詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

草野早苗『夜の聖堂』

2017-01-23 09:10:15 | 詩集
草野早苗『夜の聖堂』(思潮社、2016年05月31日発行)

 草野早苗『夜の聖堂』には日本の風景と外国の風景が入り交じっている。翻訳調のリズムを感じる。漢字(熟語)のつかい方が翻訳っぽい。
 で、「翻訳」そのもの、ある言語を日本語に変えることではじまる世界というか、「現実」よりも「ことば」から「遠くにある現実」へ向かって動く作品の方が、私には読みやすく感じられる。
 「羊と私と驢馬と」という作品。

人の書いた文章から
スペインの詩人J・R・ヒメネスは驢馬を飼っていて
いつも語りかけていたことを知った
驢馬のプラテーロは詩人にとって親友で
死後は丘にある松の木の根元に埋めた
『プラテーロとわたし』という本も書いたそうだ

 ここには「伝聞」のことばだけがある。「伝聞のことば」を「事実」として受け入れて、草野は「現実」を想像する。「現実」には「もの」以外に、「感想」も入り込む。「感想」が「現実」になっていくといえばいいか。
 これが「幸福」な感じでひろがる。

ああ、この詩人の幸は計り知れない
共通言語を持たない驢馬を友に選んだからには
心で言葉を交わしたにちがいない

 ここに「心」が出てくるところがおもしろい。草野は「心」で「感想」を書いていることになる。「心の言葉」で書いている。
 私は犬を飼っているが、犬と人間は「共通言語」を持たないが「心の言葉」で会話していると感じたことは一度もない。私は「日本語」を話し、犬は犬で「犬のことば」を話す。そういう交流をしている。「心の言葉」と思ったことがない。
 フランスのアンティーブへ行ったとき、犬を散歩させているひとに出会った。犬を2匹つれている。1匹がうんちをする。すると他の1匹に向かって「アトンデ・ドゥ・ミニツ」と言う。犬が止まる。あ、フランスでは犬さえフランス語がわかるんだ。急にフランス語を勉強してみようと思った。犬にわかるなら、人間の私はフランス語を話せるようになるだろう。
 というのは、余談、雑談、脇道のようなものかもしれないが。
 私は、そういうつもりで書いているわけではない。本気である。
 草野は「心の言葉」という表現をつかう。私はつかわない。多くの人がつかうかどうか、わからないが、私はつかわないので、あ、「心の言葉」に草野がいる、と感じた。それで草野は「心で書く」「心の言葉で書く」と言うのである。「心の言葉で書く」から、それ以後のことは「心の世界」である。

それは私の最初で最後の願い
左に羊 右に驢馬
柔らかな体の匂い
どこを見ているのか分からない羊
壁に沿って坂道を下りてくる驢馬

 さて。
 ここで「問題」が起きる。
 「心の言葉」で書いた「心の世界」。そのとき、「心の世界」は草野のものなのか。J・R・ヒメネスのものなのか。草野が書いているから草野のもの、ということになるが、「心の言葉」そのものがJ・R・ヒメネスに触れることによって動き始めたもの、最初の「心の言葉」はJ・R・ヒメネスのものであっただけに、区別がつきかねる。
 「私」というのは草野? J・R・ヒメネス?
 J・R・ヒメネスのように、草野が驢馬を飼うとしたら、ということなのかもしれないが、断定しかねる。草野がJ・R・ヒメネスになって、想像しているという具合にも読める。

私が羊と驢馬より先に死んだら
庭の隅に灰を撒いてほしい 少しだけ
青い草々が庭から野へとひろがり
シロツメクサがひろがり
家の窓に若葉の掛かる木の下で
嬉しそうに立っている驢馬が見える
どこを見ているのか分からない羊
斜めに注ぐ金色の日射し
羊と私と驢馬の永遠

 草野がどこに、どんな家に住んでいるのか、私は知らない。けれど、ここに書かれている「光景」は現実の日本というよりもスペインの田舎(J・R・ヒメネスの故郷?)の「光景」のように感じられる。草野の「心の言葉」はスペインを描いてしまう。そのとき、「心の言葉」は「J・R・ヒメネスの心の言葉」のように感じられる。草野とJ・R・ヒメネスが「ひとつ(一体)」になっている。
 「翻訳」というのは、ある言語から別の言語へ置き換えることではなく、「ひとつ」の世界を両側から支えるようなものなのかもしれない。

夜の聖堂
クリエーター情報なし
思潮社

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