落合順平 作品集

現代小説の部屋。

北へふたり旅(23) 第三話 ベトナム基準③

2019-06-04 18:16:07 | 現代小説
北へふたり旅(23) 


 3人目のベトナム研修生は、予定より3日遅れてやってきた。


 「ようやく来たぜ。
 トンだ。よろしくな。おい、みんなに挨拶しな」


 トンが一歩前に出る。


 「おはようございます。
 トンと言います。これからよろしくお願いします」


 トンが、ペコリと頭をさげる。


 (お・・・流ちょうな挨拶だ。日本語に問題なさそうだ)


 (ところがどっこい。
 やっこさん。日本語で言えるのはこれだけなんだ)


 Sさんが顔を渋らせる。


 (これだけ?。九官鳥のようにこれだけを覚えてきたというのか?)


 (そうさ。あとの日本語はチンプンカンプンだ。
 どうにもならねぇ。しかたねぇから翻訳機を買ってあずけた)


 (翻訳機?。日本語をベトナム語に通訳してくれる機械か。
 いまどきは便利な道具があるもんだ。
 それなら問題はないだろう)


 (3万2千円だぜ。最先端の音声翻訳機を買った。
 ところがよ。精度に問題があるらしい。誤変換がやたとおおい。
 テフとドンに言わせると、あやしいベトナム語に変換されているらしい)


 (どういうことだ?)


 (俺の言葉が正確に伝わっていねぇ、ということさ。
 機械の問題じゃねぇ。
 どうやらおれの日本語に問題があるらしい。
 ただしい日本語を、文法通りに発音しないと機械が誤作動するという。
 むかしの群馬弁や農業用語は、いまどきの機械に通用しないのさ)


 (せっかくの文明の利器が役に立たないのか。
 仕方ないですね。じゃ、身振り手ぶりで仕事を教えますか・・・
 なんだか暗雲がたちこめてきましたねぇ)


 (お前さんもそう思うか。俺もそんな予感がしてきた。
 担当者へ電話したら単語を並べれば、ある程度は理解するそうだ。
 明日、仕事ある。明後日、仕事ない。
 そんな風に言えば伝わるそうだ)


 (2~3歳児に話しかけてるみたいだな。
 なんとも厄介な3人目がやってきたもんですねぇ)


 (そういうな。
 接客業だったおまえさんなら、ひとを教育するのはお手のもんだろう。
 頼むよ。トンをうまく仕込んでくれ。俺のかわりに)


 (無理です。お断りします。
 それなら、インターネットで日本語講座を勉強させたらどうですか。
 ベトナム実習生専門の、オンライン日本語講座というのがありますよ)


 (なに。そんな便利な講座があるのか!)


(24)へつづく