HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

触感のリアリズム。

2020-10-28 06:43:00 | Weblog
 例年、この時期には東京に出張しているが、今年はコロナ禍で見合わせることにした。地元福岡ではアプリのZOOMを使ったリモートワークにすっかり慣れたし、東京の取引先やスタッフからも感染防止のために「そうして欲しい」と打診された。インターネットで世界中とつながっていることを考えると、会議や打ち合わせのように情報をやり取りするだけなら、リモートでも十分成り立つようになった。特に不便さは感じない。


時間がかかる県外出張は何だったのか

 ニューヨークから地元福岡に戻った90年代半ばから仕事のエリアが広がっていった。福岡は元来メーカー機能がなく、生産拠点は域外に依存している。だから、自治体主導でアジアのゲートウエイを標榜するのも、世界に開かられた都市を目指すためだ。韓国や中国、東南アジアとの交易が進み、仕事でもソウル、上海、香港を訪れる機会を得た。

 逆に福岡には人とモノが集まり、消費の中心地へと成長していった。それまで九州各県は東京だけを見て情報発信をしていたが、福岡のポテンシャルも意識するようになった。以前から携わっていた業界誌の取材はもちろん、各自治体の活性化事業や各地の町おこしを福岡で取り上げる企画にも携わった。沖縄こそ縁はなかったが、東は大分の姫島、西は長崎の伊王島、南は離島の種子島、北は佐賀の松浦郡を最端に九州全域に出張した。

 ただ、東京とは違って、九州は移動手段が限られ時間もかかる。県境を越えるにはJRの在来線か、飛行機か、バス。あとはクルマしかない。宮崎や鹿児島、離島へは飛行機になるが、福岡−鹿児島間は40分程度なのに、空港から市内まではリムジンバスで1時間以上。搭乗手続きや検査などの手間を加えると、3時間近くを要してしまう。特急列車との差は30分くらいだ。九州新幹線が全線開通する2011年までは、鹿児島出張は非常に不便だった。

 今でも、福岡からの移動時間が短縮されないのが大分だ。JRは北九州の小倉経由か、便数の少ない久留米経由の迂回路線。一番速い特急列車を利用しても、2時間はかかる。ダイレクトに行くにはクルマか、高速バス。だが、市内移動で渋滞に遭うことも想定してスケジュールを組まなければならない。だいぶ前、そんな大分の企業から仕事のオファーがあった。制作期間は半年で、製作費は数百万円の大きな仕事だった。

 受けるにはクライアントに週2、3日は出向するとの条件が付いた。しかし、地元でも週4日のレギュラーを抱えており、移動時間は非常にネックだった。現地では実質2時間程度の仕事でも、往復移動を含めると丸1日が潰れてしまう。地元企業のように空いた時間をうまく利用して片付けるのは不可能だ。レギュラーの仕事は翌年も継続するが、この仕事は単発で終わる。誰かに丸投げするわけにもいかない。結局、オファーは断ることにした。

 今ならどうだろう。コロナ禍の影響で、リモートワークは完全に定着した。九州各地の仕事も出張なしで十分にこなせる。資料や写真はPDF化したものをメールで送っていただけるし、面談や打ち合わせ、取材は先方から「ZOOMでお願いします」と言われるようになった。あの頃の県外出張は何だったのか。おそらく、オファーを断った大分の仕事も、リモートで片付けられる部分はかなり多いと思う。

 撮影のように現地に出向かなければできないものは、日時を限定し集中して行えば1日もしくは2日もあれば終わる。泊まりがけの必要もない。出張経費が削減できると制作費のコストダウンにつながり、クライアントにとってもメリットは大きい。ビジネスに効率が求められる中では、「生産性のない移動時間ほど無駄」と言われそうだ。ウィズコロナではそうした考え方が当たり前になっていくのではないかと思う。


素材は現物を見て手を触れて確かめたい

 もっとも、「営業」のようにクライアントに出向くことで、仕事につながる場合もある。あらゆる業種の営業マンが感染リスクを考えてリモートにシフトしたい反面、それだけでは割り切れない仕事の奥深さもあると感じているのではないか。

 アパレル業界も展示会がデジタルシフトに傾いているが、期中や期末の売り込みは取引先に会いに行かないと受注につながらないとの話も聞く。別注企画ではバイヤーの方から「直にあって話を詰めたい」と言われるのは、今でも変わらないようだ。取引先の店舗を訪れ店頭の動きを見て、店長やスタッフと何気ない会話の中から、次シーズンの企画のヒントを探る営業マンもいる。それができないことはいちばん歯痒いのではないか。

 筆者も仕事をしていく中で、デジタルでは妥協できない部分がある。「出会う」「触れる」ことで、「確認」「検証」「納得」をしたいからだ。「素材」は最たるもの。ネットを開けば、アマゾンや楽天にはいろんな素材が溢れている。しかし、「紙」についてはスペックに表示されたキロ数(紙の厚み)や説明文だけではわからない。「触感」がそうだ。手触りというか、ブランドや種類、漉き方で、紙の触感は大きく違う。



 グラフィックデザインでは紙にインクをのせて印刷するわけだが、使う紙の質でも仕上がりが異なってくる。アパレル企業から受けるファッショングラフィックでは、ダグ、ビジネスカードやハガキ、レターなどを制作する。これは使用する紙によって、ブランドバリュやイメージがずいぶん変わってくる。光沢のあるコート系の紙を使用すると、何となく安っぽい感じになる。量販系のカジュアルブランドのタグを見れば、おわかりいただけるはずだ。




 逆に表面にパルプが露出して粗野な感じの「上質紙」、中でも肉厚のものを使うと、インクが沈んで何ともいい味わいが出てくる。特殊インクを使って、わざとロゴマークが浮かび上がるようにしたこともある。コットンや麻、ウールなど質感のある上質素材を使ったブランドにはもってこいだ。紙と布が呼応するというのは、こういうことだろう。

 紙は微妙な部分がデジタル画像ではわからない。また、実際に手に触れた時の感触で、印刷上がりを想像できるが、試し刷りをして初めて気づくこともある。想像と違ったインクののりがあるし、それが何とも意外性の主張をしてブランドイメージに合致することもある。だから、必ず紙のサンプルを見て現物を確認し、試し刷りで検証し、納得してから本印刷で使用するものを選定する。

 一方、「生地」や「革」はデジタル画像の解像度が上がり、色や質感についてはかなりの部分までわかるようになった。だが、こちらも触感は現物に触れてみないとわからない。また、スワッチと用尺分を見たのとでは、色の濃さが違うこともある。布辺では色が濃いと思っても、実際に服に仕上げると意外に薄めだったという経験もある。

 一般のお客さんもなおさらそう感じるからだろうか。最近流行りのオーダースーツでは、スワッチだけでなく、選んだ生地をスーツに使用した場合の出来上がりイメージをデジタル画像で確認できるサービスを始めたところがある。やはり、スワッチや布辺から想像するイメージと現物の出来上がりとのギャップを埋める狙いからだろう。

 ただ、スーツ地のサージやギャバ、トロピカルなら、それほど触感の差は感じないだろう。しかし、ツィードやモッサのような冬物の生地は触った感触はそれぞれ違うし、服にしたときの質感や光沢、重量感、着心地も変わってくる。事前に生地の触感を確かめてみないと、服を作る上での確認、検証ができず、納得いくものは作れない。

 革はさらに0.1ミリ単位で、コシやハリが変わってくる。一枚革の状態ではそれほど厚みを感じなくても、ジャケットに仕立てると意外に肉厚だったということもある。用尺のいるコートは牛革を使うと重たくなるので、ラムのような軽めの革を使うか、薄手の革は落ち感を避けてハリを出すために芯を貼るなども加工も必要になってくる。

 デジタル万能の時代、仕事の大半はリモートで可能となった。ただ、グラフィックにしても、ファッションにしても、モノ作りを左右する素材選びくらいはアナログ感覚の大事さを残しておきたい。モノの出来具合は実物で確かめるのだから、触感のリアリズムは当然ではないか。とすれば、素材探しが次の出張の目的になるのかも。1日も早い、コロナ終息を願う。

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作り直さないリメイク。

2020-10-21 06:35:45 | Weblog
 2016年2月に投資会社インテグラルの傘下となり、未だ再建途上にあるイトキン。同社は倉庫在庫を新しいデザインにリメイクするD2Cブランド「リマイン(RE:MINE)」をスタートした。すでに公式オンラインストアに専用ページを設け、10月13日からは「テープ」「ビジュー」「ネイビー染め」の3シリーズを販売している。

 アパレル業界が売り上げ不振に喘ぐ中、余剰在庫を廃棄することなく再利用するのは、SDGsや収益向上から至上命題と言える。このテーマにイトキンはリメイクという手法でアプローチするわけだ。EC事業部の指揮のもと、社内公募された30代のデザイナーと入社2年目のWeb担当者という若手でプロジェクトチームを結成。子会社「ジャストモード」のサポートを受け、余剰在庫に新しい息吹を吹き込む。


さりげないプラスワンでトレンド感を出す



 オンラインストアで公開されたリマインを見ると、その方向性が垣間見える。リメイクと言っても、異素材を接いだパッチワークやニットを解いて編み直すようなものではない。テープはコートの後ろ襟や袖ベルト、ベンツ、ニットの左肩やスカートの両脇スリット、パンツの裾などにストライプの「グログランテープ」を付けただけ。Dカンに通して後ろ襟に縫い付けたテープは、プリントロゴともに背中のあて布上で存在感を示し、アイコンの役割も果たす。





 ビジューは、ニットにプリントしたロゴのコロン(:)やカーディガンのボタンをジルコニア風の「合成石」に替える遊び心のあるデザイン。また、ニットの胸元に「エナメル合皮」や合成石をアクセサリー風に飾る。ネイビー染めは、ブライトカラーニットや幾何学ジャカード柄のカーディガンなどをその名の通り「紺色」に染め変え、さらにボタンを付け替えるなど、シックで落ち着いた雰囲気を醸し出している。

 リメイクは在庫品そのものをベースに一部の装飾や色替えを施したもの。それでいて、適度なトレンド感を打ち出したり、ノスタルジックという別のテイストに置き換えている。ベース商品がそのままアウトレットやオフプライスストアに並んでいると購入に二の足を踏むお客も、装飾や染めでバリューアップしたことで、オンラインストアなら手を伸ばす可能性が高い。さりげないながらプラスワンの魅力で売りにつなげようという狙いも窺える。

 元来、イトキンは全国各地のブティックなどと取引する専門店系アパレルだった。メーンターゲットは洋服好きでお洒落を楽しむ女性たち。商品企画は素材開発から力を入れ、練り上げられたデザイン、パターン、縫製、加工に至る全てで最高レベルを追求していた。それがブランドを増やしてSPA化し、百貨店やSCに販路を拡大する過程で影を潜めてしまった。結果、売上げ効率ばかりが重視され、拘りあるモノ作りがなおざりにされたような気がする。

 マスマーケットを攻略する上では、全てのお客が作り込まれたお洒落な商品を求めるわけではない。多くはトレンドから外れることなく、そこそこのレベルで値ごろであれば良しとする。しかし、そうした売れ筋を追求していけば他社との競合は避けられず、レッドオーシャンにのみ込まれていく。イトキンの場合も例外ではないだろう。しかも、大手で店舗数も膨大なので、どうしても余剰在庫が膨れ上がってしまうのだ。

 本来ならリマインのような遊び心あるデザインこそ、専門店アパレル・イトキンの真骨頂ではなかったのか。報道によると、社内のプロジェクト責任者は「数字は追わない」「自由にチャレンジしてもらい、結果、ブレイクしたら嬉しい」「…少ない人数で手掛けることで、事業計画もサスティナブルに長く続けていきたい」「ノウハウを蓄積して、将来的には他社商品なども取り扱っていきたい」などと、リメイク事業の位置付けを語っている。

 価格帯はカットソーが4900~6900円、ブラウス・ニットが5900~7900円、カーディガン、ボトムが6900~8900円、ドレスが8900~1万1900円、ジャケットが9900~1万2900円、コートが1万4900~1万7900円といたって値ごろだ。アイテムあたりの数量は限定し少なくて5点、多くても20点。消化はほぼ確実だと思われる。


本流の商品企画をブラッシュアップ



 あとはリメイクを手掛けるデザイナーのアイデアやセンス、装飾などのさじ加減が重要だ。一応、コンセプトはトレンドとノスタルジック。ベース商品が過去何シーズンまで遡った在庫かはわからないが、前年でトレンドが変わったなら、2年前のものは色やデザインなどが違っているはず。それを逆手に取ることで、ノスタルジックとの位置付けもできるわけだ。まさにリメイクは企画の妙であり、作り手のセンスそのものだ。

 前出のプロジェクト責任者によると、「レースや付属など取引先の余剰資材の活用も進めている」という。イトキンが自社流リメイクのノウハウを構築して、他社と連携したマルチプルなプロジェクトに発展させていくのが理想的だ。ならば、余剰在庫全体のアップサイクル、廃棄ゼロに貢献でき、SDGsの流れを作るアパレルのリーディングカンパニーも見えてくる。

 もちろん、リマインは最初から大きな数値目標を掲げるのではなく、自由にリメイクを進めることに重点が置かれている。売れ筋追求に飽き飽きしていた顧客は、かえって敏感に反応するだろうし、既存ブランドと感度面を比較して購入対象にするお客もいるはず。それはイトキンから離れていったお客を呼び戻し、新たなファンを獲得するチャンスでもある。



 しかし、それで終わってはならない。イトキンはあくまで再建途上にある。リメイクブランド・リマインがお客の信頼を集めるなら、その理由を詳細に分析してデータ化し、本流の商品企画の参考にすべきではないのか。リマインを購入したお客のどれくらいがSDGsやリサイクルを意識して商品を購入したのか。むしろ、それらは少数派でデザインに惹かれたからではないのか。データからはいろいろ読み取れると思う。

 「こうすれば、売れるのか」。本流の商品企画部は傍流のリマインからいろいろと学べるだろうし、当のリマインは余剰在庫のアップサイクルと廃棄ゼロを目指して、さらにデザインに磨きをかければいい。そうすることで、イトキンの社内で本流と傍流が切磋琢磨し、企画力の底上げにもつながる。それが再建のカギにもなるのだ。
 
 プロモーションはプロジェクトのWeb担当者が撮影やモデル、SNSの運用、コンテンツ作りまでを行うという。リメイクにもっとスポットを当てるには、年2回程度のコレクションを開催してもいいだろう。クリエーションに徹してシルエット、サイズ感を全く変えたり、解いた毛糸を染め直して編み直すなど、あくまで「魅せるリメイク」の場とする。フリーのデザイナーや専門学校生にも余剰在庫を提供して、コレクション参加を呼び掛けてもいい。

 アパレル不振にコロナ禍が重なり、世界規模でメーカーや百貨店の破綻が相次いでいる。それでも、まだまだマーケット規模を超える商品が生み出されており、一定規模の余剰在庫は発生している。海洋汚染やCO2発生を抑制するには、商品廃棄をできるだけ減らすことだ。二次流通もその一つで、リメイクも含まれる。

 それには人材や加工技術などへの投資が必要なのだが、それを惜しんでいては前に進まない。イトキンでは社内で若手が手を上げ、技術系の子会社を抱えていたことがリメイク参入の足がかりとなった。そう考えると、これからは大手アパレルが主導し、外部のいろんな人材や技術を巻き込み、業界全体でリメイクプロジェクトを進めていくことも必要だろう。

 まずは余剰在庫を出さないことが前提なのだが、出してしまったものをリメイクして市場に流通させることで、新規生産量を減らすことにも繋げられる。この際、在庫に対する決算期の課税問題、減損処理は置いておくとして。お客もSDGsに貢献することを理解すれば、タンス在庫を活用して自らリメイクを行おうという気になるかもしれない。尚更、自分でカスタマイズした服には愛着が湧き、大事に着るはずだ。

 そうしたムーブメントを作ること。イトキンのリマインが余剰在庫を出さない仕組みや新しい価値観を生み出すことにも期待したい。
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デジタル&金融が救う。

2020-10-14 06:36:52 | Weblog
 三越伊勢丹ホールディングス(HD)は、デジタルを活用した商品提案や接客で、地方に住む富裕層の獲得に乗り出した。ビデオ会議システムを利用したライブコマースで、日本橋三越や伊勢丹新宿店の商品を薦めるものだ。来春までに同社が閉店する系列百貨店は20店舗に達するが、その受け皿として全国各地に40~50店の小型店を出店するという。デジタル&スモールが次なる地方百貨店のスタンダードになるのだろうか。


売場の臨場感と要望に応える接客を

 三越伊勢丹HDのライブコマースは、今年7月に実施された。三越松山店と日本橋三越を結んで、松山店のデジタルサロンに集まった顧客に対し、5台の大型モニターで日本橋店のスタッフがランバンコレクションの新作などを紹介。事前に松山店の外商部が顧客の要望を聞きいて日本橋店に伝え、同店が商品のピックアップやコーディネートを考えたとか。成約率が7割と良かったため、他の地方店にも導入を検討中だ。




 一方、伊勢丹新宿店では外商部が富裕層の顧客に対し、スマートフォンの「LINEワークス」を活用した接客を始めている。顧客から「あの商品を」「このアイテムが見せて」などの要望があると、外商部が売場担当者にメッセージを転送して商品リストを作成してもらう。それを外商のスタッフがオンラインや店頭で勧めるというものだ。6月〜8月の外商売上げは前年比で約1割伸び、8月の客単価も2割ほど増えたという。

 だが、まだまだ改善の余地はある。松山店のケースは、事前にお客のニーズを聞いたとは言え、三越側が一方的に複数のお客に商品提案して購入してもらうもので、通販番組の域を出ていない。通常の接客は、一販売員が一人のお客の表情を見て心の変化を感じながら、セールストークに工夫を凝らし、お客の信頼・共感を得てクロージングに持っていく。ライブコマースではお客との心理的な距離感はより保てるが、他の接客手法はリアルと同様であるべきだ。

 せっかくビデオ会議を活用するのだから、会員登録で事前予約を受け付けた上で、「お客の要望をその場で聞き入れ、各売場担当者がタブレットやスマートフォンで売場や商品を撮影しながら、お客と担当者が双方向で会話をする」くらいのレベルには上げたい。旅行代理店のHISが始めた自宅に居ながら旅行に行った気になる「オンラインツアー」の百貨店版だ。こちらもZOOMを活用しているのだから、三越伊勢丹にできないはずはない。

 地方の富裕層が日本橋三越や伊勢丹新宿店に期待するのは、地元では購入できない商品やブランドを扱っているからである。小型店では両店の商品を品揃えすることはできないのだから、ライブ=生のビデオ会議を活用することでお客が実店舗にいるような臨場感、買い物できるワクワク感を呼び起こすことが肝心だ。実際、リアルな売場は刻々と状況が変わるわけで、その日、その時の品揃え、商品を案内しなければ、お客の購買意欲は喚起されない。

 もちろん、デジタル接客はブランド難民となった地方のお客には朗報である。なおさら、ウィズコロナでは感染を防止するにも有効なスタイルと言える。ただ、富裕層と言っても、地方では高齢者が少なくない。デジタルへの知見は乏しく、ECにも不慣れだ。そうしたハードルを接客サービスを通じていかに下げていくか。また、衣料品なら試着を望むお客もいるだろうし、返品や交換の手続きが面倒であれば、普及を阻害する要因になる。

 小型店は品揃えの幅が狭く、集客力を発揮しづらい。中元、歳暮も販売期間が限られて、売上げを平準化させるのは難しい。だから、思い切ってデジタルサロンに特化してはどうか。狭い売場はPCやタブレットを備えたデジタル接客のブース、取り寄せや購入商品を保管するクローク、試着室、カフェに割いた方が賢明かもしれない。三越伊勢丹HDが地方に住むお客の立場で利便性を発揮していけるか。小型店の勝算はそこにかかっていると思う。


テナントビル化する百貨店には多難の様相



 片や2021年9月に「池袋マルイ」と「丸井静岡店」を閉店するマルイ。同社は2000年代以降、それまで強みとしてきた若者向けファッション館を改め、全世代をターゲットにしたライフスタイル館に転換した。売場構成も消化仕入れの百貨店型から、「定期借家契約のショッピングセンター(SC)型」に変えて、雑貨や飲食のテナント集積することに重点を置いた。地域の住民が日常の買い物で気軽に出かけられる敷居の低いSCを目指したのだ。

 マルイは2018年をめどに全ての店舗をSC型に転換する一方、首都圏以外の関西や九州にも新店を開業している。閉店する池袋マルイは駅から少し離れていたが、都心でもテナント争奪に勝てなければ、店舗の維持もままならない。それは場所貸し・歩率家賃で稼ぐビジネスモデルすら危ういことを暗示する。こうした状況は、テナントビルに転換しようとする百貨店にとっても、他人事ではないだろう。

 2000年の改正借地借家法で、すでにテナントを取り巻く環境は大きく変化した。この法律ではテナントが出店する際の「保証金」「営業権」がなくなり、店舗は「利用権」のみが認められた。テナントにとって家賃50ヶ月分ほどを納めていた保証金が5分の1程度の「敷金」に減額されたのは良かった。ところが、テナントビル側が減額分を家賃に組み入れたため、テナントの実質家賃は逆に4ポイント程度も上がったのだ。

 同年には大規模小売店立地法も施行されてビルの営業時間が自由になり、スタッフの2交代制や残業代の支給などテナント側の運営コストは上昇した。さらに保証金の減額で出店のハードルが下がったため、SCの開発ラッシュとなってオーバーストアが進んだ。SCの総商業面積は2000年から17年間で6割以上も増加し、逆にテナントの販売効率は00年に比べると7割以下となった。おそらく20年現在ではさらに低下していると思われる。

 こうした変化を見ると、テナントを苦しめた一因は自社にもあると、マルイも感じているのではないだろうか。さらに品揃えが格段に豊富なECが台頭したことで、損益分岐点の高い店舗販売は採算割れに陥り、退店に追い込まれるところが続出している。今度はそれが大家であるマルイを苦しめているのだ。

 現在の池袋マルイを見ると、ギャップ&ギャップキッズ、グローバルワーク、TKタケオキクチなどアパレル系テナントは少ないものの、他は雑貨からコスメ&医薬品、仏壇、スポーツ&アウトドア、100円ショップまでと種々雑多だ。ライフスタイル館とは言いつつも、テナントが退店した空きスペースを何とか埋めざるを得ず、このような構成になったのではないか。商業施設の末期に見られる症状で、閉店の決断は当然の選択と言える。

 テナントが売上げを稼げなければ、大家の収入は増えない。そこで、マルイは自社カードの「エポス」を生かした金融やD2Cブランドのネット通販で収益を伸ばす方向に舵を切りつつある。日本の人口は減少しているのに、店舗の数は増え続けている。主要都市はオーバーストア状態で、在り来たりの業態ばかりのレッドオーシャンだ。サブ的需要でしかないインバウンドに頼り過ぎた挙句、コロナ禍が輪をかけて、店舗の体力を奪っている。

 都市部で建設される再開発ビルには商業ゾーンも開設されるため、優良テナント争奪戦は激しさを増す。渋谷パルコのようにコンセプトを明確に打ち出せるところはいいが、地方や郊外の商業施設はどうしても全天候型のテナント構成にならざるを得ない。テナントの一部をモノ消費からコト消費へと変えたところもあるが、地方都市では集客にすら事欠く有様だ。成功の方程式をどこが見出せるのか。答えを出すのは容易ではない。

 その意味で、百貨店がテナントビルに転換して一時的に収益を回復させたにせよ、池袋マルイの二の舞にならないとも限らない。三越伊勢丹が主体となって運営してきた百貨店共同仕入れ機構「全日本デパートメントストアーズ開発機構」(A・D・O)も今年3月に解散した。地方百貨店はブランドなどの共同仕入れができなくなり、ますます売上げ面への影響が懸念される。百貨店、テナントビルの店舗再編はこれからも続くだろう。

 果たしてデジタル接客&スモール店舗が地方百貨店のスタンダードに、金融やネット通販が定借型業態の延命策に、そして、それらがブランド難民の救世主になるのか。富裕層の攻略だけでは限界があるだろう。いかに一般のお客にまで施策を浸透させていけるか。カギはお客にとって満足いくサービスたるか。そこにかかっている。

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働き方が握る地方移転。

2020-10-07 06:46:40 | Weblog
 ウィズコロナで大きく変わるのがワーキングスタイルと言われる。すでに自宅やホテル、シェアオフィスでのリモートワークが浸透し、政府が打ち出した働き方改革とは別の部分で、ビジネスのやり方に大きな変化が訪れている。

 現状、会社通勤がどれほど減っているかはわからない。ただ、東京都内の中小企業では、コロナ禍でオフィスを賃貸からレンタルに切り替えたところがある。これが大企業に波及すれば、再開発事業への影響は計り知れない。東京の不動産市況は一気に悪化する恐れもある。一体、状況はどう進展するのだろうか。


働き方が見直されて成長モデルが狂う

 変化は東京より先に福岡で起きている。「天神ビッグバン」や「博多コネクテッド」の再開発のビッグプロジェクトが進む福岡市では、これまでデベロッパーが国内外の有力IT企業に対し積極的なテナント誘致を進めていた。ところが、コロナ禍により不透明感が漂い始めている。入居を決めていたメガベンチャーがキャンセルしたのをはじめ、オフィスや働き方を見直す企業が相次ぎ、不動産で稼ぐはずだった成長モデルが狂い始めているのだ。

 そこで、福岡市は再開発事業の規制緩和策の一つで、「高いデザイン性や緑化などの要件を満たすビルの容積率をさらに最大50%緩和する」条件を2026年末までの竣工とした。高島宗一郎市長は、延長の意義を「世界最速で感染症対応シティになる」と語った上で、「コロナによって設計変更と工事期間の延長を検討する開発事業者を後押しするため」と力説した。

 また、福岡市は、新築ビルが優遇を受けるために取るべきコロナ対策として換気、非接触、身体的距離の確保、通信環境の充実などを挙げた。具体的には換気設備の強化、エレベーターのタッチレス化や大型化、顔認証入退エントランスや非接触検温センサーの設置、人数検知技術を活用した入室分散管理システムの導入などをデベロッパー側に求めるものだ。

 地元では、期限延長を「他にも再開発事業を進める契機となる」と好意的に受け取る向きもある。だが、自宅やシェアオフィスで仕事ができれば、わざわざ福岡に本社オフィスを構える必要はない。また、オフィスビルで感染症対策を徹底しても、福岡では通勤・帰宅の満員電車は蜜になるし、中洲での接待でウイルスに感染したケースもある。四六時中、ソーシャルディスタンスを図らなければ、感染リスクは抑えられない。

 かつて、イベント制作会社の社長がこんなことを言っていた。「うちのような会社は本社に金をかけても、1銭も生まないからね」。この発言から30年後の今、状況は激変した。千葉県の印西市には巨大なデータセンターが建設中だし、洋服の青山は店舗の余剰スペースをシェアオフィスとして貸し出す。本社機能をクラウド化してオンライン業務に切り替えれば、経営陣や社員はどこでも仕事ができる。勤務態勢を変えていく企業が出現してもおかしくない。

 もちろん、本社社屋は企業のステイタスで、自社所有の不動産があれば資産に組み入れ、テナント賃料を稼いで財務を安定させることもできる。だが、東京ミッドタウンなどの賃貸オフィスで月額数千万円もの家賃負担を強いられながら、社員は年契の非正規雇用という企業もある。ウィズコロナを契機にその分を内部留保に回したり、別の事業に投資をしたり、社員の雇用契約を見直したりと、経営の方針を転換するところが出てきてもいいのではないか。

 コロナ禍が終息した時、一度、浸透したスタイルを変えることは容易ではない。多くの企業は経営者の判断に委ねるだろうが、ハード面に対する価値観が変わるのは間違いないと思う。


移転トレンドに流される危うさもあるのでは

 福岡ような都市に本社移転するのとは一足飛びに、個人や家族単位でいきなり地方に移住するケースが生まれている。7月以降続いている首都圏から他の都道府県への転出が上回る「転出超過」がそれを示す。これには縁もゆかりもないが、旅行などで知った土地に移る場合と、もともと出身地だったり住んだことがある地域にUIターンする場合がある。

 コロナ禍が終息しても、この傾向が続くのか。それとも首都圏への「転入超過」という揺り戻しが起きるのか。ただ、人の暮らしや営みを大局的に見ると、交通手段、会社や店舗、病院や学校などの機能が不可欠で、その充実度を都会と比べると地方は見劣りする。加えて気候や風土は合う合わないがあるし、生活拠点は家族の意思にも左右される。

 また、生活に潤いを与える趣味や娯楽を通じて人と人の触れ合いが生まれ、コミュニティが形成されていく。どんな地方にもそうした土壌があるにしても、土着の文化が必ずしも全ての人に受け入れられるとは限らない。得てして人間は自身の感受性で住む町を選択するような気がする。外部からの刺激に耐えられる、耐えられないがあるからだ。

 過疎の自治体が「HP制作のスキルがあれば、ここでも仕事はできますよ」みたいな移住者募集をしているのを見かける。高い家賃を払い、満員電車で通勤するくらいなら、同じ仕事ができるわが町の方が暮らしやすいとの意図があるだろう。だが、仕事の発注先が自治体なら、税金でギャラをもらう準公務員になる。結局、地元マーケットでの仕事の受発注=民間による労働でカネが回るビジネスが持続できなければ、生活していくのは難しい。

 一方、自治体が大きな工場を誘致していれば、安定した税収が財源となり行政サービスは充実する。ただ、電子部品製造や自動車産業は景気に左右されるし、レイオフや雇い止めもある。すでに部品工場の下請けのあるロジスティック企業(物流会社)が、コロナ禍で業務を停止するとの話。企業城下町で単に雇用があるだけでは転職は進まないし、首都圏勤務のホワイトカラーがわざわざ地方移住する理由にはならない。やりたい仕事がはっきりしていればなおさらだ。

 結局、地方における安定雇用は公務員か、教師くらい。他は一次産業しかないところが圧倒的に多く、職業の選択肢が乏しい。企業ごと地方に拠点を移し、雇用がそのまま維持されるならいいだろう。だが、自分でビジネスをおこして軌道に乗せるとか、趣味に重点を置いたライフスタイルを貫くとかで、移住を決断する人がどれくらいいるのか。

 ローカルメディアが地域活性化と地元再発見を名目に、地方移住する人たちの断片的な事例をことさらにクローズアップしているようにも見える。だから、移住トレンドに流される危うさもあると、冷静に考える現役世代は少なくないと思う。


仕事を生み出せるかが地方移転の決め手

 話を福岡市に戻すと、高島市長は市の成長戦略を3つに分けて提唱している。短期的なものが交流人口の増加。中期的が知識創造型産業の育成。長期的では支店経済からの脱却だ。

 まず交流人口の増加については、福岡市はコロナ禍以前からイベントや観光で集客してきたので、改めて掲げてもという感じだ。終息すればある程度は回復するだろうが、国内人口は減っているし、インバウンドはどこの自治体も掲げており、取り合いは必至だ。短期的な視点なので右肩上がりの成長には期待できず、戦略の軸にはならないのは当然である。

 支店経済からの脱却は、「本社機能の誘致」「福岡で本社を作ってもらう」だが、ビジネスとしてみると不動産業という他力本願に過ぎない。東京に比べれば再開発ビルの家賃は坪平均3万円程度と確かに安いが、コロナ禍ではローコストによる企業誘致も狂い始めている。働き方が変われば、オフィスそのものの需要が大きく減退するかもしれない。
 
 そして、中期的な知識創造型産業の育成。これがいちばん難しい。基礎、応用の学習を積み、知識・技術を習得してアイデアを巡らせば、起業はできるかもしれない。しかし、それを成長発展させていくには資金を必要とするし、収益を上げて市場や銀行筋に認められるビジネスにしなければならない。なおかつ、急激な環境変化では絶えずイノベーションが不可欠だ。

 ところが、金融機関に溢れた資金が再開発事業の元で単なるハード建設に費やされている。それは大企業中心に金が回るもので、一般の労働者にそれほど恩恵があるとは思えない。それが福岡はもちろん、東京での成長戦略の実態だ。ウィズコロナはそれに待ったを掛けようとしている。大企業が去った後でも、基幹産業の周辺で新たな産業が生まれなければ、知識創造型産業の育成にはつながらない。

 そのソリューションを地域が生み出せるか。また、ビジネスのマーケットは形成できるのか。アパレルの「ファクトリエ」や「シタテル」は地方発のベンチャー企業だが、東京にショールームやオフィスを構えている。そうしないと、ビジネスが進まないのだ。逆にハイコストから「東京は難しい」と撤退した九州のベンチャー企業もある。

 まずはウィズコロナで、オフィスワークの価値観がどう変化していくか。それによって働き方が大きく変われば、地方移転の布石にはなるだろう。だが、雇用頼みではなく、自ら仕事を生み出せ継続できなければ、地方移住が増大する決め手にはならないと思う。
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