まで落ち込んだ。こちらもビルの賃貸借契約が満了を迎えることで、20年2月末で閉館した。跡地には23年4月に星野リゾート運営のホテルなどからなる複合ビル「OMO5熊本」が開業。パルコは新業態の「HUB@(ハブアット)」として出店したが、営業スペースはわずか3フロアにとどまっている。

 日経新聞の記事で、J・フロントリテイリングの若林取締役はパルコについてこうを意気込む。「今後も地域に即した対応を加速。パルコが大半のSC事業の利益は、まず2024年2月期に70億円(前期は53億円)にする。27年2月期までに100億円の大台に乗せる」。ただ、地方のパルコでは閉館や営業面積の縮小もあり、既存施設をテコ入れしたとしても若者を取り込んで業績を伸ばせる素地は見えづらい。

 そもそも、今の若者がパルコという都市型SCにどこまで傾倒しているのだろうか。東京・渋谷を訪れた時に「渋谷パルコ」の情報発信やテナントの顔ぶれに触れ、先端ファッションや渋谷カルチャーを実感するくらいではないか。逆に地方ではアパレルの実店舗が少なくても、ネット通販がカバーしており、古着などもうまく着こなしていけば、特に不便さは感じない。加えて地方では若者人口が減少していることで、パルコに限らず都市型SCは大人までに照準を当てたテナント構成にせざるを得ないのが実情だ。


地方都市における都市型SC運営の難しさ



 苦戦するパルコの地方店を見ると、建て替えるにしてもリニューアルするにしても、物販テナント主体で地下1階、地上8階を埋めるのは、もはや不可能に近いだろう。熊本のハブアットがそれを象徴する。同エリアでは既存百貨店と、2017年、19年、21年に新規開業した「ココサ」「サクラマチ熊本」「アミュプラザくまもと」の商業フロアがアパレルを含む有名ブランドをほぼ押さえている。熊本の市場規模を考えるとブランド2店体制は難しく、バッティングの問題もある。パルコと言えどハブアットにリーシングできなかったのが実際のところだ。

 また、地元の医療関係者によると、心斎橋パルコのように医療フロアも検討され、開業医にテナント募集が呼びかけられたようだが、これも実現していない。結果的にアパレルや医療サービスではなく、ターゲットを若者から中高年にまで広げるためにベーカリーやカフェ、レストラン、アクセサリー、生活雑貨(ダイソー新業態のスタンダード・プロダクツ)、リサイクル&修理サービスによる構成に落ち着いた。

 日経新聞によると、ハブアットは開業以降も「店長はおかず、パルコ社員が東京から遠隔で店内をチェックし、定期的な出張対応にとどめるなど効率性も高めている」という。裏を返せば、3フロアほどの営業面積、飲食や雑貨、サービスのテナントで稼げる歩率家賃では、開発投資の回収はもちろん、施設管理・運営のランニングコストを賄うのは容易ではないと、J・フロントリテイリング側が判断した結果ではないか。同じエリアのアミュプラザくまもとが今年から独自採用のプロパー社員をテナントの販売促進に当たらせているのとは対照的だ。

 大分パルコのケースはどうか。2011年の閉館当時、パルコに近いJR大分駅のリニューアル計画(JRおおいたシティの開発)が持ち上がっており、他駅同様に駅ビルのアミュプラザが進出するのは目に見えていた。パルコの閉館でテナントの約4割は他に移転し、パルコと同じ目抜き通りに面する「大分フォーラス(イオンモール傘下)」に移転した店舗もあるが、同施設も17年2月に閉館。新しい施設に再出店したいテナントは、「アミュプラザおおいた」が開業する15年4月まで待つことになったが、新規出店を含めて受け皿になったのは間違いない。



 一方、大分パルコの跡地は、大分市内の総合病院が2015年度中に新築移転する計画で土地を取得したが、建設費の高騰や現病院の増改築による借入金の増加で、移転を断念。その後、「三井不動産リアルティ」が窓口となり、複数の候補からコンペにより決める方針となった。ところが、駅前、角地という超優良物件にも関わらず民間事業者の買い手はつかなかった。結局、大分市が土地を買い上げて整備し、19年8月末に「祝祭の広場」に生まれ変わった。市側はイベントスペースとして定期的に貸し出し、市の中心部に客足を増やす目論見と思われる。

 熊本と大分のケースを見ると、パルコ地方店の再生がいかに難しいかがよくわかる。もはやパルコと言えど、地方では若者がそのイメージやブランド価値を認知しておらず、新規で取り込むのは容易ではないと思われる。というか、若者は都市型SCのハード、ソフトに関係なく、テナントの顔ぶれや品揃えで来館、購入を判断する傾向が強い。気に入った商品やサービスがあるなら、別にパルコでなくてもいいのだ。

 また、地方に進出する有名ブランドには限りがあり、ルミネやアトレ、アミュプラザなどとのテナント争奪も激しい。ただ、こうした駅ビルですらコロナ禍による消費行動の変化を踏まえ、アパレルやバッグ、服飾雑貨などの物販を抑えつつ、「学び」「集い」を売りにするテナントを増やしていく戦略にシフトしようとしている。それはパルコでも同じだろうから、どこまでテナントを発掘してリーシングできるかがカギになる。

 奇しくも、熊本、大分の両パルコとも年間売上高が40億円まで下がったことで閉館した。それが地方店の損益分岐点とするなら、それを超えなければ生き残れないことになる。若者人口の減少でマーケットが縮小する地方では、ハブアットのように営業面積を縮小して生き残りを模索するのか。それでも、当面は地産地消などを切り口にした飲食やサービス主体のテナント構成で、若者から大人までを集客していくしかない。地方店が立地するエリアにそうした戦略に合致するソースや市場規模がないなら、閉館、撤退はやむ無しだろう。

 ただ、地方店を小型業態に転換するにしても、J・フロントリテイリングが目標とする2024年2月期に70億円、27年2月期までに100億円というSC事業の利益達成は可能なのか。数値目標をクリアするには施設の数を増やし、ITを駆使してコストダウンを図り、効率的な運営を心がけなければならない。さらにテナントの出店条件も月単位や小スペースでの賃借を可能にするなどハードルを下げることも必要だろう。

 上野パルコヤ、ハブアット、それに続く新業態やビジネスモデルを確立できるのか。パルコにとっては攻めるにも、守るにも高い壁が立ちはだかる。これから地方の需要を発掘するには、いろんな難敵が待ち受けていると言えそうだ。
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投資はアパレルを救う。

2023-08-16 06:44:27 | Weblog
 高度成長期に創業し、順調に業績を伸ばしたものの、バブル崩壊やリーマンショックの煽りを受けて、業績低迷にあえぐアパレル企業は少なくない。倒産するまでではないものの、負債を抱えブランド開発や新規出店に二の足を踏むところもある。アパレルに限ったことではないが、地方の中小企業では暖簾や技術はあるが、後継者がいないことから事業の存続が難しく、融資先でなければ金融機関が手を差し伸べることもない。こうしてブランドや匠の技、その元で生まれてきた商品が消え失せてしまうことがある。

 敢えて店名は挙げないが、東北地方にある羊羹一筋の老舗が6月、186年の歴史に幕を下ろした。江戸・天保年間に京都の和菓子職人から製法を教わり、創業時から小豆のあんと砂糖、天然の寒天のみを材料にして看板商品の羊羹のみを作ってきた。2014年に店主の長兄が亡くなり閉店も考えたが、地元民から存続を望む声を受け、製法を受け継いだ弟兄弟が店を再開させて切り盛りしていた。

 ところが、2022年8月から製造機械が故障しがちで、12月には工場長の末弟が病気で亡くなった。さらに後継者もいないことから、店主は従業員らと話し合い店を閉じることにした。閉店を知った県内外の顧客からはひっきりなしに問い合わせの電話があったというが、歴史ある羊羹を愛してもらえて本当にありがたいと、店主は答えるのが精一杯だった。このような老舗の廃業は全国各地にあり、最近では地方百貨店の閉店も相次いでいる。

 これも歴史の流れだと言ってしまえばそれまでだが、羊羹の老舗のように後継者不足なら仕方ない。ただ、地方自治体が叫ぶ地域経済の活性化、地元の国立大学が宣うアントレプレナーの育成学生による起業がお題目になっていないか。地元の金融機関もリテール業務、地域貢献を旗印に掲げる割に負債がない企業には手を貸さないし、老舗のビジネスモデルを活性化し存続させる支援や経営陣の派遣には二の足を踏む。こうして地域の産業が衰退し、マーケットが縮小していくのだ。

 一方、信用金庫が中小企業の事業承継に取り組むCMがオンエアされている。地域の中小企業は信用金庫の融資先だから、収益を上げて何とか事業を存続してほしい。金融機関は利ざやで食っているので、貸した金の利息を確実に払ってくれるところとは、末長く付き合って行きたい。逆にオーナーが金融機関から融資を受けず、無借金経営を貫く企業は事業承継ができなければ、廃業を選択せざるを得ないことになる。皮肉なことだが、これもビジネスの常道なのだ。



 そんな事例に何とか立ち向かうケースが筆者が住む福岡にあった。これが企業の立て直しにつながればと思い取り上げてみたい。福岡でレディスカジュアルをメーンで扱う「立花屋」は、1946年創業のファッション専門チェーン。現在は郊外SCを中心に「ペイトブルームガーデン」などの業態26店舗を展開する。筆者も仕事で何度かお世話になったが、90年代後半から2000年代前半には、なるべく在庫を抱えずにクイックで回転させる商品政策に転換しようと試行錯誤を続けていた。

 ところが、2008年のリーマンショックで業績が悪化し、立花屋は負債が膨らんだ。それでも政策転換などが功を奏し、黒字体質に変えることはできたが、債務を完済するまでにはいかなかった。また、同社ではベテラン社員が退社していったことで、経営を引き継ぐ後継者候補に窮し、第三者への事業売却も債務がネックとなって進まなかった。



 そんな立花屋の救世主となったのが地場金融機関ふくおかファイナンシャルグループ(FG)傘下の投資専門子会社、「FFG成長投資」だ。同社は2021年に改正された銀行法(地域の事業会社に100%出資することが可能=企業を買収して経営に関与し事業計画の立案・実行に着手)を活用し、負債を抱えた中小企業を買収して経営の立て直しに取り組み始めた。立花屋はその投資案件の第4号になる。

 おそらく、ふくおかFGの母体である「福岡銀行」は、地場企業の立花屋にはずっと融資をしていたと思われる。そのため、同社の業績が悪化し負債を抱えたことで、何とかその解消に向けグループ会社のFFG成長投資を通じて経営再建に乗り出したわけだ。ただ、その再生スキームはユニークだ。


事業経営に携わるモノ言う金融機関

 まず、立花屋を主な債務を引き継ぐ「旧・立花屋」と、事業を運営していく「新・立花屋」に分割し、FFG成長投資が新・立花屋の株式を買い取るというもの。新・立花屋は改正銀行法による「事業再生会社」(銀行が投資専門子会社を経由して議決権を保有することができる会社、代表者の死亡、高齢化その他の理由からその事業の承継のために支援の必要が生じた会社)という位置付けになる。



 FFG成長投資はアパレル事業のノウハウを持つコンサルティング会社と一体で、新・立花屋の全株式を保有する。社長には旧立花屋の幹部を抜擢したものの、取締役の過半数をFFG成長投資とコンサルティング会社から送り込んだ。つまり、新・立花屋の経営陣が旧・立花屋の債務を気にすることなく、新規出店など事業拡大を積極的に進められるような企業環境にしたのだ。

 併せて株主企業が新・立花屋のガバナンスに目を光らせることで、安定した経営を進めながら負債の解消に取り組めるようにした。金融機関が単に役員を送り込むのではなく、全株式を保有することで取締役会での議決権を行使できることで経営に直接携わることはないが、取締役会を通じてコントロールできる画期的な取り組みと言える。



 この7月には、とあるショッピングセンターに新規出店し、コンサルティング企業から得たノウハウを生かして新店舗の運営に踏み出した。負債解消につなげるにはさらなる収益のアップがカギになることから、積極的な出店政策も検討していくという。FFG成長投資は立花屋以外にも、洋菓子店の「C&G’s Atelier」、鉄道関連映像商品の「ビコム」、ホテル賃貸の「ニュー長崎ビルディング」を買収していて、今後も数社に投資する計画という。

 ふくおかFGが子会社を通じて積極的に企業経営に乗り出せるのは、2023年3月期の経常利益が地方銀行第1位という収益規模を誇るからだ。傘下には福岡銀行、熊本銀行、十八親和銀行などを擁し、2021年にはネット専業のみんなの銀行も開業し、フィンテックでも先行する。 今秋には福岡中央銀行が傘下入りする予定で、事業規模の拡大が続く見込みだ。

 2023年3月期は国際部門を中心とした資金運用収益の増加などにより、経常収益は前々期比18.1%増の3313億円に伸長するなど、グループ発足以来の最高額を更新した。潤沢な資金を持つからこそ、子会社を通じてそれを域内の企業に積極投資して経営に関与し、企業の再生、事業継続を目論むことが可能なのだ。

 もちろん、地域の金融機関が企業経営に関与できるのは、出資規制の緩和で事業再生会社への議決権100%の出資が可能となったことがある。ただ、資本と経営の分離という考えに立てば、会社の所有者である株主と経営者は分けなければならない。金融庁も「事業計画を策定する者は、銀行以外の第三者とする」「士業(弁護士等)の資格を持つ銀行員は含まず、地域経済の活性化のために地元企業に関わっている者あるいは地域の経済状況や地元企業等を理解している者などが望ましいと考える」と、留意点を示している。

 アパレル企業の再生では、ヨウジヤマモトの事例がある。同社が2009年に経営破綻したのは拡大路線に踏み出し、過剰とも言える投資を続けたこと。それにリーマンショックによる信用収縮が重なった。実質の経営陣が財務が切迫していることをオーナーである山本耀司氏にすら告げておらず、耀司氏は会見で「裸の王様状態」だったと語っている。

 幸いなことに投資ファンドのインテグラルが100%出資して事業を引き継ぐ形で、見事に再生することができた。同社が乗り出して以降、「Ground Y」「S’TTE 」「WILDSIDE YOHJI YAMAMOTO」といった新ブランドが登場し、今年は「Y’s for men」も復活。1月にはパリの「YOHJI YAMAMOTO」をリニューアルし、3月にはロンドンの店舗を移転。8月には台湾にYOHJI YAMAMOTOを2月の「GROUND Y」に続いてオープン。ニューヨークにも9月に新店が開業する。

 財務基盤が強化されて、海外でのコレクションはもちろん、国内外の店舗などにも積極投資できる。その効果はブランド力を向上させて販売環境が格段に整う。国内外の市場で稼いで、それを再び海外のコレクションや展示会に投資できるという好循環を生むのだ。

 アパレル業界の人間にとっては、「銀行員に服の何がわかるのか」との思いが強いだろうし、金融マンからすれば「アパレルの人間は数字に弱すぎる。だから借金を抱え込む」との反論もあると思う。改正銀行法はその辺を鑑みて、経営陣のバランスをうまく取るように促している。こうした変化をポジティブな動きと捉えたい。

 地域の金融機関も生き残りに必死だが、域内経済の低迷で地場企業への融資がなかなか進まないところもあるようだ。ただ、ブランドや匠の技、優れた商品はあるものの、負債があって事業承継が進まず、老舗や歴史ある地場企業が廃業していくのか。金融機関の手で見事に再生、事業継承を成し遂げるのか。

 地域経済を活性化するのは、何もアプリ開発など先端技術ばかりではない。既存の産業にアイデアを加えて新しいモデルに仕立て直す。それも立派な活性化になる。そこでは眠った資金を活用しインキュベートを図る。潤沢な資金力と目利きを持つ地方の金融機関がテリトリーを超えて地場の企業を再生していく。そんな時代になるのは間違いないようだ。

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お直しで世直し。

2023-08-09 07:43:54 | Weblog
 既成服の販売では少なからず「補正」や「お直し」が不可欠だ。最も簡単なのはパンツの裾上げ。続いてジャケットの脇詰めや袖丈上げ、パンツやスカートのウエスト出し&詰めだ。さらに難易度が増すものでは、ダブルジャケットの前身頃をシングルにしたり、ロングコートをチュニック丈にしたりがある。多分、今もそうだろうが、中小のショップから大手チェーン、有名セレクトショップは、補正を外部に委託しているのではないか。

 かつて街角にあった個店では、付き合いのある「補正のおばさん」に出すケースが多かった。と言っても、彼女たちは洋裁技術を持つベテランで、販売スタッフが補正伝票に書いた詳細な指示、お客さんの身勝手な要求にもきめ細かく対応してくれる人が多かった。最近は皆さんリタイアされたと思うし、内職をしている方も高齢化は否めない。



 今ではショッピングセンターにお直し専門店があり、複雑なものは別にして大抵のお直しは受けてくれる。東京の渋谷や原宿などアパレル系のショップが多いエリアではお直しニーズが多いせいか、路面の専門店も見かけるようになった。それだけ需要が多いから数さえこなせば、一等地にあっても十分に採算が取れるのだろう。



 有名セレクトショップは上顧客を相手にする場合、お直しについてもより念入りにより注意深く行なっている。スーツのパンツ一つをとっても、丈は数ミリ単位で裾の始末もモーニングカットなのか、ストレートカットなのか。シングル、ダブルとお客さんの様々な好みに対応しなければならない。お客からすれば、補正というよりも仮縫いの感覚で行ってくれているので、それを実際に加工するには熟練の技術者が求められる。



 大手百貨店もオーダーサロンを設ける店舗では、リフォームコーナーがある。対応は一般のお直し屋さんよりきめ細かく、顧客からお直しの要望をじっくり聞いた後に、お直し箇所の縫製仕様を確認して見積りを出してくれる。例えば、ドレスはタイトでもフレアでも、また、ヘムに装飾が施されていても、着丈詰めを受けてくれるし、スカートではヒップや裾幅の調整などきめ細かく対応してくれる。

 何も百貨店が特別とは思わないが、細かなニーズ、難易度の高い加工を受けるには、当然技術も必要だから、その分工賃も高くなる。要はお客さんが出来栄えと満足感を優先するのか、スピードや安さを求めるのか。お直しのニーズに合わせた対応が必要なのだ。

 ところで、店舗スタッフにお直しを習得させる動きが広がっているという。高度な加工は洋服の構造知識や技術が不可欠だが、まずは簡単な裾上げ程度からできるように研修を始めたところもあるようだ。販売スタッフがお客さんの試着に接する流れで、補正が必要と感じた時に自らお直しまで担当すれば、安心感を生んで顧客化される公算は高い。ショップとしても販売スキルに加えてお直しまでこなせることで、顧客の満足度を上げる狙いと見て取れる。



 ただ、一律に全スタッフにお直しの技術を身につけさせるのは容易ではない。手先の器用さや得意不得意があり、モチベーションの問題も生じる。だから、スタッフ側からの応募に任せているようだ。ゴールドウインは応募者2名を2ヶ月弱の間、富山のリペアセンターに派遣し、縫製や接着などの研修を受講させた。8月からはミシンやプレス機を置く恵比寿の直営店舗でリペアの要望を受け付けるという。

 裾上げなどの補正は、急に必要なフォーマルウェアの販売でも欠かせない。そのため、洋服の青山ではスピーディーな裾直しサービスを強化するため、販売現場でソーイングトレーナーの育成に注力。1000人の目標に対し800人以上が研修で技術を習得した。やはり、外部の委託業者が高齢化していることもあり、内製化に踏み切らざるを得なかったようである。

 青山では強化するオーダービジネスでも、前出のように接客でのお直しは高度な採寸技術を必要とするため、販売員のコンサルティング能力を高めることに繋がる。さらにお直し対応する店舗が拡大されると、スーツのEC販売でも安心感を生む。何より販売スタッフがスーツの構造に対して深い造詣をもつことは、青山にとっては企業価値を高めることになる。


直して着続けられる服は構造転換に寄与



 一方、衣料品を自社で修繕するサービスに乗り出すところが増えている。ユニクロは昨年10月、東京世田谷の店舗に修繕スペースを国内で初めて設けた。元々は、「あなたのユニクロを、楽しみながら長く着続けるために。」をスローガンにした「RE.UNIQLO STUDIO」を英国のロンドンで始めたことがきっかけだ。

 REPAIR/愛着のある服をいつまでも大切に着ていただくために、傷んだ箇所を丁寧に修理。REMAKE/お手持ちのユニクロを新しいアイテムに作り替えたり、自分好みにカスタマイズ。REUSE/もう着なくなった服を回収して、服を本当に必要とする地域の方々へ寄贈。RECYCLE/着られなくなった服を回収し、新しい服の原料やエネルギー源、資材として活用。これら4つが柱になっている。



 「小さな穴が空いただけで着られなくなってしまった服」「裾がほつれてしまった服」「ボタンがとれてそのまま着なくなった服」をお客が修繕スペースにに持ち込むと、修理、リメイク、リユース、リサイクルなど、活用の方法を提案してくれる。実施店舗は米国が5箇所、日本が3箇所、イギリス、シンガポール、台湾が2箇所、イタリア、スペイン、中国、ドイツ、マレーシアが1箇所。代金は500円からになる。



 もっとも、補正やお直しは、街の高級ブティックやラグジュアリーブランドではごく当たり前に行われている。デフレ禍の中では高価格帯の商品を長く着るというより、チープなカジュアルウエアを1年程度で着古すスタイルが定着した。ただ、着なくなった衣類が廃棄されることで、環境への負荷が問題となったのも事実だ。長期着用への回帰は、高級ブティックやラグジュリーブランドが行ってきた補正やお直しをクローズアップさせるのは間違いない。

 また、アパレル生産国の貧困や不平等、製造や使用に対する責任などを明確化し、持続可能な開発目標(SDGs)を設定することが世界的に叫ばれるようになった。さらに地球温暖化の原因と言われるCO2の排出を抑える上では、廃棄衣料を焼却処分しない取り組みが重要になっている。アパレル企業に対しても環境問題への責任が問われるようになり、衣料品を廃棄せずに長く着られるような工夫が求められているのだ。

 数々のラグジュアリーブランドがひしめく欧州では、廃棄衣料品が環境に負荷をかける問題に敏感で、官民あげて積極的に取り組み始めている。EU(欧州連合)は昨年、「加盟国の域内で販売される「衣料品など繊維製品について、修繕にたえられるような仕様デザインを施し、長く着られるための耐久性を設ける」ことなどを提案した。これにアパレルメーカー側がどこまで従うかは不透明だが、それでも一歩前に踏み出したのは確かだ。

 高級ブランドからチープなカジュアルまで数多くの衣料品を販売するフランスは昨年、アパレル関連の企業に対して「売れ残った衣料品の廃棄を禁止する法律を施行し、違反したものには罰金を課す」とした。これは世界でも画期的なことで、やはりモード先進国としてプライドと誇りがそうさせるのかもしれない。

 ファストファッションのH&Mが本拠を構えるスウェーデンでも、2024年1月から衣料品の生産者が生産した製品が使用され廃棄された後においても、その製品の適切なリユース・リサイクルや処分に一定の責任(物理的又は財政的責任)を負う拡大生産者責任法(EPR:Extended Producer Responsibility)」が施行される予定だ。

 メルカリなどの浸透で中古衣料のリユースはすっかり定着し、マーケットが出来上がっている。衣料品の廃棄を止め、できる限り長く着ようという流れは、ますます広がっていくのではないか。別にマス市場にならなくても、価値観が変わり利用する人が増えて定着していけばいいだけ。お直しもその一つで、長く着るきっかけになって廃棄が減るのはいいことだ。

 それ以上に販売するしか無かったスタッフがお直しというノウハウを身につけることは、服の構造をより深く知ることに繋がる。若者が自らお直し技術の習得に手をあげているのも、販売員のままで終わりたくない、何か技術を身につけることで自分をアップデートしたいという意識変化の表れだと思う。また、上質な衣料品を長くきるようになれば、安さ偏重で収益が悪化していた業界慣行を改める契機になるかもしれない。そうした人材は業界にとっても頼もしい限りだろう。販売員修行の一つにしても、新しい景色が見えてくるに違いない。たかが裾上げ、されどお直しなのである。

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立ち上がれデパートマン。

2023-08-02 06:36:40 | Weblog
 落とし所が見えず、混沌としていたそごう・西武百貨店の売却問題が7月19日、大きく動き出した。昨年11月、両百貨店の売却先に決まった米ファンドのフォートレス・インベストメント・グループと提携し、百貨店への進出を狙うヨドバシホールディングス(HD)。同社は西武池袋本店1階主要部分など、低層部への出店を一部断念する方向という。

 さらに7月21日には、セブン&アイHD、ヨドバシHD、フォートレス・インベストメント・グループ、西武ホールディングス、東京都豊島区などの首脳らが一堂に会し、協議が開かれた。会合ではヨドバシHDが一部断念した内容を盛り込んだ改装案について話し合われ、9月1日に約2100億円でフォートレスに売却する方向で最終調整に入った。ただ、そごう・西武側から慎重な意見が出たほか、他の参加者からは反対意見も出ている。

 一方、7月25日にはそごう・西武労働組合が従業員の雇用維持を求めて全組合員に実施したスト権確立の投票結果が発表された。投票総数3833票のうち賛成が93・9%の3600票、反対が3・9%の153票で、スト権は確立した。労組は今後、ストに踏み切る基準や実施時期などは顧客や取引先に配慮し慎重に判断するとし、セブン&アイHDに対してもそごう・西武売却後の事業計画や雇用継続について情報開示、事前協議や団体交渉を求めていくとした。

 これまでセブン&アイHD側は直接の雇用主ではないことを理由に、労組との団体交渉には応じていなかった。今回、スト権が確立したことを受け、労組とは丁寧な対話を進めて可能な限り早期の合意形成を目指すとした。しかし、そごう・西武百貨店のOBが売却差し止めを求めたり、売却価格が低いとして取締役に損害賠償を求める裁判が進行中だ。そのため、両百貨店の売却後に事業計画がスムーズに運ぶかは、予断を許さない。




 では、百貨店事業の落とし所はどうなるのだろうか。7月21日の会合ではヨドバシHD側が「西武池袋の1階と地下1階への出店を一部断念する」という改装案に対し、協議は物別れに終わった。それはそうだろう。この条件では2階から上にはヨドバシカメラが入居することを意味し、とても百貨店イメージが保てるとは言えず、西武HDや豊島区も納得できる内容ではないからだ。

 西武池袋本店のフロアは、1階にルイ・ヴィトンやエルメス、プレステージ雑貨、化粧品、2階にルイ・ヴィトンやティファニー、プレステージ雑貨、化粧品、アート雑貨、3階に婦人服、婦人雑貨、4階に婦人服、プレステージブティックで、これらは百貨店にとっては最も売上げを稼げる商材だ。5階より上には紳士服、子供服、インテリア、ギフトサロン、催事場、レストラン、美容関連、メガネサロン、ペットなどが品揃えされ、雑貨業態のロフトが出店する。

 セブン&アイHDと子会社のそごう・西武は、8月1日付で両百貨店のトップに田口広人取締役常務執行役員を抜擢した。田口新社長が果たしてどちら側の利益を重視するのかである。西武池袋本店としては百貨店イメージを保持しつつ、一番の稼ぎ頭であるラグジュアリーブランドやレディスアパレルや雑貨、化粧品、デパ地下のフロアは是が非でも死守したいはずだ。

 だから、少なくとも地下1階から地上4階までは百貨店オンリーのフロアとして残す条件でしか、西武HDや豊島区、組合側は譲歩しないのではないか。逆に5階以上にある商材やサービスはヨドバシカメラと共存したり、池袋パルコなどのSCに分散・移転することもできる。そうした条件でセブン&アイHD側がヨドバシHDと折り合えるかである。

 ヨドバシカメラのオタク的な商材を求めるお客からすれば、何も百貨店の低層階に売場がある必要はない。一般の家電はAmazonなどネット事業者、ビックカメラやヤマダ電機との競合も熾烈で、西武池袋本店に出店したからといって競争優位にはならないだろう。ただ、一つ言えるのはヨドバシカメラはネット通販を充実させているので、その受け取り拠点を池袋本店の「地階」などに設けるのは利点と言える。



 欧米の百貨店で開設されている「Buy Online Pick-up In Store/BOPIS」だ。このBOPISが地下1階の一角にあれば、注文客も受け取りに行きやすい。ニューヨークの百貨店にはネットで注文した商品の受け取り拠点があり、返品も行える。ヨドバシカメラ側も受け取り拠点のみは地階などに出店できるくらいの条件でない限り、改装案が解決する道筋は見えないと思われる。

 西武池袋本店の問題が解決を見出せても、一件落着とはいかない。ヨドバシカメラが池袋本店の中・高層階に出店することになれば、西武渋谷店、そごう横浜店でも同じような条件で進むと思われる。逆にヨドバシカメラが2階から主要フロアを押さえてしまうと、両店もそうなるだろう。ただ、西武秋田店、西武福井店、そごう広島店、そごう大宮店といった地方店をどうするかの問題は残ったままだ。


ストライキという伝家の宝刀を抜くのは今しかない

 ヨドバシカメラはそごう・西武の地方店については、具体的な計画を発表していない。セブン&アイHDが売却を進められなかったのも、地方店をどうするか納得いくスキームがヨドバシ側から提案されなかったことがあるからだと思う。さらにそごう・西武労組としては組合従業員の雇用について「維持」「継続」といった条件が引き出せなければ、スト権の行使を止める判断はしないだろう。

 仮にヨドバシカメラが「都心店、地方店を全て引き継ぐ代わりに、家電店とテナントでリニューアルし、社員はそのどちらかで再雇用、他の従業員についても雇用先を斡旋する」という条件を出した場合、労組側は折り合うかである。従業員といっても管理部門の社員、自主編集売場の社員、本社から出向した地方店の社員、地方店が直雇用した社員、メーカーの派遣社員やテナントのスタッフなどで、立場は異なる。



 そもそも論として、ヨドバシカメラが両百貨店を引き継いで2階から上に出店するとなると、全組合員の雇用が継続されるほどの売場が維持されるとは思えない。地方店は百貨店ではなくなって家電店とテナントで運営されるだろうから、直雇用の社員などは百貨店からリストラされて行き場がなくなる。つまり、従業員全員が百貨店という業態で雇用を維持されることなどあり得ないのだ。

 日本には「企業は社会の公器」という価値観がある。それはお客、従業員、取引先、地域社会といった企業を取り巻く全ての利害関係者と良好な関係を築き、成長していく考え方だ。一方、バリューアクトのような米国ファンドは、「株主資本主義」の価値観で株主価値を最重要視する。だから、企業が収益を上げられず、株主に配当できないのであれば、経営陣の退陣や取締役の入れ替えなどを要求する。

 一方、そごう・西武の労組はスト権を確立したが、実際に踏み切るかについては慎重だ。争議権は日本国憲法で労働者に認められている権利である。米国の労働組合なら有無をいわせずストを実施するはずだ。伝家の宝刀は抜きそうで抜かないところに価値があるというが、じゃあいつ抜くのか。今がその時ではないのか。吝かなところはいかにも日本らしいが、解雇されてからでは遅いのだ。

 こうした価値観が衝突する中、セブン&アイHDは5月の株主総会で、バリューアクトが提案した井坂隆一社長の退陣要求を株主の反対多数で否決し、HDが提案した全15人の取締役選任案は賛成多数で可決させた。事前の予想では井坂社長の立場はぐらつくと言われたが、解任を見事に切り抜け、取締役15人も選任された。この結果をどう見るか。井阪社長らの選任に賛成票を投じた日本の金融機関や証券会社、取引先企業、そして個人投資家の多くは、井坂体制のセブン&アイに全幅の信頼とは言えないまでも、猶予は与えたのだ。

 だが、セブン&アイHDはそごう・西武の再建ができなかったから売却に走ったわけだし、そごう・西武の経営陣とて無策ぶりについては大差はない。要は再建できる人材がいないから、投資ファンドにでも売ってしまえばいいと考えたわけだ。確かにそごう・西武のような百貨店が中間層の消費者に対し、夢を煽る時代は終わった。ただ、百貨店事業が収益性が低くて先がないと言うなら、それに変わるものを考えるのが経営陣の使命ではないのか。



 ここに来て百貨店系アパレルの業績が回復している。各社は実店舗を大量閉鎖する一方、ネット通販に舵を切る構造改革を進めたが、業績に現れるまでには数年の時間を要した。コロナ禍が落ち着き、外出規制が緩和されてお客が実店舗に戻るようになり、ネット注文した商品を実店舗に取り寄せ、試着できる仕組みがようやく業績に貢献し始めたのだ。店舗で実物を見たり試着したりすれば、買う気が起こる。これも人間の心理だ。それにしても、百貨店系アパレルの脱百貨店は大命題というから、全く皮肉な話である。

 ただ、アパレルは実店舗があるからこそネットでも売れるわけで、賢いお客はその両方をうまく使い分けている。さらに欲しい商品が海外のサイトにあれば、注文代行を頼んでまで取り寄せるお客はいくらでもいる。それは全国津々浦々で同じだろう。この辺に脱百貨店のヒントが隠れているのかもしれない。そうした消費構造の変化をうまく取り入れた新しいビジネスモデルが求められているのだ。

 もちろん、従業員の雇用問題は残ったままだ。労組がスト権行使をチラつかせることで首がつながった社員が出てくるなら、何らかの行動を示すべきではないだろうか。また、田口新社長が自ら立ち上がって店舗や立地を活用した新ビジネスやスタートアップに挑戦するくらいの気概を見せて欲しい。今回の問題では「雇用してもらう」だけでは先に進まないことがハッキリした。その中で、当事者は経営陣、従業員の双方にとってベターな方法を考えなくてはならない。百貨店終焉という夢の後にあるのは過酷な現実なのだ。残された時間は少ない。
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