赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま (69)
最悪の事態
飯豊山の天候は、時間とともに最悪へ向かっている。
発達した低気圧が飯豊連山一帯に、30m以上の強風をもたらすと告げた。
30メートル以上の風を、猛烈な風と呼ぶ。
屋外での行動は危険とされている。
多くの樹木が倒れる。電柱や外灯なども倒れることがある。
走行中のトラックが横転することもある。
発達した低気圧が雷雲を連れて、すこしずつ清子たちに接近している。
当の清子たちはまだ、この気象状態を理解していない。
しかし。このまま天候は悪化していくだろうと、本能的に察知している。
早めに行動して、山小屋へ戻りたい。
しかし。山での早急な行動は、そのまま破滅を意味する。
山で遭難した場合。その場にとどまり、動かずに救助を待つのが一番だ。
だが嵐の接近を前に、身体を守るものが何ひとつない草原で露営するのは危険すぎる。
突風の直撃を受けたら、ひとたまりもない。
たまの機転で、尾根の登山道までたどり着くことができた。
しかしそこで2度目のピンチがやってきた。
右へ行くのか、左へすすむべきか、方向の選択ができない。
避難小屋がどちらの方向にあるのか、まったく判断がつかない。
たまが、必死の形相で地面に這いつくばる。
油断すると、強風に吹き飛ばされてしまうからだ。
強い風に負けないよう、短い4本の足を精一杯、踏ん張りつづける。
尾根の風はとつぜん、方向を変える。
右から吹いてきた風が、いきなり向きを変えて今度は、真正面から吹き付けてくる。
『よくわかんねぇなぁ・・・
こっちの方角だと思うけど、なかなか、肝心のピーナッツが見当たらねぇ。
この風で飛ばされちまったのかなぁ。
ひとつでも見つかれば、方向が決められるのになぁ・・・』
たまの嗅覚をあざ笑うように、くるくると強風が方向を変える。
また風が向きを変えた。
そのとき。ほんのかすかに、カツオ節の匂いが混じってきた。
『えっ。おいらの大好物のカツオ節の匂いだ・・・
ということは、避難小屋でつくっている味噌汁の匂いだな』
たまのひげが、ピクリと動く。
『こっちだ。たぶん。間違いなく・・・』
吹き飛ばされないよう小さい足を踏ん張りながら、たまが風に向かって歩き出す。
「たまが、歩きはじめました!。何か嗅ぎつけたみたい!」
清子が、たまの真横に座り込む。
日本海からの突風を防ぐためだ。恭子も清子の前方に身体を倒して横になる。
「頑張れたま。いいぞ、その調子だ!」
『風邪をひいたくらいで、負けてたまるかよ。
避難小屋の方向を嗅ぎ分けられるのは、おいらの鼻だけだ。
任務を達成することができたら、おいらは、2人のお姫様の救世主だ。
礼はたっぷり、はずんでもらうからな。
あっ・・・あれ。どうしたんだろう、おいら。
なんだか急に眠たくなってきたぞ・・・おかしいなぁ』
たまの足が、遅くなる。
やがてピタリと止まる。もう1歩も先へすすめなくなる。
風邪をひいたため、ついに小さな身体のすべての力が尽きた。
『たまっ、たまったら、どうしたの。
もうすこしだというのに。ねぇ、お願いだから頑張ってよ・・・』
必死で呼びかける清子の声が、遠くへ去っていく。
『駄目だ、おいらもう、限界だぁ・・・』たまの意識が遠のいていく。
たまが清子の手の中で意識を失ったちょうどその頃。
避難小屋で動きがあった。
2つ目の低気圧が急速に成長しながら接近している、という情報を受け取った
ひげの管理人が、捜索のために立ち上がる。
「作業員のお2人と、ベテランの源さん、それから俺の4人で、
彼女たちの捜索に行く。
残ったみなさんは手分けして、彼女たちを温める準備をしておいてください。
彼女たちは表で、長い時間、濡れ鼠になっている。
お風呂と暖かい食事の支度をお願いします」
避難小屋は嵐から逃れてきた人たちで、10数名に膨れあがっている。
『草原は広すぎる。俺たちも行こう』相次いで立ち上がる登山客を、ひげの管理人が
手で止める。
「気持ちは嬉しい。だがこの悪天候だ。2重遭難の危険性もある。
ここで待機してくれ。
本格的に雨が降り始める前に、なんとか見つけだしてくる」
気を付けて行けよ、という声に送られて4人が表に出る。
「とりあえず、あの子たちと行き会った場所まで、俺たちが先導する。
その先はどっちへ行ったかは不明だ。
だが、語らいの丘でヒメサユリが満開だと教えたから、
そっちまで足を伸ばした可能性が、高いと思う」
「あのあたりは、谷に向かって急斜面だ。
身動きせず、どこかで、じっと我慢してくれていると有難い。
いずれにしても前の見えない濃密なガスだ。
慣れているの俺たちにしても、今日のこいつは難敵だ。
はぐれないように声をかけ合いながら、慎重に前進していこうぜ」
(70)へつづく
落合順平 作品館はこちら
最悪の事態
飯豊山の天候は、時間とともに最悪へ向かっている。
発達した低気圧が飯豊連山一帯に、30m以上の強風をもたらすと告げた。
30メートル以上の風を、猛烈な風と呼ぶ。
屋外での行動は危険とされている。
多くの樹木が倒れる。電柱や外灯なども倒れることがある。
走行中のトラックが横転することもある。
発達した低気圧が雷雲を連れて、すこしずつ清子たちに接近している。
当の清子たちはまだ、この気象状態を理解していない。
しかし。このまま天候は悪化していくだろうと、本能的に察知している。
早めに行動して、山小屋へ戻りたい。
しかし。山での早急な行動は、そのまま破滅を意味する。
山で遭難した場合。その場にとどまり、動かずに救助を待つのが一番だ。
だが嵐の接近を前に、身体を守るものが何ひとつない草原で露営するのは危険すぎる。
突風の直撃を受けたら、ひとたまりもない。
たまの機転で、尾根の登山道までたどり着くことができた。
しかしそこで2度目のピンチがやってきた。
右へ行くのか、左へすすむべきか、方向の選択ができない。
避難小屋がどちらの方向にあるのか、まったく判断がつかない。
たまが、必死の形相で地面に這いつくばる。
油断すると、強風に吹き飛ばされてしまうからだ。
強い風に負けないよう、短い4本の足を精一杯、踏ん張りつづける。
尾根の風はとつぜん、方向を変える。
右から吹いてきた風が、いきなり向きを変えて今度は、真正面から吹き付けてくる。
『よくわかんねぇなぁ・・・
こっちの方角だと思うけど、なかなか、肝心のピーナッツが見当たらねぇ。
この風で飛ばされちまったのかなぁ。
ひとつでも見つかれば、方向が決められるのになぁ・・・』
たまの嗅覚をあざ笑うように、くるくると強風が方向を変える。
また風が向きを変えた。
そのとき。ほんのかすかに、カツオ節の匂いが混じってきた。
『えっ。おいらの大好物のカツオ節の匂いだ・・・
ということは、避難小屋でつくっている味噌汁の匂いだな』
たまのひげが、ピクリと動く。
『こっちだ。たぶん。間違いなく・・・』
吹き飛ばされないよう小さい足を踏ん張りながら、たまが風に向かって歩き出す。
「たまが、歩きはじめました!。何か嗅ぎつけたみたい!」
清子が、たまの真横に座り込む。
日本海からの突風を防ぐためだ。恭子も清子の前方に身体を倒して横になる。
「頑張れたま。いいぞ、その調子だ!」
『風邪をひいたくらいで、負けてたまるかよ。
避難小屋の方向を嗅ぎ分けられるのは、おいらの鼻だけだ。
任務を達成することができたら、おいらは、2人のお姫様の救世主だ。
礼はたっぷり、はずんでもらうからな。
あっ・・・あれ。どうしたんだろう、おいら。
なんだか急に眠たくなってきたぞ・・・おかしいなぁ』
たまの足が、遅くなる。
やがてピタリと止まる。もう1歩も先へすすめなくなる。
風邪をひいたため、ついに小さな身体のすべての力が尽きた。
『たまっ、たまったら、どうしたの。
もうすこしだというのに。ねぇ、お願いだから頑張ってよ・・・』
必死で呼びかける清子の声が、遠くへ去っていく。
『駄目だ、おいらもう、限界だぁ・・・』たまの意識が遠のいていく。
たまが清子の手の中で意識を失ったちょうどその頃。
避難小屋で動きがあった。
2つ目の低気圧が急速に成長しながら接近している、という情報を受け取った
ひげの管理人が、捜索のために立ち上がる。
「作業員のお2人と、ベテランの源さん、それから俺の4人で、
彼女たちの捜索に行く。
残ったみなさんは手分けして、彼女たちを温める準備をしておいてください。
彼女たちは表で、長い時間、濡れ鼠になっている。
お風呂と暖かい食事の支度をお願いします」
避難小屋は嵐から逃れてきた人たちで、10数名に膨れあがっている。
『草原は広すぎる。俺たちも行こう』相次いで立ち上がる登山客を、ひげの管理人が
手で止める。
「気持ちは嬉しい。だがこの悪天候だ。2重遭難の危険性もある。
ここで待機してくれ。
本格的に雨が降り始める前に、なんとか見つけだしてくる」
気を付けて行けよ、という声に送られて4人が表に出る。
「とりあえず、あの子たちと行き会った場所まで、俺たちが先導する。
その先はどっちへ行ったかは不明だ。
だが、語らいの丘でヒメサユリが満開だと教えたから、
そっちまで足を伸ばした可能性が、高いと思う」
「あのあたりは、谷に向かって急斜面だ。
身動きせず、どこかで、じっと我慢してくれていると有難い。
いずれにしても前の見えない濃密なガスだ。
慣れているの俺たちにしても、今日のこいつは難敵だ。
はぐれないように声をかけ合いながら、慎重に前進していこうぜ」
(70)へつづく
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