わたしの好きな詩人

毎月原則として第4土曜日に歌人、俳人の「私の好きな詩人」を1作掲載します。

ことば、ことば、ことば。第20回 断章1 相沢正一郎

2014-10-16 14:08:54 | 詩客

 「断章」というテーマで、西脇順三郎の『旅人かへらず』を考えてみようと思っていたら、タイミングよく八木幹夫さんから『渡し場にしゃがむ女 詩人西脇順三郎の魅力』(以下、『渡し場にしゃがむ女』)をいただいた。作品番号「九〇」の《渡し場に/しやがむ女の/淋しき》のフレーズは知っていましたが、この段だけ取り出して改めてじっくり見つめてみると、いい詩句だな、と思いました。『旅人かへらず』を象徴している。西脇が「はしがき」で《この詩集はさうした「幻影の人」、さうした女の立場から集めた生命の記録》と述べているように、「しゃがむ女」は、作品の中のひょうたん、茄子、どんぐり、草の実など、植物の球体のイメージ、曲った幹、樹木のまがりや枝ぶり、橋のまがりなどの曲線のイメージと結びつきます。また、生と死や現実と幻想、覚醒と眠りなどの境界の場所「渡し場」も、この詩集にぴったり。ページをめくって、うなずきながら共感したり、なるほどと膝をたたいたり、本棚の筑摩書房『西脇順三郎 詩と詩論』の全集をもってきて詩を再読したりして、読了。
 『旅人かへらず』について八木さんは《一見、日本回帰に見える詩集の底流には日本語や日本文化を異国人の視線で眺め遣る気配がある》と述べています。そうそう、確かに。「西脇さんと俳句」では、「余白句会」のことについて書かれています。いわゆる俳句の専門家ではない現代詩人たちが自由に俳句を作る様子は、西脇が日本文化を見る感覚と響きあうような気もします。そして、二十年以上も俳句と拘わってきた八木さんの眼は、今度は俳句の視点から西脇を見ています。『旅人かへらず』が松尾芭蕉と通ずる、と私も思ったのは詩集に「淋しき」ということばが四十一も出てくるところなどでしょう。
 『渡し場にしゃがむ女』の「あとがきにかえて――書名「渡し場にしゃがむ女」の由来」で、「断章」の形態について的確に述べています。《連続と断絶。断絶と連続。交互に作品が次の作品を呼び込み、突然日常の出来事が侵入し、物語の持つ起承転結を拒んでいく。長編詩でありながら叙事詩的要素はほとんどない。詩篇のひとつひとつが独立していて、かつ大きく連続している気配です》。『旅人かへらず』だけでなく、断章形式の作品すべてに当てはまる見事な定義だと思います。
 いきなり変なことを言いますが、私にとって本には、寝転がって読む本と、机で読む本の二種類があります。心のドアを開けて夢想を呼び込む姿勢と、ドアを閉めて集中力を保つ姿勢と。寝転がって読める詩集、ということで、西脇順三郎は敬遠されそうなのですが、(いい意味で)まったくそんなことはない。八木さんも《ここで注意しなければならないのは、注釈や出典に振り回されて、詩の面白さを忘れてしまうことです》と仰っています。たしかによく知られた「天気」の《(覆された宝石)のやうな朝/何人か戸口にて誰かとさゝやく/それは神の生誕の日。》の(覆された宝石)の括弧のフレーズが、キーツ『エンディミオン』第三巻のパロディーだと村野四郎の解説で知りましたが、またもちろんこうした出典探しの楽しさはあるかもしれませんが、知らなくたって充分に味わえます。さて、『渡し場にしゃがむ女』には、これもよく知られた詩「太陽」の《カルモヂインの大理石の産地で/其処で私は夏をすごしたことがあつた/ヒバリもゐないし、蛇も出ない。/ただ青いスモゝの藪から太陽が出て/またスモゝの藪へ沈む。/少年は小川でドルフィンを捉えて笑つた》の「カルモヂイン」について《睡眠薬(カルモチン)を飲まずには眠れない日々を過ごした内面の西脇さんの世界を諧謔として反転させたものと見ればまた実に面白い》とある。それでは、「眼」の《石に刻まれた眼は永遠に開く》も不眠症と関係あるのでは……と、八木さんに刺激されて、私も想像力を羽ばたかせたりしました。
 二十五歳のときの八木さん、はじめ西脇順三郎を《荒唐無稽な西洋知識の並んだ詩だと生意気にも思い込んでしまって》いた。また、別の章で《鉛筆で西脇詩の批判めいたことを詩集の余白に書き散らしていたのですが、幸いにもそれがとんでもない間違いだったことに気付き、さっそく消しゴムで消しました》とも。なによりも『渡し場にしゃがむ女』が信頼できるのは、評論によくある――作者が詩集を自分の考えに合うよう都合よく材料として取り入れているんじゃなくて、全身で詩集と対話しているところ。そうかといって、読者が眉に皺よせて読む必要はありません。前述した「カルモヂイン」のエピソードのほかにも、詩行に不意に現れる女性の台詞がテレビコマーシャルのキャッチコピーだったり、西脇の教え子のシェイクスピアの誤訳なんかも自由に作品に取り入れている、という面白い話も。
 西脇順三郎のウィットとユーモア同様、『渡し場にしゃがむ女』も寝そべって読みながら、楽しんでください。


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