深く潜れ(Dive Deep)! キネシオロジー&クラニオセイクラル・ワーク(クラニオ)の蒼穹堂治療室

「ココロとカラダ」再生研究所、蒼穹堂治療室が送る、マニアックなまでに深く濃い、極私的治療論とお役立ち(?)情報の数々。

呼ばれる

2012-05-31 11:32:28 | Weblog

また絵に「呼ばれ」、それを買うことになってしまった。「呼ばれ」ない限り1点の絵も買うことはないが、一度「呼ばれ」てしまったら、それを拒否することはできない。だから、それを買うことになる。そんなことが年に一度くらいあり、今年はそれが5/13にセミナーとセミナーの合間にたまたま立ち寄った渋谷だった。

渋谷に行く時は大抵、東急本店のジュンク堂丸善に寄っていくのだが、そのついでにと冷やかし半分で覗いたBunkamuraのBumkamura Box Galleryでやっていたのが「高田雄吉/美のコード」展だった。

高田雄吉という人のことは全く知らなかった。調べてみると画家ではなくCIデザインなどを中心に手がけるグラフィックデザイナーとのこと。この「美のコード」展では、古今東西の名画を解像度を荒くしていって、最後は色の横線にまで分解してしまった作品(例えば写真のポストカードの上の1枚は、右2/3が高田の作品で、左1/3のダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』を色の横線に分解したもの)を展示していた。

そこで私は葛飾北斎作『神奈川沖浪裏』に基づいた作品『KANAGAWAOKI NAMIURA』(だったか?)に「呼ばれ」てしまったのである。


絵に「呼ばれ」る感覚とはどういったものか──?

それは「逃れられないところに追い詰められるような感覚」とでも言ったらいいだろうか。

だから「呼ばれ」ることは私にとっては嬉しいことでも楽しいことでもない。そもそも絵などというものは生活必需品では全くないのだから、買わなくていいなら、それに越したことはない、といつも思っている。そう、「呼ばれ」さえしなければ──。


最初からこんな買い方をしていたわけではない。初めて絵を買ったのは大学生の頃。ベルナール・ガントナーというフランスの画家のリトグラフ(石版画)だった。その後、卒業して会社員になったのだが、会社の近くにリトグラフを扱う小さな画廊があって、そこに(絵を買うのではなく見に)足繁く通っていた。当時はまだ普通の人が絵を買うなど、あまりないことで、そんなこともあって、その画廊の卸元が主催する絵の展示即売会の招待状をもらって行くようにもなった。1986年、日本全体が後に「バブル」と呼ばれることになる空前の好景気に向けて驀進を始めた頃のことである。

その展示即売会は新宿の京王プラザホテルなどで開催されていたが、私が行くようになった頃はまだ、会場には客がまばらなことも少なくなかったと記憶している。だが空前の好景気によって市場に溢れたカネが株、不動産から美術品へと流れ始めると状況は一変した。

絵の展示即売会などに行こうものなら会場内は人、人、人…とにかく人の波で、しかも、みんな当たり前のように数十万、高いものでは100万を超えるような絵をその場で即決して買っていくのだ。

当時、絵画のオークションにも何度か参加したことがあるが、エスティメイト(主催者側から事前に公表される評価額)を遙かに上回る金額で次々と絵が落札されていく様子には、いつも唖然とさせられた。

その頃の私はリトグラフやエッチング(銅版画)を中心に、「この絵の絵柄が気に入ったから買う」みたいな無邪気な買い方をしていたが、そのうちにつまらない絵までどんどん高くなっていくのに嫌気がさして、版画から写真のオリジナル・プリントに鞍替えすることにした。

バブルが終焉したのがちょうどこの頃だが、この頃から絵(というか写真)の買い方が変わり、自分が選んで買うのではなく「呼ばれ」たから買う、という形に変わっていった。その後、鬱状態になって会社を辞めて治療院を始めたりしたこともあって金銭的にも余裕がなくなり、7年くらい1枚の絵も写真も買わない時期が続いた。また絵を買うようになったのは風鈴丸の『メランコリア』という作品に「呼ばれ」てからだが、それ以降は「呼ばれ」なければもう絵を買うことはしていない。

時々、もう「呼ばれ」ることはないかな、とも、「呼ばれ」なければいいのに、とも思うが、それでもこうやって年に1回くらいは予想もしないところで予想もしない絵から「呼ばれ」てしまうのである。


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