HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

メガFCで生き残る。

2024-02-28 07:30:59 | Weblog
 新型コロナウイルスの感染拡大が終息し、最高益を稼ぎだす都市百貨店がある一方、地方百貨店の衰退が止まらない。全国の百貨店は1999年の311店舗をピークに現在は180店まで減少した。24年間で131店、約4割も減った計算になる。すでに百貨店が1店舗しかない県が14、1店舗もない県が3もある。今後生き残れる百貨店は人口が100万人以上の都市と言われるが、それも百貨店という形態を維持し続けられるかと言えば、甚だ疑問だ。



 そんな中、近畿地区で知名度のある「近鉄百貨店」が新たな展開に乗り出している。フランチャイズ(FC)事業の拡大である。業種はコンビニエンスストアを皮切りにベーカリー、カフェ、グロサリー、眼鏡、生活雑貨、ドラッグストアと多岐にわたる。2023年度にはFC事業だけで売上高150億円、人員体制150名を達成。利益率も高く、営業利益は10%を超える。




 顔ぶれは以下になる。奈良市に本拠を置くレストラン、ベビーフェイスの「ベビーフェイススカイテラス」。ピッツァ、エスプレッソ、グロッサリーの3通りが味わえるイタリアンレストラン「トウキョウメルカート」。東京神田に本店を構える松阪牛専門焼肉店「洋食屋伊勢十」。洋菓子の不二家が新規開発した業態「ペコリシャス」やHCのカインズともFC契約を結ぶなど、現在では22業種59店舗を展開する。今後も衣料品や靴、アクセサリーなどファッション分野なども含め、業種、店舗の拡大を進めるという。

 そもそも百貨店とは何か。衣食住などに関わる多種多様な商品を対面で販売する大規模小売店舗を指す。国内外の高級ブランドや老舗の味も扱うため、店内は高級感があって長い歴史に裏打ちされた暖簾と信用を旨とする。ただ、米国のように商品を買い取ることはせず、メーカーなどに場所貸しして販売員を派遣させるスタイルだ。商品が売れてから初めて仕入れる「消化仕入れ」を基本に、在庫負担のリスクを抑えるビジネスモデルを採用してきた。

 バイヤーが独自で商品を開拓し、販売まで行う自主編集売場もあるが、売場の大部分はブランドのインショップ、いわゆるハコ貸し、不動産業に近い形態が占める。そのため、荒利益から派遣社員の給料や在庫引き取りなど経費が差し引かれるため、利益率はそれほど高くない。それでも、一般大衆の年収が右肩あがりに伸びていた時代は安定したが、バブル崩壊で中間層が没落すると一気に売上げを下降させるところが増えた。その多くが地方百貨店になる。

 当然のことながら、ブランドは売上げが減少すると、撤退する。それがまた百貨店の売上げを減少させるという悪循環を引き起こす。地方では郊外に大型のショッピングセンターがあり、百貨店に行かなくても日常の買い物にはほとんど困らない。さらにECが浸透したことで、全国各地のありとあらゆる商品が地方に居ながら購入できるようになった。期待のインバウンドも大都市の百貨店に集中しており、地方に広く波及するまでには至っていない。売上げが下がり、インバウンドのおこぼれに預かれないところが閉店している状況だ。

 2022年度1年間の全国百貨店の売上げは、前年を13%余り上回り、新型コロナウイルス流行前の約9割にまで回復した。大都市圏で人口集積が高いエリアに出店する百貨店では最高益を上げたところもある。日本橋の三越、新宿が拠点の伊勢丹、SC事業にも積極的な高島屋や松坂屋、関西ではダントツの阪急がそうだ。

 大手百貨店は、小売店を介さず直接消費者に商品やサービスを販売するD2C(ダイレクト・ツー・コンシューマー)にも本腰を入れる。「明日見世」を展開する大丸東京店、「b8ta」を導入した阪急うめだ本店、「ミーツストア」を開店した高島屋新宿店。どれもその場で商品を売ることはせず、体験や接客を通じてサイトに誘い、購入してもらう。大手百貨店自ら売れるものを探しに行くスタイルで、売上げが回復した余裕を窺わせる。


地域三番店の生き残り策としてのFC加盟

 一方、単なる場所貸しだけでなく、収益を上げる手法としてFC事業を選んだのが近鉄百貨店だ。関西という大都市圏に店舗を構えるも、あべのハルカス近鉄本店(2022年度売上高1136億円、全国第10位)は、阪急うめだ本店(同2610億円、同2位)、高島屋大阪店(同1319億円、同7位)に次ぐ地域三番店。近鉄系列では奈良店、上本町店が続くが、これらは地方百貨店であるが故、売上げ上位には遠く及ばない。

 近鉄百貨店は現状のポジションに甘んじているわけではないだろうが、暖簾と店舗を存続させていくためにFC事業も経営戦略に加えた。百貨店としては、FCブランドのポートフォリオを確立できるだろうし、様々な業態を展開することでリスクヘッジも可能だ。経営陣はそれらも含めて懸命な判断と捉えたのではないか。



 FC事業はフランチャイザー(FCザー)の本部がそのノウハウをパッケージ化して、フランチャイジー(FCジー)の加盟店に提供する。その内容は商標、看板、店舗デザイン、ユニフォーム、メニュー、教育・訓練プログラム、運営マニュアルなどになる。代表的な業種はコンビニや外食だ。近鉄百貨店も取っ掛かりはそれらを選択しているので、まずはFCに慣れようという思惑が見て取れる。

 加盟店の近鉄百貨店は本部からノウハウを提供してもらう代わりに、固定または売上げに応じてロイヤリティを本部に支払わなければならない。また、開業に必要な資金や人材を確保する必要もあるから、近鉄側から社員を送り込んだと思われる。それでも、低リスクで起業できて単なる場所貸しより利益が出る。なおかつスピーディに事業拡大ができるのだから、手応えを感じているのも頷ける。

 もちろん、お客は近鉄百貨店の店舗内にある業態なら安心するし、ハンズやカインズのように全国的な知名度があれば、直営だろうとFCだろうと利用する上では何ら問題ない。ただ、FCは良いことばかりではない。デメリットもあるのだ。

 例えば、パッケージ内容がFCザーによって様々で、初期投資や開業におけるサポートにも程度差がある。教育や訓練のプログラムもシステム化されているところ、スーパーバイザーという人任せのところもある。本部の経営方針が変われば、好調な売れ行きメニューや商品であっても、姿を消す場合がある。全ての業種で順調に利益が生み出せるわけではないのが、FCなのである。



 また、FC企業が提供するパッケージは平準化されているため、運営段階で店舗ごとで内容を変えることは許されない。FCジー側がオリジナルのメニューや商品を開発することも、独自でサービス内容を変えることも不可能だ。かつてダイエーが提携したほっかほっか亭は、経営不振でエリアFCジーのプレナスに株式を売却した。これによりプレナスの方が力を持ち、商標権などの取り扱いで訴訟に発展したケースもある。ただ、これは極めて異例なことだ。

 逆にFCザーがシステムに則り、商品やメニュー、マネジメントまでを教えてくれると、近鉄社内の人材育成やキャリアパスと、どうバランスを取るかの問題も出てくる。あくまで近鉄の社員が段階を踏んで成長するのが重要とすれば、ジョブローテーションとの整合性や将来的な人材配置まで想定しなければならない。仮にそれらができなかったら、高い離職率につながるリスクもある。つまり、FC業態を横断して交流し、学ぶ機会や世代間を超えた人事交流も不可欠なわけだ。もちろん、これらは近鉄百貨店も十分承知の上だと思う。

 今後はファッション業態も視野に入れるということだが、安定した売上げを維持するにはブランドはもちろん、アイテムや店作り、MD、販売手法といったノウハウが必須になる。ある程度、知名度があるブランドFCはそれらを確立しているが、関西地区ではすでに出店済みなものが多く、バッティングの問題が頭をもたげる。FCジーになりたくてもなれない場合があるのだ。




 こんな事例もある。チャイルドウーマンやビュルデサボンなどをFC展開するアンビデックスは、2023年の3月に3社に分社化。チャイルドウーマンはオクモ社、ビュルデサボンはクロスワード社の傘下となった。FC事業は継続しても、ブランドに対する方針が変わるかもしれないし、FC契約の内容が変更されることは十分にあり得る。

 FCジーにとって売れている時は良いが、売れなくなって契約を解消したくてもFCザー側が契約を盾に拒否しないとも限らない。業界では良好だった関係が拗れたという話はよく聞くことだ。FCは出店する前から事業モデルが決まっているため、FCザー側は「このお店は収益が出ます」と自信を持って勧めてくる。加盟店が欲しいから、そう言うのは当然だ。しかし、売上げは実際に出店してみないとわからない。

 あるメガFCジーの経営者は、かつてこんなことを語っていた。「FC本部が月商1000万円で収支損益を試算し提案してくれるなら、FCジー側として同800万円くらいに下振れさせて計画し直す。FC事業部にはその売上げ目標にもう20%のストレスをかけ、再度540万円で運営計画をたてるよう指示を出している」と。

 この経営者はFCでいろんな修羅場を潜ってきたからこそ、これがたどり着いた事業の要諦とでも言おうか。経営者としてはいたってマイナス思考だと言えるが、FC事業にはそのくらいの危機管理も必要かもしれない。さて、メガFCジーを目指す近鉄百貨店はどうなのだろうか。

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いない人に代わるもの。

2024-02-21 07:34:10 | Weblog
 あらゆる職業で、人手不足が叫ばれている。だが、仕事には好き嫌いがあるし、職種には向き不向きもある。せっかく採用しても長続きせずに辞めていかれることもある。企業もメディアも、ミスマッチの一言で解釈しようとするが、本当にそうなのか。そもそも賃金が低ければ、昨今の求職者が働きがいを感じるはずもない。風通しのいい職場だの、福利厚生に注力しているだのと御託を並べたところで、人が集まらない原因は自明の理なのだ。だからこそ、賃金アップがトレンドであるのは間違いない。

 アパレル業界はどうだろうか。メーカーでは企画デザイン、MD、生産管理、プレス、営業と、経験者の通年採用が行われている。一方、厳しい経営環境に置かれている中、退職金を割り増ししても、希望退職者を募るところがある。高い能力を持つ即戦力の人材が欲しい反面、生産性が上がらない中堅社員を辞めさせたいのが本音なのか。デザイナーになる夢、ブランド開発の志望、独立・起業といった野望を抱かない限り、大して報酬が良いわけでもない業界、企業に自ら飛び込もうというのはもはや少数派ではないか。

 アパレル小売業はさらに厳しい。教祖のように崇められたカリスマ販売員も信者離れで威光は消えた。世界を駆け巡るバイヤーも、いつかはなれるがそのいつかがわからない。群をぬく認知度のブランドでは、ホスピタリティを備えた販売員。商品チョイスと編集能力が優れたセレクトでは、高い接客応対のショップスタイリスト。量販MDのもと売り切って収益を上げるチェーン店では、管理能力に長けたマネージャー。もちろん、お三方ともデジタル知識の習得は必須。それでも、人材が追いついていかないのが現状だ。

 ECが小売りに浸透したことで、若者では通販サイトの制作スタッフを志望する傾向が強苦なっている。販売では売上げの高さと高額な報酬は相関関係にあり、それには販売力や顧客獲得が必要だ。でも、経験を積んだからと、誰もが得られるものではない。Web制作なら場数をこなせば、ある程度の技術が身に付く。HTMLを理解し、タグを打ち込み、写真の加工を行えば、サイトのデザインは完成する。独立して自分で作った商品を自分で売ることも可能だ。

 Webに詳しくなると、次はアプリの開発へ。スタートアップの光景が見えてきて、その先には株式上場のイメージも。大学だろうが、専門学校だろうが、卒業間もない若者なら近い将来の立ち位置を想像する。キャピタルゲインがある株の方が事業より富を得られることは、薄々理解できているはず。上から下まで流行りのアイテムを着込んで売場に立っても、税金、保険に社販のローンを差し引かれると、手取りはわずか。そんな仕事より稼げるかもしれないと、妄想だけは働く。実際に儲かるかどうかは別にして、若者が靡くのも当然だろう。

 それでも、ブランドをアピールするには実店舗が不可欠で、販売員不足は深刻な状況だ。東京では次々と再開発ビルが開業し、一部は物販ゾーンとなりテナントが誘致される。若年層の転出より転入が多い東京なら、販売員の潜在人口はあるかもしれない。しかし、地方では人手不足で出店に二の足を踏むテナントが少なくない。そこでデベロッパーが苦肉の策として考え始めたのが、AIに接客を任せる「デジタル実店舗」の運用である。

 店舗には、40インチほどのモニターが設置され、画面にはAIアバターが接客スタッフとして来店客に語りかける。AIカメラがお客の性別や年齢を認識し、画面上にお客が望む選択肢を表示しながら、レコメンド商品を紹介する。外国人にも対応するため、英語や中国語、韓国語への切り替えも可能だ。モニターに話しかけると、ファッション情報を学習した生成AIがお客のニーズを汲み取り応えてくれる。まさにAI接客、デジタル販売員とでも言おうか。

 それだけではない。お客が棚やラックの商品を手に取ると、センサーが感知して説明を始める。さらに商品の詳しい説明を必要とすれば、店内のタブレットPCを利用してブランドの本部にいるスタッフとのビデオチャットができる。もちろん、商品はその場で試着や購入が可能。プロの販売員は必要でなく、支払いや品出しではデベロッパーのスタッフでも事足りる。

 テナント側も出店のために新たに販売スタッフを採用する必要がない。それでなくても販売員へのなり手不足は深刻だ。デジタル実店舗、AI接客は人件費などの削減だけでなく、業界が抱える課題を解決する手段になり、店舗展開がスムーズに進むことへの期待は大きい。


むしろ改革途上の量販店が導入すべき




 1月の半ばからデジタル実店舗の試験運用に取り組んでいるのが、福岡を拠点にする鉄道会社、西鉄である。中心部天神では駅ビル、都市型ショッピングセンター(SC )も運営しており、その一つのソラリアプラザ5階では3月末まで「デジタルポップアップストア」を展開中だ。アパレルからアクセサリー、菓子、キャンドルといった店舗が期間限定で出店する。

 駅ビルや都市型SCでは、激しいブランドの争奪戦が繰り広げられている。だが、地方では人口減少によるマーケットの縮小で、商業施設そのものの縮小を余儀なくされているところもある。それに人手不足が輪をかけているのだから、デベロッパー側としてはハード面で出店しやすい店作りをするしかないと判断したと見られる。

 西鉄もスタッフ採用の心配がなくなれば、東京をはじめ海外からも人気ブランドを誘致しやすいと考えたようだ。デジタル実店舗のプロトタイプが完成すれば、話題性はもちろん実用面でも期待できる。実験に参加したうち1社は奈良県の企業とか。地域に埋もれている商材を発掘し、福岡で孵化することにもチャレンジしたい狙いもある。

 デジタル実店舗は、ある程度の設備投資が必要だが、人手不足の解消に繋がるのは確実だ。また、従来はセルフで営業してきた業態にとって、接客サービスが向上できるのは間違いない。むしろデジタル実店舗は苦戦が続く量販店のアパレル、GMSの衣料品売場を改革する第一歩になるのではないかと思う。




 量販店では、広島のスーパーイズミが2022年からアダストリアと共同で、30~40代の女性向けの新ブランド「SHUCA(シュカ)」を開発。同年9月から郊外型SC、ゆめタウンの全46施設で展開をスタートしている。ベイシアグループ傘下のベイシアは大手アパレルのワールドと協業し、オリジナルのレディスブランド「YORIMO(ヨリモ)」を開発した。イオンの子会社、イオンリテールは衣料品売場をデイリーカジュアル、セカンドライフ、ネクストエイジなどの6つの年齢別・シーン別に分類した「専門店モデル」を拡大中だ。



 イトーヨーカ堂は、撤退したGMSの衣料品平場に対し、アダストリアがヨーカ堂専用のブランド「FOUND GOOD(ファウンドグッド)」を供給し、2月15日から東京の木場店、神奈川の立場店の2店で販売をスタートしている。6月までに64店に導入する計画という。量販各社は専門的ノウハウを持つアパレルと協業し、ファッション性やコーディネート力を高め、量販アパレルのMD改革に乗り出したと見られる。

 ただ、アパレル販売は開発した商品を衣料品平場にアソートメントすれば、完了というわけではない。ファッション性を持つ衣料品に注力すればするほど、コーディネートや着こなし、小物使いなどをお客にフルサービスで伝えることが肝心だ。だからと言って、GMSの売場にそのブランドを着た販売員を常駐させることも、セルフを旨とする量販店にはそぐわない。

 そこで、カギを握るのがデジタル装備による接客や情報の提供ではないかと考える。シュカにしても、ヨリモにしても、ファウンドグッドにしてもシーズン前にアパレル側が商品開発やMD構築を行う段階で、実際のコーディネートや着こなしも考えているはず。ただ、売場に販売員がいなければ、それを実践して伝えることはできず、販売における説得力を欠く。だから、コーディネートなどのポイントをAIに学習させ、売場に設置したモニターでお客に訴えればいいのだ。



 さらにAIカメラがお客の性別や年齢を認識し、似合う色やデザインの商品を紹介するだけで、お客の反応は違うだろうし、売上げにも差が出てくると思う。量販店はあくまでセルフ販売が主体なのだから、商品に詳しいアパレルの担当者がビデオ通話するまでは必要ない。モニターで情報を伝え、AIカメラがお客を認識してレコメンドすれば十分だ。

 全国に270店以上のスーパーセンターを展開するトライアルは、すでに同様の手法をトライアルGOで実践している。売場に設置されたモニターで、常時レコメンド商品を紹介する一方、消費期限が短い弁当や惣菜を対象に、AIカメラが陳列棚を常時観察し、商品の売れ行きをモニタリングする。得られた売れ行きデータをAIが判断して消費期限が近いものから自動で値下げ価格を棚札に表示する。同社ではシステムの他社への販売も検討しているというから、アパレルの販売で活用できなくはない。

 販売期間のスパンが比較的長いアパレルだから、自動値下げシステムまでの重装備は必要ないと思う。だが、お客への情報提供や売場のモニタリングをデジタル化するのは今や不可欠な要素だ。ここまでやって初めて量販店の衣料品改革ができるし、人がいないことに代わる仕組みになるのではないだろうか。もう小売販売業ではなく、情報技術リテーラー。いない人に代わるものをいかに手当てできるか。そこにかかっている。
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共感の先を考える。

2024-02-14 07:31:58 | Weblog
 筆者は幼少期から社会人になるまで、周囲にアパレル関連に携わる人々が多数いて、環境から学べたものが多かった。同級生には服飾専門店の倅や娘がおり、親が仕入れに行ったイタリアで買ってきたパンツを穿いているお坊ちゃんもいた。店舗と一体になった自宅に遊びに行くと、店頭に並んでいる最新トレンドの服や舶来生地に触れることができた。2階のアトリやでは専門学校を出たての若い縫い子さんが働いていた。当時、流行っていた「ラブテスター」を試して針が半分以上に振れ、揶揄われたのはいい思い出になっている。

 叔母はサロンブティックを経営していて、博多に支店を構える大手アパレルの展示会にちょくちょくやってきていた。その一つが「イトキン」で、自宅近くの奈良屋町に営業所があった。叔母は叔父とともにシーズン向けに企画されたサンプルを見ながら、担当者と喧々轟々のやり取りをすることが多かったようだ。終電の時間を過ぎても商談が続いた時は、うちの家に泊まりに来ていた。朝起きると、布団で叔母夫婦が寝ている姿を見て、子供心に「商売人って大変だな」と思った。

 従兄弟は専門店系アパレルの営業マンで、コミュニケーションをとるのがとても上手かった。高校時代にはたまに連絡をくれて、「お茶を飲みに行こう」と喫茶店に連れて行ってくれた。そこでは「今、メーカーがどんな商品を企画し、どう売っていこうとしているか」、わかりやすく説明してくれた。学校の授業では学べなかったビジネスのノウハウを、多少でも身につけることができたのは、その後の仕事にずいぶん役立った。



 母親はオートクチュール(高級注文服)の洋裁師だった。昭和40年代の半ば頃までは既製服はそれほど出回っておらず、お金持ちの中高年女性はブティックや百貨店で生地を選んで誂えるのが当たり前だった。母親は採寸から型紙作り、仮縫い、縫製までをこなし、お直しもしていた。その影響からか、若いOLさんが雑誌の切り抜きと生地を持って、「こんな服を作って欲しい」と、うちにやってきた。縫い代部分にチャコやしつけ糸で印が付けられた袖や身頃を見るのは日常茶飯事。おかげで、針と糸を難なく使えるようになり、裁縫が得意になった。

 大学時代にはレディスのマンションアパレルでアルバイトを経験した。当時、伸びていた「キャリアゾーン」のメーカーで、企画する商品には大人っぽい雰囲気とエッジがきいたシャープな感覚があった。イタリア製の生地が使われるものは、こんなに出来栄えが違うのかと感じた。仕事は工場から上がってきた商品を型番別に棚やハンガーラックに収納すること。そして、取引先からの注文に応じて仕切書をもとに取り出し、パッキンに詰めて送り状を書いて出荷するものだった。

 ビニール袋に入ったシャツやニット、プラスチックハンガーにかかったジャケットやスカートなどを見るたびに、「今シーズンはこんなアイテムが売れるのかな」と、その傾向を勉強することができた。取引先はこだわりが売りの全国のショップばかりで、仕入れにやってくるバイヤーさんは感性が鋭く、商品に対する目利きも良かった。完全買取や見計らい、担当者了承済みなど、いろんな取引条件も知った。

 もっとも、自分自身は広告制作の方に興味をもち、大学の授業と並行して講座を受けたりダブルスクールで学んだりと、卒業後はそちらの業界に進もうと考えていた。それでも、クリエイティブ部門の新卒採用は大手広告代理店しかなかったため、勉強を続けながらアパレルで働く道を選択した。その後、広告会社に転職して制作に携わり6~7年くらいたった頃、偶然にも雑誌広告の仕事で出版社の営業担当者と話す機会があった。そこで業界の事情に詳しいと受け取られたのか、編集部を紹介された。

 「アパレルのこと、よくご存知みたいですね。ルポを書きませんか」と、編集長はオファーをくれた。ルポなんて書いたことは無かったが、雑誌の仕事はやってみたいと思っていたので快諾した。初めて書いたのは、ストリートのショップルポだった。編集長には好評で、継続して仕事をいただくようになった。別の出版社、他の媒体からも声がかかり、以来30年近くにわたり取材からインタービュー、撮影、記事制作、広告企画までに携わった。

 逆に知り合いから企画の相談を受けることもあった。アパレル業界に精通したおかげで、本業でもモデル撮影では衣装選定をスタイリスト任せにせず、主導権を握れた面は良かったと感じる。

男性のライフスタイルとファッションの関係



 マンションアパレルの社長にもお世話になった。レディスウエアの構造や縫製については少しはわかっているつもりだった。だが、シーズンに売りたい商品を企画し、落とし込んだデザインからパターンを起こし、生地や副資材の手配からサンプルを仕上げるまでのフローは、初めて知った。また、「クリエーション」や「マーケティング」という用語も、社長がよく使っていたので理解できた。「ラグジュアリーじゃないが、自分のセンスに合ったもの、他人とは違った服を着たい層。好きな服ならお金をかけても良いという女性たち。そんな人々にうちは支えられている」って感じの会話の中でだった。

 ちょうど、大学を卒業する頃、社長が朝日新聞かなんかの切り抜きを見せてくれた。大手素材メーカーが2000人くらいの男性に対し、ライフスタイルとファッションに関するアンケート調査を行ったものだった。感性別に細かく分類された男性ファッション、それが時代を経ていかに変遷し、どう変化していくのかということに非常に関心を持った。切り抜きはコピーさせてもらい、さらにデジタルに移行するとワープロソフトで書き写してデータ化し、保存していた。それが以下だ。

 1.グラスホッパー(上っ調子)・・・ファッション、音楽、恋人に関心が高い。ブランド意識が強い。刹那的。話好き。愛読するのはファッション誌あるいはオーディオ誌。

 2.ローファー(怠け者)・・・ファッションへの関心が少ない。消極的。ネクラ。衣服は実用的であればこだわらない。面倒くさがり屋。マンガとアイドル歌謡曲を好む。

 3.フォロワー(追随者)・・・生活に余裕がないヤングアダルト。夫婦でおしゃれを楽しむにも、年間衣料費13万6000円ではどーしようもない。余暇はドライブ。



 4.フォアランナー(先駆者)・・・おしゃれ、余暇などすべてに積極的なアダルト高感度派。衣料費はフォロワーの倍の約24万円。ロックやソウルを好み、余暇は友人とのパーティや映画、演劇鑑賞。

 5.ゲームスター(ばくち打ち)・・・賭けごとや酒、カラオケが好きで刹那的、ファッション意識は高くないが、同年代の「ファミリスト」よりは高い。愛読するのはスポーツ紙。



 6.ファミリスト(家族主義者)・・・若者についていけない堅実中年タイプ。年間衣料費は11万6000円で、職を持っている人の中では最低。色やデザインの決定権は妻にある。貯蓄、家族団欒に努める。

 今から40年以上前のアンケートだから、現在ではニュアンスが変わったり、別の要素に置き換わっている。だが、男性のファッション分類としてはそれほど大きな変化はない点で、非常に興味深い。例えば、グラフホッパーは今で言う「Z世代」だろうか。刹那的とあるが、その時の生活が良ければいいというのは今の若者もそれほど変わらない。オーディオへの関心はほぼなくなったと思うが、代わるものとしてスマートフォンとアプリがある点は時代だろう。ローファーは当時用語がなかった「オタク」に置き換わった。「推し活」という言葉が生まれるほど、マンガやアイドルに対する志向は健在だ。

 フォアランナーの解説は、まさに雑誌「レオン」の年間編集スケジュールと同じと言える。当時はちょうど雑誌「ブルータス」が創刊された直後だったと思う。ただ、筆者の周りにもこのような男性はそれほど見かけなかったので、雑誌自体が高感度なライフスタイルイメージを先行させ、消費を喚起させたかったのかもしれない。そう考えると、現在のレオン然り、雑誌が先兵を作り、広げていく手法はそれほど変わってはないような気がする。

 フォロワーやファミリストは現在も変わらないままだ。ユニクロやザラなど、安くて手頃な店舗があるため、衣料品の買い物は当時よりも困らなくなった。ただ、夫婦のスタイリングがバラバラで調和されていない点は、変わっていない。ゲームスターについても健在と言える。彼らが着ていらっしゃるヤンキーテイストの商品を扱う専門店は、地方都市の商店街には今も堂々と残っている。値段もユニクロなどより遥かに高いので、経営が成り立っているのではないかと思う。

 他に注目されるのは年間衣料費の額。40年以上前だからフォアランナーの約24万円は妥当としても、フォロワーの13万6000円、ファミリスト11万6000円はどうなのだろう。まあ、家族全員の衣料費とすれば、この程度なのだろうか。むしろ、デフレが続いた過去20年と比べると、当時の方が逆に高いような感じもする。一般の衣料品が国内生産で、現在より割高だったということもできるのだが。



 男性に特化したマーケティングではないが、イノベーションの普及過程について、以下のような分類がなされている。そこでは新しい技術が産業として飛躍するために乗り越えるべき関門があるという。それが「アーリーアダプター」で全体の13.5%。イノベーションが普及する上で、いちばん新しい物を好む層を「イノベーター」(2.5%)とすると、その次に来るのがこれだ。米国の経営学者エベレット・ロジャース氏によれば、新技術が一気に広がる目安は、市場シェアの16%を超えたあたりという。

 つまり、最初に新しい技術に飛びつくのはイノベーターとしても、次のアーリーアダプターの流れをいかに「アーリーマジョリティー」に繋ぐかが新技術が一気に市場に浸透するカギになるということ。そのアーリーマジョリティーが重視するのは、性能の良し悪しや価格だけでなく、先にある世界観や理念だとか。なるほどである。こうした理論はアパレルのブランド開発やマーケティングにも通じる。結局、ブランドビジネスにしても、服作りにしても、対象とする人々にいかに共感してもらい、その先に何を目指すのかが重要なのだ。

 マーケティングやイノベーションについては、リスキリングする価値はあるのかもしれない。今年のマイテーマにしてもいいかと思う。
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都市百貨店が地方を救う?

2024-02-07 07:40:47 | Weblog
 今年は能登半島を襲った地震で幕を開けた。2月5日現在、直接の死傷者は1500人以上に及び、家屋の倒壊や半壊や一部破損、床上下浸水は合計で3万棟を超えている。その他、海岸線の隆起や漁業関連の被害もあり、今後の復興が順調に進むかは予断を許さない。震災は筆者も経験しているので、できる限りの支援を続けていこうと思うが、こうも毎年のように災害が続くと天文学的な損失に復興が追いつくのかが懸念される。それでもなくても地方は人口減少でマーケットが縮小しているだけに、災害は地域経済をさらに疲弊させる可能性が高い。

 大規模災害の影響ではないが、地方では百貨店が次々と閉店している。先日も島根県唯一の一畑百貨店が65年余りの歴史に幕を閉じた。さらに全国ニュースにはならないが、創業百年以上に及ぶ老舗が経営者の高齢化や後継者難などから、廃業を余儀なくされている。東京では次々と再開発ビルが誕生し、インバウンド効果も絶大だ。大阪も万博やIRを起爆剤に経済の浮揚に期待がかかる。大都市が潤う一方で、おこぼれに預かる地方は限定的だ。人口減少、人手不足と課題が山積の中で、地域振興には決め手を欠く。



 老舗の話に絞ろう。昨年6月、秋田県の能代で江戸の天保年間から営業をしてきた菓子舗の「熊谷長栄堂」が186年の歴史に幕を下ろした。小豆のあんと砂糖、天然の寒天のみを材料にした東雲羊羹一筋でやってきたが、8代目店主鈴木博さんの兄で前店主の熊谷健さんが2014年に亡くなり、22年8月頃からは製造機械の故障が続いていた。同年12月には兄から製法を引き継いだ鈴木さんの弟で工場長を務めていた保さんも病気で亡くなった。鈴木さんは後継者がいないこと、さらに自分をはじめ従業員が高齢化したことから、閉店を決断した。

 これも時代の流れだから仕方ない。そう言うのは簡単である。しかし、180年以上の長きにわたって地域に愛され無借金経営の菓子舗が単に後継者不在という理由だけで、無に帰するのは残念でならない。何とか別会社が経営を引き継げなかったのか。地元自治体や金融機関がその橋渡しに乗り出さなかったのか。地域産業の活性化に取り組むと公言する地元の国立大学は何もできなかったのか。傍観者ながら忸怩たる思いが湧き上がる。

 まあ、自治体は事業会社ではないから経営の厳しさがわからないし、老舗の存続にどこまで踏み込めるかと言えば、やはり限界がある。金融機関も企業側に借り入れがあれば、回収のために廃業させず経営を存続させたいのが本音だ。学生の起業やアントレプレナーの育成を後押しする国立大学でも、就職する学生は大企業や公務員の志望が多数派だ。現実的に地域の老舗企業を存続させていくのは容易ではないのである。

 そんな状況に立ち向かうケースもある。ある地銀グループ傘下の「投資専門会社」が地場企業の経営支援に乗り出したのだ。1946年創業のファッション専門チェーン店の立て直しがそれだ。この企業は2008年のリーマンショックで業績が悪化して負債を抱え、それが新規出店の足枷になっていた。また、古参社員が退社したことで、経営を引き継ぐ後継者候補に窮し、第三者への事業売却も債務がネックとなって進まなかった。そこで、投資専門子会社がこの企業を買収して経営の立て直しに取り組んだのだ。

 主な債務を引き継ぐ旧会社と事業を運営する新会社に分割。投資会社はアパレルビジネスのノウハウを持つコンサルティング会社と一体で、新会社の全株式を保有した。社長には旧企業の幹部を抜擢したものの、取締役の過半数を投資会社とコンサルティング会社から送り込んだ。つまり、新会社の経営陣が旧企業の債務を気にすることなく、新規出店など事業拡大を積極的に進められる企業環境にしたのである。こうしたスキームだと、資金力を持つ地銀グループだからこそ可能になると言える。いよいよ地方の金融機関がリテールに拘らず、越境で地域の老舗企業を存続・再生する時代に入ったのかもしれない。


民間企業が地方の老舗の存続・支援に乗り出す

 ここに来て、民間企業が地方企業の支援する動きが起こっている。都市百貨店の松坂屋、大丸、都市型ショッピングセンター(SC)のパルコで構成するJ.フロントリテイリングは、イグニション・ポイント ベンチャーパートナーズ(IGP-VP社)と共同で3月に「事業承継ファンド」を設立し、地方企業支援のためのファンド運用を開始するという。小売りグループによる事業継承ファンドの設立は、初の試みということだ。



 ファンドの狙いは以下になる。まず地域の産業・雇用の維持など地域経済への貢献、日本の地域に根ざしたコンテンツを発掘、それらの出資、支援することで未来にコンテンツを受け継ぐことだ。次に投資対象は「食文化」を中心として、日本の地域に根差した事業を行う国内企業で、地域は限定しない。J.フロントリテイリングが地域や生産者とのつながりを生かせる地域には注力する。将来的にはJ.フロントリテイリングへの売却(子会社化)を想定し、過半数の出資を前提とする、という内容だ。

 投資後のスキームとしては、J.フロントリテイリング、IGP-VP両社の強みを活用する。JJ.フロントリテイリングとしては、販売チャネルの提供、優良な顧客資産の活用、取引先ネットワークを活用した他企業とのコラボレーション、経営人財の支援などをする。言うなれば、松坂屋や大丸、パルコの優良コンテンツ、テナントになりそうなところを発掘し、販売チャンネルを拡充ことで、地方で埋もれている企業、存続が危ぶまれる企業を孵化、再生、成長軌道に載せていく思惑と受け取れる。地域の老舗企業をグループ傘下に置けば、出店の交渉もスムーズに行くからだ。

 松坂屋や大丸といった百貨店は従来、アパレル、バッグや靴、宝石貴金属、時計を主力に海外のラグジュアリーブランドから国内メーカーまでの商材を主要フロアに展開してきた。また、非百貨店のパルコはヤング向けトレンドファッションの発信と、新興ブランドの孵化器としての役割を果たし、都市型SCのブランド力とプレステージ性を確立した。ところが、百貨店としてはアパレル主体で歩率を稼ぐビジネスに限界が見え始めている。パルコにしても若年人口の減少や老朽化した地方店の苦戦から、将来の展望が見えにくい状況にある。



 特にJ.フロントリテイリングの中で、非百貨店分野であるパルコの売上高営業利益率は、2023年2月期で6.6%と18年同期の10%を下まわっている。コロナ禍の収束で人流が回復し、前期の連結営業利益は118億円で前の期より2割近く増えているが、18年同期に比べると約半分に過ぎない。百貨店も非百貨店もこれまで主要商材に位置付けてきた「衣」の次に来る商材として、「食」を位置付け、重点を置こうとの狙いは当然の判断ではないか。



 松坂屋は2017年に銀座店を完全テナントビルの銀座SIXにリニューアルした。だが、主要テナントがどうしてもラグジュアリーを含めた国内外のアパレル・服飾、貴金属のブランドに偏ってしまった反省がある。大丸は東京店4階に売らない店「明日見世」を開業したものの、そこで展示しEC販売する商品が爆発的なヒットまでにはいかない。むしろ、1階フロアの半分以上を占める和洋菓子の方がインバウンド効果もあって売れ行きは好調だ。その中からは今も行列が絶えない「N.Y.C.SAND」といった大ヒット商品も出現している。これに次ぐような商品の発掘は至上命題で、そう考えると事業承継ファンドの設立も納得がいく。

 食にはトレンドがあるから、百貨店などはどうしても流行りのテナント誘致しがちだ。過去20年を見ても、スイーツではキャラメルや抹茶系、ロールケーキ、バームクーヘン、ドーナツ、パンケーキ、フレンチトースト、ラスク、バスクチーズケーキ、かき氷などが半年から1年ほどの期間でヒットしている。食事や副菜ではつけ麺、魚介系や激辛の麺、食べるラー油、ステーキ、サラダ、塩パン 、グルメハンバーガー、恵方巻、チーズタッカルビ、高級食パン、スパイスカレー、さば缶、おにぎりなどと、トレンドは目まぐるしく変わっている。



 ただ、俯瞰して見れば、定番は一定のサイクルでトレンドになりやすい。また、日本人に合うご飯ものや麺類は安定した人気で、その中からヒット商品が生まれる傾向が強い。かつて老舗菓子舗の経営者は、ある経済誌の取材で「うちでも商品の売上げ比率は和菓子4割、洋菓子6割になってしまったが、餡餅や羊羹、たい焼き、寒天、かき氷など古くからある庶民的ものも仕掛け(イースターなど)次第でトレンド、ヒット商品になる素地はある」と語っていた。ここ数年の傾向を見ると、まさにその通りになっている。

 日本全国各地にある食のメーカー、食事処の中には、時間をかけて看板商品を育て上げ地元で人気を誇る定番商品を持ちつつも、まだまだ多くに知られず埋もれているものが少なくない。一方で、市場の縮小や後継者不在で経営が尻すぼみになることは避けられないため、販売チャネルの提供やネットワークの活用などの支援を行うことで、食の再発見として全国的な認知度をあげ市場を拡大できれば企業の存続、再成長にも繋げられる。

 もちろん、J.フロントリテイリング側はデパ地下やテナントでの展開、EC販売に乗り出す上では、地域企業の商品のリブランディングも視野に入れているだろう。あくまで、基本の味や製法は守りながら、ロゴマークやパッケージのリニューアルすることでグレードを上げ、収益アップにも繋げていく。担当者にはその辺のバランス感覚も求められるということだ。地方百貨店が衰退していく一方で、資金力と人材を持つ都市百貨店がどこまで地域社会と共生し活性化に貢献できるか。百貨店やSCの実力と可能性が問われることになりそうだ。
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