HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

記号化は不滅か。

2018-09-05 05:44:42 | Weblog
 一時、ブランドの陳腐化で、活性化の必要性が叫ばれていた「アニエスb.」が再び人気を集めている。SNSなどによるコミュニケーションで関心が高まり、20代の新しいお客を取り込んでいるらしい。フランス語で「agnés.b」と筆記体表記するロゴ入りのTシャツやキャップがかなり売れているようで、定番デザインのボーダーTシャツやスナップカーディガンにも注目が集まっているという。

 ただ、Tシャツは7000円、キャップは6500円と、今の20代からすれば決して安くはない。また、評論家諸兄が仰る「低価格ブランドのレベルが上がっている」論に照らせば、そこそこの素材使いや縫製をキープしつつ、価格の安い商品が他にたくさんあるはずだ。なのに、20代が割高な海外ブランドに手を出すのは、インフルエンサーによる拡散だけが理由ではないと思う。今回はその辺の考えてみたい。

 筆者の世代は、アニエスb.が日本に初上陸した1983年はちょうど20代だった。青山通りの表参道交差点から根津美術館方面に入り、少し歩いたところにショップがあって、近くに行った序でに何度か立ち寄ったことがある。初めて見た時は、巷にあふれるDCブランドとは一線を画する普段着感覚に、「パリでは、こっちなのか」って思ったものだ。

 ショップ自体も道路側がすべてガラス張りで、非常に採光が良かったとの印象を受けた。当時は天井に付けたビーム球でスポットライトを当てるのが主流で、存分に採り入れた自然の光で商品を見るスタイルは他にはなかった。商品を買って帰った後でも、店で見た時と同じ印象になることを大事にしているのかと思っていた。

 アニエスb.は、アニエス・ド・フルュリューという女性デザイナーによって生み出された。彼女は戦時下のフランスで生まれ、16歳で結婚。 アニエスb.のbは最初の夫であるブルゴア氏の頭文字から取ったものだ。その後、ファッション雑誌ELLEの編集者やアパレルメーカーのデザイナーとして、 パリ・モード界の最先端を突っ走っていた。

 しかし、モード界は常に流行を生み出さなければならない反面、苦労して生み出した流行も1年ですぐに古くなる。そんな世界にいることに疲れたアニエスは、流行とは対極にある普段着感覚の服作りに目覚め、1975年、パリでは庶民の街と呼ばれるレ・アールにあった肉屋を改造してブティックをオープン。ブランドをスタートさせた。

 彼女が作る服はトレンドに左右されず、シンプルで着こなしを選ばない。 実用性が高く、値段もこなれていた。虚飾のないデザインであることから、着る人間の個性で幾様にもコーディネートを楽しめる。それは倹約家で合理的なパリジェンヌのライフスタイルにもフィットした。

 アニエスb.が再び人気を集める理由は、ベーシックとはニュアンスが異なるプレーンなデザインが受けているからだと思う。実はこのスタンスこそがフレンチカジュアルの王道で、雑誌アンアンの鉄板企画、「パリジェンヌのスナップ」にも垣間みることができる。

 Tシャツにジーンズのさりげないお洒落テクは80年代、90年代、00年代に撮影されたショットを振り返っても、ほとんど違いがない。デビュー当時のアニエスb.を着た子が今のサン・ミッシェル通りやソルボンヌ大学界隈にいても、不思議と違和感はないと思う。日本でもそんなブランドの神髄に気づいた子たちが火付け役になっているのである。

 話は前後するが、日本にアニエスb.を輸入したのは、欧州の家具や雑貨を扱っていたサザビーだ。先に展開していたアフタヌーンティーは、実用的で値ごろな食器を揃えており、まさにアニエスb.の方向性とも合致する。同社がアニエスb.を運営するCMCと折半出資で「アニエスb.サンライズ」を設立したのも、食器や雑貨とシンクロさせられ、飽きのこないスタイルを浸透できると踏んだからだと思う。

 アニエスb.サンライズが販売に乗り出した当時、日本はDCブランドの絶頂期だった。青山界隈はコムデギャルソンやワイズといったブランドの聖地で、黒尽くめ=カラス族が闊歩していた。また、TシャツにしてもBATSUに代表されるように胸元に「×」といったマークが入るだけで、ブランド価値を生み差別化できるという考えが主流となっていた。

 そんな中に登場したブランドロゴが付いていないアニエスb.である。「あんなシンプルな服はパリジェンヌだから着こなせる。日本人には売れない」。日本に上陸した当初、業界の評判はあまり良くなかった。

 しかし、ファッション雑誌の編集者やスタイリストは、逆にDCブランドが売れ過ぎてマス化し、どのブランドも似たり寄ったりになっていることに気づいていた。撮影したビジュアルが代わり映えしなければ、誌面を作る上では逆効果である。その点、普段着感覚の単品アイテムでコーディネートできるアニエスb.は、DC一辺倒のテイストに風穴を開ける新鮮さを持っていた。


 
 もちろん、それまでの日本にもボーダーのTシャツくらいはあった。もともとはフランス海軍のユニフォームがルーツで、それがファッションの代表アイテムになったわけだ。ジャンポール・ゴルチェやピカソが着ていたことも、ファッションスタイルとして注目を集めた。ブランドでは「セント・ジェームス」だろうか。ただ、メンズアイテムは何となく粗野な感じがしたが、それを女性にも似合うように焼き直したのは、アニエスのセンスだからできたことだと思う。

 また、日本の若い子が見たことあるようなシンプルな服について、アニエスは全く新しい感覚で着こなしを提案した。例えば、ジャージ素材のスウェット上下にレザーの靴を合わせ、トップスにはウールのジャケットを羽織る。今ではごく当たり前だが、当時はアニエスにしかできない画期的なコーディネートだった。

 Tシャツにしても、スウェットにしても、今ならユニクロが十八番のようなアイテムだ。しかし、ベースがアメカジのパターンを利用するのに対し、アニエスb.は独自の型紙を使用していた。身幅も着丈も袖丈もフレンチカジュアルの世界を崩さない洗練されたサイズ感だった。それは欧米人に比べ、華奢な日本人には収まり易かったとも言える。

 もちろん、価格は質感にも表れている。MADE IN FRANCEというイメージ倒れで終わらない上質なカットソーやジャージ素材。当時からTシャツが7000円もすれば、原価率が30%としても2100円。ユニクロの1000円のTシャツが原価率50%としても500円。4倍以上の開きがある。その結果、じゃぶじゃぶ洗濯しても、くたッとならないし、スナップがとれることもない。

 いくら低価格の商品のレベルが上がって来たと言っても、原価が違うのだから、クオリティに雲泥の差があってもおかしくない。 着た人間が着心地を通して質の高さを実感できる。つまり、上質でシンプルな普段着だからこそ、ずっと着ていられるのだ。それは着たことのない人間にわかるはずもない。まさにコストに見合うパフォーマンス。数年着ればもとは取れるし、今ならメルカリでも買い手はつくだろう。

 アニエスb.のボーダーTシャツをコピーしたような商品が多数出回った。だが、模倣業者は流行っているからコピーするのであって、本家がずっと変わらないテイストデザインを貫けば、コピーする価値もなくなってくる。逆に模倣業者が降りれば、お客は安心して購入できる。それがなおさらアニエスb.オリジナルのブランド価値を高めたのである。



 そして、今、再び人気が集まっているのはこうした理由に加え、やはりあのネーミングとロゴマークではないだろうか。シンプルな服とリンクする端的なフランス語の呼称は、お客の耳にすんなり入っていく。そして、何のかんの言っても、日本人はブランドロゴ=記号化に弱い。しかも、今ではフランス人もアメリカ人も書かなくなった筆記体フェイスは、なおさら新鮮に受け取られるはずだ。やはり聴覚と視覚にインパクトが与えられるブランドは、強いのである。



 一時、 アニエスb.はレザール(トカゲ)のアイコンも並行して使用していた。これはアニエスがトカゲの行動力と怠け者という二面性を好んだことから採用されたようだが、こちらのアイコンでは果たして人気が出たかどうかは疑問である。

 少なくともアニエスb.が再び人気を集めたのは、雑誌の記事タイアップでもなく、プレスやスタイリストのレコメンドでもない。まして、タレントを起用した派手なプロモーションを展開し、地下鉄の表参道駅をジャックしたところで、ブランドが活性化するはずもない。

 服を着てその良さがわかった人間が自らの気持ちをSNSを通じて発信し、それが拡散されていったからこそ、共感できる人々が集っていったのだ。昔で言うところの口コミってやつか。つまり、いかにブランドファンのコミュニティを作るか。これからは活性化のファクターになりそうである。

 その背景では、「この値段にしては、いい商品」という考えを否定することで新しいマーケットが出現すると言える。安い商品でそこそこのレベルではなくて、「1万円以下でもかなり高いレベルだから、そっちの方がお値打ち感があるよ」という意味である。

 アニエスb.を知らない20代が実際に着てみたら、ファストファッションにはない質感や着心地を感じられ、ジェイダやエモダといった国内モードカジュアルが持つ独特なクセもないから、誰もがすんなり入っていけた。パリカジ登竜門的なテイストもウケる理由だと思う。

 シンプルで普遍なテイストで、不変を貫くアニエスb.の強さ。そして、お客と等身大のファン客がその良さを地道に伝えたからこそ共感の輪が広がり、再び注目を集めているのである。
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