詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

クロエ・ジャオ監督「ノマドランド」(★★★)

2021-04-12 08:35:53 | 映画

クロエ・ジャオ監督「ノマドランド」(★★★)(2021年04月21日、中洲大洋、スクリーン3)

監督 クロエ・ジャオ 出演 フランシス・マクドーマンド

 フランシス・マクドーマンドが主演だし、アメリカで評判になっている映画でもあるので見に行った。アメリカの現実を知るという意味では貴重だったが、日本とどれだけ重なり合うものをもっているか。ちょっと疑問だ。つまり、私の現実とどうかかわってくるか、というところで親身に受け止められない部分がある。私は車を運転しないので、車を「ホーム」として動くというところで、まず、私との違いを実感する。この違いを、乗り越えることができない。
 気に入ったシーンが二つある。ポスターにもなっている海のシーンと、ラスト近くの砂漠(荒野)のシーン。この二つには共通点がある。海のシーンは、姉の「ホーム=ハウス」の安定した姿に接したあと、やっぱりここにはいられないと思い、ひとりで姉の家をあとにする。誰にも告げない。そして、海へ来る。荒れている。荒野のシーンは、かつて住んでいた「社宅/ホーム=ハウス」の裏庭につづいている。どこまで行っても、何もない。(遠くに山はあるけれど。)海と同じだ。共通しているのは、何もない、荒れている、ということではない。「ホーム=ハウス」に触れたあと、「ハウス」を捨てて、何もないところへ行くという行動が共通している。「ハウス」はない。しかし、彼女には車という「ホーム」がある。そして、それは言い直せば「記憶」である。
 象徴的なシーンが、皿が割れるシーン。祖父の代からつたわる大事にしていた皿。それが、友人の不注意で割れてしまう。それをフランシス・マクドーマンドは、接着剤で復元する。「できた」と安心する。「ホーム=記憶」は、彼女の肉体そのものになっている。改良を重ねて、自分の暮らしにあうようにしてきた車は、もはや彼女の肉体だから、新しい車に買い換えたらと言われても、それを手放すことはできない。割れた皿も、割れたからといって捨てるわけにはいかない。それは彼女の「肉体」だからだ。
 この「肉体」を認識させてくれるのが、荒れた海であり、何もない荒野なのだ。それは非情である。非情であるからこそ、彼女の肉体のなかに生きている「情=記憶」を厳しく屹立させてくれる。彼女は、そういうものが好きなのだ。何よりも、記憶を生きているのだ。
 この感覚は「ノマド」と呼ばれる人に共通するものかもしれない。彼女の友人は、燕が巣をつくっている川岸を思い出す。大量の燕の巣。群れ飛ぶ燕が川面にうつる。その美しさを忘れることができない。そこには、やはりひとは、彼女ひとりしかないのだ。
 なるほどなあ、と思う。
 しかし、一方で、それに匹敵するような非情な自然は、日本には少ないかもしれない。日本は狭すぎる。すぐ「人家」が目に入る。個人に絶対的孤独にたたきつけ、さあ、自分の記憶=肉体だけを頼りに生きていけるかと迫るような広大で荒れた自然は少ない。それに、日本は車でどこまでも移動できる広さそのものがない。周りが海で、1000キロ走れば陸はなくなる。いや、1000キロも走らなくても、海は近い。アメリカにとって(少なくとも、この映画に登場するひとたちにとって)海とは、太平洋か大西洋であり、それは砂漠(荒野)と同じようなものなのだ。
 などなど、と思う。それにしても……。
 けがのため、この映画は私にとっては今年初めての映画になった。2時間椅子にすわっていられるか不安だったが、なんとか乗り切れた。しかし、映画の見方を忘れているかもしれないなあ、とも感じた。フランシス・マクドーマンドは大好きな女優だが(「ビルボード」よりも「ファーゴ」の方が好き)、顔は痩せているのに、下半身は大きいなあ、とか、荒野で排泄するとき、わざわざ車から離れたところまで行って排泄するのかなどと、変なところが印象に残った。もしかすると、その変なところにこそ、この映画では見逃してはいけないものがあるのかもしれない、という気もする。それが「映画の見方を忘れてしまった」と書いた理由。この映画を評価するなら、その排泄シーンとか、レストランの厨房のこびりついた肉をヘラで削ぎ落とすシーンとか、アマゾンでの働き方とか(そういう細部の描き方)に注目しないといけないだろうなあ、と思う。「ノマド」は単に移動する人間ではなく、同時に労働する人間だからである。私は、その部分を半分見落としている。映画の見方を忘れてしまっている、と、やっぱり思う。

 


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