HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

コンパクトに暮らす。

2023-06-28 07:28:14 | Weblog
 衣・食・住と言えば、生活に必要な基本要素だ。筆者はこれまで衣には仕事で携わり、食は趣味として実践し、住は仕事部屋のインスタレーションから自宅の模様替えと、いろいろ楽しんできた。ただ、衣にしても食にしても住にしても高等専門教育を受けたわけではない。

 衣は仕事を通じてメーカーや工場から技術的なことを教わりつつ、自分でも専門書を読みあさってデザインやパターンのノウハウを少しずつ習得できた。食についてはいろんな創作メニューに挑戦しながら素材の使い方や味を工夫した料理を作り、家族や友人に満足してもらえるようになった。そして、住は住まいを設計するとはいかないが、事務所や自宅のインテリアを自分でデザインし、素資材を調達して組み立てるまでになった。

 政府はリスキリング(学び直し)を提唱し、メディアも盛んに喧伝している。自分では可能なら学び直したいというか、関心を持っている分野が建築だ。子供の頃から都市生活が好きで、社会人になっても職と住を接近させて暮らしてきた。特に最近は社会生活に必要な基本要素で、最も重要なものは住ではないかと考えるようになった。都市生活を学問として突き詰めると、どうなのか。このテーマならリスキリングをやってもいいかなと思う。

 親の代からの持ち家があっても、就職や進学、結婚を考えると住み続けるのは難しい。賃貸だと住む物件は収入や仕事、家族に左右される。居住のスペースは独身、夫婦、家族で変わっていき、居住地が定まらないと就職することも、子供の教育を受けることもできない。何より住は衣や食よりお金がかかる。空間設計やデザインから生活や家族の態様、社会との関わり、そして莫大な費用を賄うための金融まで、いろんな事情が関わってくる。だからこそ、学問としての価値は高く、リスキリングのテーマになるのではないかと思うのである。



 新たに学ぼうとしている対象ではないが、以前から興味があって情報が露出するたびにチェックしてきた建築物がある。建築家の黒川紀章が設計し、1972年に完成した。「中銀カプセルタワービル」だ。このビルを初めて見たのは高校生の時。父親がおりにつけ黒川紀章の話をすることがあり、家族で銀座に出かけた時に完成して数年後のビルを見た。当時は外から見ただけで「変わったビルだけど、モダンだな」との印象を受けただけだった。

 その後、新橋に行った時はあえてわざわざ銀座まで歩き、ビルの前を通りながら変貌ぶりを見てきた。室内を見学させてもらおうと、一度知り合いのつてで見せてもらったことがある。オープンリールの録音機など壁に埋め込まれた調度品は斬新だったが、居住スペースは意外に狭く、丸窓一つでは採光も部屋によっては限界があると感じた。



 ちょうどその頃、雑誌で「メタボリズム」という運動を知った。ニューヨークに行く前には、ここを事務所にして生活も一緒にしたらどんな暮らしになるのだろうかと、思いを巡らせたこともある。福岡に戻ると、中心部天神界隈に事務所を持つことができ、中銀カプセルタワービルよりも広くて十分な彩光の部屋を借りることができた。

 中銀カプセルタワービルは、住居用のカプセルが一つ一つユニットとして独立しており、合計140ユニットで構成されていた。メタボリズムはビルの設計思想でもあり、社会の変化や経済の成長に合わせてカプセルはコピーし、量産を可能とするものだった。だから、老朽化すればカプセルごと取り外して、電気や電話の線、水道管などと一緒に交換する、つまり新陳代謝できる建築物として考えられていたのである。

 もし、中銀カプセルタワービルで生活したら、今より不便を強いられたかもと考えるようになった。それでも、「黒川紀章氏はなぜ中銀カプセルタワービルを設計したのか」「そのベースにあるメタボリズムという建設運動の目的とは」「カプセルは新陳代謝されることなく、解体されることになったのか」等など。学問としてはデザイン工学というか、建築社会学というか。純粋に学ぶ価値はあると思っている。


持たざる生活の学術的価値をどう切り開くか



 ところが、実際には建設から50年が経過し、老朽化が進んだため解体が叫ばれるようになった。一方、保存を望む元住民らで作る「中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクト」が結成された。インターネットで様々な活動内容を発信していった。大学の研究者も解体前に学術研究の対象として調査を実施し、資料を集めていった。筆者も解体はやむを得ないと思いつつ、カプセルを保存・再生する活動に賛同した。

 プロジェクトからは以下のような経過報告が発表された。「約35年間大規模修繕がおこなわれず、安全性の問題が無視できない状況を管理組合やオーナーと話し合いをおこない敷地売却決議に合意しました」「このまま解体されてしまうと、メタボリズム思想の代表的建物が失われてしまいます。少しでも後世にこの思想を継承できるように、買受企業と協議をおこない、複数カプセル(最大139カプセル)の取得に合意をいただきました」「解体時にはそのカプセルを取り外し、株式会社黒川紀章建築都市設計事務所の協力により再生します」(抜粋)



 ビル自体を存続することはできなかったが、カプセルを再生、保存することができたのは何よりだ。内外装などの修繕を施し再生したカプセルは、希望する美術館や博物館に寄贈される。また、カプセルの魅力を伝えるために「泊まれるカプセル」を全国で展開するために商業施設や宿泊施設を中心に協業先が開拓されている。



 大学との共同研究も進んでいる。保存プロジェクトは芝浦工業大学の手を借り、レーザースキャナーと3Dカメラ、一眼レフカメラを併用して撮影し、複数カプセルの三次元データを収集した。レーザースキャナーはライカ製で、共用部にも十分対応できるスペックだ。東京ビッグサイトで開催された「トレーラーハウスショー」では、工学院大学の鈴木敏彦教授がカプセルの一つをトレーラーカプセルに再生。物置メーカーのヨドコウが協賛し「YODOKO+トレーラーカプセル」として出品された。

 今年秋には松竹が2カプセルを再活用した新スペース「シャトル」を東銀座にオープンする。歌舞伎座や築地の近くだから、これはぜひ出張時には見学してみたい。先日は近現代の美術や建築などの世界的な収蔵品で有名な米サンフランシスコ近代美術館にカプセルが収蔵された。同美術館は「実験的な建築。世界の建築史にとって重要」と、収蔵の理由を説明するが、住空間が柔軟かつ容易に作り変えられるという考えが評価されたのは間違いない。

 世の中にはいろんな住生活がある。郊外の一戸建てに住んでマイカーを持ち、家族との生活を第一に考える人。都心のタワマンをベースに通勤距離を短縮し、学校や病院、スーパーなど利便性を享受する人。マンガやフィギュア、アイドルの“推し”が住の一部になっている人。最近は徒歩で通勤するために都心の狭小住宅で暮らす若者もいる。一方、テレビ番組の影響や地方の活性化から田舎暮らし、自給自足的なライフスタイルにもスポットが当たっている。

 政府は少子化に歯止めがかからないため、異次元の少子化対策を打ち出した。だが、こればかりは一人一人のライフステージはもとより、生活スタイルや生き方、将来設計やキャリア形成などの価値観が関わるので、対策が一律に奏功するとは考えにくい。また、国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、日本は12年後の2035年には15歳以上の人口に占める「独身者(未婚+離別死別者)」の割合が男女合わせてほぼ48%に達するという試算がある。

 未婚化・非婚化に加え、離婚率の上昇や配偶者の死別による高齢単身者の増加など、ソロ社会の方が急速に進行しているのだ。それを悲観的に捉えても仕方ない。ならば、独りにあった「コンパクトな暮らし」も考えていくべきではないか。それは都市と地方で違ってくると思うが、都市生活では衣服はなるべく長く着られるものを最低限所有して、調度品もスペースに合わせてセーブし、食も1週間程度の備蓄に抑えていくというミニマムライフだ。それが「終活」ともセットになれば、周囲に迷惑をかけずに済む。

 政府は老朽化マンションの建て替えについての建て替え決議を5分の4から4分の3か、それ以下に引き下げようとしている。背景には所有者不明や管理が困難になっていることがある。ただ、建て替えるにしても残る高齢単身者がどれほどのスペースを必要とするのか。足腰が衰えや災害を考えると2階建て以上は厳しい。こうした課題も新たに生じてくる。まさに建築社会学の領域である。

 コロナ禍で普及したテレワークも、PCとネット回線と机があればできると考えるのは短絡的だろう。やはり、そこでは住環境の改善・整備と並行して、コンパクトな生活も議論しなければならない。都市生活、職住接近、コンパクトライフ。筆者はそれにファッションスタイルも加味して行きたい。それらに意義を与えるには学術的知見も必要だから、リスキリングのテーマにも十分なり得ると思うが、果たして。
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売れないを売る。

2023-06-21 07:29:47 | Weblog
 アパレルの売れ残り在庫をいかに消化し、現金化するか。特に最近は廃棄に対して、厳しい目が注がれている。だから、それ以前のプロセスが重要になる。服の状態まま効率よく消化する仕組みをいかに作るかだ。

 現在、在庫の消化システムには以下のようなものがある。ブランド衣料の場合、プロパー販売への影響やイメージの毀損があるため、自社で別の業態を展開し処分している。それが「アウトレット」(メーカー系のファクトリーアウトレット、小売り系のリテールアウトレットで、あくまで自社の在庫を処分するもの)だ。

 さらにブランド側が価格を割引したオフプライスの流通を認めている米国では、タグがついたままの売れ残り在庫を「仕入れて(他社のブランド)」販売する「オフプライスストア」が発展した。米国でアウトレットモールが数あるのは、オフプライスストアが存在するからとも言われている。純然たるアウトレットだけではテナントが埋まらないからだ。

 一方、国土が狭い日本では、アウトレットモールの展開が限界に来ており、既存の施設でもアウトレット専用品を販売したり、飲食店などを加えて何とか体裁を整えている状況だ。最近はアパレルメーカーが傘下ブランドを玉石混交したオフプライスストアを郊外に展開するようになっている。これがアウトレットに常設されるのも時間の問題ではないかと思う。

 ただ、国内のアウトレットモールに流れるブランド衣料はほんの一部に過ぎない。大半はブランドタグが切り取られた状態の中古衣料として扱われ、「バッタ屋」ルートに流れるか、繊維原料として二束三文で海外に輸出されるか、である。

 識者の中には、「アウトレットだろうと、オフプライスストアだろうと、消費者は違いがわからず、単なる安売り店としてしか見ていない」と仰る方もいる。それはあくまで素人目線の見方であって、ビジネスを行う側からすれば売れ残りの在庫は、1点でも現金化して1円でも多くの利益を取らなければならない。だから、業態の性格をはっきりさせてバーチカルな消化システムを整備し、少しでも収益を得ることが重要なのだ。

 バッタ屋のように無造作にハンガーに掛けただけの商品なら埋もれてしまうが、ブランドのタグがついた状態でプロパー店と見まごうVMDできちんと提案すれば、お客が手に取って試着、購入に至る確率は格段に上がる。それでなくて安売りの業態は掃いて捨てるほどある。加えてSDGsの流れからすると、製造した商品はできるだけ廃棄することなく、服のまま消化するのが求められている。



 アウトレットやオフプライスストアは流通の仕組みを変えたものだが、それを進化させた業態とは何か。キーワードは「デジタル化」「コト消費」「リサイクルの学び」だ。先日、三井不動産が服のリサイクルをテーマにした大型店「木更津コンセプトストア」を公開したが、この業態こそ進化したオフプライスストアのプロトタイプではないかと思う。

 立地は千葉県にある三井アウトレットパーク木更津の隣接地で、敷地面積は7300平方メートル。三井不動産がアパレルメーカーなどと提携し、余剰在庫やB級品、アップサイクル品などを広大なスペースに展開する。

 ただ、入店するには300円(中学生以下無料)の入場料が必要になる。一見のお客ではなく、目的を持ったお客に来店してほしいということだろう。入場料や商品代金の一部はリサイクル事業を展開する企業や団体など寄付先を選択できるというから、これも新しい試みと言える。バッタ屋の次元からすれば、隔世の感がある。

 入店したお客は、AからEの売場をくまなく回れるような動線設計がなされている。売場はブランドごとのグルーピングはせずに、お客に先入観なしで商品を選んでもらえるように配慮。インショップのような小スペースにセレクティングすることで、売り残りながら希少性をイメージさせる。お客はどんな商品があるのか、好きな色や素材、デザインが見つかるのか。ワクワクしながら探し出せる売場になっている。

 筆者はこれまで国内外を問わず、数々のアウトレットやオフプライスストアを見てきた。しかし、どこも商品のグルーピングや編集には難があった。売れ残りだから色柄やデザイン、サイズが違うのは当たり前で、プロパー業態やのようなVMDにはしにくい。その点でも木更津コンセプトストアはB級品やアップサイクル品などを加えて、こうした難題を乗り越えようとしている。おそらく、VMDや編集に長けた店づくりのプロが運営に携わっているのだろう。


リサイクル・ラーニングの場も設ける



 木更津コンセプトストアは、リサイクルビジネスを手がけるパス・ザ・バトンの「スマイルズ」が店舗をプロデュースし、アウトレットのオペレーションで実績をもつ「双日インフィニティ」が運営に当たる。三井不動産はショッピングセンター事業で培ったネットワークを生かし、約100社の企業・団体から商品を調達する。開業時点で展開されるブランドは50以上で、アイテムは衣服、靴、バッグ、アクセサリーとほぼフルラインナップされている。

 商品にはブランド側が設定したプロパーの値札と、ストアによる値引き価格の値札が下げられている。両方の値札があれば、○%OFF表示よりも正価と値下げの価格差がわかるので、お客はそれを見て購入するか否かの判断がしやすい。また、RFIDタグ(電子無線タグ)で管理されているため、「プロパーでは〇〇円のブランドを〇〇円にするば売れる」「〇〇円の粗利が稼げる」等などの情報も把握できると思われる。

 おそらく、データはブランド側、ストア側の双方が共有するのではないか。いくらぐらいのブランドがどれほど売れて、いくらの粗利益が取れるのかを知ることで、商品の投入などその後の政策にもフィードバックできるわけだ。ポイント・オブ・オフプライス、割引時点管理とでも言おうか。デジタル管理することで、商品が消化されるタイミングやその時点での価格や粗利が逐次把握できる。まさにオフプライスストアの進化型と言えるだろう。



 あえてアウトレットモールの隣に併設したのは、アウトレットの安売り業態、物販テナントとは異なり、リサイクルへの取り組みをアピールするためでもある。その一つが「ファクトリーラボ」。ここでは「不要になった衣料を肥料に生成するクレサヴァ」「廃棄繊維から紙を作る一般社団法人サーキュラーコットンファクトリー」「衣服を燃料に変える研究を進める文化学園大学と近畿大学のデモンストレーション」などが見学できる。




 また、ファクトリーラボの裏手には畑を設け、衣服から生成した肥料で野菜を栽培する。単なるオフプライスストアとして機能させるだけでなく、「服はこんなものにも変わるんだ」という大人から子どもまでの「リサイクル・ラーニング」の場としての機能をもたせている。

 ただ、課題がないわけではない。来場客は木更津アウトレットに出かけたお客がついでに寄るケースがほとんどだと思う。今のアウトレットモール自体の来場動機が以前のような目的買いから時間消費型(何かいいものがあれば購入してもいいくらいの感覚で、あとは暇つぶしや食事を楽しむ)に変わっている。そう考えると、木更津コンセプトストアへの来店動機も似通ってくるのではないか。

 入場料の300円は別に高いとは思わないので、それが来店のハードルになるとは思わない。一方で、入場料を寄付に回すというからには、リサイクルへの啓蒙や学習をもっとアピールして、店舗へのダイレクトな集客を目指すべきではないか。アウトレットモールとは別の客層の掘り起こしである。

 もちろん、アウトレットでブランド衣料を購入したいお客もいる。木更津コンセプトストアがそうした客層のついで来店を促し、確実に収益を上げるには商品一つ一つがが鍵を握る。例えば、B級品(縫製時に生じた傷などで店頭に出せなかった)がプロパーで完売したものと同じで、お客が買い逃していた場合は売れる可能性は高い。また、アップサイクル品もベースの商品以上のクリエイティビティやアレンジが効いたものなら、大化けしてファンがつくかもしれない。

 問題は売れ残り在庫だ。ブランド品を購入するお客の目利きは鋭い。売れ残り在庫がいくら値下げされているとは言え、色、柄、素材、デザインなどで難があったため、プロパーでは売れなかったわけだ。そうした商品が店作りや売り方、VMDを変えただけで消化できるかと言えば、それほど簡単ではないだろう。特に格安の商品は他にたくさんあるわけで、成熟し目がこえたお客からすれば、商品をじっくり見て比較検討ができるのだから、衝動買いを躊躇うかもしれない。

 三井不動産としては、木更津コンセプトストアをオフプライスストアのプロタイプ、言わば実験の場と位置付けていると思う。商品が売れる、売れないを含め試行錯誤しながら修正を加え、業態として十分成り立つ手応えを得たなら、2号店、3号店の出店を考えるのではないか。アウトレットモール自体が成熟し、テナント不足という課題がある中での新業態、コンテンツにしていく構えだろうか。いい方に転ぶかどうか、じっくり注視していきたい。
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作るほど創りになる。

2023-06-14 06:39:49 | Weblog
 昨年、話題になったスマートフォンのホルダー。当方もこれまで何度か、自分でデザインし、革を調達して手作りした。2018年に制作した試作品では、いちばん楽なデザイン、仕様を採った。



 幅10cm、長さ90cmほどの帯状の一枚革を用意し、スマホを包むような形状にして左右の縁をワックス糸で縫い合わせるもの。3枚折りにした革の左右の端を互い違いに重ねることでポケットを作り、そこにスマホを収納する。ポケット側の革の端を折り返した上部から2cmほど離すことで、折り返しの空洞に革紐を通して首から吊り下げるようにした。

 また、反対側には切り込みを入れて、両端を直径2ミリのサークルポンチで穴を開け、名刺やカードを収められるようにした。交通系カードを入れておくと、地下鉄の改札でそのままタッチ決済もできる。

 ただ、ホルダーからスマホを取り出す時に誤って落としてしまうこともある。だから、肝心なのはスマホを落下、破損させない工夫だ。そこでスマホにはアルミの「バンパー」を取り付け、フレームには1.5ミリほどの穴を2つ開けて「ストラップホール」を設けた。これにホームセンターで購入した2重リング付きのコード(芯はてぐす)を通した。

 2重リングには「丸カン」を取り付け、丸カンには「スナップフック」を繋いで、フック側を革紐にかけることでホルダーからスマホを引き出しても、落下させる心配がないようにした。フックはそのまま革紐に沿って動くので、スマホを耳に当てても窮屈には感じない。ここまでの仕様は市販のスマホホルダーは取っていない。完全にオリジナルである。この手法は2作目でも踏襲した。

 そして、今年は第3作目の制作に取り掛かった。毎月末の金曜日を勝手にプレミアフライデーと設定して、作業時間に当てた。また、試作品、2作目からデザイン、仕様を進化させ、2つ折りのウォレット型にした。外観だけ見ると、2つ折りの長財布に見える。開くと、左側にカード、右側にスマホのホルダー。2作目と同様にスマホには前回より少し上質なバンパー(ストラップホール付き)をつけ、コードストラップとスナップフックをつけて、革紐につけるプランにした。また、ベルトをつけて開きを固定する方法も準備しておくことにした。





 これまでもそうだが、まずは頭の中で出来上がりと使いやすさをイメージし、それをもとに各サイズを割り出してillustratorで図面にする。その図面通りに厚手の工作用紙を切って、最初に紙模型を作る。それをもとに合いそうな革や小物を調達すれば、制作の準備は完了だ。あとは型紙に沿って革を切り、パーツを作る。それぞれのコバは「へり落とし」を使って角を落とし、仕上げ剤を塗って下処理する。乾いたら、各パーツをワックス糸で縫い上げていくという流れだ。


仕様が複雑になるほど、工夫したくなる




 ここまではスムーズにいくのだが、使用する革によって、伸び率やサイズ感が微妙に変わってくる。今回は2つ折りにしたので、「まち」の幅や革の伸びに差が生じた。カードを収めるための折り返しや長さも紙の型紙と実際の革とでは異なってくる。今回の革は2作目よりもさらに硬かったため、型紙ではジャストサイズでも、実際の革だとカードやスマホを出し入れしやすいようにするにはサイズを小さくする必要もある。そのため、クリップで固定して仮の形状にしておき、それを微調整していくしかない。

 また、首から吊り下げるためのストラップをどう取り付けるか。試作品、2作目は革を包むような形状だったから、空洞にストラップを通せばよかった。今回はウォレット型なので、どこにストラップを固定するか。デザインの段階では上部に革辺を取り付け、そこにストラップを通すことを考えた。ただ、ホルダーを閉じた状態では空間がなくなるので、スマートフォンを取り出しにくいことも考えられた。結局、下部まで真っ直ぐ伸ばし、細い革紐に結んだ伸縮コイルとつなぐ仕様にするプランに修正した。



 ホルダーを閉じた状態では伸縮コイルの存在はわからない。ストラップと繋いでいるのでホルダーを引っ張ればコイルが伸びる。地下鉄の改札では楽にタッチ決済ができるのではないかと行き着いたアイデアだ。まあ、ウォレット型は初めて作るので、これが完成形ということではない。使いながら少しずつ改良し、次の制作に繋げていくしかないと思う。この辺が販売用ではないホビーのいいところだ。

 今回も革は、博多の「いづみ恒商店」で調達した。少しでも切れ端が出ないように型紙を持っていって革の用尺(dsi)をできる限りセーブした。あとは長さ120cmほどの革紐とGCのハンズマンで業務用の「バックル」を購入しただけ。他の材料は前回の残り物を活用した。毎度、こしのある革を使っているので、折り返しなど形状を整えるためにカードやスマホケースを型にしてクリップで仮止めし、革の形を整えることから始めた。



 最初は硬さが心配だった革も、長期間にわたってクリップで固定していると、いつの間にか革が伸びて模型に近い形状に馴染んでいく。ただ、革の伸び率は各部や処理の仕方によっても違ってくる。カードホルダーの部分は折り返して下に革を挟むだけだが、スマホホルダーの厚みだけ「まち」を作らないといけない。さらにホルダー部分を下の革に固定するにはまちの裾をフラットに広げ糸で縫うことになる。

 革の伸びによって微妙にサイズ感が異なってくるので、カードやスマホをセットした状態で革のパーツを馴染ませてから糸で縫わないと、サイズのズレが生じてしまう。理屈上は、レーザースキャナーやAIを駆使して革の伸び率を計算すれば、量産はできるのだろうが、仕様を複雑にすればするほど、微妙な調整は職人技が必要になるのだ。これはエルメスのバッグなど、革小物全体に言えることではないかと思う。

 たかが、レザークラフト、されどレザークラフト。頭の中でデザインを膨らませ、それを形にする段階では、仕様がより複雑になっていく。当然、手作業のハードルも上がっていくのだが、それはそれで工夫を凝らすことで、技術力も上がるし、イメージ通りの物を創作できる。また、余った革は予備のホルダー制作に再利用した。だいぶ前にビーガンレザーが話題になったが、いづみ恒商店によるとまだまだ流通量は限られ、専門家の間でも賛否が分かれているという。

 それらも含めて、いろいろ作ってみたいものは山ほどある。ゴールが見えないものだからこそ、クリエイティビティが発揮できる面もある。実に奥深くて、興味は尽きない。

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デザインでもっと稼ぐ。

2023-06-07 07:33:14 | Weblog
 先月、二つのニュースが目を引いた。一つは、「アルマーニ、ドバイに住宅複合施設を建設」である。一つはアルマーニ・グループがアラブ首長国連邦のドバイに「アルマーニ・ビーチ・レジデンス・パーム・ジュメイラ」という住宅複合施設を建設するものだ。(https://www.tanamiproperties.com/Projects/Armani-Beach-Residences)



 物件は、グループ会社のアルマーニ/カーサ・インテリアデザインスタジオと、アラブ首長国連邦の建設会社アラタ(アルファベット表記はARADA)による協業プロジェクトになる。立地は、高級ホテルやマンションが建ち並ぶヤシの木の形をした人工島パーム・ジュメイラで、アルマーニ側が住戸、共有部分のデザインを担当し、施設全体の設計には日本人建築家の安藤忠雄氏が当たる。



 ジョルジオ・アルマーニと安藤忠雄との協業は、1998年の初めに遡る。イタリア・ミラノ南西のポルタ・ジェノヴァ地区にあった旧ネスレ工場を新たなモードの発進基地「アルマーニ テアトロ」にリノベーションしたのが始まりだ。これはアルマーニが以前から温めてきたプランで、シーズンごとのコレクションに加え、映画や演劇、舞台など多彩なイベントが開催できる空間を意図したものだった。



 安藤氏は、アルマーニから直接電話で設計を頼まれたというが、即答はぜず1ヶ月後にミラノで当人と顔を合わせ、一緒に敷地を見に行ったという。そこで、アルマーニの人間性に惹かれたのと、「建築に期待する」という言葉に共感して仕事を引き受けている。今回のプロジェクトもアルマーニ テアトロによる関係構築が大きく影響したと言える。

 では、当のアルマーニは建築に対して全く造詣がないのかと言えば、そんなことはない。年齢を重ねるにつれて多くの不動産を所有したため、インテリアの知識も豊富になっていった。だから、自らが創る衣服が最もイキイキとして存在できる空間は、どのようなものが最適かと常に考えていた。ある時、こんなことも語っている。「だんだん経験を積んでいくうち、僕のアイデアもインテリアデザイナーのアイデアと同じくらい有効なものだと気づいた」と。

 さらに「家を設計する時は、そこに住む人が心に抱くイメージを大切にすべきだ」とも。これを拠り所にして、アルマーニは実用的な家具のデザインを試みた。そこではモジュールという概念が重視された。つまり、その家具を使うユーザーがライフスタイルに合わせて、家具を構成する部品を自由に交換できるようにしたのである。

 こうした考えのもと、ジョルジオ・アルマーニ自らインテリアデザインや内装に携わることで、アルマーニ/カーサは事業化されたのである。現在、多くのファッションコングロマリットがブランド力を背景に衣服からバッグ、アクセサリー、香水、果てはお菓子までを製造・販売している。これはアルマーニ・グループも例外ではない。しかし、こうしたブランドビジネスの共通性から、コングロマリットの傘下にあるブランドの違いが見えにくくなっているのも事実だ。ビジネスとして高い利益が取れるなら、商材は何でも構わないからだ。

 しかし、アルマーニは違う。独立系のメゾンであるがゆえ、衣服も、アクセサリーも、インテリアも、高いデザイン思想のもとで設計され、何よりアルマーニ自身が他のブランドと差別化するには、「クリエイティビティが勝負になる」と語っている。インテリアについても、「自分の家に置いてみたいと思う家具になかなか出会えなかったから、自分でデザインし始めた」というほどのこだわりようだ。

 アルマーニの服づくりは色出しから生地の紡織、衣服のフォルム構築まで、全てにおいて独自性を貫いている。何ともいい色合いは生地によって再現され、それが見事にオリジナリティのある服を生んでいく。アルマーニはそんなデザイン思想を衣服以外のカテゴリーに打ち出して形にする。企業戦略としてもデザインが差別化の手段となって価値を生み出し、収益を上げていくということだ。

 ドバイの住宅複合施設で住戸、共有部分のデザインを担当したのも、アルマーニのノウハウを持ってすればそれが十分可能で、収益の核になると判断したからだと思う。


デザインがわかる人々に向けて

 もう一つは、「ニコアンド 住宅業界で知的財産ビジネスを開始」である。こちらはアダストリアが傘下ブランドのニコアンドで、住宅業界では初であろう「IP(知的財産)ビジネス」を始める内容。ニコアンドが企画デザインした住宅「ニコアンドエディットハウス」の知的財産権を取引先の工務店や施工会社に販売し、彼らは独立自営のまま戸建商品の高いデザイン性やブランド力、営業ノウハウを活用して、住宅建築の受注アップを目指すというものだ。
 
 アダストリアはすでに住宅メーカーのリブワーク(https://www.libwork.co.jp)と協業。「ink(インク)」を開発し、2020年から販売している。inkには「住む場所やデザインをもっと自由に。あなたのカラーで暮らしをデザイン」の意味が込められ、リブワークがSC向けに展開する戸建て住宅の受注拠点、スケッチ福岡かすや店(イオンモール福岡)で取り扱いを開始した。

 inkはSCを訪れるファミリー層のライフスタイルに合わせた戸建ブランドという位置付けで、アダストリアがニコアンドのテイストに合わせた内外装の企画デザインを監修し、リブワークがそれを設計に落とし込んで戸建のパッケージにしたものだ。アダストリア側はニコアンドのテイストをファッションアイテムから住宅までコーディネートさせて、ライフスタイル全体を提供していく戦略と見て取れる。



 今回のニコアンドエディットハウスは、アダストリアがリブワークの子会社、リブサービス(https://www.libservice.co.jp/iplicence/)と提携し、同社がニコアンドエディットハウスの知的財産権を工務店や施工会社に販売することで、彼らの認知度の向上や販売促進を支援する。アダストリアはライセンサーとしてロイヤリティ収益を得る仕組みだ。ライセンス収入は最高で5億円を見込むという。

 アダストリアが権利ビジネスに乗り出す背景には、チープなマスファッション、低価格のアパレルのみで勝負すれば、収益の先細りは否めないという危機感があると思う。そこから脱却するにはどうすればいいか。よりデザインを際立たせてニッチな市場を開拓するか。またはデザイン力を活用してアパレル以外にも収益の道を広げることなどが考えられる。

 inkではIPビジネスまで踏み込んでいなかったと思われ、ニコアンドエディットハウスは権利収益まで明確にする契約にしたようだ。他社にはないブランドのデザインを活用し、それを住宅関連、ライフスタイル全体に広げることで事業の多角化を進める狙い。アルマーニが建設した住宅複合施設は不動産開発の面もあるが、住戸、共有部分で自ら担当しているので、デザインでも収益を上げようという意味では、アダストリアと共通する部分がある。

 識者の中には、「ボリューム層は、低価格でそこそこお洒落な商品が手に入れば、それで満足」と仰る方がいる。だからと言って、マスマーケットを狙う限り、競争が激化する市場に飲み込まれていく。企業経営はこの先もずっと続いていくのだから、座して死を待つわけにはいかない。あらゆる可能性を考えて、生き残るための戦略を構築しなければならないのである。



 ニコアンドのターゲットは、比較的ファッション感度が高い20代~30代の男女だ。ニコアンドエディットハウスも、そうした階層に照準を当てている。ただ、彼らが家を購入するにはローンを組むことになる。権利料を支払うのは工務店や施工会社だからその分を施工費に上乗せすれば、結果として住宅価格が割高になるかもしれない。

 住宅の購入者側は、ニコアンドエディットハウスが一般の住宅に比べ、権利料が乗った分だけ割高なら、購入に二の足を踏むこともあり得る。また、権利ビジネスは収入が自然発生するメリットがある反面、必ず収入を得られるという保証は極めて曖昧だ。そうしたデメリットも承知の上で、権利ビジネスに舵を切ったのであれば、それはそれで評価したい。

 もっとも、ファッションから派生した住関連デザインという抽象的な部分で差別化し、勝負できるのかという課題は残る。デザインには好き嫌いがある一方、好きな人がお金をかけるのも事実だ。だから、クリエイティビティがわかる人々、それを一つ一つ拾っていけば良い。理解できる人が納得し、購入して喜んでくれればそれでいい。そのくらいのスタンスで展開していけばいいと思う。

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