黒岩隆「蔦紅葉」、中井ひさ子「毒」、吉本洋子「かたんかたん」(「孔雀船」93、2019年01月15日発行)
黒岩隆「蔦紅葉」。
黒岩はワープロをつかっているのかどうかわからないが、ここには「手書き」のリズムがある。かつて、詩は、こんなふうに一行一行が短く刈り込まれていた。たぶん、何度でも書き直すことで、凝縮するのだろう。
「約束で動けぬもの」とは何の言い換えだろう。黒岩が見ている何か、しかし、それに与えられている名前(ことば)とは違うものを見ていて、それがこういう間接的なことばになっているのだが。
その「約束で動けぬもの」は、這い寄ってきた蔦を通して、突然「自己」を語る。
封じこめられていたのは「象」であり「龍」である。「象」は実在する生き物だが「龍」は想像の生き物である。
「約束で動けぬもの」のなかには、想像力が動いている。
想像力が蔦を突き破ったのか、蔦が想像力を吸収し、蔦自身が変身したのか。
「約束」がふたたび出てくる。この「約束」は、黒岩が黒岩に課した「約束」だろう。それを黒岩は、まだ、守っていく。
破りたい思いがあるかもしれない。けれども、破らないと決めているのだ。
想像の「龍」は、現実とも夢とも受け止めることができる「凍鶴」に触れる。触れた瞬間、「凍鶴」になるのだろう。これが黒岩の、黒岩自身の「制御」の仕方になる。
「カラン」と鳴った「鐘」。それは、この詩のことでもあるだろう。
詩は、黒岩がやってくること、黒岩が鐘の音を聞くことを待っていたのか。あるいは、黒岩が詩がやってくることを待っていたのか。
私は、前者を取る。
中井ひさ子「毒」の抑制は、黒岩とは趣が違う。
中井もまた「待って」いるのだが、その「待ち方」が違う。もう狙いは決めている。ひそかな「約束」は「秘密」である。
しかし、人の「約束」、何かを「覚えている」ことの「覚え方」は多様である。
吉本洋子「かたんかたん」は、こう書いている。
「忘れてしまう」と書いているが、「教わった」ということは覚えている。それが吉本を刺戟する。
*
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黒岩隆「蔦紅葉」。
いつも待っていたのだ
月光のなか
裏庭の蔦が
垣を乗り越え
異様な速度で繁茂してゆく
藪を覆い 木立に絡み
蔦は魔の吸盤で
約束で動けぬものに
這い寄ってゆく
藪はまどろむ象となり
木立は火をなす龍となり
黒岩はワープロをつかっているのかどうかわからないが、ここには「手書き」のリズムがある。かつて、詩は、こんなふうに一行一行が短く刈り込まれていた。たぶん、何度でも書き直すことで、凝縮するのだろう。
「約束で動けぬもの」とは何の言い換えだろう。黒岩が見ている何か、しかし、それに与えられている名前(ことば)とは違うものを見ていて、それがこういう間接的なことばになっているのだが。
その「約束で動けぬもの」は、這い寄ってきた蔦を通して、突然「自己」を語る。
藪はまどろむ象となり
木立は火をなす龍となり
封じこめられていたのは「象」であり「龍」である。「象」は実在する生き物だが「龍」は想像の生き物である。
「約束で動けぬもの」のなかには、想像力が動いている。
想像力が蔦を突き破ったのか、蔦が想像力を吸収し、蔦自身が変身したのか。
逢魔が時
こころに茂った私の蔦は
空に伸び
電線を伝い
あかあかと翻り
地吹雪の湿原を這い
立ち尽くす凍鶴に
触るだろう
鶴は
たゆたう丹の塔になり
一度だけ カランと
鐘を鳴らすだろう
約束は
まだ守られてゆくだろう
いつも待っていたのだ
「約束」がふたたび出てくる。この「約束」は、黒岩が黒岩に課した「約束」だろう。それを黒岩は、まだ、守っていく。
破りたい思いがあるかもしれない。けれども、破らないと決めているのだ。
想像の「龍」は、現実とも夢とも受け止めることができる「凍鶴」に触れる。触れた瞬間、「凍鶴」になるのだろう。これが黒岩の、黒岩自身の「制御」の仕方になる。
「カラン」と鳴った「鐘」。それは、この詩のことでもあるだろう。
詩は、黒岩がやってくること、黒岩が鐘の音を聞くことを待っていたのか。あるいは、黒岩が詩がやってくることを待っていたのか。
私は、前者を取る。
中井ひさ子「毒」の抑制は、黒岩とは趣が違う。
アパートの
鉄の階段下から
どくだみの
白い口が
声をかけてくる
毒けしお飲みよ
友に
渡された
毒ある言葉
からだのなかに
沈めたら
密かに育てる
楽しさ知った
にこやかに
手渡す先も決めてある
中井もまた「待って」いるのだが、その「待ち方」が違う。もう狙いは決めている。ひそかな「約束」は「秘密」である。
しかし、人の「約束」、何かを「覚えている」ことの「覚え方」は多様である。
吉本洋子「かたんかたん」は、こう書いている。
声帯が弱い生き物は飼い易いのよ
発声能力が低い種族に生まれついて
偉い人たちに言い含められたのでしょうか
この国の狭小住宅に暮らす私たちには
小さななきごえは聞こえない
研ぎ澄まされた耳は急所だから
引っ張ったりしないで下さい
どんな生き物にもこころがあって
痛いと泣き声を出します
幼稚園の先生に教わったのに
ごめんね年を取ったら何でも忘れてしまう
「忘れてしまう」と書いているが、「教わった」ということは覚えている。それが吉本を刺戟する。
*
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注文してから1週間程度でお手許にとどきます。
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(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
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(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
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(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
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(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
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