小網恵子『不可解な帽子』(水仁舎、2023年05月22日発行)
小網恵子『不可解な帽子』のタイトルは、詩の一篇ではなく、「帽子」というタイトルの詩の「帽子は不可解なものになって」という一行からとられている。「要約」というか、「象徴」というか。これが、なかなかいい感じである。詩のタイトルは「帽子」がいいが、詩集のタイトルは『不可解な帽子』がいい。「不可解な」は必要かな、いらないかな? ちょっと悩ませる、そのちょっとのなかに「たのしみ」がある。
詩は、電車の中に置き忘れられている「帽子」をめぐる客の反応。
駅に到着するたびに
数人が乗って来て 遠巻きにする
帽子は不可解なものになって
危険なものになって
終着駅まで行くかもしれない
そこでヒョイと帽子を持ち上げたのは
ふくよかなお婆さん
自分の頭にのせてみる
そう想像して 今日をおしまいにしたいけど
帽子はもっと大きく膨らんで
この夜を渡っていくかもしれない
これは、詩の後半。もしかすると、最後の一連はなくてもいいかもしれない。しかし、そこで終わらずに、「そう想像して」というかなり散文的な(言い換えると、詩から遠い)表現からあとの部分が、なかなか「詩的」なのである。
この場合の「詩的」というのは、小網の独自語、「小網語」になっているという意味である。特に、その最後の二行ではなく、最終連の「そう想像して 今日をおしまいにしたいけど」が、書けそうで書けない。
とても、すばらしい。
「じっくりと」と書くと語弊があるが、しっかり自分の思いを追いかけて、それを逃さずにことばにしている。
たぶん、似た発想の詩は、これまでも書かれていると思う。しかし、その詩の中に、あえて「詩」とは思われない「散文的」なことばを組み込んで、「詩的」であることを避けている。その、いわゆる「詩的」であることを避けた部分が、とても新鮮で、しかも作為的ではない。
小網は、「考えること」(考えたことをことばにすること)を、詩、そのものにする。そのとき「詩的」ではなく「散文的」になることを恐れない。
「下山」は、「石の上に止まる蝶」(書き出しの一行)を描いたもの。そのなかほどに、こういう二行がある。
蝶は成虫になって二週間ほどしか生きられないと聞くから
この五分ほどは長い休息
ああ、いいなあ。
「帽子」のなかに出てきたことばを借りて言えば、小網は、そう「想像」したのである。ほんとうに「長い休息」であるかどうかは、蝶の認識ではない。あくまで小網の考え、「ことば」である。小網の「論理(思考)」がつかみとった(産み出した)真実である。
そして、ここから思うのである。
「帽子」の行方を想像した時間は、どれほどか。「五分」か。電車に乗っていいた時間すべてをあわせれば「五分」ではないだろうが、最終連の三行は「一分」もかからない想像だろう。しかし、その短い想像は、小網の人生(いのち)において、物理的は「短い」かもれないが、何か「永遠の休息」を感じさせるものがある。そして、何らかの「真実」を含んでいる。そのときの、
短いけれど永遠
これが、詩の本質かもしれない。
「短い」を産み出すために、小網は「論理(散文)」を利用している。「散文」の緒戦的に、ぐい、と進む時間をつかっている。(冒頭に書いた「要約」に通じることばの運動が隠れている。)
飛躍した論理になるかもしれないが(印象だからね)、これは、ちょっと鴎外の「散文の力」を感じさせることばの力である。
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