有働薫『露草ハウス』(思潮社、2020年08月08日発行)
有働薫『露草ハウス』の「露草ハウス」は非常に美しい。特に、
あかざ、ひるがお、かきどおし、かたばみ、おおばこ
藜、 旋花、 垣通し、 酢漿、 車前草
この二行で息をのむ。私は無知だ。だから知らずにテキトウなことを書くのだが、「藜、 旋花、 垣通し、 酢漿、 車前草」は「あかざ、ひるがお、かきどおし、かたばみ、おおばこ」と読むのだろう。あるいは「あかざ、ひるがお、かきどおし、かたばみ、おおばこ」は「藜、 旋花、 垣通し、 酢漿、 車前草」のだろう。「かきどおし/垣通し」を手がかりに推量しているだけなのだが。
同じものが、ふたつの顔を持つ。
この二行の後で、その「ふたつの顔」を有働は、こう言い直している。
記憶はやがて物語に変る
囀りながら天頂へかけのぼる
ウォルフガングス 走る狼
「記憶」と「物語」。先の二行は、どちらが記憶で、どちらが物語か。そういうことは区別しなくていい。それはただ相互に交代しうるものなのだ。
そして、この記憶と物語ということばが、相互交代が可能なように、詩のことばを先へすすめると同時に、前に引き戻す。
二行の前には、こう書かれていた。
母の死の日 東の空に虹がかかった
不意に枯れた楓の若木
何が記憶か。何が物語か。虹も枯れる若木も「物語」になることで「記憶」に定着する。
そして、こう書けば、有働の詩が「物語」を要求している理由もよくわかる。有働は詩のなかに「物語」を持ち込むことで、それを「記憶」に変えるのだ。有働の詩は「記憶」をより鮮明にするために「物語」を借りて、ことばをととのえる。
だから、いつでも有働の詩には「二重構造」のようなものがある。その「二重構造」を明確にしているのが、最初に引いた二行なのである。
この「露草ハウス」については多くのひとが書くだろうから(すでに書いているかもしれないが)、別の作品について書いてみる。
「梅雨明け」には「大石裕之氏に」というサブタイトルがついている。大石裕之がだれなのか知らないが、詩を読むと画家を連想させる。
青い蜥蜴が道端の草むらに走り込む
長い尻尾を一瞬鉄色にきらめかせて
街路樹のサルスベリがもう茜色に花ざかり
この一連目の色彩の氾濫が「画家」を思い起こさせる。その画家の世界が一方にあり、もう一方に有働のことばの世界がある。絵画の世界(記憶)が有働のことばによって物語へと変わっていく、というのがこの作品である。
「物語(ことば)」は美術展の帰り、「漆黒の羽」を拾うことをきっかけにしている。その瞬間を、有働はこう書いている。
私は足元に黒々とした大きな羽をみつける
家に持ち帰って羽元を削り
久しぶりに青インクでことばを書こうか
歩道にかがんで不吉なペンのような漆黒の羽を拾う
羽ペンをつくり、青いインクで「物語」を書くのである。有働は「言葉を書こう」と書いているが、それは「物語」である。
「物語」は「記憶」をゆさぶりながら、どんどん拡大していく。
そして、それは有働にまで影響してくる。
そして散歩のあいだじゅう
幾枚もの羽を行く先々で拾い続けた私は
自分がどこかに導かれている気がして身震いし
この見えない力をはやく脱したいと思う
「物語」が「記憶」を呼び覚まし、有働が意識していなかった「深層」へ進んでいく。このままでは、「物語の記憶」(記憶の深層/無意識)に閉じこめられてしまう。ことばには、作者の意図を超えて動いていくものがある。
これを私は「ことばの肉体(の力)」と呼んでいるが、それを書き始めると長くなるので、ここでは省略。
それに気づいて、
この見えない力をはやく脱したいと思う
と有働は書く。
この「はやく脱したい」は臆病というか、弱虫というか、その力を利用して、見えない力の向こうまで行ってしまえば、絶対的な詩(傑作)が生まれるのに、とことばで言うのは簡単だが、それはなかなかむずかしい。
私は、ここでは、有働はその力に「気づいた」ということだけを指摘しておきたい。「はやく脱したい」と思わず書かずにはいられない瞬間だったのだろう。
有働のことばが「二重の世界」で動いていることが、とてもよくわかる詩である。
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