今年は五輪プレイヤーとあって各国代表やチーム、選手とアパレル関連との契約が気になるところだ。今度の東京五輪でスポンサーからいちばん支援を受けているのは、日本オリンピック委員会(JOC)だろうか。表向きは公益財団法人だから収益事業を行っているわけではないが、地元開催という50年に1回のマーケティング機会を企業に提供する代わりに、一業種一社のスポンサーを獲得できることは可能だ。
ただ、このルールを真に受けると、スポンサー数はたかが知れている。そのため、スポンサーのグレードを公式パートナーからサプライヤーまで広げることで、料金に応じた支援のカテゴリーを提供し、企業側の選択肢を増やしていった。まあ、東京五輪の招致委員会がシンガポールの会社にコンサルタント料と称してポンと2億円以上を支払えるのだから、JOCに潤沢な資金が流れているのは確かである。
これには五輪のスポンサー営業が一本化された「電通」の存在がある。電通は日本がボイコットした1980年のモスクワ五輪でJOCのスポンサー営業権を「博報堂」に奪われたことがトラウマになったようで、2005年に営業権を独占してからは、その力を見せつけるべく攻勢をかけていった。その結果、JOCのスポンサー料は増大し、資金的に潤うようになったのである。
しかし、世界的に見れば、資金が潤沢なNOC(国内オリンピック委員会)は、むしろ少数派だ。なおさら、企業スポンサーに支えられ、ビッグ契約を結んで活動できるチームや選手は、米国などスポーツ大国の一部に限られている。多くのNOCは国からの補助金なんて微々たるものだろうし、国や団体単位でスポンサーが付くケースはそれほど多くなく、慢性的な資金不足に悩まされている。
チームや選手個々でも、活動資金を得るためにアスリートがヌード写真を発表することも、今では驚くことではない。あの米国ですら、女子アイスホッケーの代表選手がスティックとシューズ以外は一糸纏わずに撮影した写真を堂々とネットに公開している。メジャー、マイナーを問わず競技生活を続けるのは、先進国であっても決して簡単なことではないのだ。
片や、企業とスポンサー契約を結べると、競技に専念できる環境が格段に整っていく。ウエアやユニフォームを提供するスポーツアパレル側も、選手やチームの活躍を通じて世界にデザインやブランド価値を発信できる。今年の全豪オープンテニスでは大坂なおみ選手が優勝したが、着用していたアディダスのウエアが翌日に数十着も売れた店舗もあるという。リターンが凄いからこそ、スポンサー料も半端ではない。いかにビッグな契約を纏めるかが代表チームや選手、企業の双方とって重要なのである。
先日、アパレルとNOCとのまさにビッグな契約話が飛び込んで来た。ユニクロが「スウェーデンオリンピック委員会とパートナーシップ契約を締結した」と、ファーストリテイリングが発表したのだ。内容は「今年1月から4年間、2つのオリンピック・パラリンピック大会(2020年東京、2022年北京冬季)を含む試合や競技を対象に、スウェーデンの代表選手団と大会関係者にユニクロのアイテムを提供する」というもの。
ユニクロから提供されるウエアは、「開会式で着用するもの」「閉会式で着用するもの」「トレーニングと競技に着用するもの」「余暇時間にアスリートが着用するもの」と「報道発表時にアスリートが着用するもの」になる。記者発表では、スウェーデン国旗に使われる黄色を基調にしたものが公開されたが、これはあくまで市販のアイテムデザインに基づいたサンプルで、今年中に選手団専用のカラーリングとスタイリングを施したものが製作されるようだ。
このニュースを見た時、筆者が咄嗟に思ったのが、前回のリオ五輪におけるスウェーデン選手団の公式ウエアである。それは2014年のソチ冬季五輪に続き、地元企業の「H&M」が提供していた。ファストファッションで世界中にその名を馳せたグローバルSPAで、それが遠くな晴れた日本のユニクロにとって代わったのである。
スウェーデンオリンピック委員会は、JOCに比べると資金的に脆弱だろうから、契約スポンサーを選べるような状況ではないと思う。一方、ユニクロは2018年の8月、首都ストックホルムに1号店を出店しており、今後の多店舗化に弾みをつける上では、国内でのブランド浸透は不可欠になる。だが、柳井正社長は記者会見で、この契約とスウェーデン市場の拡大との関係については、「直接の理由じゃないです」と答えている。
それどころか、1号店が非常に上手くいっている要因として、会見に同席した桑原尚郎上席執行役員はミュージシャンやダンサーにユニクロの服を着てもらい、広告活動に参加してもらったり、そのローカルアンバサダーから得た多くの示唆を生かしたことを挙げた。その中で、スウェーデンの人々の気持ち、価値観とユニクロのライフウエアというコンセプトが持つ「親和性」のようなものを感じ、スウェーデン、ストックホルムの生活者と非常に「親密な関係」が築けるのではないかと思った、とも語っている。
何でもトップでないと気が済まず、ビジネスについては常に直情的なもの言いが付いてまわる柳井社長からずれば、幹部が放った意見とは言えずいぶん情緒的で、こそばゆかったのではないのだろうか。自身も「直接の理由じゃないです」と答えてはいるが、経営者として野心旺盛な性格を考えると、スウェーデン進出の理由や今回のスポンサードの背景を額面通りには受け取れない。
スウェーデンは北極圏にまたがる国土のほとんどが寒帯域に属する。11月から3月までの冬場は厳しい寒さ(最低気温─5℃)が続くだけに、防寒衣料・重衣料に対するニーズは高いはずだ。国民の平均年収は29,185ドル(約345万円/2015年データ)と、世界第9位で日本よりは高い。ただ、高福祉高負担の国で収入の40%以上を税金に徴収されることから、国民は合理的で倹約志向が強いのではないか。そうした気質から組み立て家具のイケアやワンナイトパーティグッズのH&Mが生まれたとすれば、ライフウエアを標榜するユニクロとの親和性はわからないでもない。
コンサルタントの小島謙輔氏は「ファッションはローカルなもの」と仰っている。それぞれの国や地域でウケる流行は異なるという意味だ。確かにトレンドファッションはそうだが、機能性が求められる防寒衣料という見地でスウェーデン市場を見れば、決してモンクレールやタトラスの牙城ではないはずだ。なおさらヒートテックやプレミアムダウン、暖パンなど値ごろなアイテムをもつユニクロが冬場のデイリーウエアでも、マーケットリーダーになれなくはないと思う。
これからの戦略を見据えれば、売れる市場を握るのが肝になるのは言うまでもない。その点で、ユニクロはアジア地域での事業が好調でも、攻略の余地があるのは人口が多く、経済発展しているインドネシアやインドになる。だが、それらの地域は亜熱帯、赤道域で防寒衣料など必要とされない。薄着を前提に考えると商品単価、客単価ともに上がりにくく、ドライに代わる新たな商品開発も容易ではないだろう。
日本にしても毎年のように異常気象が続いており、暖冬になると一気に冬物の売上げ不振を招いてしまう。昨年末から今年始にかけてあれほど、チラシが折り込まれたシーズンは見たことがない。それほど冬物の在庫処分が低迷していたということだ。ならば、防寒・重衣料でコンスタントな需要が見込める北欧に照準を当ててもおかしくない。さらにアジアでは必要とされない新商品の開発拠点に位置付けることも可能だ。
ユニクロは五輪関連ではこれまでにも冬季大会の長野、ソルトレークシティ、夏季大会のアテネで、開会式や移動用のユニフォームを提供してきた。これついては決して好評だったとは言い難く(開会式のユニフォームは全般的にどこも不評を買っているのだが)、特にソルトレークシティの開会式のユニフォームは、メディアはじめ各方面から「けちょんけちょんに言われた」と記憶している。
柳井社長のことだから世間から叩かれれば叩かれるほど、それをエネルギーに代えて次の施策を考えてきたはず。五輪ユニフォームの悪評についても、いつか捲土重来を果たしたいと考えていたとすれば、今回交わしたビッグ契約の説明もつく。しかし、これが本筋だとは思えない。
問題はスウェーデン選手が競技をする時に最も重要な機能性やハイパフォーマンス性がどこまで打ち出せるかである。一応、契約には「トレーニングと競技に着用するもの」も入っており、選手にとってはメダルを獲得するにはこれが何より重要になる。ナイキやアディダスはもちろん、ミズノやアシックスの開発努力を見ると、とても4年くらいでなし得るものではないと思う。H&Mとてそれを実現したかどうかはわからない。そう考えるとパートナー契約を結んだ狙いは、スポーツ系のウエアの開発というより、レギュラー商品のマーケティングのためと考えた方が良さそうだ。
これはあくまで筆者の穿った見方だが、世界戦略を考えるとグローバルSPAのお膝元だからこそ攻める価値があると思うし、成功すれば企業の評価は格段に上がる。H&Mから五輪ウエアの契約を奪えたのは、世界のトップを目指す柳井社長の野望の一つだったのではないか。「北北西に販路を取れ」。アジアでの好調に浮かれること無く、次なる対象への照準は世界中に向けられている。
ただ、このルールを真に受けると、スポンサー数はたかが知れている。そのため、スポンサーのグレードを公式パートナーからサプライヤーまで広げることで、料金に応じた支援のカテゴリーを提供し、企業側の選択肢を増やしていった。まあ、東京五輪の招致委員会がシンガポールの会社にコンサルタント料と称してポンと2億円以上を支払えるのだから、JOCに潤沢な資金が流れているのは確かである。
これには五輪のスポンサー営業が一本化された「電通」の存在がある。電通は日本がボイコットした1980年のモスクワ五輪でJOCのスポンサー営業権を「博報堂」に奪われたことがトラウマになったようで、2005年に営業権を独占してからは、その力を見せつけるべく攻勢をかけていった。その結果、JOCのスポンサー料は増大し、資金的に潤うようになったのである。
しかし、世界的に見れば、資金が潤沢なNOC(国内オリンピック委員会)は、むしろ少数派だ。なおさら、企業スポンサーに支えられ、ビッグ契約を結んで活動できるチームや選手は、米国などスポーツ大国の一部に限られている。多くのNOCは国からの補助金なんて微々たるものだろうし、国や団体単位でスポンサーが付くケースはそれほど多くなく、慢性的な資金不足に悩まされている。
チームや選手個々でも、活動資金を得るためにアスリートがヌード写真を発表することも、今では驚くことではない。あの米国ですら、女子アイスホッケーの代表選手がスティックとシューズ以外は一糸纏わずに撮影した写真を堂々とネットに公開している。メジャー、マイナーを問わず競技生活を続けるのは、先進国であっても決して簡単なことではないのだ。
片や、企業とスポンサー契約を結べると、競技に専念できる環境が格段に整っていく。ウエアやユニフォームを提供するスポーツアパレル側も、選手やチームの活躍を通じて世界にデザインやブランド価値を発信できる。今年の全豪オープンテニスでは大坂なおみ選手が優勝したが、着用していたアディダスのウエアが翌日に数十着も売れた店舗もあるという。リターンが凄いからこそ、スポンサー料も半端ではない。いかにビッグな契約を纏めるかが代表チームや選手、企業の双方とって重要なのである。
先日、アパレルとNOCとのまさにビッグな契約話が飛び込んで来た。ユニクロが「スウェーデンオリンピック委員会とパートナーシップ契約を締結した」と、ファーストリテイリングが発表したのだ。内容は「今年1月から4年間、2つのオリンピック・パラリンピック大会(2020年東京、2022年北京冬季)を含む試合や競技を対象に、スウェーデンの代表選手団と大会関係者にユニクロのアイテムを提供する」というもの。
ユニクロから提供されるウエアは、「開会式で着用するもの」「閉会式で着用するもの」「トレーニングと競技に着用するもの」「余暇時間にアスリートが着用するもの」と「報道発表時にアスリートが着用するもの」になる。記者発表では、スウェーデン国旗に使われる黄色を基調にしたものが公開されたが、これはあくまで市販のアイテムデザインに基づいたサンプルで、今年中に選手団専用のカラーリングとスタイリングを施したものが製作されるようだ。
このニュースを見た時、筆者が咄嗟に思ったのが、前回のリオ五輪におけるスウェーデン選手団の公式ウエアである。それは2014年のソチ冬季五輪に続き、地元企業の「H&M」が提供していた。ファストファッションで世界中にその名を馳せたグローバルSPAで、それが遠くな晴れた日本のユニクロにとって代わったのである。
スウェーデンオリンピック委員会は、JOCに比べると資金的に脆弱だろうから、契約スポンサーを選べるような状況ではないと思う。一方、ユニクロは2018年の8月、首都ストックホルムに1号店を出店しており、今後の多店舗化に弾みをつける上では、国内でのブランド浸透は不可欠になる。だが、柳井正社長は記者会見で、この契約とスウェーデン市場の拡大との関係については、「直接の理由じゃないです」と答えている。
それどころか、1号店が非常に上手くいっている要因として、会見に同席した桑原尚郎上席執行役員はミュージシャンやダンサーにユニクロの服を着てもらい、広告活動に参加してもらったり、そのローカルアンバサダーから得た多くの示唆を生かしたことを挙げた。その中で、スウェーデンの人々の気持ち、価値観とユニクロのライフウエアというコンセプトが持つ「親和性」のようなものを感じ、スウェーデン、ストックホルムの生活者と非常に「親密な関係」が築けるのではないかと思った、とも語っている。
何でもトップでないと気が済まず、ビジネスについては常に直情的なもの言いが付いてまわる柳井社長からずれば、幹部が放った意見とは言えずいぶん情緒的で、こそばゆかったのではないのだろうか。自身も「直接の理由じゃないです」と答えてはいるが、経営者として野心旺盛な性格を考えると、スウェーデン進出の理由や今回のスポンサードの背景を額面通りには受け取れない。
スウェーデンは北極圏にまたがる国土のほとんどが寒帯域に属する。11月から3月までの冬場は厳しい寒さ(最低気温─5℃)が続くだけに、防寒衣料・重衣料に対するニーズは高いはずだ。国民の平均年収は29,185ドル(約345万円/2015年データ)と、世界第9位で日本よりは高い。ただ、高福祉高負担の国で収入の40%以上を税金に徴収されることから、国民は合理的で倹約志向が強いのではないか。そうした気質から組み立て家具のイケアやワンナイトパーティグッズのH&Mが生まれたとすれば、ライフウエアを標榜するユニクロとの親和性はわからないでもない。
コンサルタントの小島謙輔氏は「ファッションはローカルなもの」と仰っている。それぞれの国や地域でウケる流行は異なるという意味だ。確かにトレンドファッションはそうだが、機能性が求められる防寒衣料という見地でスウェーデン市場を見れば、決してモンクレールやタトラスの牙城ではないはずだ。なおさらヒートテックやプレミアムダウン、暖パンなど値ごろなアイテムをもつユニクロが冬場のデイリーウエアでも、マーケットリーダーになれなくはないと思う。
これからの戦略を見据えれば、売れる市場を握るのが肝になるのは言うまでもない。その点で、ユニクロはアジア地域での事業が好調でも、攻略の余地があるのは人口が多く、経済発展しているインドネシアやインドになる。だが、それらの地域は亜熱帯、赤道域で防寒衣料など必要とされない。薄着を前提に考えると商品単価、客単価ともに上がりにくく、ドライに代わる新たな商品開発も容易ではないだろう。
日本にしても毎年のように異常気象が続いており、暖冬になると一気に冬物の売上げ不振を招いてしまう。昨年末から今年始にかけてあれほど、チラシが折り込まれたシーズンは見たことがない。それほど冬物の在庫処分が低迷していたということだ。ならば、防寒・重衣料でコンスタントな需要が見込める北欧に照準を当ててもおかしくない。さらにアジアでは必要とされない新商品の開発拠点に位置付けることも可能だ。
ユニクロは五輪関連ではこれまでにも冬季大会の長野、ソルトレークシティ、夏季大会のアテネで、開会式や移動用のユニフォームを提供してきた。これついては決して好評だったとは言い難く(開会式のユニフォームは全般的にどこも不評を買っているのだが)、特にソルトレークシティの開会式のユニフォームは、メディアはじめ各方面から「けちょんけちょんに言われた」と記憶している。
柳井社長のことだから世間から叩かれれば叩かれるほど、それをエネルギーに代えて次の施策を考えてきたはず。五輪ユニフォームの悪評についても、いつか捲土重来を果たしたいと考えていたとすれば、今回交わしたビッグ契約の説明もつく。しかし、これが本筋だとは思えない。
問題はスウェーデン選手が競技をする時に最も重要な機能性やハイパフォーマンス性がどこまで打ち出せるかである。一応、契約には「トレーニングと競技に着用するもの」も入っており、選手にとってはメダルを獲得するにはこれが何より重要になる。ナイキやアディダスはもちろん、ミズノやアシックスの開発努力を見ると、とても4年くらいでなし得るものではないと思う。H&Mとてそれを実現したかどうかはわからない。そう考えるとパートナー契約を結んだ狙いは、スポーツ系のウエアの開発というより、レギュラー商品のマーケティングのためと考えた方が良さそうだ。
これはあくまで筆者の穿った見方だが、世界戦略を考えるとグローバルSPAのお膝元だからこそ攻める価値があると思うし、成功すれば企業の評価は格段に上がる。H&Mから五輪ウエアの契約を奪えたのは、世界のトップを目指す柳井社長の野望の一つだったのではないか。「北北西に販路を取れ」。アジアでの好調に浮かれること無く、次なる対象への照準は世界中に向けられている。