小倉金栄堂の迷子(2)
路面電車が通りすぎる寸前、小倉金栄堂へ入っていく「ことば」が見えた。帽子を目深に被り、顔を隠すようにしている。夢のなかなので、路面電車の影に隠れたにもかかわらず、店員の角口をつかまえ「あの手の本はないのか」と聞いているのが見えた。私のまねをしている。間違いない。
「あの手の本はちょうど売り切れたところだが、二階にはまだだれも目をつけていない本があるはずですよ」
先回りして二階で待っていたが、だれも上がってこない。夢の階段を踏み間違えたのか。路面電車のパンタグラフがまき散らす火花の光が書棚を走る。そのとき、一冊の本が目に入った。『削除された詩のための注釈』。私が盗んだメモに書いてあったことば。それが詩集になってしまっているのか。あるいは、これは特別な思想書の、手の込んだタイトルなのか。
「逃げ出したことばが本のなかにもぐり込んだので、別のことばがはじき出され、はじき出されたことばがまた別の本に侵入し、小倉金栄堂の二階の本棚に並べられた本は、つぎつぎに文章が変わっていくのだった」。開いた本のページには、私が書きたいと思っていたことが印刷されていた。どの本を開いても、開いたそのページには同じことばが書かれていた。
呆然としていると、「悪夢とは姿を変えて追いかけてくるものではなく、いつまでも変わらずにそこに存在し、ひとを巻き込むものである」ということばが、私のそばに男の姿で立っていた。どこかで見たはずの男だが、どこで見たのか、思い出せなかった。過去ではなく、これから起きることのなかで出会うのだろう。