9月の19日から21日まで、東京青山にある京都造形芸術大学・東北芸術工科大学の外苑キャンパスで、「THE TOKYO ART BOOK FAIR 2015」が開催された。
東京出張3日目にあたり、午後からは予定が入っていないことで、銀座線の外苑前駅から、青山通り、銀杏並木を歩いて出かけてみた。
途中、14年ぶりの優勝を願うヤクルトファンがチケット確保で舗道にマーキングする姿に出くわすも、日頃見ているSBホークスの行列に比べるとカワイイもの。
それよりアジア最大級との冠が付き、学生、プロのアーチスト、出版社、印刷会社など300組が参加する催事の方にエキサイトしてしまった。
いつもの東京出張では必ず時間を作って六本木のミッドタウンを訪れ、ギャラリーや美術館巡りをするのだが、今回はあえてブックフェアを選択し正解だった。
というのは、現在、アートの世界も急激にデジタル化の波が押し寄せている。だが、まだまだ紙のアートも捨てたもんじゃない。デジタル技術を巧く活用して、進化した媒体が生まれていることを体感できたからである。
現在、PCとソフトさえあれば、絵の具も粘土もブロンズも必要なく、キャンバスも筆も彫刻刀も針も不要で、グラフックはもとより三次元までの作品を創ることができる。3Dプリンターを使えば、リアルなcreatureまで表現できるようになった。
仕事でも、クライアントにはタブレット端末のデジタル画像で十分だとの考えたが浸透したせいか、 カタログやパンフレットの制作はめっきり減っている。替わって増えてきたのがWebサイトの制作やディレクション、ベースとなる原稿づくりだ。
商用のツールはそれでもしかたないだろう。一方で、それ自身が作品であり、商品であることを考えると、紙に表現するアートも決して無くなりはしないと思う。
その意味で今回のイベントでは、学生はもちろん、アーチスト、出版社や印刷会社がそうした紙の作品や商品に踏み込み、思い思いの発想を打ち出していた。
単なるビジュアル面での創作ではなく、折り、丁合や装丁でもアイデアをくり出し、あるいは特殊紙、特殊インクに駆使して、個性的で完成度の高いアートブックを作り出していたのである。
また最終的な作品、商品だけでなく、素資材となる紙や特殊なプリント手法を扱う企業も出展しており、試作品や束見本についてもこちらはこちらで興味をそそられた。
ファッションもそうだが、筆者はどうしてもまず素材の質感に目が行ってしまう。だから、撚りに個性がない糸、単なるプリント地や織り地に変化がない生地、リブ編みのようなフラットなニットは、感覚的に受け付けない。
紙媒体も活版をはじめとする小ロットに対応した軽印刷機で、多少刷りムラがあるような味わい深いプリントを好んで来た。使用する紙も、製紙メーカーの竹尾がくれた見本でキロ数の高い特殊紙を選ぶ方が多かった。
アパレルメーカーの雑誌広告を制作するときも、わざわざ特殊紙をスキャナーに読み込んで、それにコピーや写真をレイアウトしたこともある。
印刷会社を中心にどうしてもオフ輪機のよる大量印刷でなければ、数字が伸びないというビジネス優先の考えは、わからないでもない。
しかし、それがデジタルにとって替わった今、印刷が残る道は「いかにリアルな紙やインクの質感を打ち出して」市場を開拓するかにかかっていると思う。個人的にはその大本命がアートブックではないかと考える。
偶然に会場で知ったことだが、今回ブックフェアには昨年11月に日本に上陸したCOSジャパンがスポンサーについていた。
出展者の各ブースに置いてある紙見本やパンフレットと併せてCOSの2015年秋冬のメッセージを伝えるビジュアルブック「COS magazine」を入れてもって帰ってもらうことを想定したのか、COSオリジナルのエコバッグも無料配布されていた。
袋の全面には「COS×TOKYO ART BOOK FAIR」と、印刷されている。
COSはH&Mグループのアッパーラインで、ハイエンドなデザインと高品質さを併せ持つブランド。片やファストファッションのH&Mは、安さを売りにする中で生産背景にある劣悪な労働環境、1シーズンで着崩す反エコロジーが課題として露呈している。
グループはこうした二律背反のビジネス手法を取りながら、それぞれのブランドを販売しているわけだ。だから、アッパーブランドでは、業界におけるネガティブなイメージを少しでも払拭しようという狙いがあるのではなのか。
そこでCOS magazineでは、SpecimensやGlacial、Terrainなど地球環境を意識したテーマが誌面を飾り、ブランドコンセプトへの理解を促している。
ビジュアルも大半はテーマにそったイメージ写真。シーズン商品の紹介はほんの数ページを割く程度で、カタログ的なプロモーションは一切ない。こうした抽象的な方向性は、まさにアートブックと呼ぶにふさわしいだろう。
かつてブランドをアピールするには、キャリーバッグに始まり、POP、ポスト&ビジネスカード、雑誌広告、イメージビデオが定番だった。バックにある資本力や販促予算に応じて、それぞれのブランドがどの程度で済ませるかを選択していたのだ。
ところが、日本ではDCブランドの凋落とともに、こうした販促手法はすっかり影を潜めてしまった。今では勢いのあるブランドほど、デジタルツールを活用し、ダイレクトに売りにつなげるビジュアル表現に資源を集中している。
しかし、結果的には、最近ではどこも似たり寄ったりのWebサイトばかりで、検索エンジンのトップにかかるコンサルティングばかりに注目が集まるようになった。
一方、海外のラグジュアリーブランドは、やはりロイヤルティの維持を重視するためか、お客とのコミュニケーションを意識して、紙媒体もおろそかにはしない。
また、内容も販促だけを考えるものではないようだ。例えば、シャネルはグラフィックデザイナーのイルマ・ボームを起用し、エンボス紙のみで図版を表現したデザイン本を発表している。
エンボス紙とはグラフィックデザインの世界ではごく有名で、表面に梨地やクロコ地、ジャガード地などの凹凸がある紙。筆者は昔、小物撮影のバックに使ったり、アパレルメーカーの決算報告書の表紙に使用したりした。
和モダンを強調することもできるので、アパレルが飲食業に進出したときには、商品パッケージやDMのペラに使うのはデザイン上でも定石だった。
シャネルがそんなアートブックを出版したのは、味わい深い質感がシャネルの上質なものづくりともシンクロすることからだろう。
このような紙を全面に使ってアートブックを制作すれば、ずっしりと重く上質で高級感もある書籍ができ上がる。それは商品というより、オブジェに近い感覚ではないだろうか。
ラグジュアリーブランドとして、そこがまさにロイヤルティを保つための秘訣の一つでもあるのだ。
ブランドのグレードによっても、紙媒体の使い方は様々だ。COSがアートブックフェアにスポンサードしたのは、イメージ訴求にラグジュアリーまでの気高さは必要ないが、Webのような無機質まで落としたくないという思いがあったのだと思う。
ネットがすっかり生活に浸透し、ファッション情報を発信するツールがWebであることを否定するつもりはない。
ただ、それらが取り逃がしている市場もあるわけで、そうしたマーケティングには別のツールでアプローチするという発想も必要だ。Webを捨てたところに販促ツールのヒントがあるかもしれないということである。
服は五感の中でも視覚、聴覚、触覚で捉えられてきた。たまに新品のウールや麻の匂いが好きという嗅覚マニアもいるが、Webはこのうち視覚と聴覚へのアプローチを可能にした。今ではスマートフォンに映る写真も、売場で見るリアルな商品と遜色ない。
しかし、いくら解像度がアップし、ディスプレイが高機能になっても、触覚だけは現物の商品を触ったり着たりしないと味わえない。これがファッションがアナログである最後の砦だと思う。
紙も同じである。ビジュアルだけならWebで十分だが、質感は触ってみないとわからないし、触るに人間の体質で感覚は変わってくる。乾燥肌と脂手で受ける印象は違うからだ。
特殊なインクを使ってプリントすれば、立体的な表現も可能になる。これは視覚にハンディをもつ人たちの感覚にアプローチできる。服も紙も触った人間だけが感じられる触感に訴えるcreatureでもあるのだ。
ネットデジタル社会では気づかないような些細な部分がファッションにとっては、重要なことなのではないか。
COS×TOKYO ART BOOK FAIRは、「紙×服」という新たなマーケティングアプローチやコミュニケーション手段を暗示したような気がする。
布好き、紙好きの一方的な物言いだが、わかる人にはわかると思う。
東京出張3日目にあたり、午後からは予定が入っていないことで、銀座線の外苑前駅から、青山通り、銀杏並木を歩いて出かけてみた。
途中、14年ぶりの優勝を願うヤクルトファンがチケット確保で舗道にマーキングする姿に出くわすも、日頃見ているSBホークスの行列に比べるとカワイイもの。
それよりアジア最大級との冠が付き、学生、プロのアーチスト、出版社、印刷会社など300組が参加する催事の方にエキサイトしてしまった。
いつもの東京出張では必ず時間を作って六本木のミッドタウンを訪れ、ギャラリーや美術館巡りをするのだが、今回はあえてブックフェアを選択し正解だった。
というのは、現在、アートの世界も急激にデジタル化の波が押し寄せている。だが、まだまだ紙のアートも捨てたもんじゃない。デジタル技術を巧く活用して、進化した媒体が生まれていることを体感できたからである。
現在、PCとソフトさえあれば、絵の具も粘土もブロンズも必要なく、キャンバスも筆も彫刻刀も針も不要で、グラフックはもとより三次元までの作品を創ることができる。3Dプリンターを使えば、リアルなcreatureまで表現できるようになった。
仕事でも、クライアントにはタブレット端末のデジタル画像で十分だとの考えたが浸透したせいか、 カタログやパンフレットの制作はめっきり減っている。替わって増えてきたのがWebサイトの制作やディレクション、ベースとなる原稿づくりだ。
商用のツールはそれでもしかたないだろう。一方で、それ自身が作品であり、商品であることを考えると、紙に表現するアートも決して無くなりはしないと思う。
その意味で今回のイベントでは、学生はもちろん、アーチスト、出版社や印刷会社がそうした紙の作品や商品に踏み込み、思い思いの発想を打ち出していた。
単なるビジュアル面での創作ではなく、折り、丁合や装丁でもアイデアをくり出し、あるいは特殊紙、特殊インクに駆使して、個性的で完成度の高いアートブックを作り出していたのである。
また最終的な作品、商品だけでなく、素資材となる紙や特殊なプリント手法を扱う企業も出展しており、試作品や束見本についてもこちらはこちらで興味をそそられた。
ファッションもそうだが、筆者はどうしてもまず素材の質感に目が行ってしまう。だから、撚りに個性がない糸、単なるプリント地や織り地に変化がない生地、リブ編みのようなフラットなニットは、感覚的に受け付けない。
紙媒体も活版をはじめとする小ロットに対応した軽印刷機で、多少刷りムラがあるような味わい深いプリントを好んで来た。使用する紙も、製紙メーカーの竹尾がくれた見本でキロ数の高い特殊紙を選ぶ方が多かった。
アパレルメーカーの雑誌広告を制作するときも、わざわざ特殊紙をスキャナーに読み込んで、それにコピーや写真をレイアウトしたこともある。
印刷会社を中心にどうしてもオフ輪機のよる大量印刷でなければ、数字が伸びないというビジネス優先の考えは、わからないでもない。
しかし、それがデジタルにとって替わった今、印刷が残る道は「いかにリアルな紙やインクの質感を打ち出して」市場を開拓するかにかかっていると思う。個人的にはその大本命がアートブックではないかと考える。
偶然に会場で知ったことだが、今回ブックフェアには昨年11月に日本に上陸したCOSジャパンがスポンサーについていた。
出展者の各ブースに置いてある紙見本やパンフレットと併せてCOSの2015年秋冬のメッセージを伝えるビジュアルブック「COS magazine」を入れてもって帰ってもらうことを想定したのか、COSオリジナルのエコバッグも無料配布されていた。
袋の全面には「COS×TOKYO ART BOOK FAIR」と、印刷されている。
COSはH&Mグループのアッパーラインで、ハイエンドなデザインと高品質さを併せ持つブランド。片やファストファッションのH&Mは、安さを売りにする中で生産背景にある劣悪な労働環境、1シーズンで着崩す反エコロジーが課題として露呈している。
グループはこうした二律背反のビジネス手法を取りながら、それぞれのブランドを販売しているわけだ。だから、アッパーブランドでは、業界におけるネガティブなイメージを少しでも払拭しようという狙いがあるのではなのか。
そこでCOS magazineでは、SpecimensやGlacial、Terrainなど地球環境を意識したテーマが誌面を飾り、ブランドコンセプトへの理解を促している。
ビジュアルも大半はテーマにそったイメージ写真。シーズン商品の紹介はほんの数ページを割く程度で、カタログ的なプロモーションは一切ない。こうした抽象的な方向性は、まさにアートブックと呼ぶにふさわしいだろう。
かつてブランドをアピールするには、キャリーバッグに始まり、POP、ポスト&ビジネスカード、雑誌広告、イメージビデオが定番だった。バックにある資本力や販促予算に応じて、それぞれのブランドがどの程度で済ませるかを選択していたのだ。
ところが、日本ではDCブランドの凋落とともに、こうした販促手法はすっかり影を潜めてしまった。今では勢いのあるブランドほど、デジタルツールを活用し、ダイレクトに売りにつなげるビジュアル表現に資源を集中している。
しかし、結果的には、最近ではどこも似たり寄ったりのWebサイトばかりで、検索エンジンのトップにかかるコンサルティングばかりに注目が集まるようになった。
一方、海外のラグジュアリーブランドは、やはりロイヤルティの維持を重視するためか、お客とのコミュニケーションを意識して、紙媒体もおろそかにはしない。
また、内容も販促だけを考えるものではないようだ。例えば、シャネルはグラフィックデザイナーのイルマ・ボームを起用し、エンボス紙のみで図版を表現したデザイン本を発表している。
エンボス紙とはグラフィックデザインの世界ではごく有名で、表面に梨地やクロコ地、ジャガード地などの凹凸がある紙。筆者は昔、小物撮影のバックに使ったり、アパレルメーカーの決算報告書の表紙に使用したりした。
和モダンを強調することもできるので、アパレルが飲食業に進出したときには、商品パッケージやDMのペラに使うのはデザイン上でも定石だった。
シャネルがそんなアートブックを出版したのは、味わい深い質感がシャネルの上質なものづくりともシンクロすることからだろう。
このような紙を全面に使ってアートブックを制作すれば、ずっしりと重く上質で高級感もある書籍ができ上がる。それは商品というより、オブジェに近い感覚ではないだろうか。
ラグジュアリーブランドとして、そこがまさにロイヤルティを保つための秘訣の一つでもあるのだ。
ブランドのグレードによっても、紙媒体の使い方は様々だ。COSがアートブックフェアにスポンサードしたのは、イメージ訴求にラグジュアリーまでの気高さは必要ないが、Webのような無機質まで落としたくないという思いがあったのだと思う。
ネットがすっかり生活に浸透し、ファッション情報を発信するツールがWebであることを否定するつもりはない。
ただ、それらが取り逃がしている市場もあるわけで、そうしたマーケティングには別のツールでアプローチするという発想も必要だ。Webを捨てたところに販促ツールのヒントがあるかもしれないということである。
服は五感の中でも視覚、聴覚、触覚で捉えられてきた。たまに新品のウールや麻の匂いが好きという嗅覚マニアもいるが、Webはこのうち視覚と聴覚へのアプローチを可能にした。今ではスマートフォンに映る写真も、売場で見るリアルな商品と遜色ない。
しかし、いくら解像度がアップし、ディスプレイが高機能になっても、触覚だけは現物の商品を触ったり着たりしないと味わえない。これがファッションがアナログである最後の砦だと思う。
紙も同じである。ビジュアルだけならWebで十分だが、質感は触ってみないとわからないし、触るに人間の体質で感覚は変わってくる。乾燥肌と脂手で受ける印象は違うからだ。
特殊なインクを使ってプリントすれば、立体的な表現も可能になる。これは視覚にハンディをもつ人たちの感覚にアプローチできる。服も紙も触った人間だけが感じられる触感に訴えるcreatureでもあるのだ。
ネットデジタル社会では気づかないような些細な部分がファッションにとっては、重要なことなのではないか。
COS×TOKYO ART BOOK FAIRは、「紙×服」という新たなマーケティングアプローチやコミュニケーション手段を暗示したような気がする。
布好き、紙好きの一方的な物言いだが、わかる人にはわかると思う。