ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(51)

2017-01-02 10:22:59 | Weblog
「さあさあ、ここ座って」

白川さんは有紗のために空けておいた席を引いた。

「じゃあ、失礼します」

「何年ぶりかねえ。ここの店に来たのは?」

「高校卒業した直後は来てたかな。どっちにしても10年以上前なのは間違いないですね」

「お父さんが、有紗ちゃん、有紗ちゃんうるさくて」

亜衣がぶっきらぼうに言うと、皆、笑った。
山野氏は二言三言、小さな声で有紗と言葉を交わした後、「順調、順調」と僕の肩を軽く叩き、一足先に帰っていった。

「山野さんと何を話してたの?」

僕は有紗に聞いた。

「坂木君の本のことだよ」

「何だって?」

「言っていいのかなあ」

「なんか、ネガティブな内容?」

「いや、うん。増刷、決まりそうだって」

「へえ。でも山野さん、少し酔ってたからな」

僕は、出来るだけぬか喜びは避けたかった。

「凄いじゃないか、誠君。俺も立派な息子を持ったもんだ」

白川さんは、有紗に会えて、とにかく上機嫌である。彼にとっては、それがすべてなのだ。有紗が僕に耳打ちする。

「女の子の名前なんだっけ?」

「うん、ユカ。結ぶに香ると書いて結香」

「結香ちゃん、おばさんのとこに来てよ」

有紗が母親のそばから離れようとしない長女を手招きした。亜衣が「あのお姉さんが呼んでるよ」。結香はそれでも母親の上着の裾を話そうとしないので、亜衣が有紗のもとへ行き、そのまま、娘もついていった。

「こんばんは」

有紗は優しく、話しかけた。

「こんばんは」

娘も何とか言葉を発した。

「こっち来なよ」

有紗が笑顔で手を広げる。亜衣が娘の背中を軽く押し、結香は有紗の懐へ飛び込んだ。有紗は「うわ、可愛い」と端正な顔をさらに崩し、3歳の娘を抱き上げた。





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