午後、利用者が興奮してしまいました。
廊下に置いてあった台の上の花瓶を足で蹴倒して割り、職員の腕に噛みつき、幾度となく事務室の窓ガラスを叩き割ろうとしたのです。事務の職員も合わせて4、5人で落ち着かせようとしました。
私は事務室から出ようとした時、たまたま事務室のドアに近づいていた利用者とドアガラス越しに視線が合ったので、歯磨き粉のついたその顔をタオルで拭くように、迂闊にもいつもの調子で話しかけてしまいました。
その時、私に油断がありました。廊下側にいた職員がジェスチャーで「離れろ!離れろ!」と合図を送っていたのを視界に捉えてはいたのですが、その意味までは気がつかなかったのです。
案の定、一瞬のうちに目の前の新聞紙半ページほどの大きさのドアガラスは拳で叩き割られ、鋭い破片が事務室内に飛び散ってしまったのです。
幸いなことに、本人は二の腕に切り傷を負ったものの大けがにはいたらず、私にもガラスの粉がわずかにかかっただけで、さほどのことはありませんでした。しかし、間が悪ければ、お互い顔や腕に大けがを負うところだったと思われます。
油断していたのです。
後で職員に聞くと、午前中に知らせていた利用者の午後の予定を、直前になって変更してしまったことが原因の一つではないか、ということでした。言葉が喋れないために『どうして予定通りじゃないんだ!! 話が違うだろう!!』という抗議の叫びを体で示したのかもしれません。
利用者の興奮。割れたドアガラス。いずれも私たちの油断が原因です。
理屈ではない、利用者の感情をしっかり推し量り、それをしっかり受け止めて行動することが私たちの責務です。それを怠ると、辛うじてバランスをとって成り立っている私たちの日常は、たちまちこのガラスのように割れて砕けてしまいます。