詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

イタリアの青年と「論語」を読みながら

2024-04-04 21:24:51 | 考える日記

 いま、イタリアの青年といっしょに「論語」を読んでいる。中国語ではなく、日本語で。テキストは岩波文庫(金谷治訳注、和辻哲郎が「孔子」を書くときにつかったテキスト)。私は中国の歴史をまったく知らないので彼からいろいろ教えてもらうことが多い。日本語は私の方が彼よりも詳しいので、日本語教師としていっしょに読んでいるのだが、きょう、とてもおもしろいことを体験した。
 イタリアの青年は「論語」を読むくらいなのだから、ふつうの日本語はほとんど問題がない。会話は、博多弁(福岡弁)が得意で、私よりも上手だ。その彼が、つぎの文章でつまずいた。

子曰く、已んぬるかな。吾れ未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざるなり。
先生がいわれた、「おしまいだなあ。わたしは美人を好むように徳を好む人を見たことがないよ。」

 イタリアの青年は「現代語訳」の「わたし」は孔子ですね、と念を押す。正しい。しかし、つづきを、「わたし(孔子)は色を好む」と読み、変だなあ、と混乱したのである。「論語」を読み進んで、孔子が好色ではないことを知っている。もう一度「わたしは孔子だよね」と問い返してくる。この「わたし(孔子)」は「わたしは/見たことがない」とつづくのだが、この主語と動詞の距離の遠さが誤読の原因だった。
 多くの外国語の場合、「わたしは見たことがない、美人を好むように徳を好む人を」というような「構文」になる。主語と動詞が密接である。
 外国語文体のような倒置法(の文体)を避けるときに、「美人を好むように徳を好む人を、わたしは見たことがないよ」と現代語訳すれば、誤解はされなくなる。しかし、直前に「おしまいだなあ(已んぬるかな)」という心情の吐露があるので、日本人の感覚では、直後に「わたしは」と言いたくなる。「おしまいだなあ」という気持ちが強いから、「わたしは」とつづいてしまう。これが、日本語の特徴なので、「おしまいだなあ。美人を好むように徳を好む人を、わたしは見たことがないよ。」にすると、なんというか「理屈っぽい」感じになる。「うるさいなあ」という感じになる。(このニュアンスは、なかなか説明しにくい)。「おしまいだなあ。わたしは、美人を好むように徳を好む人を見たことがないよ。」と主語の後に読点「、」を挿入する方法もあるが、これもちょっと「うるさい」。ことばのスピード感がなくなる。
 金谷は「日本語教材(テキスト)」を書いているわけではなく、日本人向けに書いているから、どうしてもこうなるのだが、この「日本語の問題点」を理解できるようになれば、私は彼に何も教えることがなくなるなあ、と後から思った。
 と、書いて、少し脱線するのだが。
 このことを書く気になったのは、実は、ほかに事情がある。私は、私が通っているスペイン語教室の先生だった人の短編を翻訳を試みているのだが、その過程で、これに類似したことにぶつかったのである。
  「わたしは見たことがない、美人を好むように徳を好む人を」のような文体に出会って、はた、と悩んだのである。英語で言えば「that」以下の文が長い。そして、長くなるに連れて、その長い部分が「装飾的」に感じられて、「美人を好むように徳を好む人を、わたしは見たことがないよ」とはしにくいのである。するならば「わたしは美人を好むように徳を好む人を見たことがないよ」にするしかないのだが、今度は、それがまたややこしい。このまま日本語で例を書けば、「その美人というのはクレオパトラか小野小町のような古典的な顔だちなのである」というような具合に長いのである。つまり、あえて書けば、「私は見たことがないよ、クレオパトラか小野小町のような古典的な顔だちの美人を好むように徳を好む人を」が原文のスタイルである。これを「私は、クレオパトラか小野小町のような古典的な顔だちの美人を好むように徳を好む人を、見たことがないよ」にすると、うーん、昔の大江健三郎みたいな入り組んだ文体になってしまう。そういう文体だと思って、なれてしまえば理解できるが、なれるまでに気が滅入るかもしれない。
 で。
 「おしまいだなあ(已んぬるかな)」と書いたら(言ったら)、どうしてもその直後に「わたしは」とつづけたくなるというような「文体論(感情論?)」は、日本語検定試験なんかでは問題になることもないし、文学や哲学の奥深くにまではいりこまないかぎり、まあ、どうでもいいことじゃないかと処理されてしまう問題なのだが、こういう問題があるから、実は文学、哲学はおもしろい。
 ちなみに。原文では、問題の部分は、「已矣乎、吾未見好徳如好色者也」。「やんぬるかな、わたしは見たことがないよ、徳を好む人を、まるで(徳を)美人を好むように(好む人を)」になる。主語(わたし)と動詞(見る/見たことがない)が直接結びつき、それから「徳を好む」という大事なことが語られ、追加して「美人を好むように」がつづく。エッセンスは「私は、見たことがないよ、徳を好む人を」であり、「美人を好むように」は「補足」である。これが「日本語」になると、順序がまるで逆だから、それはやっぱり日本語学習者には、たいへんな「つまずき」の原因になる。

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3 コメント

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Unknown (Unknown)
2024-04-04 21:35:25
なるほど、主語と動詞(述語?)の距離というものが確かにありますね。注意すべきこととして、詩を書く時のために、とっておきます^^^
イタリア青年と論語 (大井川賢治)
2024-04-04 21:37:24
主語と動詞の距離、翻訳では気を付けるべきポイントなんですね^^^
Unknown (谷内)
2024-04-05 11:43:04
翻訳だけではなく、翻訳を前提としないときも大切だと思います。
「構文」によってつたわってくる意識というものがありますから。

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