ダイエー跡地。かつて、この場所には、今頃、土曜日のにぎわいがあった。意味もなく、父親や母親に甘え、スマイルをつくり、ジャンプをきめた子供達は、いったい、どこに行ってたんだ!?路上音楽情報紙ダダ・青柳文信
モンゴロイドスポットのsadaさんに、最初に会ったのは2年前の大晦日。場所は新宿・
大ガード。対面そうそうにセッションを初め、年をまたいで音を出した。そして、今日、同じ新宿にある小ガードで再会を果たした。2年の月日は、彼の音楽に大層な深みを与えた。時に、たよりなく思えた声は太くなり、楽器の腕前は何段も進歩していた。ところで青柳さんは、どうだろう。あの頃から、進歩する事ができただろうか? 路上音楽情報紙ダダ・青柳
大ガード。対面そうそうにセッションを初め、年をまたいで音を出した。そして、今日、同じ新宿にある小ガードで再会を果たした。2年の月日は、彼の音楽に大層な深みを与えた。時に、たよりなく思えた声は太くなり、楽器の腕前は何段も進歩していた。ところで青柳さんは、どうだろう。あの頃から、進歩する事ができただろうか? 路上音楽情報紙ダダ・青柳
貧乏症という事か? 旅に出ると訪れた土地を現地に住む人以上に知りたくなる。今日、訪れたのは神奈川県の鎌倉。江ノ島に向かうトンネルに凄い人の流れがあるので楽器を広げた。でも、注目するのは好奇心の旺盛な子供のみ。大人達は我先にと次の見学スポットを目指すのみ。いつから、観光というものは流れ作業になったのか? 流れる人、あなた達は何をするためにここにきたのか? 路上音楽・青柳文信
忌野清志郎さんが、めされてから5年が経過した。
テレビは、「お祭り」のような番組を放映しているようだ
が、青柳さんのスタンスは変わらない。
「すべての作品は、持っていても、毎日の
ように聴く事はない」。そんなお方。
心の奥底にあって、あらゆる青柳さんの行動や
思考に影響を与え続けている。
今日くらい、心の奥底からすくい上げてみよう。
そして、ギターを持って、あの方が暮らした
国立の坂に出向いて、感謝の気持ちを伝えてこよう。
路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信
テレビは、「お祭り」のような番組を放映しているようだ
が、青柳さんのスタンスは変わらない。
「すべての作品は、持っていても、毎日の
ように聴く事はない」。そんなお方。
心の奥底にあって、あらゆる青柳さんの行動や
思考に影響を与え続けている。
今日くらい、心の奥底からすくい上げてみよう。
そして、ギターを持って、あの方が暮らした
国立の坂に出向いて、感謝の気持ちを伝えてこよう。
路上音楽情報紙「ダダ」編集発行人・青柳文信