HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

売れ筋を失う皮肉。

2023-09-27 07:34:50 | Weblog
 9月の初めだったか。繊研新聞社が主催する23年春夏「百貨店バイヤーズ賞」レディス部門の受賞が決まった。毎年、取引先の社長と共に新しいブランドが登場することに期待して見ているアワードだ。

 受賞したブランドは以下になる。婦人服トータルでは1位23区、2位レリアン、3位アンタイトル、4位セオリー、5位アナイ。特選ではプラダ。バッグでは1位ロンシャン、2位レスポートサック。また、グッドパートナー賞には、エムズグレイシーとフェスタリア・ビジュソフィアが輝いた。バイヤーズ賞プラス、新人賞、カムバック賞、サスティナブル賞はそれぞれ該当なしだった。

 先日、受賞の記事を読んだ取引先の社長から「今年も変わらない顔ぶれだよ」ってメールが届いた。確かに婦人服のトータルでは、独自のスタンスを貫くものが受賞したというより、百貨店らしく可も不可もなく、無難なテイストの売れ筋ブランドが選ばれたと思う。それに対し、バイヤーズ賞プラスや新人賞、カムバック賞、サスティナブル賞を受賞したブランドがないのは、百貨店にとっての「タマ」不足を象徴する。

 新しいブランドの登場が待たれるのだが、売場のほとんどを百貨店系アパレルに占められ、そこに新参ものが割り込むのは容易でない。若手バイヤーの中には、取引先が作るような「スパイスが効いたテイスト」に興味を持つ方もいる。ただ、総売上げの目標から割り振られた予算があるし、売れなかったらという不安も付きまとう。上司から「これが売れているんだから、あえて冒険するまでもないだろう」と言われれば、反論する材料は見つけにくい。



 もっとも、百貨店の中にも他店との差別化として、以下のようなキーワードを挙げるところもある。「自分が着てみたいもの」「欲しいものを買いたい」「自己主張したい」「昨日とは違う私、昨年とは進んだ私」「変えたい、変わりたい」等など。取引先の社長は、「以前は全国各地にあるこだわりのセレクトショップのお客さんが言っていたようなことを、最近は百貨店のバイヤーが口にするようになってきた」と、語る。

 それでも、中小の専門店系アパレルが百貨店と取引するとなると、いろんな条件で難しい。掛け率の問題もあるし、買取でなければ返品もある。大手のような豊富な品番展開ではない。だから、同業他社とのミキシングMDという受け皿が必要になる。取引先は某百貨店がレディスフロアの片隅で設けた自主編集売場で、試しに1シーズン5~6型、各1アイテム1サイズを委託で並べてくれたところ、全て完売し3回転している。

 「うちのお得意さんは全国各地のセレクトショップ。地方の洋服好きの方が買ってくれているので、東京のお客さんにとっては新鮮に感じたのかもね」と、社長なりに分析していた。それは大手アパレルにはない感度だから、セレクティングで展開してもらえば、売り切る自信はあるとの裏返しともとれる。百貨店の影響はすごいので取引先になるのはありがたい反面、メーンの販路は全国各地の専門店。確かに百貨店で何が売れているかは気になるが、主販路を削ってまで取引すべきかのジレンマもある。



 ミクロで見れば、売上げを伸ばす百貨店はある。都市部ではコロナ禍が収束し外出機会が増えたため、インバウンドを含め富裕層の旺盛な消費意欲に支えられているのだ。アパレルでは海外のラグジュアリーブランドや高感度なデザイナーものが客単価を推し上げるのに貢献している。一方、マクロ的に見ると、百貨店の経営は厳しさを増す。東急百貨店本店は百貨店主体の小売りビジネスから不動産開発にシフトした。そごう・西武は海外ファンドに売却され、ヨドバシカメラが乗り込んだことで首都圏の店舗でさえ、存続の危機にある。

 百貨店という看板を掲げていても、ビジネスモデルは場所貸しに過ぎず、有力テナントの誘致がカギを握る。となると、生き残れるのは後背地の人口が多く、集客力を持つ都市百貨店となり、人口減で市場が縮小する地方百貨店は有力ブランドの誘致ができず、先の見通しは厳しい。場所貸しに徹してもテナントが集まらなければ、既存フロアの維持すら難しくなる。ここ数年が潮目になるだろう。


受賞ブランドでも撤退は不可避

 奇しくも百貨店バイヤーズ賞が発表されたのと同じくして、そごう・西武の再建計画が発表された。買収したフォートレス・インベストメント・グループ(以下、FIG)は、百貨店の再建のために店舗改装などで600億円を投じるという。




 そのスキームは以下のようになる。FIGはそごう・西武の買収にあたり、金融機関から2300億円のつなぎ融資を受けた。そのうち、セブン&アイホールディングス(以下、セブン&アイHD)に支払った買収資金は約2200億円。FIGはヨドバシホールディングス(以下、ヨドバシHD)に西武池袋本店の土地建物やそごう千葉店の一部を2700億円程度で売却。それに西武渋谷店の土地建物が加わると100億円程度が積み増しされる。FIGはこれらの資金をつなぎ融資の返済に充てるというものだ。

 残った資金と手元にある資金が約600億円だ。ただ、そのうちの400億円は基幹店である西武池袋本店の改装費用になるという。これはヨドバシカメラが出店するための受け皿づくりという見方が支配的だ。FIGは「投資先のアコーディア・ゴルフやマイスステイズ・ホテルで余剰人員を引き受ける」「ヨドバシ・ドット・コムで両百貨店の商品を販売する」「ゴルフ場やホテルでも同商品を扱う」と公言している。

 一応、そごうの千葉店や大宮店のほか、地方店10店舗にも残る約200億円を投資して、集客力を高めるというが、1店舗あたり20億円以下の投資でどこまで改装効果が発揮できるかはわからない。そもそも、地方店自体が赤字体質にあるのだ。改装投資は「テコ入れしてますよ」という方便に過ぎないのではないか。それでも、売り上げ回復の見込みがなければ、営業停止や閉店、店舗の売却に動くのは想像に難くない。





 それ以上に西武池袋本店はもっと悲惨な状況が待っている。昨年11月、セブン&アイHDがそごう・西武のFIGへの売却を決議した際、想定していた西武池袋本店におけるヨドバシカメラの入居箇所は本館北側の地下1階~地上6階だった。だが、FIGがそごう・西武に突き付けたのは、本館北側の地下1階~地上6階に加え、中央の地下1階~地上6階、屋上の「食と緑の空中庭園」にまでヨドバシカメラが入居するものだという。同社が専有するのは面積で5割程度だが、完全なヨドバシビルと化すことを意味する。

 LVMHのルイ・ヴィトンは西武池袋本店に残ることを表明したが、ここに来てヨドバシカメラの横に隣に売場を構えることに難色を示しているとの話もある。それ以上に百貨店系アパレルは売場の移転など存続の条件が厳しくなると思われ、多くが撤退の意向を示すのではないだろうか。奇しくも今回のバイヤーズ大賞に選ばれた23区、レリアン、アンタイトル、セオリー、ロンシャン、レスポートサック、エムズグレイシー、フェスタリア・ビジュソフィアは、西武池袋本店にも出店している(アナイは池袋本店には出店せず)。

 これらのブランドが全て退店するようになれば、西武のバイヤーの気持ちは推してしかるべきだ。無難なテイストの売れ筋ブランドながら、確実に売れるから総売上げにも貢献してきたわけで、それが無くなるというのは何とも理不尽なことではないか。逆に大手アパレルとすれば「脱・百貨店」を標榜し、ECに力を入れていることもあり、ヨドバシカメラの進出で百貨店の体をなさなくなる西武池袋本店で売場を確保する必要性は感じないだろう。今回の一件を好機と見て、そごう・西武からの退店が加速するかもしれない。



 ただ、アパレルではないが、フェスタリア・ビジュソフィアのようなジュエリーショップは微妙ではないか。元々、長崎県の大村で熟練の技術を持つ貞松時計店としてスタートし、バブル期には商社の助けを借りて宝石・貴金属を拡販。その後、現社長の代になってジュエリーのSPAとして商品開発と店舗展開を進める一方、“Wish upon a star®” というダイヤモンドのオリジナルカットを生み出した。ショッピングセンター中心の展開から百貨店にも売場を設けるなどブランドロイヤルティが向上した矢先で、退店か存続かを突きつけられた形だ。

 フェスタリア・ビジュソフィアはそごうの横浜店、千葉店、大宮店にも出店しており、千葉店にはヨドバシカメラが進出するため、こちらも判断を迫られることになる。三越の日本橋本店や銀座店、高島屋の日本橋店にも出店しているが、こちらの百貨店は老舗で格式があるため、お客にとっては敷居が高い。そごうや西武といった気軽に来店できる百貨店にも売場を確保したいのが本音ではないか。一つ、二つと退店したところで、体制に大きな影響はないと思うが、中長期的には百貨店での展開はどうするかの課題も出てくる。

 百貨店側にしても、売れているのはラグジュアリーブランドや大手アパレルだけではない。マーケットの狭間を埋めるエムズグレイシーのような中堅アパレル、フェスタリア・ビジュソフィアのようなカジュアルジュエリーも、欠かせないタマになる。そうした売れ筋を失うかもしれないのは、何とも皮肉なことと言わざるを得ない。
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人材は投げ売りできない。

2023-09-20 07:34:09 | Weblog
 セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイHD)のそごう・西武百貨店(以下、そごう・西武)の売却問題。昨年11月に米国のファンド、フォートレス・インベストメント・グループ(以下、FIG)を交渉先に選定して以来、二度の延期やスト権の行使など紆余曲折を経ながらも9月1日一応、問題は終結した。

 売却日当日、セブン&アイは単体で1457億円の特別損失計上を発表し、連結の最終利益予想を下方修正した。同社からすれば、8500万円の譲渡額は完全に想定内だったようで、FIG側もを含め、百貨店事業についてほとんど価値を見出していなかったことがわかる。一応、会計上の処理は終了したが、セブン&アイの経営陣はこれから株主代表訴訟が控える。なぜ、FIGを買収先に選んだかなどが争点になると思うが、ここではひとまず置いておきたい。

 他に懸念されるのは、そごう・西武の社員についての雇用問題だ。世間の関心はこちらの方が高いと思う。両百貨店の今後について報道されているのは、ヨドバシHDは西武池袋本店をはじめ、西武渋谷店やそごう千葉店にヨドバシカメラを出店する計画がある一方、そのほかの首都圏の店舗や地方都市にある店舗については出店しない方針ということだけ。裏を返せば、百貨店に価値なしどころか、見放していることになる。

 FIG側も最大限の雇用維持に努めると言うが、ヨドバシカメラが首都圏3百貨店の主要フロアに出店すれば、全社員が百貨店業務を続けられる公算は極めて低い。セブン&アイHDにしてもセブンイレブンの好決算は、買収した米国のコンビニ「スピードウエイ」がガソリンスタンド併設型で、石油価格の高騰による売上増に円安効果がプラスされたに過ぎない。井阪隆一社長はイトーヨーカドーについて立て直しを公言し続けているが、2026年2月末までに33店舗を削減し93店舗とするというのだから、とても受け皿になる状態ではない。

 さらにヨドバシHDは間髪入れず、そごう・西武が保有する西武池袋本店の土地の半分を3000億円で取得する。これについてはFIGからは事前の発表はなかった。セブン&アイHDもFIGも、口では「池袋本店は大半の従業員を残す」「最大限の雇用維持」と言うものの、そごう・西武の価値は「池袋本店の不動産しかない」と言っているようなもので、セブン&アイHDやFIGは百貨店事業の立て直しどころか、解体したい思惑が透けて見える。



 ヨドバシHDが西武池袋本店の半分とは言え、土地を取得すれば大家になるわけだ。これが何を意味するか。オーナー企業としてそごう・西武の経営を立て直すというよりも、西武池袋本店の立地をヨドバシカメラにとって都合のいいように活用したいのだろう。池袋本店に出店する海外ブランドではLVMHは移転しない旨を発表したが、他のブランドや百貨店系のアパレルなどは家電量販店と併存できないと、撤退していくのが予想される。

 ヨドバシカメラの進出で、西武池袋店の売場が半減すれば、管理業務を担当する社員からバイヤー、自主編集売場のマネージャーやスタッフまで総勢900名のうち、相応の社員が職を失うことになる。行き場を失った社員には、セブン&アイHDがグループ企業、フォートレスが投資先のゴルフ場やホテルでで雇用する旨を表明している。ただ、それをどれほどの百貨店社員が受け入れるのだろうか。

 さらにFIGから送り込まれた新経営陣が苦戦や不採算が続く西武の所沢や東戸塚のS.C、西武秋田店や同福井店、そごう広島店といった地方店を立て直せるのか。ファンドは投資家に配当しなければならないわけで、収益改善の見込みなしと判断することもあり得る。そうなると、閉店や営業終了に踏み切り、他社に転売する可能性は高い。仮にそうなれば、解雇されるのはテナントのスタッフを含め、数千人規模かそれ以上になる。それでなくても、地方経済が疲弊している中で、これほどの失業者が出ると社会問題化は避けられない。

 世の中がいくら人手不足だと言っても、求人を出しているすべての企業、業種に百貨店から解雇された人間がスムーズに転職できるほど、簡単な構図にはならない。そごう・西武百貨店の社員とすれば百貨店の仕事に思い入れは強く、勤務経験から来るプライドもあるだろう。再雇用されるにしても、外食やゴルフ、ホテルなど畑違いではでは何とも割り切れない思いではないか。できれば、百貨店の仕事を続けたい社員は少なくないはずだ。


有能な社員は他の百貨店にスカウトされる

 一方、西武池袋本店に勤務する社員でも、有能な人材の引き抜きが水面下で始まっているのではないかと思われる。大本命は、優良顧客を抱える外商の社員だ。ヘッドハンティングするのは、首都圏を拠点にする三越伊勢丹や高島屋といったそごう・西武より格上で、売上げも好調な百貨店になると思われる。それはなぜなのか。



 三越伊勢丹や高島屋の外商顧客が他の百貨店のそれとは違う超富裕層だとしても、そうした客層をいつまでも繋ぎ止められる保証はない。子供や孫の代になれば、感覚もライフスタイルも違ってくるから、専門店やネットの商品にも目がいく。顧客である以上は新陳代謝が避けられない。三越伊勢丹や高島屋ほどの百貨店であっても、経営陣にはそうした危機感がいつもつきまとっているはずだ。だから、常に新規の顧客開拓が必要なのである。

 そごう・西武の外商顧客が三越伊勢丹や高島屋ほどの「格」ではないにしても、ヨドバシに進出でそごうや西武の暖簾が傷つけられる=ブランドイメージの低下を感じれば、店舗離れを起こす可能性はある。三越伊勢丹や高島屋の経営陣がそうした変化を見逃すはずはない。外商を含めて離れる顧客を自店で受け入れようと、両百貨店の経営陣が考えるのは当然である。ただ、あからさまに外商顧客を奪うのは憚れる。だから、まずは有能な外商のスタッフをリクルートするのが先決ではないか。

 確かに大手百貨店は富裕層やインバウンドの旺盛な消費意欲に支えられ、今のところは絶好調だ。しかし、市場はとてつもないスピードで成熟していく。かつての日本人がそうであったように、中国はじめアジアからのお客もモノ消費からコト消費に変わるのは時間の問題だ。つまり、この好調が来年も続くかどうかはわからない。三越伊勢丹や高島屋の経営陣ともなれば、そう考えていても不思議ではない。だからこそ、待ちの姿勢ではなく、百貨店側から顧客に商品を提案する。また、顧客のウォンツやニーズを聞き出す。それに長けた外商スタッフが他店にいるなら、経営者として指を咥えて見ているわけにはいかない。

 外商顧客の争奪は別にしても、外商スタッフを引き抜く動きがあるのは想像に難くない。それが信義則に反するとの意見もあるだろうが、どこで仕事をするかを選ぶのは労働者側だ。外商スタッフが顧客から「あなただから、買い物するのよ。あなたが別の店に移籍してもね」と言われれば、移籍しても励みになる。販売力のあって顧客を抱えるマネージャーや売場スタッフも然り。「うちに来ないか」という人材流動化が始まっているのは間違いないと思う。

 逆に三越伊勢丹や高島屋の社員の間では、そごう・西武から有能なスタッフがヘッドハンティングされれば自分のポストが危ういと、戦々恐々としているかもしれない。だが、それは弱肉強食のビジネス界では当たり前。斜陽産業だの、時代遅れだのと言われる百貨店業界でも、生き残れる人間はいる。なぜなら、百貨店は小売りという人間によって成り立つ産業だから、実店舗で買い物するのが人間である限り、接するのも人間でなくてはならない。業態や品目は変わっても、小売りに長けた有能な人間なら店の暖簾を背負っていくらでも仕事をしていけるのだ。

 ここで一つ、思い出したことがある。そごう・西武の問題はコンビニ企業による傘下デパートの売却だったが、筆者は逆のケースにも遭遇している。福岡の百貨店、「岩田屋」はかつてグループ子会社にファミリーマートのエリアフランチャイザー「アイ・ファミリーマート」を持っていた。つまり、百貨店がFCでコンビニ事業に携わっていたのである。エリアは福岡、熊本、大分、佐賀の一部で、FCザーの社長以下、全員が岩田屋からの出向組だった。

 1998年くらいだったか、「月刊コンビニ」という雑誌の企画で仕事をすることになった。FCザー側の担当者は東京都内の私立大学を卒業後、地元福岡の岩田屋に就職。系列店西新岩田屋のベビー服売場を皮切りに10年以上にわたって販売を経験した後、人事異動でアイ・ファミリーマートに転籍した。ところが、肝心の岩田屋はZサイドの出店などで有利子負債が膨らみ、さらに天神流通戦争に巻き込まれて経営不振に追い込まれた。本業に集中するため、ファミリーマートと株式を交換し、コンビニ事業から手を引くことになった。

 アイ・ファミリーマートはファミリーマートの子会社となり、その後に吸収合併された。エリアFCザーの社員はファミリーマートの社員となったのである。担当者もコンビニの仕事に邁進されていたが、おそらく転籍した時点ではいつかは岩田屋に戻りたい、岩田屋への未練はあったと思う。結局、岩田屋は経営破綻し、私的整理ガイドラインを受け入れて伊勢丹の傘下で再建の道を歩む代わりに、店名は残ることになった。出向された社員もファミリーマートの社員として雇用が維持されたとはいえ、相当に複雑な思いだったのではないか。

 そごう・西武の売却は、外資系ファンドとそれに乗っかる家電量販店、資金を貸し出す大手銀行の思惑でことが進んだ感じだ。一方、有能な人材は他の百貨店からも請われるだろうから、自分で行く先を選べる。その結果、人材が流動すれば、業界全体の活性化にもつながる。そごう・西武で提案力に優れた外商スタッフ、卓越した販売力をもつマネージャーや売場スタッフは、百貨店業界のアクティベイターになることができるかもしれない。それはそれで前向きに捉えてもいいのではないかと思う。

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夢は追わず、野望を抱け。

2023-09-13 07:29:23 | Weblog
 日本の国際競争力が年々低下している中、企業に雇用されて仕事を与えてもらうのではなく、ゼロから事業を立ち上げる起業家が求められるようになっている。地方自治体でも新しい起業家育成のプログラムに注力するところが増えており、UターンやIターンと絡めて地域産業の活性化、定住促進に繋げていこうという動きがある。



 筆者が住む福岡市も、支店経済からの脱却を目指したグローバル創業・雇用創出特区をスローガンにスタートアップ福岡を始動。自治体が創業を志す人を支援、起業相談から融資、創業後の経営相談、商談会の開催、研修などまで、多面的にサポートしている。廃校となった大名小学校跡地を活用するスタートアップ支援施設「Fukuoka Growth Next(FGN)」では、2019年5月に第2期の運営がスタートし、3年で入居する企業は約180社にのぼった。

 資金調達でも179億円余りを実現するなどの大きな成果を達成している。入居企業の多くは会社設立前後の段階で、資金調達をしても商品やサービスを完成させるまでに至らず、売上げが見込めない時期にあたる。そうした段階でも、手厚い支援を受けられる。ただ、FGNに入居できる期間は原則1年間(最長で2年)で長くはない。支援があることがかえって甘えの構造に繋がる恐れがあるからだ。

 むしろ、起業によって新しいビジネスモデルやイノベーションを起こすには、その目的や理由を考え、事業計画を立て、会社設立や開業の手続きを行い、資金を調達して、素早く成長軌道に乗せることが重要になる。それまでのフローは澱みなく、粛々と前に進むこと。ある意味、起業を志すのなら、後には引かず退路を断つ覚悟も必要になる。情緒的な言い方かもしれないが、経営者である以上、覚悟に勝る決断はないのである。

 アパレル業界でも、だいぶ前から自治体が起業家支援拠点を開設し、支援する動きがスタートしているが、少しずつ拡大する動きがある。このコラムでも過去に一度取り上げた東京・台東区の地場産業を担う創業支援施設と活性化事業は、地場産業の後継者育成も兼ねてはいるものの、多くの若者が夢をカタチにする取り組みとして画期的なものだ。



 中心的な施設では、「台東デザイナーズビレッジ(以下、デザビレ)」(http://designers-village.com/)がある。ここは平成16年4月に廃校となった台東区内の小島小学校跡地で開村。地場産業の後継者育成、地元のファッション雑貨工場が不得手とするデザイン機能を目的に、靴やバッグ、アクセサリー、アパレルなどの分野で事業を起こし、自立しようというデザイナーをハード、ソフトの両面で支援している。運営主体は台東区になるが、インキュベーションをマネジメントする、いわゆる村長にはカネボウでマーケティングなどを担当した鈴木淳氏が就いている。

 2015年、鈴木氏に現地でお話を伺ったところ、以下のような条件があるとのことだった。入居資格は前出の事業内容で創業を予定もしくは創業5年以内の企業または個人。入居期間は原則3年以内。2年で卒業を目的とし、入居から1年ごとに更新のための審査が行われる。使用料は月額8,000円(約20㎡)~16,000円(約40㎡)。 共益費は月額 21,000 円(約 20㎡)~27,000 円(約40㎡) 。保証金は使用料の3ヵ月分。この条件は現在も変わっていない。

 他には施設を主たる事務所(法人の場合は本社とし、法人登記すること)として利用。村長の指導を受ける。区内産業や地域の活性化に寄与する活動に積極的に参加。台東区及びデザビレ主催の事業セミナー、イベント等に参加。施設への見学、視察、自室での商品展示、取材等に協力。年2回、台東区に事業実績報告書を提出するなどの利用条件を課しているとのことだ。

 巣立っていったデザイナーは平成18年度から令和4年度までで、合計109社にも及ぶ。その中には、グラフィカルなデザインで着物の柄に革命を起こした高橋理子さんの「HIROCOLEDGE」、ファッションのインターネットメディアとして広く浸透し、筆者もお世話になっている「Fashionsnap.com」など異色の顔ぶれも名を連ねている。起業支援事業としては、成果を出し続けていると言っていいだろう。


支援は自治体のみならず幅広く



 台東区のデザビレに続くところでは、同じ東京の日暮里にもファッション特化型起業家支援拠点「イデタチ東京」(https://idetachi.com/)がある。業界でインキュベーションの役割を担う場はデザビレを除いて少ないことから、荒川区が2021年2月に若手のデザイナーなどをインキュベートする拠点として、荒川区民事務所内に開設した。
 運営は起業支援サービス事業などを行う「ツクリエ」が行い、第1期生として9社が入居。インキュベーションマネージャーによる起業・経営相談、セミナーや交流会、専門家によるメンタリングなどで、入居者を支援している。イデタチ東京はJR日暮里駅から東に伸びる日暮里繊維街にある。荒川区としては若手のデザイナーが在街してくれることで、生地屋各店が彼らのニーズに耳を傾けテキスタイルメーカーにフィードバックするきっかけになれば、活性化につながるとの考えもあるだろう。

 イデタチ東京のサイトを見ると、「野望を着こなせ。」というキャッチコピーが目を引く。なるほどである。専門学校生なら自分が理想とする服をデザインしてパリコレデビューを果たし、喝采を浴びる。そんな「夢」が追えれば満足だろう。一方、アパレルでの起業を目指す人間は、大いなる望みを実現することが肝心だ。デザインやコレクションはあくまで手段に過ぎない。目的は収益をあげること。そのためにはきちんとマーケティングを行い、見せる服と売れる服のバランスを取ったマーチャンダイジングが不可欠。つまり、野望を抱かなければ、プロとして通用しないのだ。

 起業支援を受けた起業家の中には、大手アパレルのOBながら専門家などにブランドの方向性などを相談できたことで、入居後すぐに東京コレクションに参加した強者もいる。1年半で卸先は20社以上増えたという。他にも3組のアーチストと協業し、アクセサリー感覚で装着できるワイヤレスイヤホンを開発し販売にこぎつけたり、工事現場やレスキュー隊などで使われる高機能な素材を使った街着を開発したりのケースがある。

 もっとも、デザビレやイデタチ東京が起業家育成でうまく機能しているのは、「ものづくりのバックボーンになる素資材調達や生産機能があり、情報から人材までが揃う東京だから」との言い訳もできる。だが、ソフト産業である以上、場所は問わないと思う。根本的なことは起業しようという意識とその実現に向けた情熱を持つこと。そして、専門家の助言を聞き入れながら愚直にノウハウを身につけることに尽きる。要はアイデアとやる気、そして経営に必須な条件をいかに整えられるかにかかっている。

 もちろん、市場では何が求められるのか。それによって、消費者はどんなメリットを得られるか。いくらぐらいの価格なら買ってもらえるか。そのためのコスト、利益をどう組み立てるか。販売は卸に止めるか、自店を構えるか。販路は国内か、海外にまで広げるか。売る手段は実売か、ネットか。ものづくりを進める中では、最低限の計画目標を設定しなければならない。起業が成功した人たちは、こうした準備がきちんとできていたということもできる。

 ならば、地方でもこうした取り組みが生まれてもいいような気もする。だが、現状を見るとアパレル関係について起業支援の動きはない。ほとんどがソフト開発、IT関係が主体で、自治体と企業が連携して企業を誘致し、住民を雇用してもらう手法だ。また、リモートワークが可能な技術者を呼び込んで、永住してもらうような取り組みを行う自治体もあり、それをスタートアップに繋げてもらう程度に止まっている。

 めでたく起業できた場合でも、ものづくりが競争力を持つにはオンリーワン的なブランディングが必要になる。また、1つの大ヒット商品より小ヒット商品をいくつか持てば、リスクを回避させることも可能だ。原価に対し利益を最大限にする工夫も、経営を安定させるには欠かせない。もちろん、起業してヒット商品を次々と生み出すようなデザイナーだと、大手アパレルが放っておかないかもしれない。その時、傘下入りした方がいいいか。独立したままでいるかのか。究極の選択を強いられる。

 IT系、AI技術を開発したスタートアップ企業は、グーグルなど大手の傘下入りするところが少なくない。その点はアパレルとは違う。ただ、地方では半導体などの工場誘致が盛んだが、これだけ時代の変化が激しく、グローバルな要因にも左右されると、未来永劫にわたって安定するとは言い切れない。だからこそ、地方でも起業できる人材の育成も重要なのである。

 アパレルを問わず、現代のビジネスには常に変革、イノベーションを起こすことが必要だ。そのためにも起業家育成は、雇用促進以上に大切だと感じる。自分に自信を持ち、クリエイティブで前向き、人脈やネットワークを構築し、強いリーダーシップとマネジメント能力を持ち、学ぶ精神を絶やさない。もちろん、ものづくりやサービスが社会の問題解決に直結するならなおのこと良い。そんな人たちが求められている。

 今もそうだが、「仕事は与えられるものではなく、創り出すもの」と言われる。これは変化が大きい今の時代こそ、切実なテーマではないか。ビジネスである限り、今が良くても明日はわからない。だから、常に創り出さなければならないのだ。アパレル業界、小売業界にとっても、起業が増えることが新たなビジネスのシーズになる。自治体頼みではなく、いろんな形での支援が必要だと思う。
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色で継ぐ、色が繋ぐ。

2023-09-06 07:58:34 | Weblog
 被爆や終戦など戦争の1ページをよりリアルに、若者世代に訴えかける手法として、当時のモノクロ写真に色付ける活動が広がっている。デジタルの画像処理とAIを駆使すれば、簡単にカラー化できるため、人間は微調整するだけで済む。モノクロ写真のカラー化により、過去の暮らしや自然の風景など背景にある動きや熱量、出来事などの解読を可能にする。

 つまり、カラー化は情報発信にもなるのだ。人々の生活や文化、政治、宗教、心理や生理までを色鮮やかに蘇らせてくれるため、モノクロでは伝えきれていなかった情報が伝わりやすい。例えば、日本にカメラが伝来して直後、人々は写真に撮られると「魂が抜け出る」という迷信を信じ込んでいた。そうした写真をカラー化することで、被写体となった人々の表情から「ビビり感」がよりリアルに伝わってくる。その意味で、モノクロ写真のカラー化は、時代の時間軸を縮める力を持ち、歴史教育にも活用できる。




 それを可能にしたのがAIだ。現代のカラー写真とそのカラー写真をモノクロ化して、そのデータをコンピュータに取り込んでAIに学習させる。AIはモノクロ写真にどんな色をつければ、カラー写真らしくなるかというノウハウを導き出し、学習を重ねるごとに精度を向上させていく。すでにAIが考えるのは、「被写体の色を正確に再現する」ことから、「どうすれば自然に見えるか」を自ら考えて追求するレベルに進化している。

 自然な写真とは、光が差した木々の葉は明るい緑だが、光の陰になるとそれは深緑、さらに光が当たらないと黒に近くなる。AIは光の濃淡など画像を分けた箇所について細かく配色のバランスをとって色分けすることで、見る人間が自然な写真だと感じるように色をつけていく。多少は違った色合いになることもあり、人間が手を加えなければならないこともあるが、AIが学習機会を重ねることにより、それも少しずつ解消されていくと言われている。

 では、モノクロ写真のカラー化がどんな役割を果たすのか。業界で働いてきた人間として、写真はモノクロ、カラー、フィルムはポジ、ネガ、カメラも銀塩の35ミリ、4×5(シノゴ)、6×7(ロクナナ)などに触れてきた。それがデジタルへの移行により画像データ、データ容量に統一され、写真やフィルムの種別による差はほぼなくなった。単純に言えば、写真の大きさ、カラー、モノクロ、印刷やインターネットの種別で、データ容量や解像度が変わるだけになる。一般の人、特に若者にとってはそれさえほとんど関係なく、カラー写真は「リアルなこと」「今を表す媒体」に他ならないということに尽きると思う。

 つまり、モノクロ写真をカラーにすることは同じ時間、同じ時代にいるように感じさせるということだ。モノクロ写真が撮影されたのははるか前の時代なのだが、それがカラーになることによってごく身近な出来事のように錯覚させてしまう。見方を変えれば、歴史の中で凍りついていたいろんな情報が色づけされることで、解凍されオープンになっていく。被写体の人物がレンズの方に視線を集中していれば、何かを訴えかけていると感じることができる。その時代の息づかいまでが伝わってくるのだ。

 特にモノクロ写真は過去二度の世界的な戦争を伝えるものが多い。日本にとっては戦禍の中で何とか生き抜こうという人々の暮らしぶりから、戦況が悪化して空襲を耐え凌ぐ様子、そして原爆投下、敗戦、GHQ統治下、復興と辛く苦しい日々の中でも、明日はきっと良くなるという思いまでがアーカイブとなっている。モノクロ写真のままではそうした記憶を埋もれさせている面はあるだろう。それがカラー化によって、当時も今と変わらず日常があり、人の営みがあった現実、リアリティを呼び覚ましてくれるのだ。

 過去にもその時、その日の出来事がある。写真を撮った人も撮られた人やものにも、伝えたい思いやことがあるはずだ。色づけすることで、当時の流行や風俗などで、「あの時はこんなだったんだ」という新しい発見もある。ただ、AIを含めたデジタル技術の進化、インターネット、SNSの浸透で、プロと素人の境目がなくなりつつあるのも確かだ。商業カメラマンにとっては厳しい時代でもある。撮影から画像加工への転向で一縷の望みをかけることもできるが、どこまで生業となるかは未知数だ。この際、写真とは何かについて学び直しは必要ではないかとつくづく思うようになった。


無彩色というカラー処理もある



 もちろん、モノクロ写真にも特徴があるし、それなりの良さがある。モノクロとはもともとフランス語のモノクローム、「単色」を意味する。英語になると、そのままB&W、ブラック&ホワイト。モノクロの方が呼びやすいので、そのまま定着したと思う。その独特な魅力はカメラマンやアートディレクターなどを引き付け、アートそのものはもちろん、グラフィックデザインやファッションフォトで重要なポジションを占めてきた。

 当たり前のことだが、モノクロ写真には彩色がない。色は白、黒、グレーだ。デジタルで言うところの「色のモードを廃棄」=グレースケールである。つまり、実像から色を抜くことで、実像が持つ情報量を少なく、単純化する。 カラー写真であれば、色彩から熱量を感じ、それが喜怒哀楽となって伝わっていく。モノクロだと熱量が感じられず、灰色の冷たい世界を映し出す。

 一方で、モノクロ写真はカラーより陰影がはっきりするため、被写体の輪郭と立体感を描き出すことができる。その分、写真を見る人が被写体に集中できるので、無意識のうちにその人の心に影響を与え、深い思いを巡らせることもある。さらに詳しく言えば、モノクロ写真は何となく見るのではなく、しっかり見届ける行為にさせる。いわゆる、「凝視」ってやつだ。そして、見る人に被写体への興味を抱かせる。

 いつの時代でも人間が生で見ている出来事は、カラーである。それを人間は頭の中、脳みそが視覚的、論理的に捉えていく。それに対し、モノクロ写真を通した出来事は漠然とした抽象的なことから、脳が意識して捉えることで感情にインパクトを与え、いろんな意味合いを考えさせるようにする。人として理性的に考えさせ、自ら積極的に考えるようにさせるのだ。



 では、モノクロとカラーの中間的な写真は、どんな意味合いを持つのだろうか。両方の特徴を持ちながら、見る人に違った印象を与えるのではないか。写真の画像処理を利用したグラフィックアートの世界では、以前からこんなカラーでもない、モノクロでもない手法も取られていた。カラーのポジフィルムをわざとモノクロの印画紙に焼き付けるものだ。

 撮ったフィルムはカラーだから、ラボで現像したポジフィルムにはそのままカラーの画像が写っている。だが、焼きつける印画紙がモノクロ用だとカラー写真にはならない。「緑がかったセピア調」の写真になる。モノクロ写真のような冷たさはないが、被写体の輪郭と立体感はそのまま残っている。無彩色ながら色があるので、額装すればアートとしても楽しめる。

 1990年代、スタジオにモノクロの紙焼き設備をもつカメラマンの間では、そうした処理がトレンドだった。それを持ってない場合は、ラボ(現像所)にポジフィルムを持っていき、「モノクロの印画紙で焼いてください」と告げると、「セピア調ですね」と阿吽の呼吸で感じ取るスタッフもいた。それほど、写真やグラフィックの世界ではお馴染みの処理だった。

 現在はデジタルカメラの浸透でフィルムが無くなり、あえてでない限り紙焼きにしたり、カラー画像をセピア調にすることはない。だから、そんな処理を施したアーティスティックな写真は、ファッションのフォトなんかを除いてあんまり見かけないし、デザイン会社のスタッフはもちろん、代理店のディレクターなんて知る人は少なくなったのではないか。



 ただ、Photoshopを使えば、加工することができる。カラー写真のデータをPhotoshopに取り込み、イメージから色調補正を選び、色相・彩度の彩度データを-80以上に落として無彩色にする。見た目の写真はモノクロに近いが、画像モードはRGBまたはCMYKの状態だ。元画像にレイヤーを追加し、新規レイヤー上で新規塗りつぶしレイヤー、ベタ塗りを選択し、不透明度を15%くらいにして、C100%、Y100%のなど緑を重ね塗りすれば、セピア調に変換できる。元画像のモードはカラーを破棄していないので、単色を組み合わせるダブルトーンよりも、解像度は高く鮮明だ。

 各色のパーセンテージや彩度を調整すれば、緑系や黄系などどちらの色目にも振ることができる。デジタルとAIの力でモノクロ写真をカラー化できる一方、カラー写真をデジタルの力でセピア調にすることもできる。写真は撮る、ネットにアップするだけでなく、画像処理を加えてアートとして楽しむ。それが写真を歴史を継いで、新たな時代への繋いでいく。ただ、他人が撮影した写真を勝手に処理することは著作権に触れることもあるので、くれぐれもご注意を。あとは自由に色々楽しめば良いだろう。

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