「ちょぼ」は小さい意。
江戸時代、かわいらしい少女につけた名。または、かわいいおぼこ娘。
江戸の後期、京都・大坂の揚屋・茶屋などで、遊女・芸者の供や、
呼び迎えなどをした15、6歳までの少女をさす。
おちょぼ 第75話 江文(えふみ)神社の雑魚寝
「祇園の雑魚寝について、書かはった作家の先生がおいやす。
吉井勇いうて、明治19年に生まれて、昭和35年に亡くなった作家どす。
大正と昭和期に活躍をした歌人どす。脚本家としてもかなり有名どしたなぁ。
爵位は伯爵どす。
吉井先生は雑魚寝がお好きで、ようなさったと聞いてます。
あたしらは呼ばれへんのどすけど、吉井先生がごひいきになすった舞妓さんは
なんと、7人もおいやしたそうどす。
中でも有名なのが、別嬪で知られる『おれんさん』どす。
おれん姉さんたちを呼んで、よう雑魚寝をしてはったようどすなあ。
その頃に、こんなお歌をつくってはります。
世乃介が大原の里の雑魚寝より われの雑魚寝はなまめしかれ
(『祇園』淡交社 <遊戯回想>より)
祇園の雑魚寝は、大原の里に伝わる雑魚寝の風習をまねたものどす。
大原の雑魚寝と言うのは、節分の夜に、里村じゅうの男女が、
拝殿に参籠(さんろう)する風習のことどす。
参って籠るのですから、文字通り、夜通し籠ることになりますなぁ。
もちろん座ってひと晩じゅう、神様を拝んでいるわけではないんどす。
燈明の薄明かりがあったにしても、誰かが消してしまえば、あとは真っ暗闇どす。
深夜になるほど、真冬のことですさかい、しんしんと冷えてきます。
『にしき木の 立聞きもなき 雑魚寝かな』 蕪村
『から人と 雑魚寝もすらん 女かな』 一茶
などと当時の俳句に、よう雑魚寝の事が登場してきます・・・」
「雑魚寝という風習があんのどすか?。
日本と言う国は、魔訶不思議な国どすなぁ。
大勢の男女がひと場所に集まって、一晩過ごしたら、ただでは済まないでしょ。
ええんですかいな、そないなことで」サラが、またまた不思議そうに首を傾げる。
「日本人は昔から、男女の性の営みに関しては、おおらかだったんどす。
集落単位で『夜這い』という、性教育の習慣もあったくらいどすからなぁ。
江戸時代の節分の夜。金比羅山(572メートル)の東麓にある大原村の、
江文(えふみ)神社で、老若男女が集まり、雑魚寝をしたんどす。
西鶴が書いた『好色一代男』にも登場しますなぁ。
雑魚寝には、庄屋のお内儀から、70になる老婆まで混じっておったそうどす。
人食い大蛇を恐れた村中の男女が、ひとところに集まって隠れたのが、
最初の由来どす。
世乃介というのは、『好色一代男』に登場する世乃介のことどす。
その世乃介がした雑魚寝よりも、祇園でする雑魚寝のほうがなまめかしいと
吉井先生は、感じたのとちがいますか。
今東光という作家先生も、雑魚寝について書かはってます。
こちらはちょっと内容が、具体的どすなぁ。
『僕たちにとって忘れられない祇園は、酔うては加茂川の河風に吹かれ、
夜更けては芸妓と舞妓たちと入り乱れて枕を並べる、雑魚寝の思い出だ。
けれども雑魚寝の時に下紐を解いて、愛する男に抱かれるのは、
祇園芸妓の恥としたもので、互いに愛し合いながら行燈のほの暗い中で
せめて接吻くらいで終夜、まんじりともしない苦しい夜も
雑魚寝なればこその記憶だ』 と書いてます。
男女が夜中、ひとつの部屋で終夜過ごして何もあらへんという事が、
いまどきの人には信じられまへんやろうなぁ。
あたしらも正直、息をひそめて、ドキドキしていました。
そやからこそ祇園の雑魚寝には、あやしく、艶めかしい独特の
気分が、生まれるんないかと思いますえ」
「我慢して耐えることが、美徳なのですかぁ・・・
なかなかに大変どすなぁ、祇園における男女の関係は。
物わかりのよいお客様ばかりが、雑魚寝をするわけではないでしょう。
悪さをするような変なお客もいたのでは、ないのどすか?」
「お客さんがどうしても信用おけへん場合、どないな自衛手段をとるか、
ちょっとした秘策があるんどす。
先輩のお姉さんが、ちゃんと教えてくれんのどすなぁ。
『小染めちゃん。お客さんで、なんや悪さしそうなひとに雑魚寝に
呼ばれたときは、こうしておくととええんや。
長襦袢の裾を、膝のところできつく、ぎゅっと縛っておくんや。
そうするとお客さんは悪さがでけへんし、あんたの寝相も悪くならへんえ』
まぁいろいろ気いつこうてはいましたが、それでも雑魚寝は楽しいものどした。
夜遅くに呼ばれても、『へぇ、おおきに』と、大喜びで行ったもんどす。
だいいち、たっぷりとお花がつきますさかい、よう稼ぎます。
その時分は『明かし花』いいまして、夜更けから明け方まで
ぎょうさんお花がついたもんどす。
眠っている時間にもお花が付いて、友だちと騒げて、こんなええことは
他には、なかったんどす」
第76話につづく
落合順平の、過去の作品集は、こちら