書とお寺が大好きな春逕の「日々是好日」

日々思うこと、感じた事をつづります。

空海の書(飛白体)

2011-04-16 03:29:46 | 書について

空海

は、773年もしくはその翌年に讃岐の国に生まれたという。

15歳のときに伯父の阿刀大足に論語、考経および史伝を学びかねて文学を学んだ。というから江戸後期の知識人と変わりないぐらいだ。

その後18歳で都にのぼり、大学に入学し(当時は唐制で明学科、紀伝科、明法科、算道科、書道科、音韻道科)学んだ。

そして仏教を学んだ、仏教はインドの所産なのだが、まずは中国語に翻訳されているから、中国語と中国文明に対する理解がなければ仏教そのものが遠いものになると考えたらしい。

804年に入唐。

当時20年の留学を覚悟していたが、3年足らずで充分その目的を達したらしい。

空海が唐から日本に持ってきたいろいろな書は後の時代に大きな影響を与えた。

 

代表的な「風信帖」

お寺によく見られるような額字「集古図」より 長楽門 これは伝空海

高野山の釈迦文院(和歌山)にある 「益田池碑銘」 これも伝空海

これを本で見、書いたとき、空海の文字の霊力みたいなものを感じた。

国宝 「三十帖策子」 梵字で書かれている。

 

サンスクリッドを学び、インド哲学、曼荼羅などを学び多大な影響を日本に与えた。

 

空海の偉業は計り知れない。

結局は空海を理解できずに真言密教はあまり広がらなかったのだろう。

それだからこそ、空海(弘法大師)信仰は各地で広がり、今も尚、空海の名を知らない人はいない。

 

空海の書を理解するには、空海を密教を知る他にないと思って何年かいろいろ調べ空海の書を書いてきたが、

 

結局、空海本人の書ではない?(伝空海)というような雰囲気の違ういろいろな書があって、そのスケールは凄すぎてやっぱりわからない。

 



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