〇〇さんが編み物を始めたそうです。〇〇さんはさつき園のグループホームで生活しています。
「編み物するんじゃねー。知らんかったよ」と言ったら、
「世話人に教えてもろうたんです」と、うれしそうに答えてくれました。
「今度、編んだ物を見せてや」と言うと、恥ずかしそうに
「まだ下手じゃけー、見せられん」と言います。
「始めたばっかりじゃけ―、下手なんはしょうがないよねー。ええけー、持って来んさい。見せて欲しいけー」
数日して、さつき園のお昼休みに園長室にやって来て、持ってきた編んだ物を恥ずかしそうに差し出す〇〇さん。
「おー、これかね。編み具合はどうかいの」と、手に取ってみる私。毛糸の色は薄茶色で測ってみると、幅が15㎝、長さが28㎝ありました。
「まだ、この辺がダメなんです」と、網目が揃っていない個所をいくつか指差して教えてくれます。
「むー、この辺はまだちゃんと編めてないねぇ。じゃが、ホームで一人の時にすることがあって、よかったじゃないかね」
「うん」
「『うん』じゃない。返事は『はい』じゃろー」
「あっ。はい。よかったです。前はグループホームで一人の時はすることがなかったんじゃけど、今は編み物があって、うれしいです」
「うまく編めるようになったら、誰かにプレゼントしてあげたらえーじゃ」
「うん。いや、はい。でも、まだ下手くそじゃけ―」
そう言いながらも、うれしそうな〇〇さん。
自分に非がないときでも、「ごめんなさい、私が悪かったから。私のせいです」と、いつも他の利用者や職員に謝るのが口癖のようになっている〇〇さん。集中できるものが出来て、生活にも張りが出て来たように感じました。
また、数日しての今週の月曜日。見せてくれた編み物は幅が15㎝、長さが何と114㎝にもなっていました。
「なかなかよう頑張っちょるねー。長く編んじょるが、どこまで編むんかね」
「初めて編んだけー、マフラーか何かにしようと思います」
「おー、ええねー」
まだまだ、編みむらがありますが、〇〇さんの生活に張りを持たせてくれた編み物。よくぞ世話人が思い立って〇〇さんに編み物を教えてくれたこと、と私もすこぶるうれしくなっています。編み物は一人ででも出来るし、しかも集中するし、編んだら充実感や達成感も味わえるし、そして完成したら誰かにプレゼントすることもできるのです。〇〇さんに編み物を教えてみようと思い立って、辛抱強く教えたグループホームの世話人に感謝、感謝です。
まったくの余談ですが、まだ私が高校生か大学生だった頃、近くに置いてあったある雑誌の表紙に「棒針編」と書かれていたのを「ぼうしんへん」と読んでしまったことがありました。小説や映画によく付けられている「青春編」とか「望郷編」など言った表現と似たものなのかと、勘違いしたのです。それは「ぼうばりあみ」と読むのが正解でした。妹が大笑いしながら教えてくれたのです。編み物に全く関心がなかった私の、今でも編み物の話題になると内心一人で笑ってしまう、半世紀近く前の忘れ得ぬ思い出です。
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