ざっくばらん(パニックびとのつぶやき)

詩・将棋・病気・芸能・スポーツ・社会・短編小説などいろいろ気まぐれに。2009年「僕とパニック障害の20年戦争出版」

大人になるにつれ、かなしく(終)

2017-01-03 14:00:38 | Weblog
僕は高校を立ち去り、帰り道を歩く。白川さんの喫茶店も通過し、駅へと向かう。自動改札を抜け、ホームに立つ。そういえば、藤沢と有紗の後を追って、自分で勝手に傷ついたのも、この季節、終業式の日だった。あの時と同じ場所に立っている。列車は模様替えこそしたが、プラットホームで一休みし、新しい人々を吸い込み、古くなった人々を吐き出す行為に変わりはない。

僕は線路の向こう側の右端に目を移す。制服姿の藤沢と有紗が、抱き合っていた場所。そこをぼんやりと眺めていた。いつしか、あの頃の彼らが浮かび上がり、僕の体の内側から込み上げてくるものがあり、目が霞んで、それが夕陽と相まって、綺麗だった。あの時の涙とは違う。なぜなら僕はいま、笑みすら浮かべているのだ。(終)


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多くの方に読んでいただきました。ありがとうございます。


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大人になるにつれ、かなしく(60)

2017-01-03 12:16:51 | Weblog
かつて、毎日のように自転車で通った通学路。歩くと、意外と距離がある。駅前はクリスマスムード一色だが、次第に、華やかな12月は失われていく。肌に突き刺す風が、枯葉すら奪われた裸の木々が季節を主張しているだけだ。僕は藤沢の喜ぶ顔見たさに、印象深い建物や街路樹、アスファルトに至るまでスマートフォンで撮った。喫茶店「樹々」から12、3分。母校のK高校の校庭では、いくつもの運動部が活動していた。十数年前とそれほど景色は変わらない。サッカー部だった藤沢も、この場所で夢中でボールを追いかけていたはずだ。

陸上部に目を移す。楽しそうに走っていた有紗。自らを追い込んで走っていた有紗。夕陽が、彼女の肌を赤く染めた日々を思い出していた。あの頃と変わらない場所で、夕陽は校庭を照らしている。赤く照らされた彼らは眩しかった。やる気のある、なしを問わず、彼らは一様に輝いているのだ。記憶の中の藤沢も、有紗も、あろう事か、冴えなかったはずの坂木誠まで輝いている。

僕は否定しようとした。自分はあの頃よりも色々な物を手に入れた。しっかり者の妻、2人の幼い子供、臨床心理士、出版した本は5万部を超え、10万に迫ろうとしている。そのおかげで、臨床心理士として、いくつかの病院から誘いを受けている。あの頃の自分なんかに負けるはずがない。理屈では間違っていない。しかし、何故だろう。目の前で汗を流している彼らの頃に戻りたいという感情は。何故、大人になるにつれ、悲しくなるのだろう。僕は母校の写真を一枚も撮ることができなかった。
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大人になるにつれ、かなしく(59)

2017-01-03 10:27:34 | Weblog
喫茶店「樹々」のカウンター。

「そうか。藤沢君、施設に移されるのか」

白川さんの顔はいつになく神妙だった。

「病院としては良くなる見込みの薄く、かといって直ちに命に別条のない患者は、退院させたいんですよね」

僕は窓際の席に、向かい合って座っている高校生のカップルに目を向けた。かつて僕が通っていた頃の制服と変わっていない。

「なかなか美男美女の組み合わせじゃないですか」

僕は声を絞って言った。

「ああ、あの子達。そうだね。あの二人、見てるとねえ、藤沢君と有紗ちゃんを思い出すよ。君がいない時は、彼らもあの席に座っていた」

「それにしても、少し幼くありません?孝志と矢野と比べると」

「いやあ、そうでもないよ。確かにあの二人は大人びてはいたけど、それでも、あどけなかったよ。誠君はさらに幼かった」

白川さんは遠くを見つめるような目をしていた。僕は少し恥ずかしかった。

「でも、あのカップル、見込みありますよ。今の時代、チェーン店に入らず、この店を選ぶなんて、センスがあるな」

「このあたりもだいぶ、チェーン店が増えたからね。なかなか難しい時代になったよ」

白川さんが苦く笑う。

「そういえば、亜衣がこの店を手伝いたいらしいですよ」

「ああ、そう」

「お義父さんも、ランチの時間とか、一人じゃ大変でしょ」

「ううん、昔はお客さんは多かったけど、今の方がきついな。やっぱり年かね」

「だから父娘でやればいいじゃないですか。亜衣はこの店への思い入れが強いみたいです。俺だってこの店に残っていて欲しいですよ」

僕は冷めたコーヒーを飲み干した

「そろそろ、いかなきゃ」

「どこに?」

「学校へ行ってみようかと。この前、喫茶店の写真を孝志に見せたら、凄く嬉しそうで。だから、今度は母校でも撮ってこようかなって」

「そうか、孝志君、喜んでたか」

白川さんは静かな笑みを浮かべた。僕は店を出て母校へと向かった。


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