久しぶりに飛行機に乗った

2022年06月27日 | 日記・エッセイ・コラム

 タテ約30cm、ヨコ幅約22、3cmほどのたくさんの小窓が並んでいる。私はその中の1つの小窓から、少し遠くで横一列に並び、こちらに向かって手を振る7、8人ほどの人たちに向かって、左手の手の平をやさしく振り続ける。その人たちが見えなくなるまで振り続ける。

 しばらくすると、今度は敷地と道路の間のゲートのそばに立って、こちらに向かって敬礼する人が見える。こちらに向かって敬礼しているその人は、その敬礼の姿勢を崩さない。私はその人に向かっても、左手の手の平をやさしく振り続ける。

 すると、たくさんの小窓の中に、自分に向かって手を振る人がいることに気が付いたのか、何とその人は敬礼の姿勢を解いて、その右手をこちらに向かって振り始めた。私たちはお互いが見えなくなるまで手を振り続けた。

 こちらから手を振っていたのは私だけではないだろう。しかし、その人が敬礼を解いて、こちらに向かって手を振って応えてくれたことが、私には思いもかけぬことで心底うれしかった。

 日頃、私たちが人に手を振る時は「さよなら」をする時が多い。しかし、私たちが手を振るのはそんな時だけじゃない。「ありがとうございます」や「お世話になりました」の感謝の気持ちを伝える時も、私たちは手を振るものだ。言葉が届かない時はなおさらだろう。

 久しぶりに飛行機に乗った。

 

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風の便りで……

2022年06月13日 | 日記・エッセイ・コラム

 時折りの風の吹きようで、見知っていた人たちのその後のことを偶然に知ることがある。辛い便りもある。思いもしなかった驚くような便りもある。しかし、驚くことはないのかもしれない。その人たちも、そして私も例外なく自らの命の生きる空間で時を重ねてきたということだ。おいそれと会えないのがきついが、心の中で「ごきげんよう」と思うばかりだ。

 亡くなった人もいるようだ。辞めた人もいるようだ。異動した人もいるようだ。病んだ人もいるようだ。そんな中で、障害者福祉の支援現場はさぞかし疲労困憊ではないかと案じている。障害者支援は文字でするものではないが、現状は相変わらず、文字でする仕事が大半ではないのか。だから文字を書くことに長けてくるが、それが主たる障害者福祉の支援現場の仕事だから、というのは疑問だ。支援現場の仕事は文字を書くことではない。が、そんなことをいまさら言っても始まらないというのが現状だろう。

 しかし、言いたい。それでは生身の障害者本人の真実には遥かに届かない、と。

 ことに知的障害者と呼ばれる人たちの支援には膨大な時間を要するものと思う。そして、そこには彼らにかける言葉からして、より慎重にならざるを得ない。それは私の体験からくる実感だ。

 今も社会の閉塞感はなくならない状況だ。

 障害者福祉の支援現場で頑張る諸君には頭が下がる。

 

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