HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

給与≠企業の魅力。

2023-01-25 07:33:56 | Weblog
 今年3月から国内従業員の年収を最大4割引き上げる」。1月11日、この情報がファーストリテイリング(以下、ファストリ)よりリリースされた。その直後から各メディアは色めきたって一斉に報道した。

 それもそうだろう。日本人の平均給与は2021年で400万円台半ば。厚生労働省の毎月勤労統計調査でも、22年11月の実質賃金は前年比3.8%下落となり、8カ月連続のマイナスだ。物価の上昇に賃金アップが追いついていないのである。そんな中、ファストリが賃上げに動いことで、アパレル業界に限らず異業種にも影響を与えるのは必至と言われる。

 ただ、賃上げが今年のトレンドになるのか。はたまたファストリに日本の優秀な人材が流れるのか。背景や条件を冷静に分析しなければ、何とも言えない。もう少し詳しく見てみよう。リリースには賃上げに関する以下のポイントが示されている。

 1.職種・階層別に求められる能力や要件を定義し、各従業員に付与している「グレード」の報酬水準を数%~約40%アップ

 つまり、店舗スタッフ、店長、MD、物流、デジタル、財務など職種や階層に必要な能力、要件が示されてその人のグレードが決まり、報酬のアップ率が変わってくるということ。グレードが最下位の人間なら、わずか2%の賃上げにとどまることもあるわけだ。

 2.従来の役職手当などは取りやめ、それぞれの報酬は、基本給と各期の業績成果によって決まる賞与などによって構成

 役職手当がなくなり、各期の業績で賞与が決まるのだから、店長でも「予算達成率」「対前年比」など店舗業績が下がれば賞与もダウンするということ。売上げが厳しい店舗に異動した場合も、業績をアップできなければ、以前の店舗勤務時より賞与が下がり年収減となる。また、基本給と業績給の比率が8:2、7:3ならともかく、6:4や5:5であればなおさら年収に響くことが考えられる。

 事例1.新入社員の初任給を30万円(現行25万5000円、年収で約18%アップ)
 事例2.入社1~2年目で就任する店長は月収29万円を39万円に(年収で約36%アップ)

 新入社員の初任給が30万円でも、基本給がいくらかは示されていない。入社後の配属先、部署などで各種手当がないところは、トータルで目減りするかもしれない。店長の給与が39万円にアップされても異動はが頻繁にあるわけで、赴任先の売上げが前任より良くなるという保証はない。業績が下降したり、予算が未達であれば賞与が下がり、トータルの年収がダウンすることはあり得る。

 店舗以外の部門はどうか。本部勤務ではマーケティング・事業経営(MD、EC、店舗経営など)、サプライチェーンマネジメント(物流、倉庫、生産管理)、デジタル(エンジニア、UI・UX、ITなど)、クリエイティブ(ディレクター、エディター・グラフィック、デザイナー・パタンナー、サイト制作)、コーポレート(サステナビリティ、人事、ファイナンス、経営企画、出店、法務・情報セキュリティ、総務・ES等)と多岐にわたる。




 これらの部門、職種は、給与アップの指標となる業績成果が店舗ほどハッキリしない。例えば、ヒットアイテムや完売商品が続出したり、サイトのレスポンスが高止まりを続ければ、それはクリエイティブの業績成果となるだろう。逆にトレンドや気候を見誤って大量の不良在庫を抱えたり、店頭の売行きや欠品に対し適時適量の商品投入ができず機会ロスを生めば、マーケティングやサプライチェーンの責任となり、業績成果がマイナスになることも考えられる。

 柳井社長自身、1月20日付けの日経新聞で賃金は仕事に対する対価として、「一律に引き上げるのではなく一人ひとりの成果などを評価した賃上げ」の重要性を指摘している。部門責任者が各スタッフの業績成果をする場合、どうやって考課や査定に客観性を持たせるのか、また恣意的な評価にならないのか。評価に対する課題も見え隠れする。

 ユニクロには「黒字化したことがない店舗」があると言われる。昨年6月に閉店した「ビックロ ユニクロ 新宿東口店」「ニューヨーク五番街の旗艦店(15年間契約で約270億円)」と、家賃が高額なところがそうだ。もちろん、ファストリとしては広告宣伝、ブランドロイヤルティ維持のために世界の大都市、一等地への展開は当然というスタンスだろう。

 だから、莫大なコストがかかる店舗には、ユニクロでも精鋭の店長が送り込まれているはずだ。しかし、店舗運営は予算の達成度合いや対前年比伸び率などで評価される。黒字化や予算達成は無理だとしても、店長が業績を好転させきれないまま高額な報酬を得ているとすれば、今回の給与改定と明らかに矛盾する。こちらも見直しはやむを得ない。

 今後、業績成果によって年収が下がる可能性を考えると、社員は海外事業を含め売上げ不振や高コストの店舗には異動辞令が下っても、拒否する人が出てくるのではないか。社員の希望やキャリアップ、ジョブ性と組織の論理、従業員のモチベーション向上、優秀な人材の確保をどう整合させるか。非常に難しい課題だが、柳井正社長が去るもの拒まずという考えなら、給与アップがどこまでの実効性を持つかはわからない。


人材が集まり、やる気を引き出せるのか

 ファストリは新型コロナ感染の拡大で好調だった中国事業が苦戦したため、東南アジアや北米、欧州と収益の柱を多様化させる戦略に転換した。そこでグローバルで人材を活発に異動させ、優秀な人間が活躍できる機会を増やして各国・各地域の経営幹部を担える人材を育成しようとしている。これには日本人も与させるようで、今回の報酬改定もそれに向けた人材を確保する狙いもある。



 ところで、新卒の採用状況はどうなのか。大学生が選ぶ就職先のデータ(2022年リセマム調べ)では、ユニクロは男性、女性ともにランキング30位に入っていない。過去には50位にもランキングされない年があった。柳井正社長が「グローバル化」「成果実力主義」「優勝劣敗」などとメディアに向かって口うるさく宣うたびに、日本の若者は就職先として敬遠したのか、一時の人気から急落した。

 そのため、優秀な人材が集まる商社や都市銀行と同程度、あるいはそれ以上の報酬をちらつかせることで、日本の大学生にも振り向いてもらいたい。給与アップは新卒の求職者に対し、「撒き餌」にする意図もありそうだ。ただ、働く側にとって年収増は、あくまで業績が上がってのこと。それを差し引いても、ファストリの仕事がどこまで魅力的なのか。

 アパレルに携わって来た身からすると、同社はテキスタイルにしても、デザインにしても、クリエイティビティを自由に発揮できる企業風土や経営環境にはない。また、商品も店舗も販売スタイルも画一化され過ぎて、仕事が単調で面白みを感じない。グローバル事業も北米や欧州ならともかく、中国やインドの辺境に赴くのは、若者にとっては抵抗があるのではないか。その辺を察すると、給与アップだけでは応募に二の足を踏む学生は少なくないだろう。

 結局、新卒で入社した場合、店舗に配属されて1〜2年働いた後、店長になるのか。それともそれ以外の職種を希望する異動機会を待つのか。選択肢は多くない。もちろん、海外勤務を含めてキャリアアップには業績成果を見られるだろうし、社内試験など関門があると思う。一方で、本部スタッフは専門部署となるため、執行役員を含め即戦力を中途採用を主体に賄っているように見える。それにしても前職の経験やキャリアを元に採用、給与が決まるはずだ。




 中途入社組、エリートたちのどこまでがファストリに5年、10年と勤務し、グローバル事業を含めた経営幹部を目指すつもりなのか。逆に年功序列、終身雇用が薄れているのだから、大半の社員にそこまでの意識があるのか。優秀な人間ほど、独立したり起業する傾向にある。振り返ると、柳井社長はユニクロの成長段階で、幹部候補に有名企業出身者を採用した。

 1997年に入社した伊藤忠出身の澤田貴司氏、日本IBMを4ヶ月で退職した後に入社した玉塚元一氏がそうだ。しかし、澤田氏は次期社長を打診されるも固辞してユニクロを去り、玉塚氏も柳井社長に請われて社長に就任するも、売上げダウンで解任され退職した。両氏とも社歴はわずか4年程度だ。

 今回の給与アップ策の狙いを見ると、生え抜きの成長など待ってられないご様子で、柳井社長が即戦力、エリートを好んで起用したい姿勢は変わらない。社長自身が過去の苦い経験に立って人材配置や組織運営を行ってはいるものの、次期経営者を担える有能な人材が見当たらない中、経営者として本音と建前が交錯しているようにも見える。

 もっとも、柳井社長が創業経営者としてトップに居て、収益は右肩あがりに伸びているのだがら、周囲がとやかく言うことはできない。ただ、カリスマ、いやワンマン経営者として君臨しても、いずれはその地位を誰かに明け渡すことになる。反面、ファストリがアパレルという商材を販売することで、収益を上げていくことに変わりはない。

 その手段やバックアップ体制、経営管理・運営の手法は、日進月歩で大きく変わっている。グローバル企業として覇権を取るには、それに即時即断即決で対応しなければならない。それも理解できる。今後、販売スタイルがオムニチャンネル化していけば、店舗スタッフはそれほど必要でなくなる。店長は洋の東西を問わず、数十から数百の店舗を管理する業務が主体になる。本部セクションでも、業務内容はさらに複雑になっていくだろう。

 アパレル業界では、こんなフレーズがある。「店では社長より、店長の方が偉い」。その言葉が意味する通り、生え抜きの店舗経験者から経営幹部まで上り詰めた人間が経営の前面に出てこなければ、新卒の求職者にとって給与がアップしたからと、魅力的な企業には映らないのではないか。柳井社長がそうした人材を育てきれていないことも課題として残る。新入社員がやり甲斐を持ち、かつ高い賃金を望める企業になれるかは、容易ではないだろう。

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