3月14日(金) 12/2℃
春は「黄色」からですね
庭の片隅のレンギョウ・・・
昨日気づきました
一番遅くれていた福寿草のこの株も、ようやくの暖かさで成長しています
(5つの芽が出ています)
「ごみの分別」も、きれいな「公共トイレ」も、これだけ全国にしかも短期間のうちに浸透できた “最大の功績者” は高速道のSA・PAだと思っています
どこのSA・PAにも分別ボックスが並びました
まさに
「実地教育」の場
その効果は絶大です
そして、トイレは最新の設備で、いつも清潔に手入れされていました
「臭い」「汚い」「紙がない」があ・た・り・ま・えだった公共トイレを、革命的に一変してしまったのです
衝撃は全国に広まりました
☟ 「実地教育」の功績者はコンビニやスーパーも、です
ところで
今日のごみ分別社会を築いた先駆者は元沼津市長の井手敏彦さん(故)です
「分ければ資源・混ぜればゴミ」
今ではあ・た・り・ま・えですが、井手さんが始めた時は「市民が手でゴミを分けるみたいな、何でそんな原始的な事をやるんだ・・・」と議会からも大きな反発を受けたそうです
この頃
通産省は《スターダスト‘80》という構想を進めていました
それは混合で出されたごみを機械的・自動的に選別して、資源回収を図ろうとするシステムです
まさに未来志向!!
期待は集まりました
が
その実験は頓挫してしまいました
ありとあらゆるごみの種類や性状に対応するには、やはり “人為的なもの” が必要だったのです
井手さんは
「その時に沼津の奥さん連中がそんな便利な機械が出来っこない、そんな便利な機械が出来るとは私
達は信用しない。ゴミというのは人間の目と手で分ける方がよっぽど確かです。そう言ったです」
・・・と述懐されています
関係者にとっては「月にロケット」程にも値する《スターダスト》でしたが、バッサリと切り捨てました
結局
「3年間必死になって実験をやってとうとうパーになっちゃった。そしてその工場長言わく、ゴミは基本的
に分けてもらわなきゃ、やっぱり駄目です、と言ったんです」
・・・に至ります
世は、ここから分別時代へと大きく舵をきったわけです
リサイクル法体系が整備されていきます
この「まち」も平成8年(1996)に最新のリサイクル施設を建設しましたが、「ハードを補うソフト」としてビンも色別に、缶も裸で、紙は種類別にと排出源分別を導入しています
あれから30年・・・
「分ければ資源・混ぜればごみ」は全国不滅です
高速道のSAのことから、長~~~くなりました
『おおいわ遺産まるわかりBOOK』が届きました
NPO法人「おおいわ結の里」の発行・・・
300円
よくできています
参考になりました
近々歴史グループの役員会がありますので、議題に加えたいと思っています
扉をたたいて、新しい “ご縁” が始まりました
せっかく作った写真パネル・・・
一人でも多くの人に見ていただきたいと、歴史グループでは再度の展示をお願いしました