信 長亡き後の、清須(清洲)城での評定・・・
三谷幸喜さんが初の歴史モノ映画 『清須会議』 を監督しました
清須城に擬してロケに使われたのは近くにある松代城・・・
地元の皆さんもエキストラ出演しているようです
P Cに保存している写真を見れば、義父母と清洲城に寄ったのは8年も前でした
義母は若い頃半田市の紡績工場に働きに出ていましたが
「もう一度行ってみたい」
・・・と実現した”思い出の旅”の帰路です
その義母も今はなく歳月を感じます
映 画『清須会議』・・・
重々しい感動は残りませんが、とにかく面白かった!!
三谷カラー一色ですね
キャスターは
・柴田勝家→役所広司
・羽柴秀吉→大泉洋
・池田恒興→佐藤浩市
・丹羽長秀→小日向文世
・前田玄以→でんでん
・前田利家→浅野忠信
・堀秀政→松山ケンイチ
・織田信忠→中村勘九郎
・織田信孝→坂東巳之介
・織田信雄→妻夫木聡
・織田三十郎信包→伊勢谷友介
・お市→鈴木京香
・松姫→剛力彩芽
・寧→中谷美紀
・・・など豪華な皆さん
印 象に残ったのは
◇4日間に濃縮◇
◇人間臭いかけひき◇
◇眉剃り、お歯黒◇
(せっかくの美人女優がもったいないが、妙な存在感)
◇内助の功◇
(寧が宴のシーンでみせた踊りは、映画『のぼうの城』の「のぼう様」の田楽踊りに勝る!)
◇特殊メイク◇
(秀吉の大きな耳も、光秀の“キンカン頭”も、信孝や信雄の高い鼻も鮮烈なインパクト)
◇生のセリフ◇
(尾張弁に、生のセリフのぶっつけあい!実際はあんな感じ?)
映 画は秀吉の天下取りを暗示させて終わります
で
秀吉に後継者と担がれた三法師はじめ織田家面々のその後・・・
調べてみると
●お市→勝家に嫁ぐも、やがて秀吉に敗れる夫と共に自害
●織田信孝→三法師後見役となるが、後に秀吉と戦い敗れて自害
●織田信雄→信孝の後に三法師後見役となるが、紆余曲折を経て家康に臣従(子孫は大名として存続)
●三法師→家督を相続し関が原では西軍として戦うが、敗れて高野山に追放され、その後は高野山からも追放
●織田三十郎信包→秀吉に臣従するも大阪冬の陣を前に死去
・・・といった結末
あの時、誰もそこまでは想定できなかったでしょう
秀 吉・・・
後継者三法師を担ぎつつ、やがては織田家からその天下を奪取
後の家康も
後継者秀頼を担ぎつつ、やがては豊臣家からその天下を奪取
同じですね
2 014年NHK大河ドラマは『軍師官兵衛』・・・
『清須会議』にも秀吉の軍師として登場していますが、黒田官兵衛は秀吉と家康の天下取りをつぶさに見てきたわけで、関が原では東軍につきながらも「チャンスがあれば家康に代わって天下を」と狙っていた・・・と言われるのも頷けます
と ころで
信長も家康も、その天下取りに女房は登場してきませんが秀吉の女房、寧は別格ですね
内助の功
糟糠の妻
当時としては珍しい恋愛結婚で、かの信長から
「あのハゲネズミがあなたほど良き女を他に得られるはずはないのだから、あなたも奥方らしく堂々として、嫉妬などしないように・・・」
の手紙をもらったほどですから相当の人物・・・
実際、評定の場に寧はいたの?
まぁそこはともかく
映画『清須会議』での隠れたヒーローは寧ですね
三谷幸喜さんが初の歴史モノ映画 『清須会議』 を監督しました
清須城に擬してロケに使われたのは近くにある松代城・・・
地元の皆さんもエキストラ出演しているようです
P Cに保存している写真を見れば、義父母と清洲城に寄ったのは8年も前でした
義母は若い頃半田市の紡績工場に働きに出ていましたが
「もう一度行ってみたい」
・・・と実現した”思い出の旅”の帰路です
その義母も今はなく歳月を感じます
映 画『清須会議』・・・
重々しい感動は残りませんが、とにかく面白かった!!
三谷カラー一色ですね
キャスターは
・柴田勝家→役所広司
・羽柴秀吉→大泉洋
・池田恒興→佐藤浩市
・丹羽長秀→小日向文世
・前田玄以→でんでん
・前田利家→浅野忠信
・堀秀政→松山ケンイチ
・織田信忠→中村勘九郎
・織田信孝→坂東巳之介
・織田信雄→妻夫木聡
・織田三十郎信包→伊勢谷友介
・お市→鈴木京香
・松姫→剛力彩芽
・寧→中谷美紀
・・・など豪華な皆さん
印 象に残ったのは
◇4日間に濃縮◇
◇人間臭いかけひき◇
◇眉剃り、お歯黒◇
(せっかくの美人女優がもったいないが、妙な存在感)
◇内助の功◇
(寧が宴のシーンでみせた踊りは、映画『のぼうの城』の「のぼう様」の田楽踊りに勝る!)
◇特殊メイク◇
(秀吉の大きな耳も、光秀の“キンカン頭”も、信孝や信雄の高い鼻も鮮烈なインパクト)
◇生のセリフ◇
(尾張弁に、生のセリフのぶっつけあい!実際はあんな感じ?)
映 画は秀吉の天下取りを暗示させて終わります
で
秀吉に後継者と担がれた三法師はじめ織田家面々のその後・・・
調べてみると
●お市→勝家に嫁ぐも、やがて秀吉に敗れる夫と共に自害
●織田信孝→三法師後見役となるが、後に秀吉と戦い敗れて自害
●織田信雄→信孝の後に三法師後見役となるが、紆余曲折を経て家康に臣従(子孫は大名として存続)
●三法師→家督を相続し関が原では西軍として戦うが、敗れて高野山に追放され、その後は高野山からも追放
●織田三十郎信包→秀吉に臣従するも大阪冬の陣を前に死去
・・・といった結末
あの時、誰もそこまでは想定できなかったでしょう
秀 吉・・・
後継者三法師を担ぎつつ、やがては織田家からその天下を奪取
後の家康も
後継者秀頼を担ぎつつ、やがては豊臣家からその天下を奪取
同じですね
2 014年NHK大河ドラマは『軍師官兵衛』・・・
『清須会議』にも秀吉の軍師として登場していますが、黒田官兵衛は秀吉と家康の天下取りをつぶさに見てきたわけで、関が原では東軍につきながらも「チャンスがあれば家康に代わって天下を」と狙っていた・・・と言われるのも頷けます
と ころで
信長も家康も、その天下取りに女房は登場してきませんが秀吉の女房、寧は別格ですね
内助の功
糟糠の妻
当時としては珍しい恋愛結婚で、かの信長から
「あのハゲネズミがあなたほど良き女を他に得られるはずはないのだから、あなたも奥方らしく堂々として、嫉妬などしないように・・・」
の手紙をもらったほどですから相当の人物・・・
実際、評定の場に寧はいたの?
まぁそこはともかく
映画『清須会議』での隠れたヒーローは寧ですね