ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(55)

2017-01-02 17:39:28 | Weblog
この夏、ほとんど使わなかったUVカットのサングラス。すでに秋も深まり、もう用なしと思っていたが、目的地の老舗デパートが見えてきたところで、僕はそれを着用した。ニットの帽子もかぶり、デパートの5階、有紗が勤めているS書店へ向かう。

それにしても店内は広い。5階のフロア全面を占めている。土曜の午後ということもあり、人も多い。まず新書コーナーに足を運ぶ。売れ筋の本がずらりと平積みで置かれている。「すぐに使える認知行動療法」はどこにあるのだろうか?とりあえず、置いてくれてはいるはずなのだが。女性の書店員がこちらに歩いてくる。有紗ではない。

「あの、ちょっとお聞きしたいのですが、すぐに使える認知行動療法という本はどこにあるんでしょうか?」

「はい、その本ならこちらです」

あった。確かに僕の本だ。注目本として紹介されている。ポップには「人気女優も絶賛!ストレスを感じた時によく効きます。私はもう3回読みました」。僕はサングラスをはずした。間違いなく有紗の字だ。しばらく見ていたら照れくさくなり、サングラスをかけ直した。

ここが、有紗のグラウンド。彼女にふさわしいグラウンドだ。確かに自分の生活費、そして藤沢の入院費を稼ぐ場所なのは間違いない。しかし、有紗はここで働いている時は、そのことすら頭から離れているのではないか。いまも彼女は疾走している。大好きな本に囲まれたグラウンドを全力で、夢中で疾走している。
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大人になるにつれ、かなしく(54)

2017-01-02 15:59:24 | Weblog
「ありがとう。でも、他の生き方って考えられない。私はこれで案外、幸せだよ」

有紗は僕のためのコーヒーを淹れながら言う。

「矢野は子供、欲しくないの?」

僕は単刀直入に尋ねた。コーヒーを入れていた有紗の手が止まった。

「欲しいよ」

「それなら、孝志を前にしてあれだけど、誰かいい人を見つけて新しい家庭を・・・」

僕はここで言葉に詰まってしまった。

「こんな30過ぎの女、相手にしてくれる人なんているのかなあ」

「いるよ。矢野なら、いくらでもいる」

「孝志さんがこうなった時、私のこと、ついてない女って思ったでしょ?」

有紗が冷めたコーヒーを手渡した。僕は一気に飲み干した。

「うん。あの直後は孝志のことで頭がいっぱいだったけど、少し時間がたってから、そう思ったよ」

「私も、当初は何て自分はついてないんだと思ったけど、すぐにそれは違うと気づいたんだ」

「どういうこと?」

「孝志さんと再会した時、彼は昔と変わってた。10代の頃にはなかった、淋しそうな顔するんだ。もう人生を半分、投げてるような、そういう表情やしぐさ、言葉が表面に出ていた。でも私は逆に、だからこそ、この人の側にいることに価値があると思ってしまった。だから、ついてないとかじゃなく、私の性質なんだ。孝志さんと再会していなくても、また同じ匂いのする人を選んだんじゃないかな、多分」

有紗はすでに心の整理がついているようで、笑みすら浮かべていた。もはや僕に有紗へかける言葉は何もなかった。だから月の光を浴びて、眠っている孝志に「帰るよ。また来るからな」とささやいて病室を出た。
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大人になるにつれ、かなしく(53)

2017-01-02 13:11:47 | Weblog
後日、山野氏の言った通り「すぐに使える認知行動療法」は増刷されることになった。それから半月もたたないうちに読書通で知られる有名女優が、大手新聞の書評欄に僕の本を取り上げた。「分かりやすい。ストレスに悩む人はぜひ」といった内容だった。彼女の影響力は大きく、売り上げのペースは一気に上がった。山野氏が連絡をよこし、「これはまた増刷しないと、追いつかないよ。まあ、嬉しい悲鳴だけどね」と上機嫌だった。当然、僕の喜びも小さくはない。一人でも多くの人に読んでほしい。しかし,それとはまた別の感情も抱えて、藤沢が入院しているK病院へ向かった。有紗がいま病院にいることも確認している。

いつものように、4人部屋の窓際のベッドへ向かう。当然のように、他の入院患者は入れ替わり、303号室では藤沢が最も古株だ。

「孝志、元気か?」

藤沢の、枯葉の落ちた枝のように細くなった足を見るたび、僕は視線を背けたくなる。

「坂木君、凄い売れ行きだね。私の書店でも結構、売れてるよ。早速、「あの女優も推薦!」的なポップも作っておいたから」

「それはご苦労様。有り難いね。もともと本を出版するっていう、俺の突然湧き出てきた目標を、相手にしてくれて、出版社に話つけてくれたのも有紗さんだから。先の話だけど、印税は半分ずつでいいかなあ?坂木家と藤沢家で」

「えっ、寝言?坂木君の本でしょ。坂木君が全額受け取らなきゃ意味ないよ。あんなに小さい子、二人抱えてなに言ってるの」

有紗は口調こそ穏やかだったが、あきれているようでもあり、少し怒ったような顔になった。

「まあ、それはその時、考えればいいとして、今日は有紗さんに話したいことがあって」

「私に話?」

有紗は少し不安の色を覗かせた。おそらく僕の緊張が伝わってしまったのだろう。

「こないだの自分たちの娘を楽しそうに抱いている有紗さんを見ていて思ったんだよ。俺はどこかで孝志のことばかり優先して、矢野の気持ちをひとつも考えてなかったんじゃないかと」

気づけば、僕は有紗を矢野と呼んでいた。高校時代のように。

「どういうこと?坂木君はそれでいいんだよ」

「いや、孝志と矢野が、いつまでも一緒にいてくれればいいという身勝手な思いが、自分にはあった。矢野にだって幸せになる権利はあるんだよね。こんな当たり前のことを見落としていた」

僕は一仕事終えたかのように、大きく息をついた。




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大人になるにつれ、かなしく(52)

2017-01-02 11:39:00 | Weblog
「それじゃあ、私、そろそろ帰ります。明日も仕事だし」

「そうだね。藤沢君の回復具合はどう?」

白川さんはこの日、初めて藤沢の名を出した。

「うん。ゆっくり回復してきてるとは思います」

有紗は多くを語らなかった。

「有紗ちゃん、体に気をつけて」

「ええ。こう見えても体は結構、タフに出来てますよ。おじさんこそ、体に気をつけて」

「ありがとう。長生きしないとね」

白川さんは笑みを浮かべた。

「亜衣さんも元気で」

「有紗さんも」

「結香ちゃん、じゃあね」

有紗が娘に向かって手を振る。結香は眠い目をこすっていたが、亜衣の力を借りて、ようやく手を振り返した。

僕は有紗を駅まで送っていった。わずか2,3分。有紗と肩を並べて歩いた。そこで彼女が話したのは、藤沢でもなく、僕の本でもなく、結香のことばかりだった。「結香ちゃん、凄い可愛いね。どちらかといえば、お父さん似かも知れない。もう少ししたら、下の男の子とも話してもいい?そのうち絵本、持ってくるから」

有紗がここまで子供好きだったとは思わなかった。他人の子ですらこの調子なのだから、もし有紗に子供が出来たら、どんな愛情を注ぐのだろう。、ぜひ、彼女に子供を生んでもらいたいと僕は強く思った。


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大人になるにつれ、かなしく(51)

2017-01-02 10:22:59 | Weblog
「さあさあ、ここ座って」

白川さんは有紗のために空けておいた席を引いた。

「じゃあ、失礼します」

「何年ぶりかねえ。ここの店に来たのは?」

「高校卒業した直後は来てたかな。どっちにしても10年以上前なのは間違いないですね」

「お父さんが、有紗ちゃん、有紗ちゃんうるさくて」

亜衣がぶっきらぼうに言うと、皆、笑った。
山野氏は二言三言、小さな声で有紗と言葉を交わした後、「順調、順調」と僕の肩を軽く叩き、一足先に帰っていった。

「山野さんと何を話してたの?」

僕は有紗に聞いた。

「坂木君の本のことだよ」

「何だって?」

「言っていいのかなあ」

「なんか、ネガティブな内容?」

「いや、うん。増刷、決まりそうだって」

「へえ。でも山野さん、少し酔ってたからな」

僕は、出来るだけぬか喜びは避けたかった。

「凄いじゃないか、誠君。俺も立派な息子を持ったもんだ」

白川さんは、有紗に会えて、とにかく上機嫌である。彼にとっては、それがすべてなのだ。有紗が僕に耳打ちする。

「女の子の名前なんだっけ?」

「うん、ユカ。結ぶに香ると書いて結香」

「結香ちゃん、おばさんのとこに来てよ」

有紗が母親のそばから離れようとしない長女を手招きした。亜衣が「あのお姉さんが呼んでるよ」。結香はそれでも母親の上着の裾を話そうとしないので、亜衣が有紗のもとへ行き、そのまま、娘もついていった。

「こんばんは」

有紗は優しく、話しかけた。

「こんばんは」

娘も何とか言葉を発した。

「こっち来なよ」

有紗が笑顔で手を広げる。亜衣が娘の背中を軽く押し、結香は有紗の懐へ飛び込んだ。有紗は「うわ、可愛い」と端正な顔をさらに崩し、3歳の娘を抱き上げた。




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大人になるにつれ、かなしく(50)

2017-01-01 23:32:55 | Weblog
山野氏の内定という言葉に嘘はなかった。僕はこれまで向き合ってきた患者たちの顔を、思い浮かべながら書き続け、そして最後に「この本を読んだ事は決してゼロになることはありません」とカウンセリング最終日に患者へかける言葉で結んだ。

タイトルは「すぐに使える認知行動療法」という案外、シンプルなものに決まった。新書サイズで初版5000部、9月に発売された。僕は白川さんの喫茶店に山野氏と有紗を招待し、ささやかな出版パーティーを催した。亜衣も3歳と1歳の子供たちを連れて、参加した。

「誠君も作家か。偉くなったねえ」

白川さんがからかうように言う。

「そんな大げさなもんじゃないですよ。売れてから言ってください」

僕は意外と冷静だった。出版まではこぎつけたが、読んでもらえるかどうかが大事で、それが難しいと思っていた。しかし、山野氏は言った。

「まだ発売まもないんで、はっきりした事は言えないんですが、感触はいいですよ。ネットでもリアル書店でも」

「山野さんはそう言ってくれるんですけどね」

こうした間にも、亜衣はカウンターに座る僕らの前に、料理やドリンクを次々と運んでいる。僕は山野氏のリップサービスと決め込んでいた。もう随分、アルコールも入っている。彼は続ける。

「坂木さん、本当ですよ。何の根拠もなく、期待させていたら売れなかった時、ショックでしょう」

白川さんが時計を気にしている。

「有紗ちゃん、遅いなあ」

「この喫茶店の場所、忘れちゃったんじゃないですか?あと樹々っていう店名も忘れてると思いますよ」

今度は僕が少し、からかってやった。

「いや、そんなはずはない。彼女にとってもこの場所は、青春の1ページとして残っているはずだ」

白川さんは真顔である。すでに9時を大きく過ぎていた。

「有紗さんに連絡してみましょうか?」

山野氏がようやく呂律をまわして言った。その時だった。入り口が開いた音がした。

「有紗ちゃん」

白川さんが満面の笑みを浮かべた。

「こんばんは。遅くなっちゃって」

有紗はこの場所を忘れてはいなかった。
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大人になるにつれ、かなしく(49)

2017-01-01 22:14:29 | Weblog
「あとはタイトルをどうするかですね。タイトル未定となっていますが、漠然とでも考えています?」

「そうですね。誰でも使える認知行動療法、とか」

「いいじゃないですか。そのまま使うかは別にして。とっつきにくいようなタイトルでは駄目です。内容を示しつつ、インパクトがあり、分かりやすい。これらが揃えば理想的です」

「もう少し考えてみます」

「それと出版時期ですが、今年も押し詰まってきましたから、まあ来年になるんですが、遅くとも秋口にはと考えています」

「いつ頃までに仕上げればいいでしょうか?」

「まあ、本業のお仕事も大変でしょうけど、何とか来年の前半、初夏ごろには書き上げていただきたい」

山野氏は口調は柔らかいが、その奥に妥協を許さない厳しさが垣間見える。

「あと半年ほどですね」

「そうです。それより早く出来れば、それに越したことはありません」

「分かりました」

ここまで話が進んでも、僕はまだ半信半疑だった。

「うちでもカウンセリング的な本は何冊も出していますが、坂木さんのような認知行動療法を分かりやすく噛み砕いて、かつ具体的に書かれているものは、ほとんどないです。だからこそ、価値があり、魅力を感じるんです。まだ正式な契約は結べませんが、内定と考えていただいて結構です」

山野氏は姿勢を前のめりにして、言葉に力を込めた。






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大人になるにつれ、かなしく(48)

2017-01-01 20:40:36 | Weblog
僕が有紗と電話で話している時には、すでにパソコンにB社からメールが入っていた。担当・山野と記されていた。内容はおおむね好意的で、大いに興味がある。出来れば、会って話をしたい。一度、本社に来ていただきたい」と書かれていた。出版するとは言い切ってはいなかった。他社には渡したくはないが、易々と出版の約束はしない姿勢が垣間見えた。近々、B社を訪ねようと思う。その間に、もう少し文章量を増やしておく必要があるようだ。B社は僕の書いた事に興味は持ったようだが、まだ信頼には至っていないのだろう。

一週間後、僕はB社に足を運んだ。建物自体は新しいのだが、高層ビルが立ち並ぶ中、クラシカルで厳粛な雰囲気すら漂わせていた。受付で「山野さんと打ち合わせに来たのですが」というと、女性が連絡を取ってくれ、まもなく山野氏が姿を見せた。

「はじめまして編集の山野です」

「坂木です、はじめまして」

場所を応接室に移し、早速、出版の打ち合わせが始まった。

「文章、読ませてもらいました。まだ、さわりの部分だけですが、非常に書ける方だと感じました」

山野氏は30代の物腰の柔らかい男性で、年も近く、話しやすい印象だ。

「また少し、書いたものを持ってきました」

「そうですか、見せてもらえますか」

「はい」

僕は原稿を山野氏に手渡した。若い女性がコーヒーを運んできた。

「どうぞ、飲んでいてください」

山野氏はすでに原稿に目を通し始めている。

「では、いただきます」

僕はコーヒーカップに口をつけた。カップを受け皿に戻した時には、すでに山野氏は、おおよそ読み終えていたようだった。原稿用紙20枚以上は持参したつもりだったが、本当に読んでくれているのだろうかと疑った。しかし、彼はしっかりと内容を頭の中に取り入れていた。

「やはり、いいですよ。このクオリティーを保てるとすれば、まず出版できそうですね」

「本当ですか?」

「ええ。うちでも何作も出している、高名な作家さんが常々言うのは、誰にでも理解できる文章を深く伝えることが、上手い作家の条件だと。坂木さんにはそれがある」

褒められているのだけれど、少し気味が悪かった。褒めておいて、ストンと落とすタイミングを山野氏は図っているのではないかと僕は警戒した。




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大人になるにつれ、かなしく(47)

2017-01-01 17:48:29 | Weblog
藤沢が意識を取り戻してからというもの、僕は毎日のように有紗へ電話した。有紗も仕事が忙しく、藤沢と過ごす時間は十分には取れていないのは分かっていたが、何か新しい状況が知りたい欲求を抑え切れなかった。

「今日は孝志、どうだったかな?」

「先生や看護師さんに聞いたところでは、それほど変わりないみたい」

「ああ、そうなんだ」

僕は少し落胆した声になった。

「でも、順調だって。焦らず、のんびりと見守ってくださいって」

「そうだね。その通りだね」

「うん。それと、出版社のいくつかに声をかけてみたんだけど」

「駄目だった?」

「いや、B社が乗り気みたい。たぶん、担当者から連絡が来ると思う」

「でも、随分早いもんなんだね」

「もしかしたら、他社に持っていかれるのを警戒したのかもね」

「たった、原稿用紙10枚で?」

「それでも、売れる確率が高いと判断すれば動くよ」

有紗と話し終えた後、僕は寝室で原稿を2,3枚書いた。亜衣が「何、書いてるの?」と尋ねたが、曖昧な返事をした。亜衣は、僕が仕事の準備をしていると思っていたようだ。思えば彼女には話していないことが増えていく。藤沢のことも、本を出版しようと考えていることも。それなりの理由があって話さないでいるつもりなのだが、同時に後ろめたさも芽生えていた。
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大人になるにつれ、かなしく(46)

2017-01-01 13:48:45 | Weblog
僕はカバンから原稿用紙を10枚ほど取り出し、有紗に渡した。彼女はそれを受け取ると、すらすらと読み出し、本当に頭の中に入ったのかという速さで、すべて読んでしまった。4,5日かけて、考えながら書いていた自分が少し馬鹿らしくなるほどに。

「うん、いいと思うよ。想像していたより、上手いし。それにもっと難しい内容だと思ってたけど、私たちにも理解しやすい」

「それは良かった」

僕は言葉とは裏腹に、有紗の顔色を伺った。

「これなら、出版社の人にも話しやすい。友人だから、知り合いだから出版して欲しいと頼んだところで、実現するほど甘くないけど、これを見せれば、説得できるかもしれない。あとは今後の坂木君の頑張り次第かな」

「勿論、頑張るよ。でも、少しホッとしたかな。有紗さんは本の専門家だから」

「早速、いくつかの出版社に話してみるから」

「ありがとう。さあ、そろそろ帰るか」

僕はベッドで寝ている藤沢の顔を眺めた。

「孝志、今日はよく頑張ったね。じゃあ、また来るよ」

僕は孝志に声をかけ、彼らに背を向け、カーテンを開けようとした。

「坂木君、ちょっと待って」

僕は有紗の声に振り向いた。

「孝志さんが、孝志さん」

僕はまたベッドに寄った。藤沢が目を開けている。少し笑っているようにも見える。だから僕も少し笑った。頬から涙をこぼしながら笑った。




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