詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

華原倫子「橋の記憶」、國井克彦「わが台湾三峡」、近藤洋太「再見考」

2015-01-23 11:04:52 | 現代詩年鑑2015(現代詩手帖12月号)を読む
華原倫子「橋の記憶」、國井克彦「わが台湾三峡」、近藤洋太「再見考」(「現代詩手帖」2014年12月号)

 華原倫子「橋の記憶」(初出『葡萄時計』2014年10月)。

橋のはじまりはこの岸で
橋の終わりはあの遠い岸
だから、橋の上にははじまりも終わりもない
はじまりも終わりもない空間には輪郭はない

 「だから」ということばが論理的だ。なくても「意味」はかわらないけれど(かわらないと思うけれど)、「だから」と書いてしまう。そこに華原の「ことばの肉体(思想)」が出ている。そして、「ことばの肉体」というのは奇妙なもので、それ自体として動いていく。「肉体」になってしまった論理は「抽象」のままではいられない。動いていくと、どうしても独自のものになってしまう。この4行で言えば、「はじまりも終わりもない空間には輪郭はない」。ここで「空間」が出てくるのは「橋」を「場」ととらえるからだろうけれど(ここまでは、まだ一般の論理)、「輪郭はない」の「輪郭」への飛躍が独特である。華原がことばにすることによって、はじめて「論理」になった。華原がことばにする前には存在しなかった。「はじまりも終わりもない」という表現は一般的にはつかわないが、「終わりのない」ことを「空間的」には「果てがない」という。それを華原は「輪郭」というのだが、こういう「輪郭」のつかい方は華原がことばにするまでは存在しなかった。そして存在してしまうと、それが「ぴったり」という感じで迫ってくる。
 この化学変化のようなところに「詩」がある。
 「論理」はさらにつづく。

はじまりも終わりもない空間は何も留めることがない
渡りきらねばここはあの世と同じ
橋はそこで生きたと言ってはならぬ場所

 これは華原が言いたいこと(思想と思っていること、思想として主張したいこと)なのかもしれないが、私には「輪郭」ほどおもしろく聞こえてこない。「この岸」「あの岸」は「此岸」「彼岸」であり「この世」「あの世」である。そういう「論理」は「流通論理」であって、華原がいわなくても誰かが言ってしまっているという印象がある。それではおもしろくない。
 けれど、連を変えて、

橋に向かって道は上り
橋が尽きると道は下る
空を渡った欄干の記憶

 ここは、おもしろい。どこの橋とは書いてはいないのだが、華原がある特定の橋を思い描いていることがわかる。すべての橋が道を上り、道を下るわけではない。水平なままの橋(坂のない橋)もある。それなのに華原は道の上り下りと書いている。具体的なのだ。知らずに出てくる「具体的なもの(こと)」のなかに、やはり「肉体」が見える。「ことばの肉体」ではなく、華原自身の「肉体」、その橋を渡ったときに「肉体がおぼえたもの」が手触りのようにして出てくる。そういう部分は、とてもおもしろい。
 「具体的」だから「空を渡った欄干の記憶」が美しい。思わず、自分自身の記憶を探してみる。私の渡った橋のなかにそういう橋があったかなあ。探しながら、私は私の「肉体」が華原の「肉体」と重なっているのを感じる。そういう橋を具体的に思い出すことができる。おぼえていないのに、思い出すことができる。こういう瞬間が好きだなあ。詩を読む至福がある。



 國井克彦「わが台湾三峡」(初出「ゆすりか」102 、2014年10月)。終戦後、台湾の三峡から日本へ引き上げてくる。八歳のときの体験を書いている。

大人たちはトラックの前方を見ていた
去り行く三峡の街を見ていたのは自分だけだ
なぜ愛しい三峡の街を山を河を
大人は振り返らないのか
わが人生でこのことは常に思い出された

 あ、うつくしいなあ。思わず声がでそうになった。
 私は台湾へ行ったことがない。三峡がどこにあるかも知らないし、どんな街、どんな山、どんな河なのかも知らない。知らないなら、調べろ、という人がいるが、私は調べない。ネットで調べて、写真を見ても、それは自分の体験とは無関係である。それがどんなに美しい街、風景であろうと、それ見ることで國井の気持ちが「わかる」わけではないと考えるからだ。
 では、何が美しいのか。

去り行く三峡の街を見ていたのは自分だけだ

 この一行。そこにある「時制」がカギだ。その前の行では「見ていた」(過去形)がもう一度「見ていた」(過去形)で繰り返され、そのあと「だけだ」と「現在形」になる。「自分だけだった」と過去形になっていない。
 「自分だけだ」という断定が「現在」であるために、「いま/ここ」で國井がかつて見た風景を見ているという感じが強く伝わってくる。「見ていた」のは過去のことなのに、「いま」それを「見ている」。「過去」が「現在」として、「いま/ここ」にある。その生々しい動きが凝縮している。主観が躍動する。
 「大人は振り返らないのか」という現在形の疑問(「大人は振り返らなかったのか」という過去形ではない)にも強い主観を感じる。
 そして、この感覚は、次の行、

わが人生でこのことは常に思い出された

 この「常に」に言いなおされている。「常に思い出された」と過去形で書かれ、ここでは國井はちょっと「客観」に戻っているのだが、この「過去形」は方便だ。「常に」だから「いま」、そして「これから」もという時間がそこにはある。かわらない。時間の影響を受けない。言いかえると、この「常に」は「永遠」なのである。



 近藤洋太「再見考」(初出「スタンザ」7、2014年10月)。「再見」は中国語で「さようなら」。「再会」を意味する(再会を願う)。でも日本語の「さようなら」にはそういう気持ちが見当たらない。そういうことを、いろいろな言語のあいさつをまじえて思いめぐらしたあと、

--僕はこれから、手紙の末尾には「再見」と書こうかと思うんですよ。
すると彼女、王旭烽さんは、はっと我に帰ったような顔になり一生懸命制止したのだ
--イケマセン。ソレハイケマセン。手紙ノ末尾ハ必ズ「敬具」デス。

 ここで詩は終わる。
 私は無知なので「敬具」で終わらなければなはらない理由、「再見」がだめな理由はわからないが、この「わからなさ」が詩なのかもしれない。
 どうして?
 そう思った瞬間。
 なぜ、そのひとはそう思うのか。なぜこの詩人はこんなことを思うのか。その驚きのなかに詩はある。それは説明してしまっては詩ではなくなるということかもしれない。
 私は「わからないこと」は調べるのではなく、「考える」。
 で、考えたのは……。「再見」というのは「再び」会う。繰り返す。手紙で「再び」がまずいのは、「わからないなら、もう一回、同じことを書くぞ」(何度でも書いてやるぞ)という一種の「おどし」になるから? 「手紙」とは「あいさつ」もあるだろうけれど、だいたいが自分の「考え」をつたえるもの。「敬具」は「慎んで申し上げます(申し上げました)」くらいの意味。「再見」には「慎んで」という感じがないからなのかな?


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