HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

高リスク、底リターン。

2022-07-27 06:27:20 | Weblog
 新型コロナウィルスが再び、感染を拡大させている。先週末の7月23日に全国で確認された感染者は20万975人。4日連続で過去最多となり、1日の感染者数が初めてが20万人を上回った。16日の11万662人から1週間で9万人以上増えたことになる。

 数字上では、第7波に突入したと言えなくもないが、政府は「行動制限の必要は、今のところない」という。反面、職場や学校では制限をより強化するところもある。だからと言って、感染が一時的に減少しても再び制限を緩和すれば、感染者数はまた増えていく。今のところ特効薬は無いわけで、無症状者や濃厚接触者は3日程度自宅で様子を見ながら、重症者や基礎疾患のある人から順に入院できるよう医療現場との連携、病床確保をしていくしかない。

 一方で、学校が夏休みに入り、イベントも目白押しだ。最近は「フェス」という呼称で、音楽系のコンサートが多くの集客を果たしている。政府が経済を回すために人々の自由行動にお墨付きを与えている以上、開催の是非や内容変更はイベント事業者に一任されていると言える。感染状況を見て、「やるか」「やらないか」、「ソーシャルディスタンスか」「入場制限か」。事業者側が自主規制、自己判断して良いということだろう。



 自治体が共催するイベントはどうか。筆者が住む福岡では、参加者が多く密になりやすい「福岡シティマラソン」が11月13日に開催される。現状では緊急事態宣言が発出されておらず、移動制限や外出自粛の規制がなく、中止が要請されていない。また、開催エリアではコロナ感染症に対する医療対応、緊急時の後方支援病院が確保できている。運営に不可欠な人員の確保など安全に大会を開催できる十分な体制が整えられている等などから開催が決定した。

 感染防止対策はより念入りだ。大会に関わる全ての人に対し、マスク着用(レース中のランナーを除く)、手指消毒や大会前後の健康管理を徹底(大会前1週間の体調管理チェックシートの提出・大会後2週間の体調管理)。また、体調不良、新型コロナウイルス感染症の陽性者・濃厚接触者となった場合は参加しないとなっている。

 さらに使用マスク等のゴミの持ち帰りの徹底、確認アプリ(COCOA)の利用やワクチン接種の推奨がある。エントリー関連の検温実施、消毒液、飛沫防止シートの設置。飲食スペースのカット。スタートの整列ブロックを広げ、可能な限り間隔を確保するなどの徹底ぶりだ。

 この他にも給水給食は手渡しせず机上で渡す。給水給食所、仮設トイレなどに消毒液を設置。ボランティアスタッフには従事する業務によりフェイスシールド、使い捨て手袋等を着用等など。屋外イベントだからと気を抜かず、感染防止対策には万全を期す狙いが窺える。

 と言うのもコロナウイルスの感染経路は、①空中に浮遊するウイルスを含むエアロゾルを吸い込む。②ウイルスを含む飛沫が口、鼻、目などの粘膜に付着する。③ウイルスを含む飛沫を直接触ったか、ウイルスが付着したものの表面を触った手指で粘膜を触る、だからだ。つまり、ウイルスを含む気体や飛沫が一番の感染源だから、それらを吸わないことや粘膜を含めて人体を触れさせないことが一番の防止対策ということになる。

 それらがどこまで感染防止に効くかは置いといて、屋内イベントでは(屋外に比べて)エアロゾルが拡散せずに浮遊し、飛沫が希釈されにくいと考えられる。感染リスクは屋外よりも高くなるということだ。もちろん、防止対策を万全に行っていれば、ある程度は感染を抑えられるかもしれないが、こればかりはゼロとは言い切れない。

 ファッション業界では国内外のコレクションが再開された。どのショーも、モデルが歩くランウェイと観客の距離は従来より取られているように見えるが、海外ではマスクをした観客はほとんどいない。もっとも、観客の中にいるバイヤーやメディア関係者は衣装を纏ったモデルを見て、「ワ〜」「キャ〜」と歓声を上げることはない。クリエーションは最高だと感じれば喝采するだけだから、エアロゾルや飛沫がそれほど飛ぶことはないと、主催者側は想定しているのだろう。


地方自治体はガールズコレクション開催に舵



 気になるのが、フェスの性格が強いガールズコレクションの動向だ。東京ガールズコレクション(TGC)は今年3月、第34回マイナビTOKYO GIRLS COLLECTIONとして国立代々木第一体育館で開催された。昨年はオンライン開催だったため、2年ぶりにリアルステージが復活したことになる。9月3日には第35回TGCがさいたまスーパーアリーナで開催され、すでにアリーナ席のチケットは完売となっている。



 福岡でもRKB毎日放送をメディアパートナーとする「TGC teen 2022」が5月8日にZepp Fukuokaで開催された。タイトルにteenと付くだけに10代向けのイベントで、会場も1階、2階、スタンディングを加えて1600席程度。小規模なイベントながらも、地方開催が動き出したのは間違いない。

 TGC KITAKYUSHU 2022は、11月19日に北九州市の西日本総合展示場新館で開催される。こちらも2年連続で延期となったため、3年ぶりの開催となる。このほど行われたプレスプレビューには、人気モデルの新川優愛が駆けつけるなど、主催者側はコロナ禍初の地方開催でも従来と変わらないスタンス、TGC独自の感染防止対策で臨む。

 記者発表には北橋健治北九州市長、服部誠太郎福岡県知事も同席するなど、過去の開催同様に地元自治体が全面支援する構えを見せた。北橋市長が「全国から北九州にお越しくださる全ての方が、安全で楽しいひと時を過ごしていただけるよう、関係者の皆様と共に力を合わせ最大限のおもてなしに努力をしたいと思っております」(TGC HPより)、と語ったところを見ると、地元への経済波及効果を念頭に開催に踏み切ったと考えられる。



 北九州市と連携し、2019年にTGCを初開催した熊本市はどうか。第2回となる20年4月の「TGC KUMAMOTO 2020」は延期となった。北九州市がこれまで通りの秋開催を一足先に決定したため、熊本市でも水面下で来春開催に向けた調整が行われているはずだ。過去の記者発表は18年8月17日に中条あやみ、19年8月26日に三吉彩花がそれぞれ来熊して行われた。そう考えると、8月中には第2回目の開催か否かが発表されると思われる。

 もちろん、課題はある。感染が爆発的に拡大している中では、関係者が感染しないとは言い切れない。まず出演するタレントやモデルが開催直前に感染するケースだ。そうなると、ドタキャンもあるだろうが、タレントの頭数は揃っているし、チケットが売れている限り中止はあり得ない。次にヘアメイクやフィッター、音響照明などのスタッフが感染しても、替えはいくらでもきく。タレントらが開催地で感染し帰京後に発症した場合でも、芸能事務所側が出演を許諾した以上、実行委員会や自治体、イベント事業者に責任を追求するは難しい。

 観客が感染するケースはどうか。例えば、ウイルスのキャリアが事前検査をすり抜け、ランウエイを歩くタレントを見てワ〜、キャ〜と絶叫すれば、たとえフェイスシールドを着用したとしても、飛沫によって周囲の観客が感染する可能性は高まる。イベント終了後に5人以上の感染者が出て、それが同じコレクションの観客だったとわかれば、クラスターと判断される。だが、政府は行動制限をしないと言っているし、関係者も万全の感染防止対策を施しているのであればルール上では不可抗力だが、感染拡大の中で開催した道義的責任はあるだろう。

 イベント終了後には、お決まりの経済波及効果が発表されるはずだ。ガールズコレクションに共催する地方自治体とすれば、波及効果の数値を上げるためにも来場客が一人でも多いに越したことはない。だが、そうすれば感染拡大のリスクは高まる。自治体としてジレンマがあると思うが、首長はコロナ感染者数と経済効果を両天秤にかけ、後者が勝ればイベント開催は間違いではない=税金の拠出は正しいというロジックに持っていくのではないか。

 ただ、熊本市が発表したTGC KUMAMOTO 2019の経済効果は、目標の約5億円に届かず4億6500万円止まりだった。コロナ禍ではない平時だったにも関わらず、目標を下回ったわけだ。これに対し、市は「来場者の85%が県内からで交通費や宿泊費などがやや抑えられた」と分析したが、そもそも経済効果の数値自体がかなり盛った部分がある。ファッションイベントと銘打ちながら、地元アパレル事業者に対する売上げ効果はほとんど期待できない。

 少なくとも今後も感染拡大が収束しないのであれば、来場者は心情的にイベントのみに参加し、さっと帰宅する可能性が高い。そうなると、県下で消費される飲食代や宿泊費、交通費などは低下する。コロナ禍におけるTGCの地方開催は感染拡大リスクを高める一方、地元に落ちるカネは少ないとの烙印を押されるとも限らない。そんな経済効果の低い事業に税金を拠出すること対し、市議会の決算報告では異論が出るのではないか。

 北九州市は来年2月に任期満了に伴う市長選挙がある。TGC北九州で仮にクラスターが発生したところで、北橋市長のポストが揺らぐことはないだろう。熊本市は11月13日が市長選の投票日だが、大西一史熊本市長はまだ立候補の態度を表明していない。TGC熊本は開催しても来年の4月だろうから、選挙情勢には影響ない。両首長ともコロナ禍でのイベント開催のリスクと市政運営への影響については、十分に想定の範囲内ではないか。

 今のところは感染が拡大しても、経済を回していくために様々なイベントが中止になる可能性は低い。イベント事業者、自治体、芸能界は開催ありきで進んでいるが、屋内イベントでクラスターが起こらないように一番願っているのは、病床逼迫を心配する医療関係者だと思う。まさにハイリスクで、ローリターンな客寄せイベント。その是非、自治体支援のあり方が問われそうだ。
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削ぎ落として新しく。

2022-07-20 06:50:57 | Weblog
 7月に入ると、2022〜23年秋冬アイテムのメディア露出が始まる。ただ、メンズはレディスのような変化がないため、「今年はこれを着てみたい」というものになかなか巡り会えない。ベーシックなアイテムを今風に焼き直す企画があってもいいと思うが、そこまでにチャレンジするようなブランドもデザイナーも少ない気がする。

 デザインはそのままで素材だけでもオリジナリティのあるものに変えるとか、ディテールを少しいじってモダンに仕上げるとかでも十分お洒落になると思うんだけど。そんなことを考えていると、繊研PLUSがこの冬の注目の東京ブランドをピックアップし、絶妙なデザインバランスを評価していた。https://senken.co.jp/posts/tokyobrand-220713



 まさにこんなデザインがメンズにもあったらと思うものだ。まず一つ目は、サイの「ベルテッドジャケット」。ブランドのベーシックライン「サイベーシック」で長く支持されているモーターサイクルコートの進化版という。生地にメルトンを使い、肩回りを動かしやすくしたラグランスリーブ。ミリタリーディテールのフラップポケットを斜めに付けるなどで今風にアレンジしている。




 「ベルテッドジャケット」「モーターサイクル」「メルトン」「ラグランスリーブ」「ミリタリー」と、企画に加えられた各条件はメンズアイテムが多用するものだ。特にベルテッドジャケットやモーターサイクルコートは、80年代にはよく目にした。男性は肩幅が広いため、トップのシルエットはどうしてもすとんとした落ち感が出てしまう。そこに変化をつけるのがベルトだ。ウエストを絞るとバストラインが強調される。

 モーターサイクルコートでは風を内部にこもらせず、身体の冷えを抑える役目もあるが、肩幅の狭いレディスでは、ウエストマークもソフトでいい。その方がラインが綺麗になる。ベルトをループに通したまま背中側でバックルに通せば、ダーツが入るし粋な着こなしになる。ジャケットにベルトを付けるだけなのに、着こなしのバリエーションが出せるユーティリティなアイテムと言える。



 二つ目は、ザ・リラクス。ピークドラペルのダブルジャケットをベースに張りのある生地でショート丈のコートに仕立てた。レディスのため、肩幅は広くない。だからあえて袖付けの位置を落としてダウンショルダーに。それが短めの丈と相まって緩やかなアンプルラインを形作り、モダンな印象を生み出している。

 身幅のあるメンズジャケットの肩パッドを外して、女性用の人体に着せバストやウエストのライン、着丈をピンを打って調整してレディス向けに。まさに逆転の発想で仕立てたように見えなくもない。もちろん、野暮ったくならないようにボリュームの取り方や流れるような美しいシルエットは、女性デザイナーならではの感性だ。メンズなら多少陳腐化したトラディショナルなアイテムでも、女性向けにアプローチを変えれば、こうも垢抜けてくるということだ。



 そして、三つ目はラシュモン。アイビールックのアイテムを女性向けにアレンジしている。定番とも言える縄編みのチルデンセーターをボタン止めでロング丈のカーディガンに変えた。チルデンセーターではVネックと裾にラインが入っている。それをこのカーディガンでは左右身頃の縁と裾、袖口、ポケット上部に施し、コンサバなテイストを拭いながら個性を際立たせている。

 合わせるのがパンツやスカートなら、ロング丈が主張し過ぎてバランスが崩れてしまう。しかし、インナーにロービングツイードのにマキシ丈ドレスを合わせることで、エレガンスな印象を引き出している。女性ならではの着こなしを楽しんでほしいとのブランド側の意図がうかがえる。


メンズにも欲しいディテール変化

 振り返ると、筆者が過去に購入してきた海外メーカーのアイテムも、ベーシックなもののディテールを削ぎ落とすことで、現代風のテイストに仕上げたものが少なくない。例えば、メンズの定番でもある「ピーコート」は、パイピングした縦型の「マフポケット」が基本仕様になっている。英国海軍の艦上用コートがルーツのため、寒さから手を温めるハンドウォーマーの役割でもあったからだ。



 フランスのメーカーが企画したピーコートは、ポケットをジップ仕様にしていた。フラップなしの縦ポケットではカギやウォレットを入れると、落としてしまいそうな不安がある。ジップならその心配がなく、ファッション的にもモダンな印象になる。オリジナルデザインや仕様にこだわる日本ブランドにはないテイスト。購入して15年以上にになるが、今でも寒さが厳しい日には必ず着るお気に入りのコートだ。



 トラディショナルなカーディガンは、メンズでも縄編みなどで前ボタン、襟なしと仕様が決まっているが、どれかを変えることで印象がずいぶん変わってくる。カーディガンの前合わせをジップ仕様にしたものもそうだ。ジップの上げ下げを調整してインナーを見せる着方もできるし、フルアップすればタートルネックになって首元を冷気から守れる。

 お気に入りを一つ購入すれば、そればかりを着てしまうので、ついつい同じ仕様のものに手が出てしまう。秋冬だけではく、梅春から初夏に着るブライトカラーや生地にカットソーを使ったものなど、いつの間にかジップ仕様ばかりになってしまった。ただ、モダンなテイストでなかったら、リピートすることもなかったと思う。



 テーラージャケットはデザインがほぼ決まっており、そのまま着るだけではそれほど変わり映えはしない。だが、ヘムの縫い代に異素材を加えることでずいぶん印象が変わる。ノッチラペルやフラップポケットは当たり前だが、始末を単なる縫い合わせにするだけでなく、レザーを挟むことで光のラインが出てシャープに見えてくる。ちょっとした工夫で陳腐化したアイテムをまったく違ったものにしてくれるのだ。



 そして、数年前にネットで見つけて迷った挙句に購入したのが、前身頃のみ左右をダウンベスト仕様にしたニットジャケット。ダウンベストはアウトドアブランドでは定番だし、ユニクロはじめSPAも数多くの企画を打ち出している。薄手にしてインナーに着られるようにしたり、そのままジャケットに縫い付けたものまで登場した。2018年秋冬ではヨウジヤマモトですら、オイルコーティングした厚手のコットンジャケットにダウンベストをセットしたものを企画していた。

 ダウン系のアイテムは外地に光沢のあるポリエステルを使っているため、素材的にあまり好みではない。薄手のベストにしてもウールのジャケットに下に着ると、静電気が気になってしまう。この両方の課題に応えてくれたのが前身頃のみをダウンベスト仕様(おそらくボンディング)にしたニットジャケットだ。しかも、ダウンの外地にはマットカラーのコットンを使用しているため、光沢も静電気も気にならない。 

 これらのアイテムを見ると、何もゼロから全く新しいものを企画したわけではない。一つのディテール、一つの部位について、仕様や処理を変えたり、異素材に置き換えることで、違った印象を生み出したものだ。元はベーシックで少し野暮ったく感じるアイテムでも、一つ手を加えることでモダンでエッジが効いたものに変貌する。

 デザインもアイテムも豊富なレディスでは、ゼロから全て作り替えるには、相当の時間とエネルギーを要する。でも、それが必ずしもお客にを惹きつけて、大々的に売れるとは限らない。だったら、既存のベーシックアイテムでディテールをいじくったり、削ぎ落とす方が半歩先の感覚でお客に受け入れてもらえる可能性は高い。こうした企画発想もクリエイティビティの一つではないか。

 メンズもレディスの企画からインスパイアされていいのではないか。両方を持つブランドなら、一旦レディスに採用してそれから足し算、引き算の手法でメンズのデザインを仕上げる方法もありかと思う。それがメンズオンリーのブランドではなかなか見られないのは残念だ。
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器よりヒトとコト。

2022-07-13 06:30:14 | Weblog
 百貨店のそごう・西武の売却問題が決着に向かうのか。日経新聞によると、米国の投資ファンド「フォートレス・インベストメント・グループ」が優先交渉権を得たという。また、同グループはヨドバシホールディングスと連携に向けた協議を進めていると、も報じている。

 売却の1次入札に参加したのは、外資系投資銀行のゴールドマン・サックスなど10社以上。その中で、米国のブラックストーン・グループ、ローンスター、フォートレスと、シンガポール政府投資公社GICの4社が残り、2次入札にはブラックストーンを除く3社が進んだ。

 別の報道によると、そごう・西武の親会社セブン&アイホールディングスがフォートレスに優先交渉権を与えたのは、「同社がそごう・西武の前身であるミレニアム・リテイリングを子会社化するために投資した額の2000億円を上回る3000億円を超える額をフォートレスは提示した」のが理由とか。

 これが事実なら、セブン&アイの経営陣が赤字体質のそごう・西武を完全に見捨てたようなもの。だから、できる限り高い額を提示したところに売りたいのが本音なのだろう。ただ、両百貨店だけで1500億円もの有利子負債を抱えているのだから、ファンドが再建に乗り出したとしても、借金を短期でチャラにできるかだ。



 それだけではない。都心部に立地する西武池袋店、西武渋谷店、そごう横浜店は何とか採算ベースに乗せることができても、地方店は百貨店市場の縮小、顧客の高齢化から再建は不可能に近く、立地によって閉店は止むなしだ。フォートレス側が地方店についてどんな再建策を盛り込んだのかはわからないが、ヨドバシホールディングスと協議を進めていることを前提にすれば、家電量販店をリーシングしてスペースを埋める狙いなのか。



 従業員の雇用はどうするのだろう。閉店する地方店では、ある程度のリストラは避けられない。これには地元の雇用維持に敏感な地方自治体は黙っていない。セブン&アイの経営陣がそれを分かっているはず。それでも、フォートレスに優先権を与えようというのは、「後はよろしく」との腹づもりからか。まあ、ドライな米国ファンドならうまく折り合いをつけてくれるだろうという思惑もあるだろう。

 しかし、ファートレスにとっては仮に買収できたにしても、再建の道筋は容易ではない。集客力のある都市部立地に複数フロア。そして膨大な顧客データ。百貨店が持つそれらの資源を生かせば、ヨドバシカメラをテナントとして誘致して売上げを積めれば、十分に元は取れるとの目算か。また、存続の可能性がある地方店にも同店をテナントで入れることで、郊外系の家電量販他社との競争で優位に立てるとの見通しなのか。それではあまりに安易すぎる。

 ヨドバシカメラはお客のライフスタイルに合わせ、家電以外の商材も拡充している。例えば、秋葉原の「マルチメディアAkiba」では、プラモデルや接着剤、塗料などを揃えている。商品内容もキャラクター物のガンプラから飛行機や戦車などと幅広い。これらはジャンルごとに分かれて売場の中央に陳列され、それを囲むようにして周辺商材が並ぶ。

 いわゆる、秋葉系オタク向けだ。マニアからすれば、これらもECで簡単に手に入るようになったが、お客は実物のジオラマなどを見れば、購入・制作意欲をそそられる。やはりアクセスしやすい都市部に実店舗が必要なのだ。こうした商材の他、アニメやアイドル、漫画やゲーム、音楽などを一つのライフスタイルと捉え、フロアごとにコンセプトをしっかり固めてフォーマットを築ければ、都心百貨店のフロアを埋めることはできなくない。

 ただ、百貨店の名前を残すなら、イメージを崩さないためにある種の猥雑感を払拭することも必要だ。一方で、あまりに売場が洗練されずぎると、オタク系のお客にとっては敷居が高くなる。リニューアル前の渋谷パルコパート1でも上層階に「ミニカー専門店」などマニア向け店舗がリーシングされていたが、フロアを変えたにしても他のアパレルや雑貨との整合性が図れなかった。その辺のバランスは非常に難しいところだ。



 次のライフスタイル提案の本命とすれば、巨大仮想空間の「メタバース」だろうか。関連商材やサービスを含めた市場は限りなく広い。メタバースなら家電を扱うヨドバシカメラとの親和性もいい。だが、フォートレスがヨドバシカメラをメーンテナントにした場合、実際にそごう・西武の売上げや企業価値をアップできるか、である。


3000億円以上の企業価値を生み出せるか

 あくまで一般論だが、企業買収を行う場合には必ず「企業価値」が算定される。これには「有形資産」と「無形資産」がある。まず有形資産は株式、商品、店舗、車両、機械、備品が当たる。無形資産はノウハウ、人材、商品開発、データ、ネットワーク、ブランドだ。

 これをそごう・西武に当てはめるとどうか。有形資産では株式はともかく、商品はほとんどが消化仕入れや委託販売のため、資産には当たるのは一部のPBくらいか。店舗は池袋店は西武鉄道の物件、渋谷店は複数の地権者がいて、横浜店は横浜新都心センターほか1社の所有。地方店もほぼ賃貸物件だから、資産には当たらない。車両やパソコン、レジはあってもリースだろうし、マネキンや棚などの備品もレンタルになる。

 無形資産は百貨店経営のノウハウ、商品開発力は、売上げ不振を考えれば高い換価価値があるとは思えない。人材と言っても、販売スタッフはメーカーの派遣社員が大半で、ヒットアイテムを連発するカリスマバイヤーも望み薄。価値があるとすれば、外商やデータ管理のスタッフくらいか。ネットワークは仕入れ網があるが、高島屋や三越、伊勢丹に比べると、2番店のそごう・西武ではパイプは細りつつある。あとは暖簾というブランドしかない。

 これだけの企業価値にフォートレスは3000億円以上を出すのだ。おまけに有利子負債が1500億円もあると言われている。短期で再建を果たし、少なくとも5000億円程度の企業価値を生み出さなければ、投資家らは満足しないだろう。そのためには、ヨドバシカメラがどんな店作りを行い、どれほど高い収益を稼ぐかにかかってくる。

 前出のような新しいライフスタイルとして、巨大仮想空間「メタバース」がある。米オンラインゲーム「Roblox」が提供する仮想空間には、1日約5000万人が訪れるという。世界中から数千万から数億人のユーザーが参加するゲームとすれば、関連商材やサービスまで含める市場規模は計り知れない。娯楽だけのジャンルに止まらず、生活に浸透する予感は大だ。




 スポーツメーカーのナイキはこのRobloxで、ナイキのバーチャル・テーマパークともいえる「NIKELAND」を開設している。ユーザーは鬼ごっこやドッジボールといったゲームを楽しめるほか、Robloxのアバターで着用可能なナイキとのコラボ製品などを購入できる。つまり、新しいライフスタイルとは「物を購入して生活する」のではなく、仮想空間の中で自分がどんな行動を取るか。そんな生活スタイルが現実のものとなりつつあるのだ。

 カナダのコンサル会社Emergen Researchは、世界のメタバース市場は2028年には約8300億ドル(約100兆円)に達すると予測する。このようにメタバース関連市場は将来の成長余地が大きいとして、様々な企業がメタバース関連事業の取り組みを強化。特にゲーム企業では、メタバースへの投資や事業化を明らかにするところも増えている。

 例えば、グリーは2021年8月、メタバース事業に参入し、今後2~3年で100億円規模の投資を行うと発表。また、機動戦士ガンダムなど知的財産権(IP)を持つバンダイナムコホールディングスは今年2月、IPごとに仮想空間を作りファンとつながる新しい仕組み「IPメタバース」計画を発表した。

 ほかにもファッションや旅行、音楽、営業イベントなど様々な分野でメタバース市場に参入する企業が相次いでいる。各銘柄に投資家が熱い視線を投げかけるのも当然だろうが、正直、まだまだピンとこない。こうした急激な環境変化を考えると、ヨドバシカメラが従来のように家電量販店として百貨店に進出し、ゲーム関連の商材を販売するだけでは、投資家の期待に応えることはできないと思う。

 百貨店という器にどんな「コト」を落とし込み、これまでにないライフスタイルを提案できるか。そのプロデュースを誰が行うのか。仮にフォートレスが買収し、ヨドバシカメラと連携したとして、プロデューサーとなれる「ヒト」がいるのか。それとも、そごう・西武側で飼い殺しに遭っているスタッフの中から、我こそはという人間が名乗り出るのか。

 池袋には西武と同じ東口にビックカメラ本店他があるし、ヤマダ電機もアウトレットやLabiを構える。どう考えてもこれ以上、単なる家電量販店が必要とは思えない。これは渋谷や横浜、地方店にも共通する。いくらそごう・西武の店舗を活用すると言っても、もはや新しいライフスタイル提案は器でも商品でもない。「そごう・西武がここまで変わったか」と思えるような施策や展開に期待したい。
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人財がなすべきこと。

2022-07-06 06:41:22 | Weblog
 仕事を通じてアパレル関係者と接点を持つと、いろんな小売業者を紹介される。地方のローカルチェーン店から、海外にも仕入れに行くセレクトショップ、個人でブランドのFC店や販売代行を手掛ける人までと、様々だ。

 昨今は大手事業者がデジタルシフトし、実店舗以外の販売チャンネルを拡充している。一方で、中小零細はHPこそ開設しているが、完全なECチャンネルまで持つところはそれほどない。やはり、顧客とはリアルな接客で強い絆を持ち、ネットにはないきめ細かなコミュニケーションを通じて、プライベートスタイリストとしての存在であり続けたいようだ。

 そんな中、ある中堅チェーンでは多くの顧客を持ち、高い売上げを稼ぐベテランスタッフの昇進が懸案と聞く。会社としてはチーフバイヤーや別注企画を担う取締役待遇を持ちかけているが、本人は販売職のままがいいそうだ。お得意さんを抱えているので売上げの見通しが立ち、結婚、出産を経てもパートタイムで続けられる。逆に幹部ポストになると、別のスキルが求められ責任も増す。販売職の方がモチベーションが維持できるのかもしれない。

 ただ、会社側が本人の意志を尊重するかは微妙で、あくまで組織の論理を優先せざるを得ない状況もある。ある優秀なスタッフから聞いた話だが、幹部から人事や処遇を巡って心無い言葉を浴びせられたという。会社は仕事ができる人材を大事にしないといけないのだが、寿退社してパート再雇用したとしても、中々戦力として計算できない本音が透けて見える。



 だからこそ、中小零細事業者にも優秀な人材が結婚後も仕事を続けらるように負担を軽減するシステムへの投資、他のスタッフでも替えが効く業務の標準化が必要なのだ。そんなことを考えていたら、小売りシフトを始めたAmazonが新たな店舗をオープンした。同社では初のファッション専門店「アマゾン・スタイル」である。(https://www.amazon.com/b?ie=UTF8&node=23676409011)

 現段階ではコンセプトショップというが、そのシステムの充実ぶりというか、これまでにない販売スタイルには舌を巻く。まさに日本のアパレル小売りが抱える課題が一つ一つ解決できそうな店だ。立地はロサンゼルス郊外のオープンモールで、店舗面積は90坪程とそれほど大きくない。品揃えはNBを中心にしたセレクト型で、一部PBも投入されている。

 一般のセレクトショップと違うのは、商品の陳列がシーズンの打ち出し程度で、在庫はバックルームにストックされていること。また、売場の棚や什器などがカットされた分、フィッティングルーム、いわゆる試着室(FR)は40室もある。商品の価格表示は、00.00ドル〜00.00ドルの帯状で、アマゾンプライムの会員か否かで、販売価格が変わってくる。

 お客は店舗入口に表示されるQRコードをスキャンすると、性別や身長、デザインや好みなどのアンケートが求められる。これに応じると、お客がピックアップした商品とは別に店舗からのレコメンド商品が提案される。では、お客はどうやって商品を探し試着、購入にいたるのか。以下がそのフローになる。



 まず、店内に並ぶ商品はそのまま購入したり、試着することはできない。お客はスマートフォンにこの店舗専用のアプリをダウンロードし、これでハンガーに取り付けたれたQRコードを読み取る。するとスマホには商品ページが表示されるので、そこで初めて価格や仕様、サイズ展開などを確認できる。その後、お客は商品ページで「試着する」か、購入の意思を示す「ピックアップカウンターに送る」かのどちらかを選択する。





 試着を選ぶと、商品はバックルームからFRに運ばれ、準備が整うとスマホに通知される。そこでお客はアプリでFRのドアを解錠して中に入り、初めて試着ができるのだ。FRにはお客が開けるドアとは別にスタッフが商品を持ち込む入口がある。スタッフはそこでお客が選択した商品とは別に前出のようにレコメンド商品を追加できるが、スタッフ用入口はお客が試着中は開かないようになっている。

 「ピックアップカウンターに送る」を選択すると、スタッフが店舗入口横にあるカウンターに商品を届ける。試着を終えて購入を決断する場合も含め、お客はそこで代金を決済し、商品を受け取るというフローだ。一見、非常にまどろっこく感じる。しかし、お客が棚やラックからいちいち商品をピックアップし、おざなりのセールストークを受けて、気に入れば購入するという古典的な行動を全て省いたのがアマゾン・スタイルだ。


人間にしかできない仕事とは

 アパレル小売業では販売員不足が叫ばれて久しい。だが、販売スタッフに販売以外が多すぎるため、敬遠される部分があるのではないか。例えば、スタッフの業務は売場への品出しや追加、陳列やディスプレイ、商品整理、在庫管理などが勤務時間の半分を占める。あとはレジ作業や包装、朝礼終礼だから、実質の接客販売は業務の2割程度しかない。つまり、利益を生まない作業が8割にも及ぶのだ。



 不必要な労働と手間暇のコストが店舗販売の利益を圧迫すれば、スタッフの給与が上がるはずもない。だから、極力カットしていくことが店舗販売の近代化には不可欠なのである。アマゾン・スタイルでは「利益を生まない作業」=「無駄なもの」としてできる限りカットされている。言い換えると、優秀な販売スタッフはアポをとって来店する固定客への応対、上顧客向けに高額商品の情報をSNSに投稿するなどの業務に専念できることになる。

 これほどネットで商品情報が発信されている今、お客がそれらを全く知らないで来店することはあり得ない。つまり、販売員の「何をお探しですか」「サイズをお出ししますよ」なんて声かけ自体が死語の領域に入っており、高い販売力を持つスタッフが行うことではない。アマゾン・スタイルでは、バックルームのスタッフがお客の指示に従い必要な商品をFRに運び、不要な商品をバックルームに引き上げるフルフィルメントに徹している。



 つまり、店舗はショールームに過ぎないのだ。商品を試着するか、そのまま購入するかはお客が自分で決める。FRは購入の成否を決し、なおかつスタッフの作業動線上で重要だから、自動の施解錠やドアを二つ設けるなど効率的な設計にしたわけだ。言い換えれば、高い販売スキルをもつスタッフはどんな仕事をし、何に時間を割くかを考えさせる店舗でもある。

 一方、お客は畳まれて棚に並ぶ商品を探さないでいいから、自ら畳み直して棚に戻す手間がなくスタッフが肩代わりする必要もない。逆にニットなどはハンガーによるオープンストックになるため、商品の重さで肩などが伸びやすくなる。試着後に商品をバックルームにに戻す作業を含め、商品の状態をいかに保持するかの仕組みや備品の開発が不可欠になる。



 「フルフィルメントだけでは、スタッフのスキルが向上しない」という反論もあるだろう。しかし、それは日本の常識にすぎない。というか、これまで高い販売力を持つスタッフを十分に育成できなかった業界が何を言うか、である。アマゾン・スタイルは米国社会の労働構造の縮図を見るようだが、能力の高い人間の仕事を暗示する店舗とも受け取れる。「これください」的な店舗では極力、人的資源を投入しないで収益を稼ぐ。そうした店舗販売のスタンダードを確立しようとしている。

 オムニチャンネルで販路が多面化されると、店舗は在庫を抱える必要がなくなる。つまり、売場スペースは大幅にカットされるので、家賃は軽減されていく。ただ、いくら店舗がデジタル化し不必要な業務がカットされても、フィッティングだけはヒューマンスキルが不可欠だ。スタッフがお客にマンツーマンで接し、微に入り細に入って要望を聞き入れながら対応する。また、お直しではお客の体型に沿って巧みなピン打ちまで行う。これだけはロボットやAIに置き換えることはできない。

 もちろん、優秀な販売スタッフとは素材やデザイン、ディテールといったファッションの知識はもとより、来店したお客のスタイルで似合うアイテムを店舗在庫の中から瞬時に察するセンス、それらをコーディネートできる卓越した提案力が前提となる。高い販売力とはこうしたスキルに裏打ちされるのである。



 おそらくアマゾン・スタイルは、商品一つ一つをICタグで管理しているだろうから、精算はもとより棚卸しも簡単に済んでしまう。期末にスタッフが何時間も残業して棚卸し作業をする必要もない。結果的に販売スタッフが高額商品の販売に専念することができれば、上がった収益をスタッフの給与に還元していける。もう、販売スタッフの頭数だけ揃え、口先だけのOJTで売場に配置していく時代ではないのだ。

 さて、デジタルシフトばかりを語るアパレル小売業の経営陣は、アマゾン・スタイルのような店舗をどう見て、販売革新や労働環境の改善にどう活かしていくか。人間にしかできないこととは何か。店舗に残すべき人財とは誰か。改めてアパレル小売業は問われている。

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