HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

見せる踵、隠す踵。

2018-06-20 07:13:48 | Weblog
 6月12日、シンガポールで米国と北朝鮮の首脳会談が開催された。メディアは史上初とか、非核化への道筋とか、いろいろ書き立てた。しかし、外交には武力はもちろん、大国の後ろ盾など様々な要素が絡む。実態はトップ同士が話し合う前に、政府の要人たちによる事前の詰めが行われているわけで、曖昧な落とし所になるとの予想通りになった。

 と言っても、このコラムで政治を語ったところでつまらないので、ファッションネタを考えてみたい。北朝鮮の金正恩委員長は祖父の金日成、父親の金正日氏と肥満体質の家系。身長こそ日成氏は176cmと高かったが、正日氏は158cmと小柄。その血を引いたのか、正恩委員長も背が低いと見られている。そのため、一国のトップとして他国の首脳と堂々と渡り合うためにいろいろ腐心していると、様々な報道が飛び交っている。

 正恩委員長の身長は162cmとも、165cmとも、170cmとも言われ、実際のところはよくわからない。今回の米朝首脳会談でトランプ大統領と並んだ写真を見ると、身長差は10cm程度しかないようにも見える。ツーショット撮影で背の高さの合わせるため、業界で言う「雪舟」、いわゆる足場を積み上げたわけでもないだろう(映画「戦場にかける橋」に出演した日本人俳優の早川雪舟が多用したことから)。

 ただ、トランプ大統領の身長は190cmと言われるので、写真を見比べると正恩委員長は180cm程度ということになる。仮にトランプ大統領が身長でサバを読んでいるにしても、あの差を見れば正恩委員長が背を高く見せる「シークレットブーツ」を履いているのは間違いない。もしかしたら相手に合わせてヒールの高さを変えていることもあり得る。

 北朝鮮のトップは歴代、人民から「尊敬する指導者」とか、「偉大なる領導者」とか、「敬愛する将軍様」とかと呼ばれているので、貧相で寸足らずではとても話にならない。体重はとにかく食べれば増やせるが、身長は親の遺伝だから如何ともし難いのである。父親の金正日氏もシークレットブーツを履いていたと言われており、息子が愛用するのも何となくわかる気がする。

 すでにメディアにはいろんな写真が露出しているが、正恩委員長が履いているシークレットブーツは、北朝鮮のトップゆえに特注品と見ていいだろう。一般に市販されているものはドレスシューズ型で、アウトソール、いわゆるヒール部分と上げ底の部分を数cm高くする。トータルで身長は6cm〜高くできるのが売りになっている。

 これなら163cmくらいの身長が170cm程度に見えるのだから、低身長が悩みの男性にとっては救世主と言えるのだ。正恩委員長が背が低いのを悩んでいるかどうかはわからないが、写真を見ると、履いているのはインソールの部分が高いことから、足首が折れてねん挫しないように足首を覆う革の部分がより広げられている。つまり、ハーフブーツタイプということになる。



 一方で、つま先部分には細工がなく、ヒール部分が3cm程度、インソールが7〜8cmだと仮定すれば、踵部分だけが高くなる構造だ。女性のパンブスを履いたのと同じで、男性なら前のめりになってしまうのではないかと思う。そんな心配をよそに専門家の話では、「履くと重心が前に来るので、後ろに体重がかかりやすい太った人や胸を反らし気味の人は、バランスを取りやすい」のだそうだ。これは意外だった。

 正恩委員長にとって祖父・金日成のような威光を放つために偉そうにふんぞり返り、しかも本当の身長を知られずに上げ底靴を隠すには、シークレットブーツはマストアイテムということである。しかし、いくらブーツタイプで足首が保護されているとは言え、見るからに度を超えた肥満体型だ。実際の身長が160cm台とすれば、おそらく肥満度4、BMIは50に近いのではないだろうか。

 2014年には正恩委員長が約40日間、公の場に姿を見せなかったのは、シークレットブーツを履きすぎたため、両足首にひびが入ったのが原因ではないかとも伝えられている。常識的に考えても、膝はもちろん、足首にも相当の負荷がかかっているはずだ。そうでなくても、健康不安説が度々持ち上がっている。それでも権威を振りかざすために、見栄を張って我慢しないといけないのか。国のトップを務めるのもたいへんである。まあ、大きなお世話かもしれないが。

 本当の身長を知られず、上げ底を誤摩化すのがシークレットブーツなら、堂々とハイヒールを見せる「ロンドンブーツ」もある。年齢が60歳前後の方々には懐かしい、1970代に大ヒットしたアイテム。世界でも背が高い人種と言われるアングロサクソンの間で誕生し、日本では先頃亡くなった西城秀樹氏が履いていたところを見ると、必ずしも身長の低さをカバーするものではなかったと思う。ファッショントレンドだったのである。

 名前の通り、英国のロンドン(アッパーの柄がユニオンジャックタイプも)から世界中に伝わったわけだが、ロックミュージシャンたちが奇抜なステージ衣装の一つとして取り入れ、愛用したのが流行の始まりではなかったかと記憶している。正式名称は「プラットフォームシューズ」。かつて欧米の駅は地上がホームだったため、乗客が客車に乗る際には駅員が踏み台を置いていた。それからプラットフォームが生まれ、靴では「壇をつける」という意味から名付けられたとの説もある。

 この靴を日本で最初に履き始めたのは、やはりミュージシャンだった。当時のボトムはベルボトムジーンズや裾広がりのパンタロン、バギーパンツが主流だったため、丈を長めにすればロンドンブーツとの相性も良かった。筆者がロンドンブーツをいちばんお洒落に履きこなしたミュージシャンは「ガロ」だと思う。

 リードボーカルの大野真澄氏は、ユニットのスタイリストも担当していたほどで、そのセンスの良さは今も折り紙付きだ。あの長渕剛が上京して間もない頃、ウエアを購入するために原宿のショップに連れて行ってもらったことがあると語っている。だからと言ってセンスが磨かれたどうかは、その後のコンサート風景を見れば一目瞭然だが。

 それはさておき、ロンドンブーツは70年代のトレンドを過ぎると、巷で履いている人はほとんど見かけなくなった。だが、今まで地道にメンテナンスされてきたのか、レアアイテムとして販売している人たちもいる。今も愛用しているマニアがいるのだろう。90年代にはロックバンド・すかんちのローリー寺西(身長は公称で172cm)が履いているのを見かけたが、これはやはりロックミュージシャンとしての矜持からではなかったかと思う。

 まあ、お笑い芸人が有名司会者が履いているのをこれ見よがしに誇張したモノマネで笑いを取るなど、低身長の人を蔑視するかのようなアイテムに受け取られているは確かだが。 当時、ロンドンブーツのおかげで身長を高く、脚を長く見せることができた男性でも、今はほとんど履いていないと思う。やはり、流行だったのは間違いない。

 ロンドンブーツはつま先部分も高くなっているので、甲や足首への負担は解消される。とは言っても、これからメンズの一大トレンドになることは、おそらくないだろう。レディスでは、90年代に安室奈美恵が上げ底靴ブーツを流行させた。ハイヒールは不変のアイテムとして存在するわけだから、これからもトレンドになる可能性はある。こればかりは男女でハッキリ分かれる。

 正恩委員長の低身長やシークレットブーツについては、各国メディアの北朝鮮に対する敵愾心も多少はあるだろうし、肝心な交渉の行方が見えにくいだけに、報道各社は大衆を惹き付けるために取り上げた面もあるはずだ。

 「正恩氏の実際の身長はおよそ162.5cmだ」(朝鮮日報)

 「キムはトランプと身長差がつかないように、上げ底した靴を履いているようだった。北朝鮮はこの件に関して事前に慎重に検討したと思う」(英ニュース専門局 スカイニュース)

 「金氏の靴には身長を高く見せるための中敷きが入っており、1~2インチ(1インチ=2.54cm)ほど、実際の身長よりも高くなっていた可能性がある」(ビジネスインサイダー)

 「12~13cmは上げ底にしている」(シークレットブーツ専門家の話 ロイター=共同) 等々


 民放キー局の朝の情報番組はスタジオに人の等身大パネルを用意し、正恩委員長のパネルの下に板をはめ込み、「14cmのシークレットブーツを履いていたのでは」と、検証まで行っている。進行役のキャスターH氏は「14cmといえば、ちょっとした竹馬ですね」と、コメントしている。

 それを聞いた時、かつて知り合いが語っていた話を思い出した。このH氏はフリーになる以前はNHKのアナウンサーだったが、もともとは俳優志望で学生時代には劇団で活動もしていた。

 NHKにアナウンサーとして入局したのは26歳と遅く、駆け出し頃にはアルバイトでイベントの司会などもこなしていたという。広告会社に務める知り合いが当時流行っていたネルトンパーティの司会でH氏を起用。そこでは、場慣れせずによそよそしい男女の参加者をよそに、ステージで人一倍盛り上げてくれたのがH氏だったそうだ。

 友人曰く、「それは良かったんだけど、履いていた靴がシークレットシューズでさ。あれにはみんなドン引きだったよ」と。ちなみにH氏の身長は公称では170cmになっている。

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遺伝子を生かす経営。

2018-06-13 05:17:43 | Weblog
 先週の業界ニュースで、筆者が注目したのは二つ。一つは一般報道でも大きく取り上げられた「ケイト・スペード自殺」だ。これにはびっくりした。同氏がデザイナーデビューした1993年は、筆者がニューヨークを訪れていた時期と重なる。94年〜95年は現地で、スペード氏デザインのバッグがショーウィンドウを飾るのを目の当たりにしたし、96年にはソーホーにオープンした直営店にもリアルタイムで訪れている。

 ケイト・スペード氏は、元は雑誌マドモアゼルのアクセサリー担当だった。ファッション誌の編集者からデザイナーへの転身。欧米ではよくあるケースで、夫のアンディ氏、友人とともにブランドの「ケイト・スペード」をスタートさせた。今から25年前。30歳の時である。

 当時、米国、特にニューヨークで展開されるバッグのブランドと言えば、ヨーロッパ製のルイ・ヴィットやグッチ、エルメスなど、米国製ではコーチくらいだった。カルバン・クラインがバッグに進出するのは、数年先である。これらのバッグブランドは、どれもコンサバかつ高価格帯で、顧客は富裕層の女性に限られていた。若い女性の感性にフィットするようなバッグは、ほとんどなかったのである。

 そんな中で登場したのが、ケイト・スペードだった。コンセプトは「プラダのようなシンプルかつモダンで、機能性も併せ持つバッグ」。まさにケート・スペードには、ヴィヴィッドなカラーと適度な遊びごころがありながら、非常に使いやすかった。金字で刻印されたロゴマークは、字間を空けたローマン書体の小文字で、いかにもニューヨークらしい持ち味を醸し出していた。

 そんなバッグに、現地のワーキングウーマンが飛びつき、スペード氏の古巣であるファッション誌が紹介する。それらが起爆剤となって、ケイト・スペードは全米に伝播し、ほどなく日本でも知られるようになった。当時の日本で若い女性向けのニューヨークブランドと言えば、アナ・スイくらいしかなく、それもアパレルが主体でデザイナーズ系だった。ヤングOLが好むような手頃なブランドバッグが求められており、96年にはサンエーインターナショナルが販売を開始した。

 その後、SIとの合弁で日本法人が設立され、2009年より正規輸入・販売を始めたほか、17年には世界269ヵ国、180店が展開されるまでに成長した。ただ、スペード氏自身は07年に米キャリアアパレルの「リズ・クレイボーン」社に株式を売却し、ブランドデザインの最前線からは退いた。そのリズ・クレイボーンも業績悪化で、17年にケイト・スペードの株式を「コーチ」(現社名:タペストリー)に売却している。

 リズ・クレイボーンが売上げ不振に陥ったのは、やはり米国特有の量産量販、マークダウンやセールによる売り減らしが通用しなくなったことだ。いくら親会社とは言え、そんな経営感覚のもとでケイト・スペードを保持していても、ブランドが生きるとは思えない。スペード氏のDNAを本業に生かすこともなく、宝の持ち腐れではなかったかと思う。

 もっとも、スペード氏がバッグデザインを担ったのは14年ほど。2015年頃にスタートしたブランドについては、ほとんど聞こえて来ない。ここ数年はうつ病を患っていたというが、詳しい自殺の原因はわからないまま。ただ、ブランド「ケイト・スペード」自体は大手の傘下で、これからも生き続けていくのがせめてもの救いだ。今は故人の冥福を祈るばかりである。

 ファッションビジネスおいて、新興ブランドはヒット商品を出すと、旗艦店など店舗網を拡大してブランド価値を上げようとする。その資金を調達するために株式を上場するのが既定路線だ。ブランド価値が確立していれば、より資金力をもつ有名ブランドやコングロマリットが株式の過半を取得し、新興ブランドを傘下に収めていく。新興ブランドの創業者はここでキャピタルゲインを得て、ビジネスから退くものもいれば、一定の株をもってデザインや経営に参画し続けるものもいる。

 買収側の親会社も上場企業であるケースが多い。投資家からすれば短期に収益アップが望める方が良いので、親会社は買収した新興ブランドにも有能な経営者、売れる商品を生み出せるデザイナーやディレクターを起用して投資家の要求に応えていく。LVMHやケリング、リシュモンといったコングロマリットがとる事業戦略がこの手法で、今や国際競争を勝ち抜く上での趨勢になっている。

 17年にケイト・スペードをリズ・クレイボーンから買収したコーチは、事業の多角化で成長するために社名を「タペストリー」に改めている。コングロマリット化を視野に入れてのことだろうが、ヒットしたブランドを買収したからといって、事業全体が上向くとは限らない。ブランドの暖簾とデザイン遺伝子を守りつつ、いかに時代、マーケットの変化に合わせていくか。経営者のマネジメントや舵取りが重要なのである。

 その意味で注目するもう一つのニュースは、三井物産に買収されたビギホールディングス(HD)の新社長に前レッドブル・ジャパンの唐木利治氏が就任したことだ。同氏は三井物産に入社後、P&Gファーイースト・インク、ナイキジャパン、ペプシコ・インターナショナルなどの外資系企業を経験。16年からレッドブルの日本法人で社長を務めているが、アパレルはほぼ初めてと言って良い(ナイキの在籍はあるにせよ)。

 報道によると、三井物産は商社のネットワークを生かし、国内外のブランドをビギHDの販売網で拡販していく考えとか。4月にはメルローズが英ブランドの「ジョンスメドレー」を輸入販売するリーミルズエージェンシーを子会社化している。でも、これだけをみると既存ブランドをどうするのか、ビギ再生戦略の全体像はよくわからない。

 ビギHDが傘下にもつ各ブランドは「wb」を除いて、陳腐化が激しく企画重視、デザイナー系の面影は消え失せている。それがグループ全体の売上げ不振の原因でもあるのだ。メンズビギもメルローズもヤングを意識しているものの、商社ルートのODM丸投げで企画に注力しているとは言い難い。ジョンスメドレーのような高級品を一緒に販売すれば、逆にジョンスメドレーのブランドイメージを毀損してしまうのではないかと思う。

 それとも、既存ブランドは廃止・休止し、居抜き店舗をジョンスメドレーのオンリーショップにリニューアルする布石なのだろうか。それにしても、ジョンスメドレーがセレクトショップのキーブランドになっていたのは、20年も前のことである。英国ブランドらしくハイゲージニットでフラットデザインは変わらないが、こうしたテイストの商品がこれから今以上に拡販できるとは思えない。

 唐木新社長は商社、外資系企業出身だけに、海外ブランドの市場拡大には長けているのかもしれない。だが、ビギHD傘下の既存ブランドをどうテコ入れするのだろうか。そもそも、ビギがデザイナーズブランドとして一時代を築けたのは、今回の人事で最高顧問に退いた大楠祐二・代表取締役会長が豪腕によるものだ。手法を振り返ってみよう。

 一つは、マーチャンダイジングを重視すること。「デザイナーズブランド全盛の時代にあっても、売場の声やお客の反応を重視したマーチャンダイジングを大楠元社長自身が行い、それに基づいてデザイナーがデザインを修正したから売れた」。ビギはこのバランスが非常に上手かったというのは、多くの業界人が認めるところだ。

 二つ目は、ブランドは大きくせず、いろんなブランドをもつ。「デザイナーのカラーを全面に押し出さないメルローズを開発したのは、菊池武夫氏にビギを去られた苦い経験から」。一つのビジネスに賭けていると痛い目にあうことを反省材料に、ブランド(会社)をいくつも作った。

 三つ目は、服づくりではデザイナー対営業の比率は3:7。「デザイナーが作りたい服、売れる服を作らせたい営業サイドとの意見調整は、過去の実績データから見せるイメージ商品3割、売れる商品7割にする」。服づくりにおいてどちらの意見が強いかと言うと営業サイドになるが、デザイナーブランドの立ち位置も失わない。
 
 四つ目は、展示会でブランド間の競争心を煽る。「大楠元社長は展示会での取引先(バイヤー)の声、マーケットの情報を収集し、『モガではこれだけの受注を取った』『ラ・ブレアではこんな評判だった』 として、ブランド間の競争心を煽り、スタッフの営業マインドを刺激した。ブランド間の競争こそが成長の原動力と見たのである。

 他にも、あまりにビジネス重視の経営方針にデザイナーの反発を買ったことから、ブランドの陰で目立たないアシスタントたちにブランドデビューの機会(ファッションショー「第1回 東京主義」の開催)を与えている。ブランドは量産し過ぎれば飽きられ、少ないと儲からないことから、生産量のバランスを重視した。ファッション感覚は斬新すぎれば着る消費者が限られるため、表現面では一歩先より「半歩先」を徹底させた等々、その手腕には目を見張るものがある。

 今から30年以上前のスタイルだが、決して過去の遺物とは思えない。特に4つの手法は今でもアパレルの王道ではないだろうか。当時は業界紙誌の他に経済誌でも取り上げられ、業界人以外にも注目されていた。唐木新社長は筆者とほぼ同世代。ビギ全盛期は商社マンとして駆け出しの頃か。書店で立ち読みくらいしていれば、記憶のどこかに残ってるはずだ。

 その意味で、「ECに注力していく」なんて戦略を表明するようでは、当たり前過ぎて失笑ものというか、今どき小学生でも言えると突っ込みどころ満載である。まあ、ECごときでビギHDの経営が上向ことは、まずあり得ない。



 もちろん、ブランドデビューを夢見る新人や実績のあるデザイナーを企画の責任者に起用したからといって、簡単にメンズビギやメルローズの活性化できるはずもない。数年前にMade in Japanを打ち出したパパスやマドモアゼル ノンノとて、それで売上げが回復したかと言えば、ノーだろう。新社長にはアパレル経営の基本の基を押さえながら、経営者としていかにアレンジしていくかが求められるのである。

 バーバリーを失った三陽商会は、ワンブランドの売上げ比率があまりに大きすぎた。それに代わるポジションを狙ったクレストブリッジとて、ディレクターに三原康裕氏を起用したが、ブレイクできないままだ。バーバリー柄に代わる英国風のテキスタイル意匠を作ってブランド化を目指すようだが、ベースとなる生地があまりに安っぽくては、 デザイナーズアパレルとしても体を成さないし、ファン客は獲得できない。百貨店向けアパレルがなぜ不振に陥ったのか。その反省をまったく企画に生かせていないのである。

 社長が交替しても、ブランドの再生も活性化もできないアパレルはいくらでもある。だから、その反省からいかに新しい戦略構築の糸口を掴んでいくか。三井物産の力を借りれば、フランスやイタリアから生地調達も容易なはずだ。それらテコに企画デザインに注力するのも一つの方法である。今のマーケットにない新しいデザイナーズアパレルの創造は、決して不可能ではない。

 唐木新社長の業務経歴を見ると、今回も企業経営を軌道に乗せれば次の企業に移るように受け取れる。その時、就任した新社長に「前社長の経営スタイルを反面教師にする」なんて言われないようにしてほしい。ビギのDNAを生かせる経営が求められる。

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洋服バカの文化度。

2018-06-06 05:43:48 | Weblog
 2年ほど前、日経ビジネスがビームスの設楽洋社長のインタビュー記事を掲載した。そこで、設楽社長は楽天の三木谷浩史社長から「楽天市場にビームスを出店してほしい」との誘いを受けたが、すでにAmazonやZOZOTOWNに出店し、自社サイトも運営しているため、「楽天に出しても面白くない」と断った様子だった。

 ただ、設楽社長は「では、何ができるだろうか」と、一考。三木谷社長に楽天市場が展開している商品数を訊ね、1億3000万点もあると告げられると、ビームスがこの中から商品を選ぶ=キュレーターとなり、ビームスの仮想店舗を作ってしまおうと考えたと、答えている。

 2014年、ビームスは実験的に「Rakuten meets BEAMS」というHPを作り、同社が選んだ楽天の商品を提案した。この時はキュレーションビジネスと言えどもそれほどは注目されず、ネット上で商品を紹介する程度に止まった。だから、どこまで商品のプロモーションに繋がったのか。業界関係者から参考になったとの話は聞こえて来なかった。ただ、「ビームスと楽天が手を組んだ」という実績を生んだのは間違いない。

 この試みがきっかけになったのか、今回はビームスは楽天と正式に協業した。 コラボ企画は4年前のものを踏襲し、「楽天・ミーツ・ビームスジャパン」とのタイトルで5月23日からスタートしている。

 内容はビームスのスタッフが「楽天市場で実際に購入し、使っている商品をネットと店舗の紹介する」ものだ。楽天市場の専用ページ(https://event.rakuten.co.jp/rakuten_meets_beamsjapan/)、実店舗のビームスジャパンで、それぞれバイヤーやプレスなど16人のスタッフが選んだ商品が紹介されている。

 現在、楽天市場が取り扱う商品は2億5000万点にも及ぶ。このうち、生活に必要とする雑貨や食品がどれくらいあるかはわからない。もちろん、 楽天・ミーツ・ビームスジャパンでは紹介される商品からは、消耗品や必需品は除外されている。

 当然だろう。セレクトショップという立ち位置や権威から「こだわりの逸品」でなければ、キュレーションには値しない。専用ページを見ると、コスメや雑貨、家電、食材、そして趣味関係のグッズやギアが並ぶ。あるスタッフは料理が趣味のようで、フランス生まれのキッチンウエア「ル・クルーゼ」を紹介。自身で調理した料理の写真も公開している。



 こうした企画は、「MONOマガジン」得意の鉄板企画で、単に商品紹介だけでなく、使用方法や使った満足感まで訴えるのが編集の肝になっている。商品紹介だけでは企業側が一方的に流す広告に過ぎず、効果は限定的だ。商品を使う人間が自分の言葉で感想を語る、または編集者が商品の利用方法や使った満足感までを使用者に取材して記事を書けば、読者(消費者)側の共感や信頼も得やすくなる。

 ただ、楽天・ミーツ・ビームスでは、スタッフが自分で商品を使っているシーンまで詳細に公開するのは、厳しかったのだろうか。 動画による本人の一方的なナレーションやショッピングSNS「ルーム」 で、ユーザー同士のコメントのやり取りに収まっている。ビームスジャパンでも、恒久的な商品展開に踏み込むにはスペースや仕入れの問題などがあるだろう。雑貨関連の編集力では東急ハンズが格段に上だし、食品や食材についても見せ方は、カルディコーヒーファームのような専門業態にはかなわない。

 ビームスのバイヤーやプレスというロイヤルティはあるにせよ、商品紹介に終始し消費者に対する訴求力は少し弱いかなと感じる。まあ、ステルスマーケティングとは言わないまでも、楽天としては「ハンズやカルディなどにある商品は、うちでも扱っていますよ」ということをビームスのスタッフを通じて訴えたかったわけだ。

 そこにはビームスや楽天がそれぞれ単独で手を伸ばしてもつかみきれない潜在顧客を掘り起こす狙いがあるようだ。しかし、そうしたお客がビームスのスタッフが紹介した商品くらいで、本当になびくのだろうか。はるかに先のライフスタイルを行っている気がしてならないが。果たして。

 もっとも、ビームス全体を俯瞰してみると、すべてのスタッフがどこまで日々の生活にこだわりをもって暮らしているか。それが気になるところだ。今回のキュレーターはプレスやバイヤーなどに限定された。おそらくみんな本社勤務で、そこそこの年収があり可処分所得は高いと思う。洋服や靴以外の趣味や娯楽、美容などにも投資できるはずだ。

 ビームスは上質で高感度なファッションを国内外から仕入れて編集し、それをメディアを通して広く露出させることで、ブランドバリュを築いてきた。だから、一般のお客は同社のスタッフがもつセンスやスキルを通して、楽天市場の商品にも信頼感をもつことができる。ただ、実際にビームスの商品を販売しているのは、店頭の販売スタッフである。彼らが日頃どんな生活をしているのか。また、服飾を除いた生活用品について、どこまで楽天市場が販売する商品を購入しているのか。

 これについては言うまでもないだろう。服飾に給料の大半を費やしているはずだから、それ以外の商品にこだわって生活を楽しむ余裕は、それほどないと思う。社員割引があるとは言え、20代前半のスタッフなら可処分所得はそれほど高くない。まず売場に立つための服装だけで、生計は圧迫されているのではないか。ビームスクラスが扱う高級ブランドなら、トップスからボトムス、靴まで揃えると軽く10万円は超えてしまう。



 キュレーションビジネスといっても、ビームスと楽天のトップ同士が手を組み、本社の上層部が関わるだけでは、売場のスタッフから「現場の俺たちには関係ない」「販売員にはゆとりがないのに」と、冷めた声も聞こえてきそうである。

 2年前の16年、ビームスは創業40周年を迎え、「セレクトショップの枠を超えて、モノやコト、そしてそれらを通じて生まれるコミュニティを提案していく、新しいブランドのカタチを目指していく」と、発表している。服飾衣料品から生活文化的なことまでに事業領域を広げていこうということだ。しかし、そのためには末端の販売スタッフまでがそうした提案をできてこそ、企業目標は達成でき、ブランドが形成できるのである。

 かつてアパレル業界、特に小売業では「洋服バカ」がもてはやされた。とにかく三度のメシより服が好きだから、業界で働きたい。当然、経営側も洋服バカを歓迎した。だが、ファッション専門学校や大学を卒業したての若者は、 それを「単なる洋服が大好き」「コーディネートやスタイリングが得意」「センスが良いと言われる」としか、解釈していなかった。業界の実態を知らないのだから、無理もない。

 企業側が考える洋服バカとは、アパレルに対する一途な思い、業界をどうしたいかという意気込みを持つ人間だったはずである。しかし、企業側がそれを真の狙いと謳ったところで、社員に服を買わせてきたのは事実だから、どこか嘘くさい。また、まず学校を出たての若者にそんな高尚な目的が理解できるはずもなく、とにかく社販で服を買いまくり、いつの間にかローンが数百万円にも脹らんだという話は、枚挙に暇がなかった。

 バブル期には「夜霧のハウスマヌカン」という唄で、販売職は揶揄されていた。今もファッション専門学校生の中には、1日カップラーメン1食で過ごし、ひたすらコレクションデビューの夢を見ながら、ブランドの服買い集めて作品づくりに励んでいるものもいる。自己実現のためにそれくらいの覚悟は、決して無意味なことではないと思う。

 ただ、ことファッション衣料を販売する小売業界は、洋服について蘊蓄を傾けたい人間がいるからこそ、成り立っている。ビームスのようなセレクトショップについても、それは否めない。同社が自らセレクトショップの枠を超えて、モノやコト、それらを通じて生まれるコミュニティを提案していくのを標榜するのなら、まずスタッフが服飾ばかりに投資するような洋服バカでは務まらないはずだ。

 生活の基本は衣食住であるから、衣以外の食や住から文化的な生活を見つめていける人間が育たないと、ビームスが目指すポジションには到達できない。そのためには、販売スタッフも服を買い揃えるなら、まずそれを収納するインテリアにも拘り、DIYで製作して暮しをより豊かにしたり。いろんな食材を見つけて料理をし健康でクリエイティブなライフスタイルを楽しんだり。さらにアートや舞台、アウトドアなどにも触れあい、生活に取り入れることで造詣を深めたり等々が必要ではないのか。

 すべてのスタッフがいろんなモノ、コトに趣味嗜好の幅を広げて「この分野なら、あいつの専売特許だ」と言われるような企業像を作らなければ、セレクトショップとしてのコミュニティなんて高が知れている。楽天が2億5000万点も取り扱っていることを見れば、商品なんて掃いて捨てるほどあるのだ。その中から、本当にいいモノ、暮らしに活用できるモノ、生活を楽しめるコトをセレクトするには、自らの生活文化のレベルを磨いて、発想を豊かにしなければなし得ない。

 ビームスのスタッフが末端まで、生活文化のキュレーター足るかどうか。また、それに共感を持つファンを集められるかが、コミュニティ提案のカギになると思う。かつてのダイエーは量販店のカラを抜け出して総合生活産業を目指し、あれもこれもと欲張り過ぎて、結局は破綻の道を辿ることになった。

 洋服屋が洋服以外に目を向けることは、服離れを助長することになりかねない。それでなくても販売員人気は薄れている。小売業界で危惧されていることだ。ビームスも現時点では、目指す方向性が絶対に正しいとの手応えはないはずである。しかし、だからこそ、これまでの洋服バカではなく、生活文化全体を見通しながら、提案できる人間を育成することで、ビームスは洋服屋から一皮むけるのかもしれない。

 それは楽天に出店する無尽蔵の商品から、いちばん安いものを見つけて3食をしのぎ、残りを服飾に投資するようなライフスタイルではない。そんな人間にその場限りの商品紹介をされても、潜在顧客と言われるお客が信憑性も説得力も感じるはずはない。

 物を買って所有するのではなく、使って暮しを楽しむ。1シーズンの使い捨てではなく、メンテナンスしてできる限り長く使う。まずは末端の販売スタッフが生活を圧迫されること無く、少しでも文化的でクリエイティブなライフスタイルをおくれるような待遇の改善やバックアップ体制を築くことが必要だろう。

 もちろん、年収は勤務年数と能力で決まるのだから、末端の販売スタッフはその範囲内で精一杯文化的な生活が楽しめるように工夫していくことが求められる。これが本当の生活力ということではないか。スタッフが単なる洋服バカではどうしようもないが、企業側のフォローも重要だと思う。

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デジタル化する店。

2018-05-30 05:17:31 | Weblog
 年毎というべきか、いや日増しというべきか。アパレルビジネス、特に小売業では実店舗の価値が薄れている。先日も知り合いのセレクトショップのオーナーが「ECを本格的に考えないといけない」と、心情を吐露していた。というか、実店舗とECの連動、ラテ(マス)から紙、PCやスマホによるSNSまででお客と接点を持てるところが、個店レベルでも優位に立つのは、間違いなさそうである。

 振り返ると、EC黎明期は「実店舗には人肌を感じさせる接客があり、試着をしたいお客もいるから影響ない」。ECなんて意に介さない論調も少なくなかった。バブル景気が崩壊し、外圧による内需拡大で郊外開発が活発化し始めた時の百貨店にも似ている。経営者は「郊外とはターゲットや客層が違うから」と、どこか上から目線で見ていた。

 ところが、どうだろう。もはやECは小売りの主導権を握ろうとしているし、百貨店はリストラで何とか生き長らえている状態だ。さらに個店の専門店も器(ハード)を作り、商品やサービス(ソフト)を揃えるだけでは、お客を惹き付けるのは限界のようだ。ここまで来てしまうと、小売りの勢力図が再び逆転することは、まずあり得ない。あるのはECに代わる新興勢力が現れた時だが、それにはまだまだ時間がかかる。

 もう少し詳しく見てみよう。小売業が実店舗とECを連動させたり、オムニチャンネルでお客との接点を増やそうというのは、あくまで手段に過ぎないと思う。自社なり、モールなりに通販サイトを設けて、ラテからSNSまででお客にアプローチし、ポイントといった販促を絡めれば、お客を囲い込むことはできるが、その先に何を目指すかなのだ。

 例えば、百貨店系アパレルは売場への集客に苦労しているが、ECと連動し販促を加えると、売上げに変化の兆しが見え始めたところもある。それまでの取り引きの関係から店舗とECは別々の在庫にしていた。だが、EC在庫が売り切れた場合に同じ在庫をもつ店舗から移動させる仕組みまで整備すると、EC売上げはさらに伸びている。

 ただ、実店舗とECの連動、そうした施策の狙いや実践方法が末端の売場まで浸透しているかと言えば、まだまだだろう。本社の経営陣や専門部署は理解していても、それが末端のスタッフにまで徹底されているとは思えない。先日、こんな体験をした。通販サイトを見ていると、大手セレクトショップの商品で気に入ったものが見つかった。特に「EC限定」との表記されてはいなかったので、うちの事務所近くの天神店に在庫があるかを見に出かけた。そこでスタッフに訊ねたところ、「在庫はありません」との返答だった。

 あらかじめ品番を控え、商品の写真(スクリーンショット)まで用意し、店舗スタッフに見せたが、よくわからないような様子。しかも「サイト掲載の商品はEC限定ではなくても、在庫は置いているところとないところがある」とのつれない返事。要は店舗によって投入する商品が違っているのだ。

 ECが整備される前だろうが、後だろうが、店毎に品揃えが違うのはこちらも承知している。ただ、せっかく実店舗とECが連動できる環境が整ってきたのだから、もう少し融通を利かせていいのではないか。たまたまこのスタッフがそうだったのかもしれないが、その態度には「気に入ったのなら、ECで買ってくれ」と、本音が透けて見える。「取り寄せましょうか」というフォローの言葉も、一切無かった。

 大手のセレクトショップはSPA化しているとは言え、完全なグローバルSPAに比べると、品揃えに幅や奥行きがあり、品番や色数も多くなる。だから、お客は万人向けでない個性的な商品にも期待するわけで、たまには訪れてみたい業態でもある。ただ、一スタッフが商品すべての詳細を把握するのは難しい。それは十分に承知している。

 しかし、ECを導入し、店舗と連動させるのであれば、商品部やバイヤーからの指示を朝礼での申し送りを通じて、店舗スタッフまで共有させるべきではないだろうか。

 こちらはサイトを見て買う気が起こり、店舗に在庫があれば試着できるし、そこでアドバイスの一つでもあれば、たぶん購入しただろう。実店舗とECの連動を謳うのなら、店舗ごとの在庫の有無、取り寄せの可否、キャンセルや返品のOKくらいは、店舗とECの両方でしっかり受け答えを徹底してほしいと思う。もっとも、そのやり方として、もはやアナログでは無理だと思う。

 人間には能力差がある。だから、ECの在庫把握ができるスタッフも入れば、苦手なスタッフもいるだろう。しかし、それはお客には関係ないことで、どの店舗、どのスタッフでも、標準的に対応してくれることが企業力を示すのだ。小売業にとって、実店舗とECを連動し、オムニチャンネル化を進めるのは、お客と常に繋がっていられるショップを目指すことだ。だからこそ、実店舗とECの連動から一歩進んで、ショップのデジタル化に踏み込むべきではないかと思う。

 すでにPCやスマホにブランドなり、ショップのアプリをダウンロードしておくと、どの店舗に在庫があるかの確認ができるソフトが開発されている。アプリにチェックインしただけで、ポイントが貯まる機能を付けたものもある。SNSなどを通じて商品情報を告知するだけでなく、お客の「商品を探す」という行為にいかにショップ側がアクセスするかもカギになるのだ。



 これだけ店舗やECがあっても、世界中では「欲しい商品は中々みつからない」と、感じているお客は少なくない。それは商品の品数が多過ぎて、探しきれないこともあるし、欲しいと感じる商品そのものがないこともあるだろう。実際に商品が実在するのなら、お客から求める商品の詳細を聞き出すことも必要だろう。

 素材(生地厚から組織、織り、編み地まで)、色(CMYK/青赤黄黒を10%刻みで掛け合わせた色調)、柄、サイズ(ZOZOSUITなどによるBWH、手持ちのジャケット、シャツ、パンツ、スカートの着丈、身幅、渡り、裾など)を入力してもらい、後は欲しい商品の情報と詳細のサイズなどをAIが分析して、商品在庫があれば提案につなげていく。それが自宅のPCはもちろん、ショップのタブレット端末でも検索が可能になる。

 要は、スタッフがデジタル化したお客情報をいかに使いこなし、活用できる店舗環境にしないといけないのである。それも購買カルテの電子化レベルで、「前回、このジャケットを購入しているから、今回はこのインナーを提案しよう」くらいでは、どの店も対応していくのは目に見えている。

 ショップのデジタル化には、刻々とバージョンアップが求められる。とどつまり、デジタルがもつインタラクティブ=双方向性を生かし、店舗からお客へのアプローチだけでなく、お客から積極的に店舗にコンタクトしてもらうことも不可欠だと思う。お客が欲しい商品が見つからなければ、そのデータを蓄積し、分析して次回の品揃えや商品開発の参考にもできる。

 メーカーは盛んに「EC専用のブランド」を開発するという。つまり、流通ルートをネット限定にして、販売エリアを拡大する狙いがあるだろう。一方で、店舗や販売スタッフのコストをカットすることで、利益を上げる思惑もあるのではないか。

 しかし、ここまでECが浸透して来ると、お客からすれば、EC限定の商品は単に購買の利便性だけでなく、実店舗に並ぶ商品以上の価値がなければ、簡単に「ポチッ」とは行かないはずだ。削減したコストを商品づくりに振り向けないと、「所詮、素人騙しの商品じゃんか」って、見透かされてしまう。

 やはりプロダクトアウト的な商品ではなく、デジタルのインタラクティブ特性を生かしながら、「お客の欲しい」にいかに近づき、寄り添えるかがEC開発商品の肝になるのではないか。データを集めるためのひな型くらい作ってもいいと思う。まずは実店舗のデジタル化で、それを実践しても良いし、店舗スタッフは通常業務としてお客がどんな生地や色、どんなデザイン、どれくらいの価格帯等々をヒアリングし、データをストックしていくことも大事だろう。

 究極は、小売りの個店はもちろん、ネットモールさえも超えたマーケットで、お客が欲しい商品に辿り着けるかの機能。いわゆるパーソナルスタイリストの役割まで進化させていかなければならないと思う。それでも、見つからない時は、「お客さんが欲しい商品があいにく見つかりません。下のアイコンをクリックしてください」…

 「そんなあなたに朗報。テキスタイルメーカー、デザイナー、工場をネットつなぐ新たな既成服の提案サイトです」って、ECが登場するのも時間の問題かもしれない。

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T企画が向かう先。

2018-05-23 07:04:23 | Weblog
 ジャケットをレザーからコットンに衣替えしたのはつい先月。ところが、5月も半ばを過ぎると、暑がりにとっては長袖シャツを通りすぎ、Tシャツやポロシャツの方がしっくりくる。

 でも、この手のアイテムの形が決まっており、デザイン面での遊びがほとんどない。Tシャツは襟がUかVでくりの深さが多少違うか、ヘンリー(チュニジアン)くらい。あとはフロントやバッグ、袖にロゴやキャラクターがプリントされているか、刺繍が施されている程度で、ベースの生地は大半が無地一色のメリヤス素材。3オンス台から10オンス程度の生地厚か、オーガニックといった綿花の栽培法か、ブランドかで価格が決まってくる。

 一方、ポロシャツはもともとスポーツウエアから派生したため、デザインにはレギュレーションがあるようだ。色は無地、素材は鹿の子、あとは半袖か、長袖で、なおさら変化に乏しい。妙にデザインするとかえってダサくなるのか、胸元のワンポイントマークでブランド価値が決まり、それが価格に反映されてしまう。

 2年ほど前、流行が太めに揺り戻したせいで、ビッグシルエットがトレンドになり、昨年はポロシャツでも多少その傾向が見られた。変化と言っても、せいぜいそのくらいだから、毎夏、変わり映えしないスタイリングになってしまう。変わり映えがしないプリントTには正直飽き飽きしている。まあ、何を着ても暑いのだからしょうがないのだが。

 ことTシャツに限って言えば、メリヤスをCut(裁断)してSew(縫製)するだけの単純な構造になる。かつてはアンダーウエアだったものが、アウター、特にファッションアイテムとして注目されたのは、1960年代だろうか。米国の若者がジーンズとともに流行らせ、世界中に伝播した。

 うちの祖母なんか、筆者が大学生のなった70年代末に「Tシャツとジーパンとズック(スニーカー)があれば、気軽に海外旅行に行ける時代になったね」と、臆することなく言ってのけた。それだけあらゆる世代が服として認知したということだろう。

 それからさらに40年。吸汗、速乾、快適を謳う機能性素材こそ登場したが、基本パターンやデザイン、縫製加工はほとんど変わらないまま。数年前に「Hanes」がメイドインジャパンの日本企画を売り出したのも、本家Made in USAの3パック赤ラベルが一度洗濯したらヨレヨレになることを知っている世代に向けたものに過ぎない。

 そもそもTシャツは原綿から撚糸、生地、染色、縫製までを途上国で行うので、コストがかからず、そこそこの質をキープするものが五万とある。だから、着る側にはそれほど不満はないはずだ。しかし、作り手がそれに甘んじているのでは先には進めないと思うのだが。 やはり、企画デザインの面で何らかの活性化が必要な時期に来ているではなのか。それとも、考え過ぎだろうか。

 ファッション専門学校の中には、学生獲得のオープンキャンパスで、熱転写機を使い、Tシャツにプリントするワークショップを開催しているところがある。

 この企画もどうなのか。むしろ古着のTシャツを買って来て、一旦解いてパターンや編み地を学び、別の布を縫い合わせるリメイクなんかした方がよほどCut&Sewの勉強になるのではないか。そしたら、「高校生はどんな絵柄をプリントすれば、ファッション性が出せるのか、わかっていない。それを教えることも必要」と言う先生がいた。

 Tシャツごときの構造をそれほど学習しても意味はないってことなのか。だが、プリントする被写体のデザインなら、それはグラフィックの領域だ。縫製技術を熟知した専門学校の講師陣ですら、Tシャツづくりで何を教え、学ばせるのか。正直、ポイントが絞り込めていないとも言える。言い換えれば、アパレルの事業領域に収めない方がユニークなアイデアが生まれるということだ。

 そんなことを考えていると、先日、アパレル製造支援企業の「シタテル」から一通のメールが届いた。ここはインターネットのプラットフォームを駆使して、既存のメーカーやアパレル起業希望者と技術者、工場などをマッチングさせる業務を担っている。また、業界外の人間にもネットワークを広げるために、定期的にワークショップも開催している。

 メールは、見たような記憶があったが、イベント期日を見ると昨年の8月20日付け。「Tシャツの固定概念を解体してデザインされたオリジナルTシャツを創るワークショップ」告知で、すでに終了しているものだ。おそらくスタッフがデータ送信をミスしたのではないかと思う。

 それはさておき、このワークショップは「アートディレクター千原徹也氏が『Tシャツと言えばこうでなければならない』などという思い込みや『服は買うものだ』という常識を一度疑い『服を創る楽しさ』や『新たなファッションに対する価値観』という角度から『TシャツではないTシャツ』をパターンからデザイン」との触れ込みだった。

 千原氏自身も「個人的にはこれまで服創りをやったことがない、しかし日々クリエイティブな仕事をしているみなさん、例えば、ウェブデザイナー、コピーライター、プログラマー、グラフィックデザイナー、エンジニア、建築家、編集者、アイドル、その他。とにかくクリエイティブな仕事をされてるみなさんにはとても楽しんでいただけるワークショップだと思います」と、誘っていた。

  アパレルの常識や先入観を捨てることが新しいTシャツデザインを生み出すことになる。そのために門外漢の人々にこそ、ワークショップに参加して欲しいようだった。実際に参加した人々の顔ぶれや制作されたTシャツがどんなものだったかはわからないが、少なくともプリントのレベルを脱するような企画があってもいいと思う。

 Tシャツのパーツは基本、クールネック、袖、胴体(丸胴)からなる。丸編み機で円形状に編み地を作り、それを縫い合わせたシンプルな構造だ。ニット製品で伸縮性があるから、サイズさえ決めれば、洋の東西を問わずあらゆる体型の人間が着ることができる。だから、カジュアルウエアとして浸透したのである。

 製造工程はまず、アメリカや東南アジア、インド、パキスタンで栽培される綿花から穫った原綿を何度も精製しながら丈夫な糸にしていく。それを編み立てて生地を作り、染料で染め上げる。染色は綿や糸、製品の段階でもできるが、大小のロット、生産効率を考えると、生地染めが一般的だ。おそらく今も世界中で天文学的枚数が流通していると思うし、その製造に対応するために同等のメリヤス生地が生産されているはずだ。



 つまり、生地の段階で染め上がっているのだから、縫い合わせでバイカラーやマルチカラーのTシャツを作るのは決してむずかしくないはずだ。市販のTシャツでも、ラグラン袖とクールネック部分のみ色が違うものが販売されているが、セットインスリーブで袖と胴体の色を切り替える企画も面白いのではないかと思う。「カラーブロックT」とでも呼ぼうか。そんな企画がなかなかないのだ。

 ユニクロが2年ほど前にUTの企画で、お客がスマホで自由なデザインをアップロードすると、オリジナルTシャツが作れるキャンペーンを張った。Webとファッションの融合を謳った企画だったと思うが、あまりの注文の多さに対応が後手後手になった。グローバルSPAにはプリントと言えど、受注生産は馴染まないことを露呈したようなものだ。

 だから、SPAは端から既成服と割り切ったカラーブロックTの方が量産に向くのではないか。32色とか、24色とか生産するカラーバリエーションによって無数の組み合わせがあるが、AIを使ってお客の感性にそぐわない配色は除外すればいい。洋の東西や自由に組み合わせたいと考えるオーダー志向のお客への対策にもなる。まあ、白ベースだと小学校の体操服みたいと突っ込まれないようにしないといけないが。

 袖や胴体、さらにクールネットはパーツが既製品としてあるので、あとは縫い合わせるだけで、量産には向くと思う。 シャツではクレイジーパターンを企画していたのだから、別に難しくはないはずである。生地厚を指定して編みたて、染色、検反までを海外で行い、輸入した生地を日本の工場で縫製することだって可能だ。

 それなら、薄手のTシャツとタンクトップの重ね着でも良いじゃいないかとの意見もあるだろう。確かに古着慣れした欧米の若者や自らリメイクできる人ならそれもありだ。ただ、お洒落に見える色、素材合わせは万人には難しいし、組み合わせが少しでも不釣り合いだと、着こなしはダサくなってしまう。

 もちろん、企画として生地厚を3オンスから4オンス程度に下げ、下は半袖のTシャツ、その上にノースリーブのトップをレイヤードするようなMDはあるだろう。また、メッシュ素材やパンチング加工のカットソーといった進化型を開発できればなおさらいい。ただ、ファッションである以上、誰もが着てお洒落に見えることが大前提だから、それらを含めてアパレル側が完成型のアイテムを提案することが重要なのである。

 業界では「OLDNAVY、日本完全撤退』「H&Mの出店が止まった」「6月の入ると五月雨式で夏のセールが始まる」「GAPは値下げ商品をレジでも割引」を等々。夏場の企画でTシャツを量産し過ぎるアパレルやSPAへの批判は枚挙に暇がない。でも、そんな論評に終始するばかりでは結局、生産的なことには繋がらない。

 そうではなくて、中小のアパレルがほんの少し発想と方向を捻るだけで、クリエイティビティが発揮でき、活性化の糸口がつかめるかもしれない。先ずは暇を見て試作品を作ってみようかと思う。

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高利少売の死角。

2018-05-16 05:09:04 | Weblog
 宝石・貴金属、時計、メガネを扱う業界はメーカー、卸販社、小売店の間で長らく共存共栄が成り立ってきた。高級品の代名詞で、高い荒利益が取れるため、三者で分けあって来たのである。しかし、ビジネスである以上、未来永劫で安定成長が続く保証はない。嗜好品は景気の影響を受けやすいし、お客のマインド変化でも市場は縮小する。また、小売店主の経営能力に左右される部分もある。

 メーカーはこうしたリスクを避けるために、卸販社を自社系列に再編して優先的に商品を流通させたり、売上げ実績に裏打ちされる小売店にトップブランドの販売を任せたり。ロイヤルティを守りながら、確実に売掛金を回収するには、当然と言えば当然である。先日、こうしたメーカーの姿勢が物議を醸す一件がネットを駆け巡った。

 事の発端はこうだ。2016年の地震で大きな影響を受けた「老舗宝飾時計店」が売上げ減を理由に、時計メーカーのセイコーから高級ブランド「クレドール」の取り扱いを一方的に停止する通告を受けたのだ。クレドールは最低でも20万円、最高は100万円もの値がつくセイコーを代表する高級ブランドウォッチである。当然、小売店にとっては売上げの核となる重要な商材であったはずだ。

 店主によると今年2月、セイコーの営業担当者からクレドール取り扱い認定を取り消されたという。セイコーに限らず、輸入時計のロレックスやオメガ、コルムやブライトリングも、一定の販売額(販売能力)を条件に取り扱える卸商社や小売店を限定している。そのため、こうしたことは宝飾業界では特別なことではない。

 老舗宝飾時計店は、地震で入居していたビルが全壊。仮店舗での営業を余儀なくされた。そのため、震災から2年目の17年には、クレドールの販売額がセイコー側との間で取り決めていた目標を達成しなかったのである。おそらく、店舗販売はもちろん、外商も十分に機能していなかったと思う。

 店主は地震による災害状況をセイコーに伝え、クレドールの取引継続を願い出たが、セイコー側は首を縦には振らなかった。老舗宝飾時計店からすれば、セイコーとは創業から120年の長きにわたりずっと取り引きして来ている。にも関わらず、温情の余地もないドライな仕打ちにも見える。

 しかし、事はそれだけで終わらなかった。店主はセイコーから送られて来た取り引き停止の「確認書」をTwitterに公開したことで、一気にフォロワーが反応。さらにシェアされてたちまち全国から書き込みが殺到したのである。そのほとんどが同店を擁護し、セイコーを非難するものだった。

 一方で、SNSで業務書類を公開することに対する懐疑的な意見、またセイコー側は震災で経営が困難に陥った小売店に対し、翌年の契約は解除していないなどの書き込みもあり、賛否は交錯した。

 その後、セイコーは事の重大さを鑑み「和解した」と、メディアに回答。老舗宝飾時計店は書面を公開した投稿を削除し、店主は配慮のない行動を反省。セイコーにも謝罪し、自社HPでは「今回の騒動に対する謝罪」(http://sophy.otemo-yan.net/)を発表し、何とか無事に収まったようである。

 一般論で考えると、今回の一件は一大メーカーと小売店の立場の違い、力関係における強弱を露呈したと言える。メーカーとしては、いくら創業120年の老舗であろうが、高級ブランドを長年販売して来た実績があろうが、いま現実の売上げ数字を見て商品を卸すか卸さないかを判断する。それがSNSによって物議を醸すとは想像すらしていない。

 公開された確認書の書面には、「セイコーウォッチ株式会社 取締役・専務執行役員 国内営業本部長」の名前があった。おそらく、担当者は経営計画に基づいて設定されている内規に従い、粛々と取り扱い停止を通達したのだろう。いたって実務的である。経営幹部ではあるものの、サラリーマンとして当然のことをしたまでだ。

 しかし、小売店は釈然としない。創業からセイコーの時計を売って来た。クレドールも40年の販売実績がある。しかも、地震で被災した異常事態なのに、何でここ1〜2年の売上げ減で、取り扱いが停止されるのか。うちがクレドールを販売しなくて、どこが売りきれるというのか。老舗としてのプライドもあるだろう。それゆえ、立場の弱さからSNSという手段を用いて、世論に訴えるしかなかったとも考えられる。

 セイコーは世界に誇れる大企業に躍進した結果、小売店のこうしたエモーショナルな感情の揺れがわからない。ブランドを売っていきたいのは、メーカー、小売り双方に共有するはずだ。しかし、立場の違いから得てして異なったベクトルに進んでしまう。ある意味、それはしかたないことかもしれない。

 和解とは、どんな落としどころだったのか。取り扱いがそのまま継続されるのか。扱えるが、絶対数や価格帯などが限定されるのか。他にも何らかの条件が付けられたのか。どちらにせよ、双方が歩み寄ったからこそ、和解できたのだ。クレドールの件に関しては、第三者がこれ以上言うべきものでもないだろう。


組合加盟の意味を見直す

 今回は高級ブランドウォッチをめぐるメーカーと小売店の問題だった。では、宝石・貴金属についてはどうなのか。ここでも力を付けて伸びる店、あるいはジリ貧になっていく店、メーカーや商社に擦り寄りたかる店と様々ある。

 でも、多くは何とか成長したいと願っている。そのために活動する団体がある。この老舗宝飾時計店を含む、全国の宝石・貴金属専門店が加盟する「日本ゴールドチェーン(NGC)」(http://www.sophy.co.jp/)がそれだ。こちらの動向を見ると、老舗宝飾時計店の課題も浮き彫りになる。

 NGCは、いわゆるボランタリーチェーンと呼ばれる。これは多くの独立した小売店が連携して協同組合をつくり、仕入れ・物流などを共同化しながら、統一した商標の使用も可能にするものだ。老舗宝飾時計店の店名につく冠の「ソフィ」は、確かNGCが統一する商標だったと思う。

 NGCは1966年の設立で、加盟店は宝飾品専門店のほか、時計、メガネを並行して販売するお店といろいろあるが、共通するのはみな中小の個店でバイイングパワー(商品仕入れ)やプロモーション企画などに限界があること。そのため、加盟店は協同組合として外部の協力を得ながら、一致団結して手がけていこうということだ。




 具体的には、コンサルタントや専門商社が経営指南、商品検討会を実施する一方、店頭の状況や売れ筋を分析しながら、品揃えや販売計画を考え、自店の収益拡大を目指すもの。他にも共同のセールスイベントの企画・展開、各種プロモーションツールの共同制作、クレジットカード決済と低い利率の導入、動産保険の加入がある。

 実を言うと、筆者は1986、87年頃に、このボランタリーチェーンのプロモーション企画にタッチしている。勤務先に仕事のオファーがあり、販売企画から参画し、ジュエリーや貴金属の撮影、販促ツールの企画・デザイン、印刷まで一括で携わった。確か宝石・貴金属の問屋が集まる東京・御徒町に事務局、品川にも事務所があり、打ち合わせに行っている。

 時はまさに空前の好景気。加盟店からは品川の事務所があるビルは組合所有で、地価が高騰して組合の莫大な資産が形成され、財務基盤も安定する…という羨ましい話も聞かれた。バブル景気の真っただ中らしく、宝飾業界はホクホクだったのである。

 さらに記憶を手繰ってみると、加盟店の中で比較的、経営力のある店舗がリーダーとなり、他のお店を主導していくこともあった。関東地区では栃木のT店とか、九州地区では長崎のS店とかがそれだったように感じる。 当然、老舗宝飾時計店も加盟店だったので、販促ツールの注文があり、何度か制作に携わった。

 こうした手法はその後に日経MJ(流通新聞)にも1面で取り上げられたのではなかったかと思う。仕事を受注してから数年後、ファッション業界誌に執筆するようになり、「NGCの仕事をしていたことがある」と、出版社の編集長に告げると、「NGCはうちの出版社がボランタリーチェーンの立ち上げを指導したんだよ」との返答。この時ばかりは不思議な縁を感じた。

 リーダー的存在だったT店やS店はチェーン加盟で、さらに経営力をつけて収益を拡大し、ともに退会したと見られる。現在、T店は全国に171店を展開し、年商170億円を超える東証一部の上場企業に上り詰めた。また、S店は宝石・貴金属の完全SPAに成長し、オリジナルブランドを企画販売している。店舗は国内82店、海外6店を展開し、この春にスタートしたストライプデパートメント(EC)にも出店したほどだ。

 ところが、老舗宝飾時計店はどうだろう。同店の沿革を見ると、1994年から2000年にかけて県内に新店2店舗、市内の別の商店街に1店舗を展開し、一応多店舗化を目指したかに見える。04年にはそれらをジュエリー工房に統合し、物販は本店のみに戻っている。県内で新店を軌道に乗せるのは容易ではなかったようだ。

 「商店街で地道に愚直に宝石貴金属・時計の商売を続けている」と言えば、聞こえはいい。しかし、T店のように売上げ拡大のための多店舗化も厳しく、かといってS店のようにSPA化でオリジナルや利益率向上で競争力を付けることもままならない。だから、荒利益が取れる高級ブランドを扱えなくなると、経営危機が店主の頭をよぎるわけだ。

 筆者がNGCの仕事を受けていた時、加盟店は経営力の向上に対し非常に前向きだった。好景気で高額な宝飾品が売れる環境ではあったが、誰もが手に入る中価格帯にも商売の裾野を広げていこうとしていた。宝飾マーケットはまだまだ伸びシロがあると感じ、ビジネスチャンスと捉えていたのだ。加盟店の合い言葉は「勉強になります」「勉強させてください」だった。でも、全ての加盟店がそのチャンスをモノにできたわけではない。

 高級ブランドのジュエリーやウォッチは、諸刃の剣でもある。荒利益が高いので売れると収益がアップするから、小売店としてはどうしてもしがみつきたくなる。しかし、それにはメーカーや卸販社から一定額の「ノルマ」を課され、有無を言わさず「結果」で判断される。扱いを失うとになると、今回のようにあたふたせざるを得ない。

 ブランド、高荒利といった商材に頼れば頼るほど、営業面でのリスクはより大きくなるのだ。日本はすべての業界でマーケットが縮小しているわけだから、高利少売についても考える余地はあるのではないか。これまでのビジネススタイルを全面的に改めるという意味ではなく、リスクヘッジのためのも一考しなければならないということである。

 震災の爪痕は少しずつ癒え、商店街に人通りが戻って来たとは言え、長期的には先は見えている。それを外商がどこまでフォローできるかは、お客の購買スタイルの変化もあり未知数だ。しかも、宝飾マーケットの規模は、「バブル期の3兆円から昨今は7000億円と3分の1以下に縮小した」とのデータがある。高級ブランドを失うリスク、商店街の限界、宝飾市場の縮小等々。今回のSNS騒動は、宝飾業界を取り巻く様々な課題が店主の脳裏でない交ぜになり、常識では考えられない行動に駆り立てたのかもしれない。

 しかし、経営者はビジネスにおいて情緒的になることは許されない。プロは結果がすべてだからだ。宝飾品に限らずファッション衣料やバッグ・靴と、商店街で営業する小売店も、みな少なからず課題を抱えている。NGCは宝飾業界の課題をみんなで背負いあって克服し、経営力を付けていこうという団体である。

 筆者が仕事を受けていた頃は、老舗宝飾時計店の経営者は先代だったと思うが、今の店主は40代と若い。加盟店の成功事例から再度勉強し直して、逆境にも負けない新しい経営スタイルを確立してもらいたい。

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掘り出し物がある。

2018-05-09 05:23:11 | Weblog
 今年もGWが過ぎた。福岡は5月3日、4日と博多どんたくが約200万人の人出で賑わったが、ファッション業界では都市部で観光イベントが開催されると、流入客は多くても服はそれほど売れないと言われている。冷静に考えると、帰省や旅行などで都市部から出ていく人も多い。目新しいショップや業態を集めた商業施設なんかが直前にオープンしない限り、買い物行動が起きにくいのは当然だろう。

 全国的に注目される施設では3月末、「東京ミッドタウン日比谷」が開業している。ここの商業エリアは1万8000㎡しかないそうだ。ストアと呼べるのは、カフェと雑貨のセレクト、 車のショールームを合体した「LEXAS MEETS」、昭和レトロを提案する「HIBIYA CENTRAL MARKET」、インポートを集めた「TATRAS&STRADA EST」くらいで、それぞれを1階から3階に分散展開したかたちだ。

 プレスリリースに書かれているのを見ただけだが、実際に行ったという友人の話を聞いても「一等地なのに開発にかけた投資と月々の家賃を考えると、まず採算は合わないのでは」で共通する。東京では再開発の名のもとに次々と器ができているが、どれも収益をあげるためのコンテンツが不足し、商業テナント集めには苦労しているようである。

 というか、ブランドにしても、業態にしても、売れそうなものは出尽くしているわけで、あとは新しくデビューする店舗か、実験的な業態を試すかしかない。デベロッパーもリスクを考えるだろうし、器は作ってもリーシングは頭打ちということだろう。

 地方都市に住む人間が情報発信都市・東京の最新物件に口を挟むのは憚れるが、あえて言うなら東京ミッドタウン日比谷は、福岡天神の再開発事業(公共施設:天神ファイブの跡地)で誕生したイムズ(インターメディアステーションの略)の時代から、開発の方向性はそれほど進化を遂げていないような気がする。

 イムズはバブル期の計画で、情報発信をコンセプトに当初は、企業のショールームを充実させていた。計画時点の仮称は天神MMビルで、オーナーである明治生命(1989年開発当時)と三菱地所のアルファベットをとったものだ。福岡の場合、都心部は航空法の関係で、東京のような高層ビルが建設できなかったが、それも徐々に緩和されてきている。

 ミッドタウン開発の先駆けとなった六本木の物件は、防衛庁跡地の再開発で、三井不動産、大同、富国、安田の生命保険会社などがコンソーシアムを作って落札した。イムズとは不動産事業者、生命保険会社の顔ぶれこそ異なるが、保険会社が保険マネーをビル事業に投資して不動産事業者とともに運用益を上げていくビジネスモデルは共通する。

 GINZA SIXのように運営者に百貨店グループが入ると、商業フロアを拡充してブランドショップを集める狙いで、売上げ重視の意識統一はしやすい。しかし、他の運営主体では物販の他にオフィスや文化施設、飲食、行政サービスまで集めた総合型を選択するケースだ。どちらが収益を上げやすいかは一概には言えないが、このスタイルも30年以上変わっていない。

 都市の再開発事業で建設されるSCは、その開発資金の原資を何で賄うかもテーマになる。古くはテナントからの保証金でイニシャルコストを稼ぐやり方だった。でも、これではテナントが撤退する度に保証金を返還しなければならず、初期投資分の回収が後手になってしまう。

 そこで、投資家から開発資金を集めてSPC(特別目的会社)を設立するやり方が登場したが、こちらはSCの収益から投資家に配当していくため、売上げを取れる有力テナントがリーシングの条件になる。当然、SC間でテナントは取り合いが必至なわけで、そう簡単にはいかないのだ。

 それでも、東京は金融機関に堪った潤沢な資金が運用先を待っている状態だから、地方からすれば非常に羨ましい限りだ。もちろん、ビル開発に投資して運用益を上げられるかは別物である。東京ミッドタウン日比谷がいかにしてイニシャルコストを回収し、ランニングコストを捻出していくか。オープン直後の今は静観するしかない。秋に東京出張した時、その辺もじっくり見て来たいと思う。

 一方、地方の大型商業開発は、やはり郊外が主体となる。九州こそJRが駅ビル開発に積極的だが、シャッター商店街に投資して再開発しようなんて計画は微塵もない。人口が増えている福岡市を除けば、ほとんどの地域がクルマ社会だから、SC開発は駐車場を含めた用地を確保しやすい郊外になる。では、どんな商業施設を開発し、テナントを誘致するかだが、GW直前の4月27日に開業した「ジアウトレット広島」からヒントを探ってみたい。

 開発主体はイオンモールで、アウトレット空白地帯に進出した本格アウトレットという触れ込みだ。ただ、郊外SCもフォーマットは出尽くした感があり、リニューアルや増床で何とか運営しているところがほとんどで、イオンモールとしてはアウトレットくらいしかコマがなかったとも言える。それでも、ジアウトレット広島は飲食の充実、地域の情報発信、体験型エンターテインメントの導入もあり、「地域創生型商業施設」との冠が付く。いったいアウトレット単体の可能性はどうなのかである。

 イオンは「ラグジュアリーブランドのバリー、エルメネジルド・ゼニア、ジョルジオ・アルマーニ、フェラガモ、コーチなどを揃え、山陰や四国からの広域集客も可能」と胸を張るが、果たしてそう簡単にいくのだろうか。確かに地方百貨店が売上げ不振に陥っており、ブランドが気軽に買い物できる環境ではなくなっている。ブランドを購入したい一定の客層(マチュア、シニア)は地方にもいるわけで、そうしたお客の受け皿になるという考えもあるだろう。

 しかし、それが「アウトレット品」なのかである。アウトレット本来の意味でいけば、そこに並ぶ商品は「売れ残り」「余剰在庫」「廃番品」「キズもの」である。 20万円を超える値札が付くジョルジオ・アルマーニのスーツは、仮に75%オフであっても5万円以上する。売れ残りや流行遅れに目をつぶっても、今のお客がそれらにどれほどの価値を見出し、買いたいと思うのか。

 もはや日本の消費者は富裕層だろうが、中流層だろうが、ブランド品にも低価格品にも目新しさは感じなくなっている。完全に成熟してしまったのだ。ラグジュアリーブランドが安いから一度は見に行っても良いが、リピーターになって何度も訪れるとは考えにくい。イオンモールもそれを想定し、物販の「なみのわガレージ」「よりみちマルシェ」、 飲食では「にしかぜダイナー」と、地元店のプロパー業態を誘致せざるを得なかったわけだ。しかし、それらに加えて、アミューズメント施設を集客の動機付けにするのなら、アウトレットの役目はいったい何なのかということになる。

 アウトレットと言えば、有名なアパレルやスポーツのブランドが格安で手に入るイメージだが、本家米国のモールでは日用品の在庫処分店もあり、掘り出し物に出会えるわくわく感がお客を呼んでいる。日本でもせっかく地産地消を目的に野菜や果物、精肉、魚介類を揃える道の駅的な業態を組み合わせるのなら、それを使って料理をするための道具や食器、食品のアウトレットをもっと充実させてもいいのではと考える。

 その意味でジアウトレット広島には、食器の「たち吉」「ゾーリンゲン・ヘンケル」くらいしかないのは、やはり片手落ちだろう。また、プロパー業態として瀬戸内・広島のもの作りを発信する「サッカザッカ」が誘致されている。そこでは刃物専門店の商品も扱われるが、それが掘り出し物かと言えば、ショールーム的で完結する公算が高く、関連性は乏しい。

 筆者が90年代初めに米国のアウトレット視察に行った時、オハイオ州に本社を置く「le gourmet chef」やダイニング用品を扱う「Book Warehouse」、食器類を格安で販売する「DANSK」、白磁食器の「Mikasa」など個性豊かな店舗が目を惹いた。これらの中には加工食品やシーズニングを揃えているところもあり、実際にニューヨーク郊外のウッドベリーコモン・アウトレットでは、料理の使うオレガノや木製のペッパーミルを購入したほどだ。

 まあ、日本の食材は消費期限があるから簡単にはいかないし、商社が買い付けている輸入食材は結構、ディスカウンタールートにも流れている。ただ、加工食品の3分の1ルールを見直す動きもあるし、小売店としては在庫を消化しなければ、新たに商品を仕入れる原資も入って来ない。それゆえ場所を変え、業態を変えて売り捌く拠点があってもいいのではないかと思う。

 伊藤忠商事が本場米国から日本に持って来た某有名グロサリーストアがある。ロゴマークがプリントされたエコバッグばかりが露出しているが、店舗で販売されている食品がどこまで消化できているか、不振在庫がかなりあるのではないかと、店を訪れる度に思ってしまう。ブランドを守るためにアウトレットとはいかないだろうが、一般論として食品全体を見れば、やはり消費期限が近づいたものをどうするかは課題である。

 それを小売りがやるのか、 メーカーがやるのか、回収コストなどいろんな問題が絡む。でも、アウトレット本来の目的は、バーチカルなシステムで在庫を消化し、現金化することだ。最初からコストを抑えて安く作った「専用品」を集めて見せかけ、モールとしての体裁を整えることではない。すでに安いファッション衣料は巷に掃いて捨てるほどあり、わざわざアウトレットに買いに行くまでもない。やはり流通システムにまで踏み込んで、開発コンセプトを考え直す時期に来ているのではないかと思う。

 お客は郊外SCはクルマで訪れるわけだから、嵩張る食器や調理器具も難なく購入し持ち帰ることができる。ならば、陶磁器のメーカーも年1回の陶器市だけでなく、常時余剰在庫を消化するような業態をもって、キャッシュフローを改善していくことも必要ではないか。

 そうすれば、消耗品である食器類と食材を一緒に購入でき、料理する楽しさも享受できる。 陶器類ばかりは破損のリスクがあり、ECでの購入に不安に感じるお客は少なくない。テナントになる可能性は十分にあるはずだ。要はバラエティさを欠くアウトレットは、お客の集めきれないということである。

 そうした意味で、郊外SCにアウトレットを誘致するなら、プロパー含めてすべての業態がリンクするようなコンセプトが必要になる。でないと、「今さら、アウトレットでもないだろう」と、冷めた見方をされてしまう。ジアウトレットの次の開発予定地は、福岡・北九州市のスペースワールド跡地が有力視されている。

 やはり成熟したお客と消費環境のことをもっと考えるべきではないか。それにはお客が掘り出し物に出会えて、また買いに行ってみようと思えるテナント集積と今のライフスタイルを見通した開発思想が不可欠。でなければ、ECがこれだけ消費に浸透している中で、実店舗が存在する意義は見出せない。果たして、イオンモールのような量販店系デベロッパーがそこまで踏み込めるかである。

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ファッション統計学。

2018-05-02 06:55:11 | Weblog
 大風呂敷を広げたもののZOZOSUITの配布遅延で、鼎の軽重を問うネット書き込みを続出させたスタートトゥデイ。先日の2018年3月期決算発表では、マーケットがGW休暇に入るタイミングを見計らったように3カ年中期経営計画と、採寸用ボディースーツ「新ZOZOSUIT」1000万着を配布する旨を発表した。これも株価対策を考えての周到な計画と言えば、言い過ぎただろうか。

 それにしても、ZOZOSUITの初期型は無料配布にしたため、あまりに多くの注文があって生産が追い付かなかった。その反省から生産体制や技術面の課題を解決すべく改良を重ねて仕様を大幅に変更し、ようやく顧客のもとへ届けられる見通しが立ったという。詳細については、決算発表の直後にメールが配信された。

 新ZOZOSUITは、真っ黒なボディーにピッチを広げたコインドットのような「マーカー」がプリントされている。 これをスマートフォンで写真に撮ることにより、人体の形状を3Dモデルとして浮かび上がらせ、計測する。スマホを固定し、自分がその前で一周して、なるべく多くのマーカーを読み取らさせれば、カラダの形状やヌードサイズがより詳細にわかり、データとして蓄積できるという。

 まあ、システム自体は大学のスポーツ科学部で、選手の動作解析(モーションキャプチャー)などの研究に使われているものを、サイズ計測用にアレンジしたものと思われる。自分のスタイリングを360度撮影して、フィット感やコーディネートの良し悪しを判断するカメラシステムも、昨年のファッションウィーク福岡でお披露目されている。だから、スタートトゥデイ側は「技術改革と研究開発による大幅な仕様改良」を強調するが、メカ的には別段、新しいものではない。

 言ってみれば、新スーツはもじもじクンの衣装にドットをプリントしたようなシロ物だから、コストはそれほどかかっていないはずだ。プロトタイプの初期型はあまりに高度なメカで、希望者全員に無料配布する大盤振る舞いが話題をさらった。上場企業としてはマーケットの反応や株価操作の狙いもあるだろうから、それくらいの打ち上げ花火が必要だったのは理解できる。

 ただ、ファッションビジネスで考えると、スタートトゥデイが言う「生産体制や技術面の課題」を抱えたまま無料配布を謳ったのは、いささか勇み足ではなかったのか。プロトタイプのメカレベルと単なるドットプリントの新スーツ。この格差はあまりに大きい。ここまでダウンスペックにしたことを見れば、すでに大企業の仲間入りを果たしているファッションカンパニーとしては、非常にお粗末と言わざるを得ない。

 今後は入手した顧客のサイズデータをサイトの販売やPBの開発にどう生かしていくかである。プロ野球の元監督でID野球を推し進めた野村克也氏の言葉に「データはゴミにも薬にもなる」というのがある。つまり、データは取る側、受ける側の考え方一つでどうとでもなるのである。集めたデータを本当に生かしきれる能力が必要なのだ。

 ZOZOTOWNはすでに購入データをもとに顧客の体形から、その日のスケジュールや天気、顔、髪形、所有する服といったあらゆるデータを解析し、最適コーディネートを完璧に提案でする「リコメンドサービス」を進めている。だが、現時点で過去に蓄積したデータを生かし、リコメンドへの到達できているのはわずか1%という。ZOZOTOWNが扱うブランド、またPBを拡販するには、まだまだデータ不足というわけだ。



 新スーツでどこまでの顧客のサイズデータを入手できるかはわからないが、実際にどれほどのお客がスーツを着てスマホの前でクルクル回るのだろうか。適当に撮影した場合、専用アプリと言えど、詳細なデータを測定できるのか。でも、恰好を想像しただけで滑稽に思える。その面白さを逆手に取って、顧客がYou-Tubeにアップしないとも限らない。それに釣られて次々とスーツの注文が殺到するようなら、ZOZOTOWNにとっては笑えないオチが付いてしまう。ヤフオクやメルカリに出品されると、噴飯ものである。

 データが欲しいのはZOZOTOWNの方で、顧客の協力次第ということからしても、はたしてビッグデータになりうるのかとの懸念もある。決算発表時で前澤友作社長は「初期型では、実際に配布した顧客のうち、使用した人の割合は60%。そのうち50%がPB商品を2.5点購入した」(既報)と、述べている。

 この数値も分母まで発表されてはいないので、どれくらいの実数かは不明だ。顧客がPBを購入した理由も、詳細なサイズデータが判明したからなのか、単にTシャツやジーンズが気に入ったからなのか、ハッキリしていない。どこまでデータを収集して解析し、そこから最適化したリコメンドができるか。とにもかくにも、1000万着という新スーツが、サイズ計測に活用されるかどうかにかかっている。

 スタートトゥデイは先日、子会社の「スタートトゥデイ工務店」「ヴァシリー」「カラクル」の3社を合併して新会社「スタートトゥデイテクノロジーズ」を設立した。この3社に在籍しているプログラマーなどがWeb、アプリ、AI(人工知能)など持てる技術ノウハウを駆使して、ファッションに関するデータを収集解析して数値化し、機械学習によって、その日に着ていく「リコメンド提案」に取り組んでいくそうだ。

 ファッションの数値化により、「きれいに見える着こなしの黄金比」が割り出せ、現状では1%しかなしえていないリコメンドを完璧にすることは不可能ではないと踏んでいる。ファッションが似合うか否かはフェイスやルックスが絶対条件である一方、従来から売場で行われてきた販売スタッフによる「外し崩し」という意外性の着こなし提案もある。それについてもAIがデータをもとに学習しているから難なくできるという。

 ただ、ここまではZOZOTOWN側が考える、自社に好都合なシステムに過ぎない。一方的にリコメンドの商品情報が提供されても、購入するか否かや商品の選択肢には顧客の「主観」や「心理」「感性」も反映される。人間は未だに自分の感覚に頼るアナログな部分はあるし、実際に試着しないと購入に二の足を踏むケースも少なくない。

 筆者はせっかくデジタル技術というインタラクティブなシステムを使うのなら、顧客の側がサイズデータを購入に生かせる仕組みがあってもいいのではないかと考える。ZOZOTOWNのリコメンドに対し、顧客側がジャッジ、ディサイドする技術を加味する。つまり、双方向のシステムを作るということである。
 
 顧客は自分のサイズデータだけでなく、ZOZOTOWNが取り扱う全商品について「詳細なサイズガイド」が知りたいはずだ。それがわかれば、購入には一気に結びつくのではないかと思う。




 筆者が考えるシステムはこうだ。まず、顧客の体型や足型のサイズを計測したデータを、平面、正面、俯瞰でシルエット表示できるようにする。レオナルド・ダ・ビンチが描いたウィトルウィウス的人体図のデフォルメ版をイメージすればいい。

 一方、販売する商品についても肩幅、バスト、ウエスト、ヒップ、袖幅、手首周り、アームホール、股下、わたり幅、膝周り、裾(ヘム)周り、足型(木型のサイズはメーカーが公開しないと思うから)は全長、幅、甲高などの「内寸」(生地厚があるので外寸ではなく)を記した絵図を公開する。

 服の内寸の計測は、センサーを付けたボディに服を着せるとサイズ計測ができるようなものか、レザー光線距離計を活用して、ボディに着せた服や靴の内部に照射して計測するとか。商品サイズを計測するメカの開発が必要になるが、今のIT技術なら決して不可能ではないと思う。

 顧客は欲しいブランドや買いたい商品が見つかると、サイト上で自分のサイズシルエットと商品のサイズシルエットを重ね合わせて、どこがキツメで、どこがゆるいなどフィット感が想像できるという流れだ。どうだろうか。せっかくスタートトゥデイテクノロジーズを設立したのだから、そのくらいの開発投資を行ってもいいのではないのか。

 これなら、全体的にはジャストフィット、部分的にはゆるめ、きつめの目安が試着しなくてもわかる。服の着丈、肩幅、身幅、袖丈、ウエストなどを表記する現状の「サイズ詳細」よりも圧倒的に購入に結びつくケース、いわゆる購買率がアップするのではないかと思う。

 特に靴は、ソール全長なんかを表記しても、足型のサイズ確認にはあまり関係ない。しかし、自分の足の詳細な長さ、幅、甲高と、靴の内寸のサイズがわかれば、試着なしのバーチャルフィットでも確認できるわけだから、購入に結びつくケースは今より増えるはずである。当然、返品率も下がって来ると思う。

 ZOZOTOWNが進めようとしているリコメンドは、顧客データを詳細に分析することで、顧客個々で異なる購買行動につなげる提案をしていこうものだ。「自分に似合うのなら買う」「カッコ良く見える着こなし」「わざと外し崩しのテクニックをしたい」等々。今の顧客に何らかのメリット(情報)を訴えて、購買率を上げる狙いだと思う。しかし、それはあくまでZOZOTOWNが主導権を握る一方的なものに過ぎない。

 これだけインターネットが発達しているわけだから、消費者は「情報強者」になっていることも考えられる。情強はそれだけ商品に対する審美眼や選り抜き術、見抜き・気づき力も鋭いから、ZOZOTOWNのリコメンドに躍らされるとは考えにくい。やはり、顧客側が購入する主導権を握りたいケースもあるわけで、それに即応するには前出のような服や靴の詳細なサイズデータを公開することも必要ではないか。あくまでインタラクティブなシステムが必要と思うのである。

 マンションアパレル時代、取引先のチーフバイヤーさんが言っていた言葉が今も印象に残っている。このバイヤーさんは都内の有名大学を卒業後、チェーンストアに就職しレディスのバイイングに携わっていた方だ。大学での専攻は筆者と同じ法律だった。

 ある時、「俺は法学部出だから、取引先との契約問題や債権債務、商品の瑕疵なんかの知識はあるんだけど、仕入れの仕事にはほとんど役に立たない。できれば、統計学なんかを勉強しておけば良かったとつくづく思うよ」と、仰っていた。

 当時、チェーンストアでは、本部で一括仕入れするセントラルバイイング制が導入されており、店頭のPOS(購買時点管理)レジと本部のPCは電話回線でつながり、売上げや在庫の管理から売れ筋のフォロー、新規のデリバリーまでが効率的に行われていた。

 もちろん、バイヤーは服種別、アイテム別のトータルな品揃え計画を立てて、商品を調達しなければならない。品揃え計画には適品、適量、適時、適所、適価の5適商品を確保が不可欠で、これには売上げ情報から読む商品データの蓄積とその解析によってオンシーズン(次シーズンも)の計画が立てられるのである。バイヤーはカンに頼る仕事ではない。これには統計学の知識が重要だという意味に解釈できる。

 今から30年以上前にそうだったことが、ITの発達とAIの技術が加わって蓄積したデータから統計値に近いリアルなリコメンドが割り出せる。それが浸透していけばファッションの生産から小売りまでが激変するというか、最適化されていくということである。

 ZOZOTOWNはじめ、ガリバーのAmazonは、ビッグデータに基づく統計的見地でどこまでファッションの消費環境を変えることができるか。また、お客はそれにどこまで反応するのか。現状では完璧な仕組みなどあり得ないと思うので、進化のプロセスを注意深く見つめていきたい。

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お洒落に釣られそう。

2018-04-25 05:12:55 | Weblog
 スポーツ&アウトドアのメーカーがそのノウハウでを生かし、繊維メーカーと共同で開発した素材を使用してアパレルを開発するケースは少なくない。

 アディダスとスポンサー契約を結ぶサッカー日本代表のユニフォームは、その代表例だろう。これまでアジア予選の会場が高温多湿だったため、裏地にメッシュを使った二重構造が採用され、徹底的な軽量化が図られたケースがあった。

 また、軽さや吸汗速乾性、動きやすさなど、快適さを重視したフォーモーション、筋肉を固定し正しい姿勢を維持することによって運動能力を引き出すテックフィット。この2タイプは選手が自分のポジションに応じて選択できるなど、ウエアはビッグイベントを迎えるごとに進化を続けてきた。

 ただ、スポーツ系アパレル全体で見れば、こうした高機能ウエアは競技としてスポーツに取り組む人向けになる。いわゆるプロのアスリート仕様だから、一般のスポーツ愛好家にそこまでのニーズはなく、どうしてもメジャー、マスにはなりにくい。

 むしろ、成長を遂げているのはパーソナルスポーツ&レジャー(アウトドアやアクションスポーツ含む)のカテゴリーだ。人々の健康志向を背景にライフスタイルの中にスポーツが取り組まれ、気軽に楽しむウォーキングやハイキングなどのアウトドア関連まで含めると、ユーザーの裾野は確実に広がっている。

 欧米では高機能なアウトドアウエアがタウンカジュアルとして浸透しているが、日本ではやはり難しい。メジャー化するには、街着としてのファッション性も不可欠だ。それがユーザーをつかみ、市場を広げる条件になるのは間違いない。

 国内ではデザントやゴールドウィンが「アスレジャー」(ストレスフリー=快適性を追及したファッション)で市場を開拓しようとしている。ユニクロも言葉こそ出さないが、プロテックパーカーやスウェットの上下などはこのカテゴリーに該当し、価格の手頃さや着やすさからスポーツ愛好家にも兼用されているのではないか。

 ただ、アスレジャーと言っても、目新しい言葉が好きなファッション業界が流布しているに過ぎず、明確な市場は押さえきれていないと思う。まして、スポーティーなカジュアルファッションと言えば、あまりに広範過ぎてマーケットリーダーと言えるプレーヤーが存在するはずもない。欧米のスポーツメーカーでも派生ブランドを売り出しているが、それでも市場確保は限定的だ。



 だからこそ、スポーツ&アウトドア系のメーカーがパーソナルスポーツ&レジャーの市場を攻略するには、持前のノウハウを生かしコストパフォーマスが高く、タウンカジュアルとの併用を求める層にアプローチしなければならない。そのためにはマーケティングをしっかり行い、ターゲットを絞り込りこむこと。まずはインパクトのある商品を開発し、狭い市場でもピンポイントで押さえるのが先決になる。ブランドバリュを上げていくのはその後でいいと思う。

 そんなことを考えていると、筆者のもとにSNSを通じて以下の記事が配信されてきた。
http://www.houyhnhnm.jp/news/155927/
http://www.houyhnhnm.jp/news/157427/


 2009年にグローブライドに社名変更した釣り具メーカーの「ダイワ」。同社がその歴史の中で培った高機能素材を織り交ぜ、ファッション的なアプローチで立ち上げたのが新ブランド「ディーベック(D-VEC)」だ。昨年のデビュー時は、釣りにも着用できるアウトドア系のジャケットやフーディーが主流だった。そのため、筆者もそれほど注視はしなかったが、スポンサーのロゴマークがやたら目立つフィッシングウエアとは、明らかに一線を画するデザインは、秀逸で新鮮に見えた。

 ところが、配信されてきた今シーズンの商品は、よりタウンカジュアルの色彩が濃く、レディスではリゾートウエアにもなりそうなドレスも登場している。それらの商品を見ると、企画段階からじっくり時間をかけて内容を詰め、商品化にこぎ着けたのが窺える。



 例えば、ワイドパンツ。フルレングスで張り感のあるシャンブレー素材を使用し、かつ通気性の良いドライ仕様で、撥水機能も付いている。また、フーディーはありがちな既製パターンを崩し、着丈は短めでドローストリングスで着こなしが変えられる。表地の幾何学模様ではパターンにブレやボケを生かすアヴェドンフォーカス技法を用い、大胆でグラフィカルな柄を描き出している。

 ショーツの一つは、異なる複数の縫製パターンを使った3Dニットを採用。人体の形や可動域に合わせた縫い方をしているため体に動きが加わった時、こすれたり引っかかったりすることなく軽やかに動けるのが特徴という。ショーツにそこまでの機能性は必要ないと思うが、同素材でメンズのジップブルゾンやパンツがあることから、こちらならアウトドアで活躍するのは間違いない。



 筆者が最も注目するのは、アンブレラクロスのアイテムだ。昨年、原宿のキャットストリートに旗艦店がオープンした時、このコートがメーンで打ち出されていた。文字どおり、傘を着るような撥水素材で、要所には湿気を逃がすベンチレーションを採用している。これなら蒸し暑い梅雨のシーズンには最適と思う。しかも、生地は光沢があって、油絵画家による海をモチーフにしたデザインをオリジナルのジャカードで織り込んでいる。

 微に入り細に渡って企画やデザインに注力しただけでなく、釣り具ブランド「DAIWA」のアイデンティティまで表現した点は見事だ。企画には特定のデザイナーを起用せず、国内ブランド含むスタッフ数名のデザインチームが担当しているそうだが、ここまで作り込めるのは凄いのひと言に尽きる。ライセンス契約を解除されたことで、別の海外ブランドを単に百貨店向けに焼き直した某アパレルのコートとは大違いである。

 今シーズンはドレスも企画されている。アンブレラクロスのコートと同素材で、それよりもジャカード織りの柄が際立つ。Vネックのオールインワンスタイルにドローストリングスが施され、ウエストマークは自在だ。おそらくリゾートで着ることを意識したのだろう。同素材では他にショーツもある。つまり、ディーベックの企画は釣りというアウトドアスポーツからタウンカジュアルに進み、さらにリゾートウエアにまで斬り込んでいるのだ。

 筆者がそこで思うのは、「オッサン臭いレジャーの延長線にいる釣り女子を抜け出し、機能性十分なシャツやパンツ姿でフィッシングを楽しみましょう」「メンズではゴムと天竺のミラノリブのジャケットもあるので、カップル(夫婦)で楽園に飛び立ち、休日を満喫しませんか」「複数カップルで出かけるなら、彼らと釣りを楽しむも良し、女性同士でエステ三昧も良し。釣った魚はホテルのシェフに調理してもらってパーティーも。このドレスなら場が華やぎますよ」との提案である。

 よくスポーツにはいろんなドラマが付きものと、言われる。ならば、釣りにも様々なシーンがあっていいはずだ。それを演出してくれるのがウエアリングかもしれない。アパレル企画においても機能性は進化を続けているが、ファッション性やデザインでは頭打ちだ。だから、着る場面を創造していくことが売れるカギになるわけだ。企画の方向性では、いろんなシチュエーションやシーンを考えなければならないのである。

 今週末からゴールデンウィークに入る。プレジャーボートや漁船で釣りに出かける人々もたくさんいるだろう。だが、その二歩も三歩も先をいって、南国の楽園で過ごす非日常の中にフィッシングがあってもいいと思う。

 かつて作曲家の宇崎竜童が親友の故・根津甚八によく渓流釣りに誘われたが、頑に断っていたという。その理由について、「あんな胴長靴姿で川に入るなんてカッコ悪いものはない」と、語っていた。妻で作詞家の阿木曜子が創る詩に合致する楽曲を作り上げるには、常にナルシストな自分でなければなし得ない。カッコ良い自分を否定することが許せなかったのだろう。

 ファッション性の表現が決して上手いと言えないスポーツ&アウトドア系アパレル。そして、機能性の知識を持ち合わせていないカジュアル系アパレル。ディーベックは2つの弱点を克服するだけでなく、ブランドの新たな世界観すら生み出そうとしている。その手段としてウエアリングで非日常というシーンを創り出す。これもアパレルが目指す方向性の一つかもしれない。

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ジャパン社の極限。

2018-04-18 13:33:53 | Weblog
 いつの間にか、ショップの撤退が相次いでいたが、別に気に留めることもなかった。しかし、業界紙誌がこぞって報道すると、やはり理由を考えてみたくなる。サザビーリーグが日本で運営してきた「アメリカンラグシー」の事業終了のことである。

 アメリカンラグシーがロサンゼルス発のセレクトショップとして日本上陸を果たしたのは1998年。奇しくも20年という節目の年にピリオドを打たざるをえなかったのは、業態そのものや多店舗化したスタイルが行き詰まったからではないかと思う。

 米国発祥のオリジナル業態は、1984に創業者のワーク・ワーツ氏がフランスのマルセイユ港からヴィンテージ衣料を米国に持ち込み、ロスに1号店を構えたのが始まりだ。ワーツ氏はそうした商品群をじっくり時間をかけてロスの文化や風土と上手くシンクロさせ、独特な店を作り上げた。

 本国のショップは今も1店だけ。そこではワーツ氏自身とバイヤーが世界中から厳選した商品を買い付け編集することで、世界観がキープされている。同店はそうした考えを「私たちが運ぶすべてのブランドは、独特のストーリーを持ち、グローバルなセレクションの折衷的なパッチワークに織り込まれています。私たちは、時間が最も重要だと考えています」と、宣言している。

 一方、日本におけるアメリカンラグシーはロゴマークこそ同じだが、中身は似て非なるものと言うか、日本市場向けに焼き直したものに過ぎない。しかも、店舗数は全盛期の2011年には全国で15店まで拡大していた。

 2000年前後の古着&ヴィンテージのブームから火が付き、店舗を全国に展開していったと思うが、数に限りがある真性のヴィンテージクローズを店舗数に比例して揃えるには無理がある。確かに売場に並ぶ商品はインポートのそれもあったが、大半は「それらしく」作り上げた似非ヴィンテージだ。

 一方で、ヴィンテージセレクトのロイヤルティを打ち出すために、ウエアは原則として1店舗あたり種別毎に1サイズ、1カラーのようなラインナップだった。お客からすれば、度・ストライクの商品が見つかれば即買いするだろうが、デザインが好きになれなかったり、サイズが合わない、色が好みでないとなると、どうしても購入に二の足を踏む。

 最近は多くのお客が色、型、サイズをしっかりアソートメントしているSPAに飼いならされており、若者と言えど1点ものは買いにくい心理状態ではないだろうか。つまり、アメリカンラグシーのようなMDでは、必然的に買い上げ率は上がりにくいのである。

 また、似非ヴィンテージと言っても商品をオリジナルで生産する場合、ある程度のロットが必要になる。生産枚数が少なければ製造コストが嵩んで、価格は高騰する。それでも有り余るヴィンテージ性が出せて、ショップが価格応分に足る販売力を持てば言うことない。

 しかし、店舗あたりに生産在庫を積めば、確実にヴィンテージ性は薄れてしまう。生産ロット分を消化するには展開エリアを全国に広げて、店数を増やして商品を分散しなければならない。最大で15店まで店舗数が拡大したのはそういうことである。

 それにしても 「ヴィンテージが好き」の不特定かつ不確定なターゲットを想定した商品政策に他ならない。結局、アメリカンラグシーのブランド、またはヴィンテージセレクトのイメージで、ショップを訪れて購入するお客は別にして、コアなヴィンテージファンからすれば「それらしい」ではやはり物足りず、満足できなかったはずである。




 天神のヴィオロに出店していた福岡店は昨年春に閉店した。以前の店舗からたまに覗いていたが、筆者が購入したのはスニーカー1足だけである。中敷きにロゴマークが印字されたプライベートブランドで、製造はMade in China。スエード素材のトップサイダー風で、つま先に向けて細くになるデザインで、ロスの本店にも同じものが置いてあったかどうかはわからない。

 一応、店舗で試着して購入したが、1日中履いていると夕方には足が浮腫むせいで、靴の細くなる部分に接する親指下の種子骨、小指下の第5中足骨が痛くなった。過去に履いたインポートのトップサイダーでは、別にそうなった記憶はない。米国人の足型に合わせたわけでもないだろうが、オリジナリティを出すために木型からシャープにしたことで、筆者の足には合わなかったようだ。

 他のセレクトショップでは、ウエアはオリジナル化が進んでいるが、スニーカーに関しては依然としてナイキやアディダスなどの定番が主流だ。ショップのロイヤルティを高めるためにオリジナルを開発する意図はわからないでもないが、やはり靴は木型が決め手になるし、デザインばかり追求すれば売れないリスクは高くなる。

 そうした商品開発やクリエイティビティが仇になったかどうかはわからないが、16年には新ディレクター2人が招聘されてブランド力の再強化に注力したものの、浮上させることはできなかった。ヴィンテージ&オリジナリティと多店舗化という二律相反の課題を抱えた運営スタイルが限界点に達していたのは、どうやら間違いないようだ。

 アメリカンラグシーを運営してきたのは、「サザビーグループ」である。有名な業態ではセレクトショップの「ロンハーマン」「エストネーション」、雑貨&飲食の「アフタヌーンティー」、アクセサリーの「アガタ」などがある。近年は東京・神楽坂にカフェ併設のライフスタイルストア「ラガク」も出店している。

 もともとは家具の販売からスタートし、「サザビー」ブランドのバッグを手がけたことから、アパレルよりも雑貨のイメージが強い。筆者も同ブランドのシステム手帳をもっている。オリジナルを開発していくというより、海外からブランドを輸入し、日本市場で孵化・定着させる=ブランドインキュベーションの方が上手い気がする。アニエスb.然り、カンペール然り、フライングタイガー然りである。

 そこでカギを握るのが合弁会社や日本法人、いわゆる「ジャパン社」の存在だ。今回の事業終了も、「アメリカンラグシー・ジャパン」が同ブランドを持つインダストリーズ・ワーツと合弁契約を解消したことによるものである。

 一般的に海外ブランドが日本市場を攻略する場合、ジャパン社を持てば地の利があるため立地条件などを把握でき、出店戦略をスムーズに行える利点がある。また、商社を咬ましてバラバラに行っていた卸やライセンスといった販売チャンネルを一元化し、商品流通をコントロールできる。コピーなどの商標権侵害を防止するのも可能になるわけだ。さらに品質に対する対応、広告宣伝などの業務も自前で行える。

 直営チャネルは旗艦店、路面店、卸チャンネルはショップ・イン・ショップ(百貨店のコーナー)がある。旗艦店を持てばブランドイメージが醸成できるし、インショップではブランド認知を拡大できる。また、大型の旗艦店では商品をフルアイテムで展開できるため、販売効率もいい。売り切れた商品をいちいち注文しなくても済むのだ。もちろん、市場攻略や商品政策、マネジメントでは本国の意向が徹底されるのは言うまでもない。

 欠点は日本法人を作るわけだから、それなりの資本金が手当てしなければならないことだ。ラグジュアリーブランドの場合、財務基盤が確かな大手商社と組むケースが圧倒的に多い。逆にアニエスb.やアメリカンラグシーの合弁会社は、本国のブランド企業がそれほど大きくない=力をもっていない段階だったから、サザビーグループでも可能だったと言える。

 そのアニエスb.も05年にフランス本国C.M.C. S.A.との合弁契約を解消し、アニエスベーサンライズへの資本関係は終了している。これについては、アニエスb.が力を持ったからというよりは、ブランドが陳腐化し本国でテコ入れせざるを得なくなったからだと思う。

 また、ジャパン社の規模がそれほど大きくなければ資本力も弱く、店舗は旗艦店やインショップと、展開は限られてしまう。ライセンスもないから日本のお客にあった商品、価格帯を作れず、どうしても収益性は低くなる。

 赤字に陥ってもブランドイメージの醸成のために本国から広告宣伝費が投下されれば店舗展開は維持できるが、本国側がそうした潤沢な資金を持っていなければ、アメリカンラグシーのケースのように事業終了、店舗閉鎖、ジャパン社の清算という結末を迎えざるを得ない。ジャパン社には一長一短があり、功罪が付きものなのである。

 サザビーリーグは、米国の3.1phillip lim LLC.との合弁で、「㈱3.1フィリップリム」を設立するなど、海外ブランドとの合弁事業に積極的な一方、本体は持ち株会社となって傘下企業、ブランドのM&Aを繰り返すなど経営を支配していこうとしている。

 各ブランドの合弁事業が終了しても、日本市場で当たりそうなブランドを世界中から見つけてきて運営管理する方針に変わりはないようだ。まあ、アパレル&雑貨、飲食の企業グループとして有名ブランドを所有し、ポートフォリオが確立している点は良いことかもしれない。しかも、いろんな業態を展開しているので、自然とリスクが分散できる。
 
 しかし、ブランドの合弁会社を経営すれば、当然本国のスタイルやマネジメントに則る部分も多く、自社における人材が育成されないという懸念もある。ブランドの知名度だけで売れるので、どうしても人が知恵を出したり、クリエイティビティを発揮する場面が少ないからだ。新ディレクター2名がテコ入れに参画したが、業態を立て直せなかったのは、人が育ってない証左ではないのか。

 結果として「アメリカンラグシーで店長をしていました」と言ったところで、その先にどこに行けるのか、また会社側がどう決めてくれるのか。今回のような事業終了のリスクを抱えていれば、社員のキャリアパスが明確にならないという構造的な問題をはらんだままである。

 ロンハーマンもアメリカンラグシーほど極端なMDではないが、エストネーションとともにウエアは絞り込まれ、お客がいろいろ見比べて買えるような品揃えではない。どちらも特別に好調だとの話は聞こえて来ないし、今後の状況次第ではアメリカンラグシーと同じ轍を踏まないとも限らない。極限に達した有名ブランドのジャパン社は、まだまだ他にもありそうである。
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