詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

北川透「シベリア」ほか

2012-01-19 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
北川透「シベリア」ほか(「耳空」7、2011年12月25日発行)

 わからない詩をどう読むか。--これは難題。たぶん、わからない詩に出会ったとき、では、どこが好きなのか、ということをみつめればいいのだと思う。
 たとえば北川透「シベリア」。

鳴りひびいているのはシベリアの氷床
流出し始めたのはシベリアの寒冷気団
呼ばれているのはシビーリィ
なつかしい西比利亜の古地図
支配しているのは一〇八五ミリバールの高気圧
おまえはひかりの放射が断ち切られた 暗い正午に
おまえは駅前郵便局横の路地を曲がった
おまえは街中に散乱する沈黙の輪を潜り
おまえは凍てついている朝鮮人居住地の
おまえはひりひりと熱い赤い色の座席で
おまえはしずかにシベリアの乳房を待つ

 この詩は、私には全然わからない。特に後半の「おまえ」が何か(だれか)がさっぱりわからない。で、適当に、「おまえ」は「雪」だ、と思い込んで読む。あるいは(ここで、平気で「あるいは」というのが、私の変なところである)--あるいは、「おまえ」は「シベリア」だと思って読む。別に、それが「雪」であることを証明したいわけでもない。「シベリア」であると確認したいわけでもない。まあ、なんだっていいと私は思っている。ことばが動きはじめるときのきっかけだね。そのきっかけでいい。

 で。
 突然、話は変わるのだが(変わらない?)、私はこの詩が好きである。なぜ好きか。どこが好きか。リズムが好き。

鳴りひびいているのはシベリアの氷床

 書き出しの「……のは」+体言止めの行が三回つづく。2行はさんで「支配しているのは」と「……のは」が復活する。そのあと「おまえは……」という繰り返しがつづく。繰り返されるリズムが気持ちがいいので、きっとそこには何か「正しい」ことが書かれていると思うのだ。
 リズムがおかしいと、私は、このことばはきっと変--と思ってしまうのである。「正しさ」は繰り返され、肉体になじむものである。というか、肉体になじまないものは、私には「正しい」とは思えないのである。
 どこかに「正しい」ものがあれば、そのまわりに「正しくないもの(?)」があっても平気である。「正しくないもの」は「正しい」を、単なる正しさではなく、正しさから出発して、何か、正しいものを越えるところへ動かしていく。それは、つまり、正しいがより正しいものになるということである。か、どうかは、わからないが、私は勢いで書いてしまう。
 (あ、いま、私が書いていることは、便宜上の「正しい」であって、これはときには「邪悪」とか、「醜悪」でもいい--ようするに、あることがらが繰り返され、繰り返しているうちに、最初の越えてしまうことだね。でも、こういうことを書いていると収拾がつかなくなるので……。)
 そして、その「正しい」感覚は、

鳴りひびいているのはシベリアの氷床

 という行のなかの、「シベリア」という音の響き、それが呼び寄せる濁音と「ら行」の交錯である。(「氷床」は、何と読んでいいのか、私にはわからない。「ひょうしょう」と読んでみたが音がどうもなじまないし、そういうことばは私のもっている「広辞苑」にはない。別に、広辞苑がいちばんいい辞書と思っているわけでもないのだが、まあ、そこには載っていない。「こおりどこ」も載っていない。だから、このことばは私の肉体のなかでは「無音」である。その音を省略して、私は1行目を読んでいる。ただし、私の視力は、その文字から凍った広大て荒野を引き寄せる。白く、蒼く、黒い音のない無限世界を引き寄せる。
 音に戻る。
 「シベリア」のなかにすでに「濁音(べ)」と「ら行(リ)」があるのだが、この音が鳴「り(ら行)」ひ「び(濁音)」いている、と近づいて、また離れる感じがする。交錯するところがおもしろく、それがそのまま

流出しはじめたのはシベリア寒冷気団

 につながっていく。

「り」ゅうしつしはじめたのはシベ「リ」アかん「れ」いきだん

 「ば行」の濁音だけではなく、「じ」「だ」と「さ行(ほんとうは、し行、あるいは、じ行というべきなのかも)」「た行」にも広がっていく。

よ「ば」「れ」てい「る」のはし「び」ー「り」ぃ
なつかしいし「び」りあのふ「る」ち「ず」

 さらにここには「し」という音もくわわっている。「シベリア」の「し」が。こういう交錯は、私には音楽のように感じられる。(音痴なのだが……。)
 「し」は次の行の「誘い水」でもある。

支配しているのは一〇八五ミリバールの高気圧

 この行では、あれれっ、まだ「ミリバール」? いまは「ヘクトパスカル」と言うんじゃなかったっけ--と思いは脱線するのだが、でもたしかにヘクトパスカルは「シベリア」には似合わない。やっぱりミリ「バ」ールと強い響きの濁音がいい。
 ヘクトパスカルなんて、まるで「屁」みたいな響きがする。ぷっ、すーという、音がどこかへ消えていくような、変な音である。半濁音より、濁音の方が豊かで美しい。
 ミリバールの方が音としてかっこいいよなあ。「ま行」と「ば行」は、同じように唇を閉じて音を破裂させる。--このことが、最初から「気持ちいい音」である「シベリア」とも響きあうのだ。
 こういう「音」の魔術に引きずり込まれたら、まあ、意味なんてよくなる。ここからはじまるのは「意味」の絞り込み(結晶化)ではなく、「意味」の拡大。「意味」の拡張。「意味」の無意味化。ことばはどこまで動いて行けるか、ということになる。ことばは動いて行きながら、どれだけ「いま/ここ」にはないものへと拡大して行けるか。それが、読む楽しみである。

 それから北川のことばは、「おまえは……」という行を繰り返す。「おまえ」がだれなのか、私にはよくわからないが、いろんな音をあつめてくる「装置」のようなものになる。そこから世界を拡大する(拡張する)装置になる。世界を無意味化する装置になる。世界を統合する何かを解体し、音とリズムで再び作り上げていく通り道になる。
 その世界をつくりかえていく道--ことばの繰り返しがしっかりしているので、その支えに身を任せて、ほかのことばは軽く疾走するのかもしれないなあ。
 最終行の、

おまえはしずかにシベリアの乳房を待つ

 ここにも、「し」の繰り返しと濁音がある。「シ」ベリア、ち「ぶ」さ。
 「意味」はあった方がわかりやすいのかもしれないけれど、わからなくてもいい、と私は思っている。
 
 私が最初に想定した「おまえ」はだれ(何)なのか--そんなことはどうでもよくて、(あ、北川さん、ほんとうは何かとても深い意味がこめられているのだとしたら、ごめんなさい)、「しずかなシベリアの乳房」。この、音の美しさ。私は音読はしないのだが(だからほんとうに耳に美しくひびくかどうかは確かめたことがないのだが)、黙読のときに動く、舌、喉、口蓋、それが耳に(鼓膜に)伝わり、肉体全体に広がる。
 こういう感じが好きである。

 「アンヌ・ビリビリハッパ氏投身」は、詩の形が直角三角形をしている。

時が来た 滝に身投げするために
出発した 夕暮れに膝を折って
あるいは 書記機器を壊して
纏いつく 稲妻を処分する
水死者を 探すな嘆くな
花びらが 何に変るか
そのとき 叫ぶ母音
眠れぬ谺 駆ける
キリンの 音階
にわかに 雹
ぱらぱら
ツァラ
ドド


 ここにも「意味」はある。というか、「意味」は捏造しようとすれば、いつだも捏造できる。それが「意味」の(この詩の、ではなく)いちばんの問題点だ。
 たとえば、私はここからランボーの音楽と向き合っている北川という「意味」を捏造したくなる。単に、「時が来た」「出発した」「膝を折って」「母音」「音階」というようなことばがランボーを読んだとき「音楽」として聞こえてきた--という個人的な体験をよりどころにして。
 でも、そういうことは、ひそかに、かってきままに、だれも読まないところで、私がやることにすぎない。そういう「秘密」の(私にとっての「秘密」ということだが)楽しみにこそほんとうの詩の喜びがあるとも言えるのだけれど。
 で。
 この詩のどこが好きか。1行目。やはり「音」が美しい。「音」というのは、どうしようもなく肉体的なものだと思う。ある人が「美しい」といっても、私にはぜんぜん美しく聞こえない音がある。逆に、私は、この音、ここが好き--といっても、だれにも伝わらないこともある。
 1行目は「とき」「きた」「たき」という音の交錯からはじまる。その交錯のリズムが私には気持ちがいい。
 そして、その最初のリズムに誘われるように(リズムに乗って)、ことばが自在に手をひろげていって「キリンの 音階」にたどりつき、「雹」から旋律なしの、単独の「音」になるところがとてもおもしろい。
 単独の音--と書いたのだけれど、その一方で、「ツァラトゥストラ」という音も思い出してしまうのだけれど。
 そして、ほんとうの最後「ラ/ドド/シ」--これって、曲(音楽)が終わるとき、こういう終わり方する? 私は音痴だからよくわからないのだが、まだ旋律がつづいていくような印象がある。それを断ち切るための「死」かなあ、なんて、変なことも考えたりする。感じたりする。--この感じは「変」なのだけれど、こういう「変」なことを感じさせてくれることばが、私は好きである。

溶ける、目覚まし時計
北川 透
思潮社

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