詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田原編『百代の俳句』

2021-10-16 11:18:44 | 詩集

 

田原編『百代の俳句』(ポエムピース、2021年10月25日発行)

 田原編『百代の俳句』は、400年の歴史のなかから131人、131句を選んでいる。私は俳句をほとんど読まない。田原は、どんなふうに俳句を読んでいるのか。その句を選んだ理由は何なのか、ということを期待して本を開いたが、ずらりと句が並んでいるだけである。個々の句に対する個々の感想がない。うーん、これは困った。
 私の好きな句が選ばれているかな、ということをちらちらとページをめくって確かめる感じで読んでしまう。こんな読み方でいいかどうか、わからない。
 たとえば、寺山修司では「わが夏帽どこまで転べども故郷」。あ、あってよかった、という感じ。でも、この句が寺山の句の代表作といえるかどうか、私にはわからない。ただ帰省したときの青年の(青春時代の)「故郷」に対する思い入れの過剰さが、私は好きなのだ。青春を生きている人間にとって「故郷」はまだ「故郷」になりきれていない。「故郷」と書きながら「故郷」を夢見ている。それが「どこまで転べども」に暗示されている。単に風に飛ばされた帽子がころころころ転がっていく、ということを描写しているのだが「転ぶ」という動詞の選択、「どこまで」という永遠につながることばの選択に、私は寺山の「虚構の力」を感じるのである。
 田中裕明の「みづうみのみなとのなつのみじかけれ」。山の湖。夏休みだけボートがにぎわう。そういう「港」。この港は、いわば比喩である。それが「み」の頭韻の繰り返しのなかでさっと描かれる。それはまるで、思い出が消えながらあらわれてくるという不思議な印象を引き起こす。
 石牟礼道子の句が131人のなにか選ばれているのもうれしかった。「死におくれ死におくれして彼岸花」。「死におくれ」のくりかえしが、人間のいのちの強さと怨念をつたえている。人は死にたいわけではない。生きていたい。「死におくれる」ということは、言いなおせば、人間にとっていいこと(長寿)を意味するはずである。しかし、ここでの「死におくれ」は単なる長寿をあらわすわけではない。他の人は死んでしまった。ひとり死に、またひとり死ぬ。それも苦しみながら死んでいく。それを見送る無念さ。「彼岸花」は私が子どものころは「死の花」と忌み嫌われた。さて、この彼岸花は、そういう「不吉」の象徴なのか。それとも生きている人間の怨念の象徴なのか。たぶん「不吉な花」という意味を懸命に転換しようとする「意図」がこの句のなかを貫いている。そういうことを、私は感じた。

 田原は「世界と心を凝縮する芸術」という「解説」のような文章を最後に書いている。そこに、こういうことばがある。

言語学では、各単語が自立して構成されるタイプの「孤立型」に分類される中国語にたいして、日本語は、助詞や語形変化によって各単語が結びつき合う「膠着語」に分類されている。日本語には、情緒が心にまとわりついて離れがたいさまをさす「情緒纏綿」という趣深い熟語があるが、まさしく「纏綿」すなわちまとわりつく表現は、その膠着語特有の融通無碍な性質に通じ、俳句が他言語に向けてひらかれる要因になっているのではないか、というのが私の持論である。

 うーむ。そういうことを私は考えたことがなかったなあ。私の考えでは、どの国のことばでもある程度、コンビネーションが決まっている。「わが夏帽どこまで転べども故郷」。これは帽子は風に飛ばされる。地面に落ちる。そして転がる、ということを描いているが、それは「帽子とは被るものだが、ときには落ちる」という意味が含まれる。「帽子=落ちる」は「意味の定型(決まりきったコンビネーション)」である。「被る」ではなく「落ちる」方に目を向けて寺山が句をつくっているのは、青春の敗北(落ちるに通じる)がそのまま「情緒」を呼び寄せるからである。帽子を被り直して赤門から入る、ではまったく違う「味」になる。寺山は「落ちる」方を好む。そして、「帽子が落ちる」のはたいていの場合「風に飛ばされる」のである。その風が「落ちた帽子をさらに遠くへ転がす」。「転ぶ/転がる」には「風」が含まれているので、その帽子がわざと転がしたものではなく、風にとばされたもの、一瞬のスキをつかれるようにして発生したできごとだとわかる。さらに風には、どこまでも吹いていくというようなイメージがある。はてしなさ。「故郷」は小さな場所である。しかし、それは「思い出す」とき「はてしない」ものにかわる。転がる帽子を追いかけることで、「故郷」をはてしないものに寺山は変えている。このコンビネーションの巧みさ(組み合わせの妙)が寺山の句の持ち味だと私は思う。こういうことが可能なのは「膠着語の融通無碍な性質」だからなのか。田原の定義の仕方には独特のものがあり、それがとてもおもしろい、と感じた。
 私はどこの国のことばでも「動詞」を基本に読んでいけば(理解していけば)、それぞれの国の人の考え方に通じると思っている。「孤立語」「膠着語」の区別を考えたことがなかった。

 

 

 

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1 コメント

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田原編ー百代の俳句 (大井川賢治)
2024-08-25 16:10:57
読んでみようかと思いましたが、個別の句への解説がないんですねーーーざんねん。
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